第6話 勇者達の進化
塔を登り続け、魔物を倒すという作業を繰り返すうちに、気がつけば最上階に到達していた。途中何組かの冒険者達に出会ったが、彼らは随分と苦戦をしていた。
意外と言うのもあれだが、俺達が最初に屋上に到達していたんだ。
「マジかよ。全然消耗しないでここまで来ちまったぜ……っておい、ありゃなんだ!?」
ロブロイが驚いて指さした先には、奇妙な紫色の何かがあった。近づいてみると、それはまるで空気中にできた大穴のように見える。しばらく見ていると、モヤモヤとした空間からゴブリンやワーウルフといった魔物が飛び出てくる。
何かに気づいたルーが叫んだ。
「これって魔界穴だよ! 魔物をずっと召喚できる穴なの」
「ええー。やばいじゃん! どうやったら塞げるわけ」
モニカの質問に、ルーは周りをキョロキョロとしながら何かを探していた。
「召喚魔法みたいなものだから、呼び出している誰かがいるはずなの」
「そいつを倒せば塞げるということだな」
俺は今回のボスになるであろう相手を探すことにしたが、見つけるのに時間はかからなかった。
相手のほうから登場してくれたからだ。
「ほほぉ。ただの人間が、よくここまで登ってこれたものだな」
そいつは黒い体毛と長い羽根、鷹のような顔をした二本足の魔物だった。ガーゴイルに姿は似ているが、ずっと上位に位置している存在だろう。俺だけに感じる奴の邪悪な気は、むせかえるほどに強烈だった。
見た目にも覚えがあった。以前魔物図鑑と呼ばれる本を読んでいた時、こいつとほぼ同じ容姿の怪物を見たことがある。
しかし、その図鑑の魔物であるかということは、正直疑わしい。
「お前はまさか……魔王軍幹部レオボルトなのか?」
「ふむ、知っているのか小僧。既に俺の存在など、忘れ去られたものかと思っていたが」
ロブロイが隣で「嘘だろ」と小さく独り言を零した。一千年近く前に大陸を支配しようとした魔王グラン。奴には四匹の幹部がいた。奴はその一角であり、千の魔法を操るものと称される。
「ちょ、ちょっと待ってよー。だってあの魔王の話ってさ、一千年近く前でしょ?」
コクコク、とモニカの質問にルーが頷いて答える。そう、奴はとっくの昔に滅んでいたとしか思われていない、幻の魔物なんだ。
「フハハハ! 我らはそう簡単には死なぬ。なにしろ、今や最も待ち望んでいたことが始まろうとしているのだからな。お前達には、残念ながらその日を待たずに消えてもらうことになる。今この場でだ」
俺達はそれぞれの武器を構える。いろいろと理解し難いことが起こっているが、現実だと割り切るしかない。ここまで来た以上逃げる気などないし、逃げてはいけない。伝説の怪物は翼をはためかせ、遥上空から魔法の詠唱を開始する。
「くそ。あそこにいられたらどうしようもないな」
俺は魔法で攻撃することも検討したが、到底届きはしないだろう。しかも、今も魔界穴からは魔物がやってきて、こちら目掛けて向かってきていた。
「畜生! どうやって戦えばいいんだよ」
苛立ちながらもロブロイは、迫ってくるゴブリンやワーウルフを斧で両断する。
「モニカ! 奴を弓で狙えるか?」
「え!? 無理じゃないかなー。当たんないと思うけど」
やっぱりそうだよな。しかし、こういう時にリーダーの俺が考えなくてどうする。何か手はあるはずだ。
そうこうしているうちに、レオボルトは頭上に黒く巨大な玉を作り上げ、いやらしい細目で笑う。
「あああ! 久しぶりだなこの感覚。人間を殺せるこの瞬間、実に堪らん。さあ、俺の手料理を味わえ!」
何が料理なものか。この黒い光は、もしかしたら俺たちよりもずっと大きいのかもしれない。俺は咄嗟にルーを見た。
「ルー! 反射できるか」
「う、うん!」
ルーが即座に作り上げた反射魔法リフレクションに、レオボルトが放ったブラックボールが衝突し、立っているのが困難なほどの地鳴りが発生した。
恐らく魔物達の幹部ほどの腕前となれば、魔法の威力も桁違いだとは思っていたが、まさかここまでとは。だが、ルーが作り上げた反射魔法を貫通できるほどではなかったようで、ブラックボールは跳ね返ってレオボルトへと向かう。
奴は驚いたのか。一瞬回避が遅れて右の翼を損傷した。ほとんどの部分がなくなってしまい、上手く羽ばたけなくなった奴が急激に落下してくる。
「馬鹿な、跳ね返しただと!? ……く!」
奴は治癒の魔法で翼を元に戻そうとしている。しかし、塔の屋上に落下するまでには、回復が間に合わないだろう。アイツが油断していたこのチャンスに決めるしかない。
「みんな! 援護を頼む!」
考えるよりも体が先に動いていた。魔界穴が発生している付近に奴は落ちる。ひたすらに走る。ロブロイが同時に横を駆けているのが分かった。
近くに迫ってくる魔物の軍勢に矢が当たっている。モニカが援護しているのだろう。俺の剣に今までで最も強く赤い輝きが宿っていた。ルーが補助魔法を使用している。途中巨大な牛の怪物が突っ込んできたが、ここでロブロイが盾でぶつかって凌いだ。
「頼んだぞリック!」
目だけで返事をして、俺はとにかく走る。ギリギリのところで着地をしようとしているレオボルトがこちらに気がついた。距離はもうすぐ。チャンスは今だけ。しかし、奴はまだ冷静だった。
「クワァ!」
奇声を発しながら口から炎を放ち、かつほとんど詠唱なしで氷の魔法アイス・ランスを飛ばしてくる。いくつもの氷の槍が、俺を串刺しにしようと馬よりも速く迫ってきた。
飛べないまでも、奴には逃げる方法はいくつもあったと思う。しかし、魔物達を統べる者としてのプライドか、はたまた自信か、それとも油断か。俺を仕留めることに決めたようだった。
当たったら終わりだ。避けながら前進して奴を切る。普通に考えれば到底できないことかもしれない。しかし、俺はには風変わりな経歴がある。ダンサーとして活動をしていたせいか、身軽さは人一倍あったと言える。
炎の軌道を読み、一つ一つの魔法の隙間を縫うように迫る。近くほどに魔王軍元幹部の表情に驚きの色が浮かぶ。
「ま、まさか。そん……」
「おおおおおおお!」
勢いを一切殺すことなく、俺はすれ違うように剣を振るった。
これ以上ないほどの手応えがある。奴が血飛沫をあげる音がはっきりと聞こえた。
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