第21話 勇者の制裁

 これはきっと夢だ。僕を苦しめるための悪夢なんだ。そうに違いない。


 王として全てを支配下におくはずだった。全ての贅沢を貪り、最後にあのプリーストを手に入れるはずだった。なのに、目の前に広がる光景は希望の欠片すら存在しない地獄だ。


 アンジェリカだったでっぷりとした魔物が、金槌を振り回しながら走っていく。醜悪すぎる後ろ姿を直視することができない。


 腐った竜の兵隊は、名前を覚えていた者が何名かいたはずだ。あれほど可愛がったメイドの、白くきめ細やかな肌はどこにいった?


 レナはあんな醜悪な猿ではなかったはずだ。そして、助けたはずの奴隷少女はもはや汚物だ。視界に入るたびに吐き気が込み上げ発狂したくなる。


「ご主人様、ご主人様」

「黙れ! 化け物ぉ!」


 きっと夢だ。僕は四つん這いになりながら、この悪夢が去るのを待つ他ない。しかし消えない。気がつけば僕の右足には触手が巻き付いていた。


「う、うわああああー!」


 引きずられ続け、セフィアだったもののお腹に引き摺り込まれた。顔と腕、足が片方だけ埋もれずに残る。


「ご主人様、私がお守りします。もうこれで一心同体」

「出せ! ここから出せ化け物!」


 どうしてこうなってしまったんだ。僕は世界の王になるはずだった。見ればロブロイが腐った竜兵を斬り倒している。


「メガブラスト!」


 ルーの叫びと共に強烈な爆発が巻き起こり、あっさりとレナだった猿が死んだ。僕がどうしても使えなかった攻撃魔法。それも本物の上級魔法を、どうしてプリーストの彼女が?


 疑問を覚えている暇もない。赤い髪をした女の矢が突き刺さりながらも突っ込んでいたトロルは、リックと交戦に入る。


 アンジェリカだった化け物は、その図体からは信じられない速度で金槌を振り回すが、勇者はひらりひらりとかわしながら、太い足や腕、腹を少しずつ切っていった。やがて出血により動けなくなってきたトロルは、その脳天をとうとう黄金の剣に貫かれ絶命する。


 どうなっているんだ。もう僕とこの怪物しか生き残っていないじゃないか。


「ご主人様がいれば、私は完全。私は完璧」


 しかし、この残った怪物は、次々と魔物を生み出していく。キメラやアナコンダ、リザードマンにゾンビなど、ありとあらゆる生物を体から発生させてぼとぼとと床に落としていった。そいつらはまるで命令されたかのようにリック達に向かっていく。


 数秒に一匹のペースで魔物達は産み落とされていった。ああ、こいつは凄いやと感心してしまう。僕の加護によって力を増し続け、魔物を無限に生み出せるなら、人間なんて誰も叶わない。


 しかし、こうして高みから見ると、奴らはまるっきり変わってしまったと思う。もしかしたら、これが英雄の姿なのかもしれない。


 ロブロイはある時は盾になり、ある時は真っ先に相手に斬り込んでいく。ルーが魔法で攻撃と回復を同時にこなして、攻守に大きな貢献をしている。赤い髪の女は矢で魔物を狙っては、他のメンバーに至らない部分をカバーし、アイテムを使ってルーの魔力を回復させていた。


 それら全体を指揮しながら、同時に苛烈な攻撃を繰り返しているリック。僕はただただ驚いていた。いつからここまで強くなっていたんだと。そして徐々に、彼らは僕に迫りつつある。


「ご主人様、お力をもっと、もっと」

「おい!? あ、あああああああ!」


 すすられているという表現が一番合っているかもしれない。奴は魔物を作りだす速度を上げ、怪物達をどんどん外の世界に生み出している。しかし、僕自身ははっきりと体力が無くなっていくの感じた。


 今まで感じたことがなかった、明確な死の予感。なんて怖いのだろう。僕は気がつけば大小汚いものを漏らしてしまった。


「やめろおお! ここから出せええええ!」


 このままでは、リック達に勝ったとしても無事ではすまない。しかしきっとこの体から出してはくれないのだろう。


 だが、まだ肝心なところにまだ気がついていなかったのだ。化け物は僕のことをだと言った。それは言葉の例えではなく本当に合体していて、全てを——痛みすら共有してしまうということに。


 戦士が巨人の脚を斧で切りつける。同時に僕自身の脚に耐え難い激痛が走った。


「うぐおおおお!?」


 盗賊が放つ矢が、肩口や顔面に突き刺さる。


「ああああぅうう!」


 誰よりも欲して堪らなかった女性が、魔法の詠唱を素早く終えていた。まずい、これはかなり酷いものがきてしまう。僕はほとんど無意識に絶叫していた。


「助けてくれ! ルー! やめろおおおお」


 しかし、彼女はやめてくれなかった。小さな体から放たれた極大爆発魔法が、身体中のあらゆるところを裂いて散らしていった。


「ぎいやあああああ!?」


 痛みを共有しているせいで、既に意識は朦朧としていた。もうダメだと気絶する直前、黄金の剣を持ち遥か上空に飛翔する勇者の姿が見えた。これは夢か、はたまた現実なのか。


 もう僕の知っているあいつではない。光に包まれ剣を振り下ろす姿は、まるで神話の一ページにありそうな光景だ。


 できれば夢であってほしいと、沈みゆく意識の中で思った。

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