最終章 ああ、やっぱりそうだったのかと討伐することにした
第15話 楽しい休日
ある休みの日。
俺はいつもより少しだけベッドの温もりを楽しみ、のんびりと朝食を摂った。週に二回と決めている休日。それぞれが自由を満喫するため、颯爽と港町に消えていく。
ロブロイはああ見えて毎週妻子に手紙を書いている。ポストに投函した後は釣りをするのが休みの定番らしい。モニカは最近できた盗賊仲間と賭けに行ったり、ルーを誘って女子同士でカフェに行ったりしている。
俺はというと、剣の稽古や図書館で勉強、酒場で情報収集などをして一日を潰していた。まあ、結局頭から冒険が離れないっていうことなんだけど。
これからはもっと危険だが、高い報酬を得られる依頼が受ける予定だ。だからこそ準備を怠るわけにはいかなかった。
でもこの日は普段とは違い、本当にただの休日になった。なぜかルーが俺を誘ってきたからだ。よく分からないが、演劇のチケットを二枚買ったが、相手がいなかったらしい。
それならモニカを誘えてばいいんじゃないかと思ったけれど。
「モニカは今日はギルドの人達と遊んでくるんだって。だからお願い」
「俺は全然いいけど、君が退屈になるんじゃないか?」
「ううん。劇場はこっちだよ」
まさかルーに先導される日が来るとは思わなかった。行動力が出てきたなーと思いつつ、正直演劇場に行くのは気が進まなかった。
以前も話したが、俺は昔ダンサーだった。演劇といえば歌って踊るシーンが出てくる。すると、どうも体がむず痒くなってくることがあるんだ。体が踊りたがっているんだと思う。
劇場に入ってからもルーははしゃいでいて、何だか妹の世話をしているような感覚になる。とはいえ、俺に妹はいないのだけれど、きっとこんな感じなのかな。
席に座ると丁度開演間近で、すぐに軽快な音楽とともに幕が開いていく。とある英雄の物語であり、賛否両論あるが大陸で知らない者はいない。
あらすじはこんな感じだ。
盗賊だった主人公がとある街の令嬢に恋をするのだが、あと少しで結ばれる、というところで捕まってしまい投獄される。驚いたことに、すぐに死刑が決まってしまった。
しかしその令嬢は主人公をいたく愛していて、公爵である父に彼を助けてほしいと懇願する。だが父は「あんな奴は死んで当然だ!」と猛反対。実は彼の死刑を命じたのは父だった。
ああ、もう死刑になってしまう……というところで、主人公はなんと牢屋を脱走し、そのまま令嬢を連れ去って遠くの地に旅立った。
もう追っ手がいない新天地に辿り着いたが、そこには魔物達が暗躍していて、魔王は四匹の幹部とともに人間を脅かしていた。黒い魔法の使い手、赤い幻術を使う奇人、巨大な金槌を片手で振り回す戦士、無限に仲間を呼び出す怪人。
誰もが強敵であり、災難に次ぐ災難だったが主人公は諦めず、今度は仲間を集めて戦いを始めた。
そして一人の幹部を封印し、残りの幹部をやっつけた彼は、魔王すら討伐して英雄になった。
最後は令嬢と国を作り、幸せに暮らしました、というラストになる。
うーん。俺は正直、話の内容にはそこまでのめり込めなかった。というよりも、彼らのダンスが見事だったので、そちらに気を取られてしまったのだ。
それともう一つ、本物ではないとはいえ、剣を振り回すアクションが素晴らしかった。
閉演になって席を立とうとすると、ルーがハンカチを離せない程に泣いていた。
「うう……アンナさん、良かった……」
アンナというのは、劇中に登場した貴族の令嬢である。しかしここまで泣くとは。帰り道はずっと劇の話をしていた。なんていうか、ここまで饒舌な彼女を見たことも初めてだったので驚いている。
「俺はあの剣の使い方が好きだったな。適当に振り回しているように見えて、しっかり相手を狙っているというか、実戦でも使えそうで勉強になったよ」
「リックって、いつも仕事のこと考えてるんだね。私、あんまり魔法の勉強とか、長く続けられなくって」
「一ヶ月で賢者にまでなったのにか? 短時間で成果を出すんだから、君は天才だよ」
「そ、そんなっ。私なんか、全然。リックのほうがすごいよ」
うーん、俺のほうが凄いとは思えないが。リーダーを立てる気遣いに感謝しておこう。劇の時間が長かったせいか、そろそろ夕方になろうかという時刻になっていた。
「ねえ、リックも。踊ったりしてたんだよね」
「三年で辞めたけどな。それがどうかした?」
「えっと。ちょっとだけ、見たいかなって」
「え。なにを?」
なにか嫌な予感がする。気がつけば海の見える公園で、近くには噴水やベンチがあった。そして芸人達が楽器で音を奏でていたのだ。ルーはもじもじしながら、
「リックが踊っているところ、ちょっとだけ見たい」
などと予想通りのことを呟いた。
「断る」
「はや! ちょっとは迷ってくれてもいいじゃない」
「もうずっとやっていないんだよ。人に見せられたものじゃない」
「そんなぁ、お願い。一回だけ、一回だけ」
その後ルーは、一回だけ、という言葉を何回も発する子供みたいになった。いつの間にか押しまで強くなっていたのか。
でも、あの劇で触発されていた俺は、しばらくしてからまあいいかと乗せられてしまった。
「分かった! 久しぶりだから見っともないかもしれないが、やろう」
「やった! うふふ」
ベンチに腰掛けて笑うルーに、俺はスッと手を差し出す。
「え、どうしたの」
「せっかくだし一緒に踊ろう」
「あ、一緒に……え!?」
大きな瞳をさらに丸くして、彼女はベンチから跳ね上がらんばかり。周囲には人が結構いるし、一人で踊るには拷問だ。でも、二人ならまあいいと思う。
「でもでも、私。ダンスなんてやったことないし。全然上手く、できないと思うから」
「大丈夫。上手くない人を楽しませるのも、結構やっていたんだ。君は俺に任せていればいい」
ルーは俺の右手を取ることを迷っているようで、小さな白い手を出したり引っ込めたりしている。ここまで挙動不審だと何だか笑ってしまった。数秒だったか、もしかしたら一分経ったのかもしれない。とうとう彼女は顔を真っ赤にしつつ、俺の手を掴んだ。
「あ、あの。よろしくお願いひゃあ!」
「ちょっと引いただけだぞ」
反応が大きいから、何となく楽しくなってくる。俺はよく貴族の人と踊った時のように、手を取りながらのダンスを始める。
芸人達はようやく来たか、とちょっとだけ苦笑いしているような顔で、フルートを吹き竪琴を弾く。時には転びそうになり、時には俺にぶつかりそうになりつつ、一生懸命にルーは踊っていた。
いつの間にか日が沈みかけている。夕焼けに染まった天才賢者は、徐々に顔に笑顔が浮かぶようになり、その姿に周囲の人々が見惚れ始める。多分こっちの世界でもやっていけるだろうな、と俺は思った。
いつしか他の人達もそれぞれに歌ったり踊ったりし始めて、俺は久しぶりに高揚感を覚えていた。みんなと楽しい気持ちを共有しているという一体感。その雰囲気に浸っていた——その時だった。
「大変だぁー! 魔王が、魔王が侵略を開始したぞぉ!」
男の悲鳴のような叫びが町に響き、佳境に入ろうとしていたダンスはお開きになった。何人もの男達が町中で紙をばらまき、必死になって警報を伝えようとしている。
「ね、ねえ。今、魔王って」
「ああ。行こう!」
俺は町の広場に駆け出していき、一人の男から新聞を貰うと、その内容に我が目を疑ってしまった。
『ライトリム城、城下町共々魔王ノアに侵略を受け、陥落』
ライトリム城といえば、大陸でも屈指の大国中心部だ。それをいとも容易く陥落したことも衝撃ではあった。しかし、俺とすぐ近くで紙を覗き込むルーが愕然としたのは、魔王の名前と似顔絵だった。
「え、えええ。ねえ、魔王ノアって」
しばらく息を止めていたような気がして、俺は静かに深呼吸をする。そして、たった一言だけ呟いた。
「ああ、やっぱりそうだったのか」
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