第18話 勇者と魔王の再会

 僕は自分が何者なのか気がついていなかった。

 一介の魔術師風情でしかないと、自らを過小評価していた頃が懐かしい。


 ただの魔術師どころではなく、僕は王になれる存在だったのだ。アンジェリカやレナ、セフィア達が気づかせてくれたんだ。


 あれから何不自由ない暮らしをしている。彼女達と毎日のように触れ合い、ただ優雅に城で生活を続け、たまに狩りに向かうだけの毎日だ。


 そもそも、なぜ人間は魔族や魔物をこうも苦しめ追い詰めていたのだろう。それこそ許せない悪行ではないかとさえ考える。


 だが、彼らにも安息の地が生まれたのだ。僕の城とその周囲は、完全に魔族と魔物達にとって楽園と呼べるものだろう。人間達が勝手に攻め入ってきては、あっさりと殺されて贅沢な肉へと変わるのだから。


 ここ最近の僕は、朝から晩まで贅を尽くした料理を食し、夜は毎日美しい女性達と共にしていた。メイド達ですら、僕と関係を持っていない者はいないだろう。


 しかし、退屈が過ぎればそれもまた毒になる。僕は定期的に仲間達を引き連れ、人間達という標的を仕留めるために町へと赴いた。


 一体どれ程の町を、村を焼き払ったことか。それでも消えることはないこの熱き闘志は、きっと人間全てを消し去るまで永遠になくなることはないだろう。


 僕は正当に評価されるべきだった。しかし、いつも人間達に見下されていたのだ。悪いのは人間だ。


「あらあら、どうしたのです。怖い顔をなさっているわ」


 玉座で考え事をしていると、アンジェリカが髪を優しく撫で回しながら囁いてきた。彼女達は日々その美しさを増し、また女性とは思えぬ強さも身につけている。

 どうやら僕の加護によって、彼女達は日に日に潤っているようだ。


 確かに、この加護の力は魔族にこそ有効だろう。闇に近い存在の力を増幅させ、光に近しい存在の力を弱らせていくという効果を持つ。道化の加護と呼ばれるその力は、大抵の人間には毒になってしまう。


 僕はリックのパーティに加入する時、この力を正確に教えなかった。正しく伝えてしまえば、恐らくはメンバーから外されてしまう。あの時は借金が膨らみ、どうしても一緒にお金を稼ぐ仲間が欲しかった。だから許容範囲の嘘をついて取り入ったのだ。


 しかし、加護の力に多少のデメリットがあったといえ、奴らは明らかに追放する者を間違えた。あの時追放していなければ、少しはこの恩恵にあやかることもできたのかも知れないのに。


 まあいい。そろそろアイツらにもきっちり分からせてやる必要がある。魔族に加護による恩恵を与えているせいなのか、僕自身の魔力も増大し続けている気がする。そして仲間も増え続け、世界中に使いを出しては掃除をさせていた。


 この前も一つの城を難なく落としてやった。あの時の人間達が泣き叫び懇願する様は本当に見ものだった。それからは隣国の騎士団や冒険者達が攻撃を仕掛けてくるが、まるで蚊に刺されたようなもの。奴らには一人残らず、凄惨な死をプレゼントしていた。


 僕らはいくら攻め込まれようとも揺るがず、むしろ力を増幅している。だから何も気にする必要はない。気になることと言えば彼女達だ。ちらりと視線を謁見の間にいる美女達に向ける。


 すると誰もが今宵の相手に指名して欲しいのか、目を爛々とさせて見つめ返してくる。僕の周囲にはいつも十人以上は美女がいて、常に慕ってくれるのだ。


「ふぅ。この遊びも少々飽きたな」


 僕はライトリム城で捕虜にした何名かを城の壁に固定し、弓矢で狙うという遊びに興じていた。弓の弦を引き切った時の連中の怯えきった顔を見て、仲間達は歓声をあげていた。


 だが、もう誰も動かない。若い男も女も、子供も。みんなあっという間に死んでしまった。もう少し楽しませてほしかったのに、人間とという奴はどうしてこうも期待を裏切るのか。


 満たされているはずなのに、何かが足りないな……と物思いに耽っていると、正面奥の扉が開いて、レナとセフィアが駆け寄ってくる。


「おにーちゃん! 人間が、お城の中にやってきたよ」

「ご主人様。恐らくは勇者パーティでしょう。生意気にも正面から侵略を始めています」


 寄り添うように隣に立っていたアンジェリカが、僕に向けて囁く。


「うふふ。少しは歯応えのある方のようですわ。どうなさいます?」


 どう料理するつもりですか、という質問だと僕はすぐに理解する。丁度退屈していたのだが、お手並み拝見といきたいところでもある。


「騎士団や他の冒険者どもとは違うようだな。僕はここで奴らが来るのを待ってやるとしよう。アンジェリカ、レナ、セフィアもここにいろ。残りのみんなは、せいぜい可愛がってやれ」


 メイド達は笑顔を浮かべてうなづき、一人ずつ扉を出ていく。今や彼女達もまた猛者なのだ。どんな連中が現れたのかは知らないが、すぐに血塗れになることだろう。


 束の間の静寂を楽しもうとしていると、レナがぷくっと頬を膨らめ、苛立った顔を見せて寄ってくる。


「あーあー! 最近出番がなくなっちゃってつまんない。ねえお兄ちゃん、遊んで」


 アンジェリカが嘆息して、僕の首に腕を回した。


「ダメよレナ。ノア様は仕事がいっぱいなの」

「ああ、そうだな。しかも、これから忙しくなる。僕が世界を——」


 心の中にしたためている成り上がりの物語。世界に僕という存在を認知させ、震撼させ、屈服させる工程を思い描き語ろうとした時、意外な叫び声が城内に響き渡った。


 この声は、おそらくはうちのメイド達の誰かではないか。まさかとは思ったが、続け様に聞こえ続ける多くの叫びに耳を澄ませる。よく知っている声の主がいるようだ。


 まさか、ライトリム城の精鋭達ですら皆殺しにしたメイド連中が、たった数名のパーティにやられているとでも?


 悲鳴は幾重にも重なり、汚い声も混ざり始めた。聞くに耐えない響きに嫌気が差していると、赤い扉がゆっくりと開いて光が漏れた。


「どうした? 随分と苦戦しているじゃないか」


 扉を開いたメイドは一人。その娘は無表情でただ突っ立っていたが、やがて前のめりに崩れ落ちた。


「ほう。少しは骨のある連中がいるようだな」


 扉の向こうから、いくつもの小さな影が現れ、少しずつその正体を現す。頬杖をついていた僕は、徐々に不思議な感覚に囚われ始める。


 懐かしい連中だった。一緒に冒険していたのがもうずっと昔のように感じられる。

 勇者リックとその仲間達が、僕の前に現れたのだ。

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