第17話 魔王討伐の依頼

 馬車を一日飛ばして、ようやく辿り着いた原点の町。もう遅い時間ではあったが、その人は快く会ってくれるのだという。


 モニカに案内されて辿り着いたのは、一軒の大きな館だった。しかし所々壊されており、廃墟のように見えてしまうほどだ。なにか不安になってきたが、大丈夫だろうか。


「なあ。本当に依頼主がここにいるのか」

「もちろん! ほら、灯りだってついてるじゃん」


 あっけらかんと笑う盗賊娘の指さした三階の一室には、確かにうっすらとした灯りがついている。いや、でもなぁ……という疑問を感じているのは、どうやらルーとロブロイも同じだったらしく、顔に戸惑いが浮かんでいた。


 とはいえ、ここまで来たからには会ってみなくては。そう思い彼女を先頭にして館に入り、三階の一室まで辿り着きノックをする。


「どうぞ」


 意外にも穏和な声が聞こえた。モニカが扉を開けた先に待っていたのは、中年の貴族と思われる服装をした男だった。彼はこじんまりとしたソファから立ち上がると、俺たち一人一人に握手をしながら挨拶をしてくれる。周囲には警護の男達が三人ほどいた。


「来てくれて感謝する。私はベルクトと申す者だ。ある事情により大変困っているところで、君達の噂を聞いてね。どうか助けてほしい」


 ベルクトだって? モニカのしてやったりな笑顔とは反対に、俺達三人はあからさまにビックリしてしまった。あのレグザ国王から厚い信頼を寄せられているという、貴族の中の貴族。一体なぜこんな所に?


 とにかく、まずは話を聞かなくては。ここからは俺が中心にならなくてはいけない。


「ベルクト様、お会いできて光栄です。すみませんが、詳しい話をお聞かせ願います」

「ふむ……実は」


 俺たちは皆ソファに座ると、彼の話の一部始終に耳を傾けていた。伯爵は本当に一から丁寧にお話をされたが、途中からもう頭の中が真っ白になっていった。想像の斜め上の話だったからだ。


 まず、ベルクト伯爵はいくつもの別荘を有しており、その中にここが入っている。ただ、この館については家族や親戚の誰も住まわせているわけではなく、ひたすらに厳重な警備だけを行なっていたということ。


 一体なぜ警備だけを配置していたのか? 実は彼の家系には代々、レグザ国王から強大な怪物の封印を維持することを使命着けられていた。王より唯一怪物を解き放つことができる鍵を預かっており、館に隠していたのだという。


「代々そんな危険な鍵は、さっさと破壊するか壊してしまえば良い。そう考えた者がいたが誰も成功することはなく、捨てようとすれば鍵から発せられる邪気により魔族に嗅ぎつけられた。結局は人里に隠しておくことが一番の対策であるという結論に至ったわけだが……。鍵が盗まれ、警備の連中は皆殺しにされておっての」


 そう言えば、この館の廊下にはいくつも血痕があった。皆殺しという言葉に背筋が震える。


「知らせを聞きつけ、館に来た時には愕然としたものだよ。まさかと思ったが既に遅かった。更にはワシのもう一つの別荘にいた者たち、領土に住んでいた町のみんなも殺されてしまった!」


 ベルクト伯爵は喋りながら怒りが湧き上がったらしい。拳をテーブルに叩きつけ、憤怒の形相で俯いている。


「わ、ワシの家族もだ! 許せん、断じて許せん!」


 こんな時、何を言うべきなのか俺には分からない。彼の心の中に吹き荒れる嵐が過ぎ去ったとしても、後には虚しい砂漠があるだけかもしれない。しかし、今はただ嵐に身を委ねていたい、きっとそんな気持ちなのだろう。


「ワシは必死になって犯人を探したが、一向に見つかることはなかった。諦めかけた矢先、ノアという男が魔王を名乗り大陸中に侵略を開始した、という情報を聞いたのだ。そして知ったのだよ。ノアによく似た男が、この館に出入りしていたという話をな」


 ノアがこの館に? ここまで説明を聞いてから、何かが繋がりかけてきたような予感がした。


「つまり、ノアがこの館から鍵を盗み出し、その怪物を蘇らせて大陸中に侵攻を開始したということでしょうか」

「奴自身が主犯かどうかは分からぬ。しかし、関わっていることはほぼ間違いないと、ワシは睨んでいる。奴が館を何度か出入りしていた時期と、警備の者達の姿が見えなくなった時期は一致している」


 俺はいつの間にか身を乗り出していた。


「今や国全体が奴の討伐に動いている。しかし、騎士どもや他の冒険者達に、果たして倒せるものかは分からん。だが、君たちはノアとパーティを組んでいたのだろう? ならば、奴の考えていることも読めるのではないか」


 ふと隣を見ると、ルーが悲痛な顔で床を見つめている。ロブロイはまるで魔物に斬りかかる時のような闘志溢れる顔つきで、モニカは淡々と俺の様子を眺めているようだ。


「ワシが君たちに依頼したいことは、元仲間である奴の討伐だ。こんな頼みを君たちにすることは、到底よろしくないことだとは思う。しかし、ワシには君達以外に適任者はいないと考えている。報酬なら言い値で渡そう。頼む! この通りだ!」


 ベルクト伯爵は深々と頭を下げた。身分では遥かに劣る冒険者達に。傍に立っていた警備兵達が慌ててしまい、仲間もまた動揺してしまうが、俺は比較的冷静でいることができた。


「分かりました。俺達が、奴を討伐します」


 この一言を聞いて、ゆっくりと伯爵は頭をあげる。瞳には涙が浮かんでいた。


「良いのかね。本当に!?」


 もう考えるまでもないことだった。ロブロイがどんと自分の胸を叩く。


「勿論ですよ! あの野郎は元々仲間なんかじゃねえんす。その怪物共々、必ずぶっ飛ばしてやります」


 モニカが得意の満面の笑みを浮かべて頷き、ルーはようやく顔をあげて凛々しい瞳を伯爵に向ける。


「私達がみんなの仇を取ります。絶対絶対、なんとかしますっ」


 答えは決まった。俺も絶対にやってやるという気持ちが膨れ上がっている。伯爵はとうとう涙を零していた。


「ありがとう、ありがとう! 君たちなら、きっと倒せるとワシは信じておる」


 それでは今夜は解散、となる前に、慌ててモニカが割って入った。


「あー、でもちょっと待って下さい。ねーみんなー! ノアはともかく、その怪物とかいう奴がいた場合、勝てるのかな? 封印されてたってことは、正面からやったら誰も勝てないくらい強いんじゃ?」


 彼女の質問は当然だ。確かに、その怪物が既に解放されている可能性は高いし、どれだけ強いかで難易度は大きく変わる。伯爵は微笑を浮かべてスッと立ち上がり、その足をドアの前まで進めて止めた。


「その点ならば心配は無用。ワシが君達に依頼したのは、ノアと同じパーティだったからという理由だけではない。奴は気がつかなかったようだが、この屋敷にはもう一つの秘密がある。ついて来てくれ」


 俺達は彼に連れられ、館の隠れた地下部屋へと向かうことになった。

 そこでもう一つの秘密に出会った後、いよいよノア達が待つ城へと旅だったんだ。

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