第19話 戦いの始まり

「誰かと思えば、お前達だったとはな。この軍勢の中でたどり着けるなんて、大したものだよ」


 まずは軽く褒めてやるとしようか。今の僕と彼らはあまりにも立場が変わってしまった。僕はこのとおり王と呼ばれる存在となったが、影の支えを失った彼らがその後どうなったかは想像に難くない。


 一名見慣れない女が混じっているようだが、特に気にする必要はないだろう。僕が注目しているのは、以前よりも可憐さが増したルーだけだった。


 リックが先頭に出て、背中に差していた剣を抜く。しばらく見ないうちに、少しはできるようになったのか。どうやら腰にももう一本剣を差しており、二刀流なんて真似をしているのかもしれない。


「やっぱりお前だったわけか。あの時のことを俺は後悔している」

「だろうね。君達、あれから随分と大変だったんじゃないかな。そして、本当の狙いも僕は分かっているよ」


 その時、連中は揃って怪訝な表情をしていた。まったく、演技が下手じゃないか。アンジェリカを含めた僕の忠実な仲間達は、彼らをずっと睨みつけている。


 しかし、本来警戒などいらない。彼らの魂胆は分かりきっているのだ。できる限り優しく接してやるとしようか。


「僕の功績を知り、現在破産寸前の君達は、助けを求めに来たんじゃないかな。頼むから俺達を仲間に入れてくれと。もう借金まみれでどうしようもないのだと。違うかい?」


 リックは何か呆然としているようだった。心の奥底を見透かされて焦っているのか。


「驚いたな。まさかそんな勘違いをしているとは。ノア、俺達は正真正銘……お前を討伐しに来たんだ」


 一点の曇りもない瞳でそう言い放つリックと、こちらに強い敵意を放つ冒険者達。少しの間時が止まった気がした。理解をするのに時間がかかってしまったんだ。


 驚いた。どうやら本当に討伐する気らしい。僕はぷっと吹き出すと、徐々に堪えきれないおかしさに耐えられず笑い出してしまった。


「はは、ははははは! いやー面白い。ははははぁ! ……はぁあ!? この僕を討伐するだって? 君達如きがか。全くもって愚かだよ。ルー、君は本当にそう思っているのか?」


 彼女は一瞬戸惑ったようだが、すぐに凛々しい顔になり、


「そうです。あなたを倒しにきました」などと嘘を吐いた。


 僕は頭を抱えてしまう。彼女は本当に流されやすい性格をしているのだな。


 この戦いが終わったらルーだけは引き入れることにしよう。毎晩のように僕はアンジェリカ達と愛し合っていたが、その最中でもルーのことを考えてしまう。彼女さえ手に入れば僕は全てにおいて満たされる。


 しかし、そんな感傷に浸っているところで、モヒカン頭の低脳が割りこんでくる。


「いい加減にしろよてめえ。本当に気持ちの悪い野郎だな」


 こいつの空気の読めなさときたら変わっていないな。一体なぜ、こうも恥を晒して生きていけるのか不思議なくらいだ。


「余裕ぶってられるのも今のうちだよ、アンタ」


 赤い髪をした女も何かほざいているようだ。こいつは殺さずに、配下の魔物達に好きなようにさせるとしよう。僕は静かに顔をあげ、武器を構えるリック達に微笑む。


 いくら凄れようが余裕だった。僕は力を手にしている。それも自分だけでないのだ。たった一人で最強になることなど意味はない。


「せいぜい楽しませてもらおうか。お前達、遊んでやれ」


 アンジェリカとレナ、セフィアが笑みを浮かべ、僕を守るように前に立つ。その更に前にはメイド達八名ほどが駆けつけ陣形を作っていた。一矢乱れぬ攻めと守り。僕が作り上げた最強の仲間達に、お前ら如きが叶うはずはないのだ。


「行くぞ、みんな!」


 リックのどこか気取った声と共に、奴らは一斉に駆け出した。そういえばこいつはダンジョンに潜る時、必ず生きて帰ろう、なんて分かりきったことを僕らに抜かしていたな。


 しかし、生きて帰りたいのならば、そもそもこの魔王に挑むべきではなかったのだ。僕から見れば彼らはただの、滑稽な自殺志願者である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る