第12話 魔術師がボロを出した瞬間
パーティを組んでから二ヶ月後のこと。俺達はとある村付近の森に住み着いた、魔狼の群れを退治するという依頼を受けていた。
茂みの中を進みながら、俺は前もって決めていた作戦を何度もノアに説明し直していた。
「え? 分かってる分かってる。僕の魔法で一網打尽にすればいいんだよね」
「本当に分かっているか? 相手の数はかなり多いはずだ。君とルーを庇いながらの戦いになるから、一番重要なのはどれだけ攻撃魔法で倒せるかなんだ」
「大丈夫だって。僕は失敗しないよ」
この一言に首を傾げたのは、発言者以外の全員だったと思う。失敗しないどころか、ノアは大抵失敗ばかりしていたからだ。本当にベテランなのか疑わしいくらい魔法の詠唱に失敗し、時間を無駄にすることが多かった。
しかし、すぐにそんなことを考えている余裕は消えた。俺と一緒に先頭を行くロブロイが異変に気がついたからだ。
「おい! 奴らのお出ましだぞ」
赤黒い体毛と、体長三メートルになろうかという怪物が、遠間からこちらを睨みつけて唸っていた。そして仲間の魔狼達が次々と姿を現し、あっという間に俺達を取り囲む。
その数は恐らく十匹ほどで、少しでも隙を見せれば間違いなく喉元に飛びかかってくるに違いなかった。
「ノア、詠唱を始めてくれ」
「任せておいてくれ! 今回はとびきりのやつをお見舞いするよ」
俺とロブロイは攻撃はほどほどに、仲間を守る盾になることを決めていた。俺はルーを守り、ロブロイはノアを守る。今回の場合、もっとも重要な鍵を握っているのはノアだった。
魔狼達は危険を察知したのだろう。巨体に似合わない身軽な動きで、一斉にこちらに駆け出してくる。大楯を持ったロブロイがそのうちの一匹に向かい、すぐに弾き飛ばしていた。
「ったく! 早く決めてくれよ」
俺もまた魔狼の一匹を切り倒し、すぐ次に向かってきた牙をラウンジシールドで受ける。首を切り裂いて引き剥がすと、ルーに向かっていた一匹に突っ込む。
「きゃあっ!」
「ぐ……」
内股になって悲鳴をあげる彼女に、魔狼の牙はギリギリで届かなかったが、俺のほうも無事とはいかなかった。右肩に歯が食い込む。
「うおおお!」
だが、噛みついている間こそチャンスだった。左手に持ちかえたブロードソードで腹を貫き、強引に蹴り飛ばした。魔狼は悲鳴を上げて痙攣を続け、やがて動かなくなる。
「ああ……リックさん!」
慌てて駆け寄るルーを、俺は右手で制した。近づきすぎるのも危ない。
「回復魔法を頼む!」
「は、はい!」
パーティのリーダーとして、俺は常に周囲を見渡す癖がついていた。魔狼達は何度も向かっては弾かれ、攻めあぐねているように見える。ロブロイの守りも磐石だし、このままでいけば一網打尽にできる。そう思っていた。
「できたぞ。これで終わらせる! くらえ……メガブラストぉおおお!」
よし! と俺は心の中で少しばかり安堵した。この時まで、ノアは魔法の詠唱に失敗することはあったが、なんだかんだ魔物を倒すことはできていた。爆発魔法なんて使うところは初めてだったが、きっと大丈夫だろうと。
森の中を吹き飛ばすほどの爆風が、魔狼達を次々に消し炭に変えていく……とはならなかった。
「ふうう。精神の消耗が半端ではない。って、あれ?」
どう例えればいいのだろうか。爆発魔法は確かに放たれた。ノアがそういうなら、これはきっと爆発魔法なのだろう。しかし、その威力はあまりにもか細く、魔狼達は小さな爆発に多少痛がっただけで、すぐにこちらに目掛けて向かってくる。
「おい!? どうなってんだよノア。さっぱりじゃねえか!」
ロブロイが狼狽するのも当然だったが、ノアは首を傾げただけで、どうにも悪びれた様子がない。俺は攻撃魔法での一網打尽という手を諦め、みんなに防戦しながら持久戦を続ける指示を出した。
どれだけの時間が流れただろう。十分かもしれないし、もしかしたら一時間経っていたかもしれない。ヘトヘトになりながら、どうにか魔狼の群れは全滅していた。周囲には夥しい血が飛び散っていたが、パーティで大怪我をした者はいなかったことが幸いだった。
戦いが終わり、息も絶え絶えになりつつも、ロブロイの目は鋭い眼光を保ったままだった。その怒りはパーティの仲間に向けて発せられていることは誰の目にも明らかだった。
「ノア。お前一体何してやがった? 全然話が違うじゃねえかよ」
「え? ああ、僕の魔法が通じなかったことか。あれは仕方ないよ。奴らには爆発魔法の耐性があったんだ。リサーチ不足だったね」
「は? 何をお前は人のせいみたいに抜かしてやがるんだ。あれだけ自信満々に任せろって言ってたのは、どこのどいつだ」
ルーが怯えながら見つめるなか、俺は二人の間に入ることにした。このままでは大変なことになりそうだったし、何より喧嘩をしていても解決はしない。
「二人とも待ってくれ。とにかく今日は引き上げよう。依頼は達成したが、この森にはまだ魔物は沢山いるはずだ。消耗している時に襲われたら危険だ」
「ちぃ! 分かったよ」
ノアは黙ってうなづいていたが、何か納得しかねるような顔をしていた。ロブロイが怒る気持ちは分かる。とにかく帰ったら、しっかり話し合いをしなくてはならない。
魔術師ノアは多少プライドが高いようだが、話せば分かってもらえる男だと思っていた。今にして思えば、それもまた大きな間違いでしかなかったのだが。
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