第20話 悶絶する魔王

 魔王城と化した薄暗い城で、俺達はノア率いる連中と交戦していた。


 メイドと思わしき連中はレイピアや槍を構え、それぞれがあらゆる魔法を使いこなしている。


 ロブロイと俺で交戦しつつ壁を作っているが、想定していたほど強烈な攻めは今のところはない。モニカが弓矢で援護をしてくれるが、流石に簡単に喰らってくれるような相手ではないようだ。


 ただ、ノアのすぐ側に控えていた三人の女達は、いずれもかなりの強さを秘めている気がした。まだ遠間から雷や闇の玉を飛ばしてくるだけだが、時期がくれば本格的に打って出るだろう。有利とも不利とも言い難い状況に緊張感が高まっていく。


「リック! ちょっとだけ待ってて。この人達、きっと化けてる」

「化けてる?」


 後衛を務めるルーの言葉が引っかかった。確かに邪悪な気配はしているが、こいつらは魔族なわけで、感覚的にはいつもどおりだった。しかし、神聖な魔法を操る彼女にしか分からない何かがあるのだろう。


 突然背後から、白く広大な輝きが発せられているのが分かった。


「ホーリーライト!」


 白い光は勢いを増していき、この広いフロア一帯を照らした後、すぐに消え去っていった。あまりの眩しさに俺達も敵もまともに戦えるような視界ではなかったので、少しの間動きが止まっていた。

 光が消え去った後、ロブロイは目を擦りながら斧を構え直したが、敵陣に突っ込む前に足が止まる。


「お、おいおい。なんだよこりゃあ!」


 彼が戸惑うのも分かる。俺も周囲がさっきまでとは大きく変化していることに気がつき息を呑む。だが、この中で最も狼狽したのは、玉座に座ったまま高みの見物をしていた魔王だった。


 つい先程まで、数段段差の高い位置にある玉座で余裕たっぷりの表情だったんだが。唖然とした顔で目を見開いていた。


「……な、なんだ。なんだこれは! ちょ、ちょっと。ちょっと」


 ノアは思わず立ち上がり、周囲を見回しておどおどしている。隣にいたはずの金髪美女だったそれが口を開く。


「あらあら……っなんてなぁ! 見られちまったかぁ」

「レナのいけない姿、バレちゃったの?」

「ご主人様、どうしたのですか。顔色が悪いですよ」


 金髪の美女は、青紫色の巨大なトロルに姿を変えていた。左腕に大きな金槌を持ち、その腕力たるや計り知れないものがありそうだ。


 自らをレナと名乗っていたそれは、真っ赤な体毛と二本の角、大きな翼を持つ猿になっていた。恐らく物理攻撃も魔法も扱えるタイプではないだろうか。


 そしてノアのことをご主人様と呼ぶ存在に、俺は最も警戒心を抱いた。一体の中年男風の巨人に、大小さまざまな魔物がくっついているようなグロテスクな容姿をしている。その中にいたゴブリンが崩れ落ち、意識を持ってこちらを襲ってきたが、ロブロイの斧で真っ二つにされた。


 あれはかつての魔王軍幹部、レオボルトが作り上げた魔界穴ではないだろうか。穴が身体中に存在していて、その分だけ魔物を解き放っているように見える。


 奴らだけではなく、メイド連中もすっかり変わってしまっていた。二足歩行の竜が武装しているようだが、いずれも体のどこかが崩れかけていた。腐っているようだ。


「どうなっているんだぁ!? 君たちのその姿は? 美女はどうした! 化け物じゃないかぁー!」


 ノアは発狂していた。明らかに知らなかったと見える。青紫色をしたトロルが、うざったそうに顔をしかめた。


「化け物とはご挨拶だな。その化け物と、お前はいい思いをして暮らしていたんだよ。くくく! もうこうなったら教えてやろうか。俺達魔王グラン三幹部は、お前の加護が欲しくて擦り寄っただけだ」


 魔王グラン三幹部? こいつらはレオボルトと同じ魔王グランの幹部だったのか。


「な、な、なんだって? お前らは僕の加護が!?」


 狼狽するノアに追い討ちをかけるように、レナと名乗っていた猿が笑う。


「ケケケ! だーれも、テメエそのものを欲しがったりしねえって。お前が持っている闇の加護は、聖なる者達を弱らせ、我らの力を増長させる。そういう加護持ちは長い歴史でも滅多に現れねえからなー。だから近づき、夜な夜な……ケケケ!」

「ご主人様。封印から解いてくれてありがとう。これからも毎晩のように、私にお恵みを」


 続いて中年の巨人がなにか言っているが、俺にはよく意味が理解できなかった。


「ふ、ふざけるな。僕は、僕はぁ——うぷ!」


 何かを言いかけたが、ノアはそれ以上言葉を発することができず、前のめりになって嘔吐した。なんという地獄絵図。見るに耐えないとはこのことだったが、それよりも封印、という言葉が気になっていた。


 俺は持っていた剣を鞘に納め、脇に差していたもう一本の剣を抜く。剣身から溢れんばかりの黄金色の輝きが発せられ、奴らはハッとしてこちらに視線を向けた。


「お前がベルクト伯爵が言っていた怪物か。借り受けた怪物殺しの剣、これで役に立ちそうだ」

「ぐうう! ご主人様、ご主人様! アイツは絶対、絶対に殺さねば! 殺さねば、殺さねば」


 あの様子では、ノアはまともに戦えないはずだ。俺たちはすぐに戦いを再開する。魔王軍幹部がいるとしても、今の俺達なら負けはしない。


 最後の戦いは加速していく。ノアという魔王を中心にして。

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