第21話 突然の襲撃
魔導工学科に入ってから2節も立つと大分この科の勝手が分かってきた。担任のエクリュー先生が編入生の私を色々気にかけてくれるお陰もあって、特に困った事もなく過ごせている。
そしてエクリュー先生がネイ嬢に話しかけているのも何度か見かけた。『誰とも仲良くなろうとせずバイトに没頭する姿が心配でついつい気にかけてしまうんですよね。ソルフェリノ嬢が入ってきたので仲良くなってくれればと思ったのですが……』とエクリュー先生は苦笑いしていた。
エクリュー先生の言うとおり、ネイ嬢は私以外の生徒とも一切自ら絡もうとせず、バイトを掛け持ちしてるせいか朝はギリギリに教室に入ってきて、休み時間はすぐいなくなり、放課後もすぐ教室を出ていくという――かつての私以上に交友を丸投げしているネイ嬢の姿を見て、やっぱり私のこれまでの態度も良くなかったなと反省した。
交友のお誘いを愛想良く笑って断ったつもりでも、そんな態度が頑なに続いたら悪い印象を抱かれて当然だった。
人の態度を見てようやく自分の態度を顧みれる私はやっぱり地頭は良くないんだろう。だけど自分の態度が悪いと分かった以上、これからはちゃんとしないと。せっかく新しいクラスに入ったのだから。
ただ――先日テュッテと話してから、リチャード卿を巻き込んでしまった事への罪悪感が消えない。
リビアングラス卿に頼まれて私を助けたんですか? と尋ねたい気持ちはある。だけど『いいえ、偶然ですよ』とはぐらかされそうな気もするし、仮に『そうなんです』と言われたら何と返せば良いのかもわからない。
彼らが善意で私を助けてくれたのが分かっている分、追求して困らせたくはないと思うと同時にこれ以上彼らに負担をかけてはいけないと改めて思った。
だから勇気を出してクラスメイトと交流を図る事にした。私が色んな人に浅く広く無難に話しかければ誰か特定の生徒と噂になるような事はないと思ったし、笑顔で明るく挨拶していれば少しは印象も良いだろうと思って。
すると最初は不審――いや、挙動不審だった他のクラスメートからは挨拶されたり、挨拶を返すようになったりしてポツポツ話すようになった。
特に最初教室に入った時にヒソヒソしていたあの三人組は『しっかり見目整えました!』と頑張った様子が伺える姿で一日一言、短い言葉を交わしては去っていく。
「あ、挨拶以外に『良い天気だね』って言えた……!」
「今のはナチュラルだったぞ……!!」
「嫌がられてなかったかな……!?」
「愛想笑いの可能性はあるが愛想笑いできる程度には嫌われてないって事だからいいじゃないか……!!」
「やはり清潔感は大事だな。君達ちゃんと髭剃りは続けろよ。この学院にいる間も、いや、出てからもだ!」
と、分かりやすいヒソヒソ話をするので微笑ましかった。気がある、と勘違いさせてしまってはいけないのでそこには結構気を使うけど。
唯一の女性クラスメートであるネイ嬢からは話しかけるなオーラがヒシヒシと出ている分、クラスでこうして話しかけてくれる人がいるのは嬉しかった。
ちなみに5点減点が怖いのか婚約破棄については誰も尋ねてこない。そしてこの教室にいる間は嫌な噂は何一つ聞こえない。学生食堂でチラチラと視線を感じる度に学科変更して良かったと心から思う。
もしあのまま魔法学科にいて、この視線をずっと受け続けていたら――心折れてたかも知れない。
少し心のなかに引っかかるものはあるものの噂も収まり、ツナギ服や魔導工学科での授業やバイトにも慣れてきた。
予想以上に順調な滑り出しを神様に感謝しつつ、今日も朝早めに寮を出て校舎に向かい、いつものように工学準備室の鍵を開けて工具を点検していく。
どうやら貸し出し工具は全てが同じセット――という訳では無いようで、工具の種類こそ同じはあるものの年季が入った物だったり比較的新しいものだったりバラバラだ。
工具ケースの隅にはヴァイゼ魔導学院の校章と名称が刻まれており、その後に刻まれた数字は恐らく作られた際の年号だろうと予測できる。
作業していく中で目についた数字からここにある30個の工具セットは古い物で20年前、新しい物で4年前の物である事が分かる。どうやら大半は生徒のお古のようで、家名を削り取った上で『ヴァイゼ魔導学院』と新たに刻まれたらしき物がいくつも見受けられた。
(そう言えば、リチャード卿から頂いた工具セットって結構新しいのよね……)
年代が刻まれた部分が黒いシミで全く見えないのだけど、その工具の形態から比較的新しい物である事はこれらの工具から推測できた。
こうやって自分が使っていた物を『もう使わないから』と寄贈する生徒達がいるのだからありえない訳ではないんだろうけど、魔導工学科を卒業して金貨1枚の工具セットを他人にあげられる人間が運良くいてくれて本当に良かったと思っていた、その時――
――ガチャッ
ドアが開く音がしたので顔を上げる。誰が入ってきたのか――入口の方を確認すると、本当に生徒だろうか? と思うほど体格の大きい、この学院の制服を着た男子生徒が無言で入ってきてドアの内鍵を締めているのが見えた。
見覚えのない顔――そのおかしな動作に只事じゃない事だけは分かる。
バイトの説明を受けた時は『作業中も施錠してね』とは言われなかったし、まさか誰か入ってくるとも思わず、作業を終えた時に施錠するようにしていた事を後悔する。
その男子生徒と目が合った瞬間、足早にこっちの方に歩いてくる。
「な、何か私にご用ですか?」
警戒心を隠せない声で言いつつ、窓から逃げ出せるように後退りする。
ここは一階だ。窓から飛び出した所で死んだりはしない。
男子生徒の様子は明らかにおかしい。その虚ろな眼差しは、何処を見ているのかも分からない。
「こ、これ以上、近づいたら……攻撃します……!」
相手に向けて両手を伸ばし、手の平に魔力を集めて警告する。
しかし警告を一切聞かずにこちらに歩み寄ってくる相手に恐怖を感じ、即座に魔力の塊を飛ばす。だけど普段使わない攻撃魔法を平常心じゃない状態で使ったせいか、狙った足を大きくそれてドアに当たった。
ドンッ、と大きな音がしたけれどドア自体は下の方に穴が空きながらも形を維持している。
それでも普通なら驚いて逃げ出す程度の警告になったはずだ。それが怯えも戸惑いもしない。明らかに――正気じゃない。
(逃げなきゃ……!!)
咄嗟に窓の方を向いて開けると、窓は少ししか開かない。
(どうして…!?)
どうやらここの窓は腕と顔を出せる程度の――換気程度しかできない位の中途半端な位置までしか開かないようにロックされているようだ。
戸惑っている間に両肩を掴まれて床に押し倒され、強引に仰向けにされる。硬い床と男子生徒の筋肉質な体が重くのしかかり、体が押し潰されるように痛い。
その焦点の合わない目――その奥に微かに魔力を感じる。
「っ……」
たすけて、って大声で叫びたいのに――声が出ない。口だけが虚しくパクパクと動く。
首を押さえつけられ、抵抗する私の手をものともせずにツナギ服のファスナーが降ろされていく。
改めて魔弾を撃ちたいけれど、恐怖が勝って上手く集中できない。
(やだ、やだ、誰か、助け――)
声も出せない、魔弾も打てない自分の無力さに涙が溢れた、その瞬間――体が一気に軽くなる。
何が起きたのか分からず目を見開くと男が何かに引っ張られたように私から剥がれて浮き上がったかと思うと、強い黄色の魔力に全身が包まれた。
「ゔぁああああああああ!!!」
まるで感電でもしたかのような、震える悲鳴をあげながら失神した男が私のすぐ横に倒れ込む。
そして、男の体で見えなかった人の姿があらわになる。リビアングラス卿だ。
助けてくれたんだ、助けてくれたのに――どうしてだろう?
恐らく助けてくれたであろうリビアングラス卿の、今にも射殺さんと言わんばかりの恐ろしい怒りの感情を宿した黄金の眼差しに、身が竦んだ。
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