第14話 魔術師とプリースト

 ショックがデカすぎて、思わず天に召されそうになった。


「きゃあ! だ、大丈……ぶ?」

「ああ。物凄くショックを受けて死にそうだが、大丈夫だ」

「それって大丈夫じゃないよね。ごめんなさい」

「いや、いいんだ。今時間あるか? 良かったら話を聞かせてもらいたいんだが」


 ルーは気まずそうな面持ちのまま、向かいの椅子に腰掛けた。元々細身だったけれど、最近さらに痩せてしまったように見える。やつれてきたことについては俺やロブロイも同じだが、彼女の場合特に深刻そうだ。


「君がどうしてもパーティを抜けたいというなら、俺に止める権利はない。だけど、理由だけは聞かせてくれないか」


 冒険者パーティにとって、回復役こそ生命線であり、最も重要なポジションだと俺は考えている。だからルーがいなくなってしまったら、もう冒険を諦めるという考えがいよいよ現実的になってくる。


 本心では、どうしても彼女を引き止めたかった。


「別に、不満があるわけじゃないんだよ。私、リックにはとても感謝してるし。きっと他の人達と組んでいたら、私なんかすぐに追い出されたり、虐められていたかもって思ってるし」


 彼女はなぜか自己評価が低い子だった。俺からみて、プリーストとしての働きは町一番ではないかと思うほどだ。


 しかも素直だし、回復職を務めるだけあって思いやりもある。容姿も美人というよりは愛らしいタイプだが、男女問わず好かれるはずだ。


「でも、やっぱり……その。私はもう、いいかなって思ったの」

「冒険が嫌になったっていうこと?」

「……ううん。冒険は嫌じゃないの。それに、地元に帰っても生活していけるかは分からなくて」


 ルーは今までこのパーティを抜けていった人達のように、明確に辞める理由を用意してはいないようだった。それと、何かを言いあぐねているような雰囲気がある。俺は少し違和感を覚えていた。


「冒険が嫌になったわけじゃないんだな。じゃあ、何かな。人間関係とか、そういうところかな」


 ルーの肩が硬っていた。なかなか言い出せないようだが、恐らく人間関係という線で当たっている気がする。


「あの……このことは、内緒にしてもらえる?」

「ああ、分かった。約束する」

「実は、その。ノアさんのことで」


 嫌な予感がする。ここ最近、あいつが出てくると大体ろくなことがない。


「ノアが、君に何かしたのか」


 彼女は小さく首を縦に振り、その形の良い眉をひそめる。


「三ヶ月くらい前から、かな。私、あの人に仕事が終わってからよく話しかけられるようになったの。最初は特に気にしていなかったのだけど。でも、休みの日にも偶然会うことが多くなって、最初は少し話すだけだったけど、だんだん色々な所に誘ってくるようになってきたの……」


 俺達は毎日依頼を受けているわけではなかった。大抵の冒険者がそうだが、週に何日かは休みを入れるようにしている。嫌な予感というか、もう大体ノアが何をしていたのかは掴めてきた気がする。


「色々なところって、例えば?」

「カフェとか大道芸人さんがくる所とか、お洒落なレストランとか。でも、ある時、変なところに誘われたことがあって。理由をつけて断ろうとしたんだけど、ノアさんはやめてくれなくて。もう断りきれなくて連れていかれそうになったの。でもその時……偶然リックに会ったんだよね」

「もしかしてあの時か!」


 思わずはっとした。二週間ほど前の休みに、宿に帰ろうと通りを歩いていたら、ノアとルーがいたんだ。その後ずっと彼女は俺にくっついて宿に帰ったから、何か変だとは思っていたのだが。


 実はあの時、俺はルーの挙動不審さよりもノアが気になっていた。

 奴から奇妙な気を感じるようになったからだ。


 しかし、まさかこんな事をしていたとは思っていなかった。彼女が誘われた変な所というのは多分、そういうことをする宿のことだろう。言うだけで恥ずかしくて堪らないだろうから、これ以上は突っ込めない。


 気づけば、彼女の長くしっとりした黒髪が震えている。いや、髪だけではなかった。いつの間にか丸く大きな瞳から涙が溢れ出していた。


「それから、何かあると誘われたり、肩とか背中とか……お尻とか、触られたりして。わたし、わたしの部屋にも入ろうしたの。怖くなっちゃって、それで……それで」

「そんな目に遭っていたのか」


 今にして思えば、彼女は最近特に様子がおかしくなっていた。なのに気がつかなかったのは、俺にも充分過ぎるほど責任のある話だった。


「すまなかった。俺が気づいていないばっかりに」

「そんな! リックは悪くないよ。私が、ちゃんと嫌って言えないから、勘違いさせちゃったのかも」

「君は何も悪くない。ノアの奴が……」


 怒りでどうにかなりそうだった。戦闘ではこれといって役に立つわけでもなく、周囲に迷惑をかけ続け、あげくこんな少女に関係を迫っていたなんて。


 それとこれは後で知った話だが、加入してはすぐに辞めていった冒険者達もまた、ノアが原因だったらしい。先輩だからといって金を借りたり、女の冒険者には関係を迫ったりしていたようだ。


 バレないように影でやっていたようだが、気づかなかった自分はまるで道化のように思える。この時俺は、一つの決心を固めた。


「なあルー。奴を追放したら、君はパーティに残ってくれるか?」


 ルーは涙を流しながら、目を見開いている。いたたまれなくなってきたので、まだ使っていないハンカチを渡した。


「俺はもうノアを追放することにしたよ。許すわけにはいかない。そして二度と君に、こんな不愉快な思いはさせないと約束する」

「リック……」


 小さな肩を震わせて、またルーは泣き出した。その涙が乾き、気持ちが落ち着くまでそばにいることにした。

 ようやく落ち着いた彼女は、俺の提案に同意してくれた。


 その後ルーに許可を取り、ロブロイにだけは真実を話した。彼は烈火の如く怒りだし、ノアを殴ってやるとまで言い出したが、彼の今後を考えて必死に止めた。


 すぐに追放とはいかないが、もうやるしかない。俺はロブロイと二人で、ノアがルーに何かをしないかを監視しつつ、新しい仲間を本格的に探し始めた。


 それから二週間後、結果的に魔術師ではないが、とても頼りになる盗賊が仲間になることが決定し、俺はあの酒場でノアを追放することになる。


 奴を追い出すことを決めてからの二週間は、俺やロブロイ、ルーに休みはなかった。というのも、新しいメンバーとダンジョンに潜り、実際にやっていけるか試す必要があったからだ。


 テストの結果は良好だった。俺はようやく確信を得る。もう大丈夫だと。


 しかし、役に立たないように見えた冒険者が実は有能だったり、秘めた力が覚醒して大活躍をするという逸話は、冒険者の中では定番の展開だった。


 実際にはそんなことはほとんどないのだが、ノアを追い出したことで、下り坂を進む可能性もないとは断言できない。


 だが、心の中は晴れ晴れとしている。何か重りが解けたようで、みんなも少しさっぱりした顔をしていた。


 これで俺達は、ようやくちゃんとした活動をできるようになったんだ。

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