第22話 魔王のその後

「—い、おい! てめえ起きろってんだよ!」


 乱暴に顔を叩かれ、夢見心地だった意識は現実に戻された。静かに目を開けると、そこにいたのはリックをはじめとした勇者パーティの面々だった。


 そうか。僕は負けてしまったということか。しかしここは何処なのだろう。覚えのない小部屋で僕は後ろ手に拘束されて床に転がっていた。


 リックが木製の粗末な椅子に座って僕を見下ろしている。


「何処まで覚えているかは知らないが、一応説明しておく。お前は俺達に敗れ、城はレグザ騎士団によって占領された。ここは騎士団が使っていた休憩所の一室だ」


 なるほどそうか。つまりはアンジェリカ達は死んだということ。目前にいる勇者は、人類の希望などと呼ばれる存在とは到底思えない冷酷な目をしていた。


「本当ならばあの時倒すつもりだったが、伯爵に頼まれていてな。お前はこれからベルクト伯爵の元へと連行され、裁きを受けることになる。間違いなく死刑になるから、覚悟しておいたほうがいい」


 なんてことだ。この僕が死刑? そんなことが許されるはずがない。しかし今ここにいる連中に正当性を述べたところで無駄かもしれない。いや、まだ手は残っている。


「な、なあリック。君はさっきから、一体何の話をしているんだい?」

「お前の今後についてだ」

「いやいや、そうじゃなくて! 君達と僕が戦ったとか、城が占領されたとか、死刑とかさ……全然身に覚えがないんだけど」

「なに?」


 ロブロイとルー、それからよく知らない赤髪の女から動揺の色を感じた。ここからだ。僕にはまだ生き残る術はあるはずだ。


「っていうか、今日は何日かな? 僕はリック、君に追放されてからの記憶がほとんどないんだけど」


 淡々と自分の記憶がないことについて喋っていると、ロブロイが頭を掴んで顔を持ち上げてくる。


「とぼけんじゃねえぞてめえ! あれだけはっきりと俺たちのことを覚えていたじゃねえか。記憶にねえだと? 笑わせるな。小細工なんか使ったって、てめえの罪は消えねえんだよ。魔王になって町や村を襲って、散々人をぶっ殺していおいてよく言うじゃねえか」

「罪だって? 僕が何をしたっていうんだ。ちょっと待ってくれ、これは何かの冗談だろ」


 嘘を貫き通してやる。僕はより饒舌になることにした。偽装すればいい。僕は操り人形にされた哀れな男であり、魔族達の被害者の一人なのだと。そうすれば容易には裁けなくなるはずだ。


「な、なんだって! 僕が魔王に? ちょっと待ってくれ。それは何かの間違いだ。僕には何の記憶もない。きっと危険な魔族に操られていたんじゃないか? 確かに多くの人々が殺されてしまったことは、あってはならないことだよ。だけど、僕がやったんじゃない。人を殺すなんて絶対にあり得ないことなんだ。リック、長く付き合った君が知らないはずはないよね? 信じてくれ!」


 人生には時として嘘は必要だ。まして、自分が殺されようという時に嘘の一つもつけなくてどうする。ロブロイは殴りかかんばかりだったが、リックに制止されていた。そんな中、赤髪の女がブーツの音を立てながら側までやってきた。


「操られていたってわりには、あの戦いの時に随分と情熱的なこと言ってたじゃん。ねえ、本当に覚えてないの?」


 奴の瞳が、僕の嘘を暴こうと見開き、顔がすぐ側まで来ている。こいつは盗賊か何かか。普通の人間にはない奇妙な圧がある。しかし僕とて歴戦の魔術師だ。


「覚えているわけないだろう」

「アンタは配下の連中が正体を表した時、なんか言いながら吐いていたよね。覚えてない?」

「覚えて……な……い」


 まずい。またあの不快感が全身に湧き上がっている。毎晩のように夜を共にした美女達が……とここまで思い出したところでもよおしてきた。そして我慢できず吐いてしまう。


「うわっと! アンタ、バリバリ覚えてんじゃん。だからまた気持ち悪くなって吐くんでしょ」

「ごほ! ち、違う……」


 前にいたリックがため息を漏らした。


「演技しているのはバレバレだぞノア。というか、お前の考えはそもそもが甘い。記憶がなかった、実は自分も被害者だと言って無罪になろうとしているようだが……甘い。お前が町の住民を殺しているところを見た人がいる。操られていたかどうかは、裁判の争点にはならない。そんな曖昧な話を信じる奴などいない」


 この野郎……僕を前にして知ったような口を叩きやがって。しかし、リックの言うとおりであるとするならば、もうここから逃げる以外に選択肢はなさそうだ。不本意だが——


「リック! それからみんな。君達に一生の頼みがある。お願いだ! 僕を見逃してくれないか」


 もう泣き落とししかない。僕の言葉に、ロブロイと赤髪の女は呆然としていた。


「一年近くも一緒に頑張ってきた仲じゃないか。さっきのは嘘だ、それは謝るよ。だって真実はもっと嘘みたいなことだったんだ。本当は僕だって、こんな悪の片棒を担ぐような真似はしたくなかったんだ。奴らに脅されていたんだよ本当は! 僕の加護が欲しいって、毎晩汚らしい連中に擦り寄られる毎日を考えたことがあるかい? この恩は必ず返す。だから僕をこっそり逃してくれないか、この通りだ!」


 頭を床に擦り付け謝る。このまま時間が経っていけば、きっと迎えの兵隊がやってきて人生が終わってしまう。ここまでやれば、流石にリックでも——


「断る。お前は罪を償わなくてはならない。大人しくここで待っているんだな。さてみんな、そろそろ行くか」

「ああ。お前マジで可哀想な野郎だな。もう怒る気にもなれねえぜ」

「せめて最後は潔くしなよ。アンタ、遊び感覚で人を殺していたみたいだし」

「あああ! 待ってくれ、待ってくれ! ルー!」


 必死の叫びで、それまで沈黙を貫いていた少女の足が止まる。恐る恐る振り返るその瞳は、僕が追放された時、酒場の窓でみたそれと同じだった。


「助けてくれ! 君の気持ちは分かっているんだ。僕がいなくなって本当にいいのか!」

「あ、あの……何のことですか?」


 何のことじゃないだろう! 怒鳴りつけたい気持ちと焦燥感を必死に抑え、僕は極力にこやかに接しようとする。


「このような場所で真実を告げるのも何だが、君の想いには気づいていたという話だよ。僕に好意を寄せていたことも、実は分かっていたんだ」

「え……え……」


 ルーは動揺しているみたいだ。リックを含めた周囲の連中もこちらを見ている。


「何を言っているんですか。違います」

「ちが……?」


 僕は頭の中が真っ白になるところだった。違うはずがない。違うはずがない。違うはずがない。


「嘘だ! 君はいつだって僕のことを気にしていたじゃないか!」

「あれは……怖かったからです」

「そんなはずない! 助けてくれ! 今なら僕は助かるんだ。後悔することになるぞ」

「後悔なんてしません。お断りします」

「いい加減にしろノア。お前のような奴を、彼女が好きになるはずがないだろう。お前が今やっているのは侮辱だ。そしてもう諦めろ。裁かれることは確定している」

「く……ふざけるな! ふざけ、」


 叫び声を上げようとするなか、個室の扉は閉められて僕はたった一人になった。何時間後か分からないが、大きな足音がいくつもして兵隊がやってくると、すぐに担がれて伯爵の住む町まで運ばれることになった。


 裁判は満場一致で死刑に決まり、伯爵を含めた連中は皆僕に憎悪の目を向けていた。

 そして今はこの薄暗い牢屋の中で、処刑の始まりに怯えているというわけだ。


 処刑は今日だ。実はもうすぐ行われるらしい。牢屋の外で足音がするたびに体が震えるんだよ。

 なぜだ? どうして僕がこんな目に遭ってしまうんだ。


 え。 

 ……ちょっと待ってくれよ。君、何処に行くつもりなんだ?


 まさかとは思うが、ここまで語ってあげたのに、はいさようならはないよな?


 それは流石に冷たいだろ。僕を助けてくれよ。ここまで聞いたなら、いかに気の毒な男であるかを理解してもらえたと思う。


 ……頼む。僕をここから出してくれ。早くしないと処刑されてしまう。おい何処に行くんだよ!

 僕はまだ死にたくない! 処刑なんてあんまりだろ。


 このまま見捨てたら一生後悔するぞ! 待て、待て、待て……待ってくれええー!

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