第5話 ダンジョン攻略と違和感
馬車を引いていたのはかなりの名馬らしく、気がつけば一日ほどでアケビの塔付近にある村に到着した。
移動中に充分休めたせいか、塔への道のりも苦ではなかった。ロブロイなんてもう目がギラギラしているようだったし、ルーとモニカも足取りが軽い。
途中ガーゴイルやホブゴブリン、きのこの悪魔に遭遇したが、問題なく倒すことができた。やはり魔物が塔から出てきているらしい。
魔物なんて世界中にいくらも存在しているが、人里に近いところにはなかなか現れないものだ。もし出てくる時があるとすれば、大群を率いて滅ぼしにくる時だと言われている。基本的には魔物も慎重であり、そうそう対立関係になる人間には近づいてこない。
だが、村からそこまで離れているわけでもない森の中で、何度も俺たちは魔物と交戦した。特に苦戦はしないが、恐らく塔から溢れるほどに奴らが生まれ続けている可能性がある。
森を抜け川を渡り、とうとう俺たちはアケビの塔入り口にたどり着いた。雲に届くんじゃないかというほど高いこの塔で、一体何が起こっているのか。
ルーは俺の隣で一緒に見上げていたが、小柄な彼女にしてみればより巨大に見えただろう。ロブロイは首を鳴らして臨戦体勢。モニカは怠そうに両手を頭の後ろに組んでいる。
少しの間塔周辺の様子を伺っていると、うちのプリーストがひょこっと近づいてきた。
「おっきいね。ねえリック、この塔は何階まであるの?」
「資料で読んだ限りでは、十二階層だったな」
「おいおい。そんなにかよ! 登るだけで骨が折れるな」
ロブロイがまずいものでも食ったような顔になる。モニカはそんな彼を見てニヤついていた。
「上に行くほどお宝が残ってるよ、きっと」
「お前はお宝の話ばっかりじゃねえか。金の亡者か」
「アンタは魔物とやり合うことばっかりだね、野蛮人」
「ああん!? 俺のどこが野蛮なんだぁ」
「二人ともやめてくれよ。こんな時に」
一応止めたが、別にこの二人は仲が悪いわけではない。ロブロイとモニカは、実は以前からの知り合いらしいのだが、割と遠慮のない関係でもある。恋愛感情的なものはなく、ただの気楽な仲間とのことだった。
実は驚いたことに(別に驚くことではないかもしれないが)ロブロイには妻子がいる。だからか、モニカほどではないがお金には貪欲だ。
「よし。みんな、必ず生きて帰るぞ」
俺はどんな依頼であれ、戦う前は必ずこう言って始めることにしている。生きていることが第一であり、死んでしまったら何にもならない。自分も仲間も、誰一人死なずに依頼をこなさなくてはと常々考えていた。
金枠と赤地の扉を開くと、ただっ広い空間が俺達を迎え入れてくれる。所々に小窓から光が入ってくるため、この辺りはまだ明るい。ダンジョンはいつもそうだ。最初は優しいが、引き返すのが大変なところまで到達してから牙を剥く。
俺たちは塔の中心にある階段を登り、二階へと足を踏み入れた。僅かだが邪悪な気配を感じる。一階とは違い、迷路のように入り組んだ作りに変わっていた。
「野郎ども、多分隠れていやがるな」
「ああ……そのようだな。止まってくれ」
ロブロイは俺の言葉に従い足を止めた。ルーは瞬時に体を硬らせ、小さい両手で杖を握りしめる。モニカは背中に預けていた弓を手に取った。
勇者の加護を得て以来、俺には特別な力が備わっていた。その一つが、邪悪な存在を察知できるというものだ。ここ数ヶ月どういうわけか鈍っていたその感覚が、今日は鋭敏になっている。
そして、闇で見えづらくなっている通路の奥から、何かが音を立てて向かってきた。どうやら巨大な蜘蛛のようだ。あっという間に俺たちの見える距離まで迫ると、奴は口から白い何かを吐き出してくる。
これは糸だな……と思いながらかわし、太く長い足を水平に切りつける。蜘蛛の動きが明らかに鈍った。それもそのはず、反対側の足はロブロイの斧が切断していたからだ。
「オッケー! そこ!」
オッケーって? と疑問に感じる暇もなく、蜘蛛の頭部を矢が貫通していた。悶絶する蜘蛛の体を蹴りながら駆け上がり、俺はトドメの一撃を振り下ろす。
巨体はあっという間に崩れ落ち、あっさりと俺たちは勝利した。一発で蜘蛛の頭部を切り落とせたのは、ルーの力を増す魔法のおかげだろう。剣には今も魔法の効力を証明する赤い光が輝いている。ロブロイの斧も、モニカの矢にも同様の効果が出ていた。
ルーはバフ・デバフといった魔法も器用に使いこなすことができる。魔術師の専売特許かと思っていたが、彼女は普通のプリーストよりも扱える幅が広いようだ。
とりあえず初戦は何とかなった。ホッと胸を撫で下ろしていると、ロブロイがなぜか呆然としていたんだ。
「な、なあ……リック」
「ん? どうしたんだ。そんなにぼーっとして」
「俺達、こんなに強かったか?」
「え……」
言われて気がついた。ルーの魔法があったからとはいえ、これだけ巨大で俊敏な蜘蛛をあっさりと倒せただろうか。以前だったらもっと苦戦していたはずなのに。
そしてこの違和感は、塔を登るごとに強くなっていく。
基本的にダンジョンは長い時間滞在することが多く、戦いでの瞬発力と探索でのスタミナが重要になる。
俺達は今までこの長期的な滞在を何よりも苦手としていた。ダンジョンでは三階層を過ぎたあたりでみんなに疲労の色が見え始め、十階層まで潜ろうものならボロボロになってしまう。
だから今回のダンジョンは、俺達にとって非常に相性が良くない。資料の上ではなにしろ十二階まで存在するというのだから。
だが、三階から四階に上がり、五階層までやってきてもなお、誰も疲れを感じてはいないようだった。いや、むしろ元気だったのである。
これはおかしい。俺だけではなく、ロブロイやルーも同じく違和感があったらしい。モニカについてはお試しでダンジョン攻略に付き合った程度しかなかったので、特に何も思うところはないようだが。というか、彼女は一生懸命お宝を探し出しては目を輝かせている。
「はあああああ。堪んない! 宝石が詰まった箱とかあるんだけど」
「あんまり欲張っちゃダメだぞ。持って帰れるくらいの量にしといてくれ」
とは言ってみたものの、俺としても沢山お宝を見つけてくれるのは有り難いことだった。パーティの資金源になるし、お財布事情が非常に苦しい我々にとっては救世主とも言える。
「ねえ、リック。どうして私達、こんなに元気なのかなぁ?」
ルーが不思議そうな顔でこちらを見上げている。魔物との戦いはもう二十回程度はこなしていた。普段よりもずっとペースが早いので、正直ぶっ倒れている可能性だってあったはず。
ロブロイが首を傾げながら、
「俺も感じていたんだ。っていうかよ。すげえ体が軽いんだよなー。お前の加護に新しい力が備わったとかじゃないよな?」
と尋ねてきたのだが、俺は階段を上りながら首を横に振った。
「俺の加護は全員の成長リミッターを外せることと、邪悪な存在を察知できること、それから普通の人には扱えない武具が使えることの三つだ。加護は一度手にしたらもう増えないだろ」
一部の人間に与えられる特別な加護。それは一度備わったら、もう他の力は付与されないということは常識だった。
それと、体力面を上昇、もしくは回復させる加護を持つものは、今のパーティには存在しない。
ロブロイはパーティメンバーの防御力を二割ほど上げる効果だったし、ルーはパーティメンバーの魔力を自動回復するというもの。モニカはパーティメンバーの素早さを二割ほど上げる、つまりロブロイと近い系統の加護を持っている。
「そういえば、ノアは体力を回復させ、かつ全ての能力を底上げする加護を持っているとか言っていたな」
俺はぼんやりとあの男が説明していた時のことを思い出す。しかし、彼の加護ほど実感に乏しいものはなかった。
「ノアさん、本当にそんな力持っていたのかな」
「あたしはよく知らないけど、持ってたんじゃないのー。嘘なんかついてもしょうがないっしょ」
ルーとモニカは自然にそこそこ会話をするようになっていた。人見知りのルーにしては珍しいなと思いつつ、俺はまたダンジョンの探索に頭を切り替える。このまま登っていければ、恐らく何かが見つかるはずだ。
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