第二章 追放した勇者リックと仲間達

第4話 勇者達のリスタート

 ノアはようやく折れた。

 しかし、去っていくあいつの後ろ姿は、まだ未練という大きな鎖に縛られているように感じた。


 酒場の中は気まずい空気が流れているが、徐々に普段の騒がしさが戻ってきている。ダンジョンに潜っている時よりも気疲れしてしまい、自然とため息が漏れる。そんな俺の肩を、隣にいたロブロイが叩いてきた。


「上手くいったな。さすがお前は辛抱強えよ。つうかよ……悪かった。事前に言われてたのによ。俺ときたら我慢できずに怒鳴っちまった」


 さっきまで怒りをぶちまけていた戦士が、気まずそうに頭を下げてくる。俺は苦笑いしていた。


「いいんだ。むしろ助かったよ。あのくらい強く言わないと、岩みたいに動かなかったかもしれない」


 ロブロイは頭に血が上りやすく喧嘩っ早いが、曲がったことはしない男だ。理由もなく人を怒鳴りつけたりなどしない。


「ルーも参加してくれてありがとう。君は特に嫌だったと思う」


 ノアが座っていた席の隣にいる小柄な黒髪のプリーストは、ぶんぶん首を横に降った。


「そんなことないよ。私、リックに感謝してるの。ありがとう」


 最後の言葉は消え入りそうなほど小さかったが、無口で気弱なルーにしてははっきりと喋っている。


 ふと、ロブロイはステーキを食べる手を止めた。そろそろ彼女がやってくる頃だと思っていたが、約束していた時間通りに来てくれたようだ。ツカツカとブーツの音がする。やってきたその女は、髪は燃えるような赤いショートカットで、ジャケットに短パンにブーツといういかにも身軽なスタイルをしている。


「お待たせー。っていうか見てたよ。随分と派手にやってたじゃん」

「ああ、思っていたよりも時間がかかった。そこに座ってくれ」


 俺は彼女を向かいの椅子に勧める。先程までの重い空気感が、一気に軽くなっていくのが分かった。


 彼女の名前はモニカ。職業は盗賊で、歳は俺と同じ二十歳だ。


「お前が入ってくるなら文句ねえよ。それと今日の飯はリーダーの奢りらしいぜ」


 ロブロイも温和な顔になり、ルーもなんとなく嬉しそうだ。モニカなら、同じ女子であるルーの面倒を見てくれるんじゃないかとも考えている。


「マジ! やったねー。じゃあフルコース頼んじゃお」

「お、おいおい。俺の財布が空になっちゃうだろ」

「あはは! 冗談だよ。あたしが入るからには、もう経済面じゃ苦労させてないから安心してよ。まあ、戦いのほうはいまいちだけどね」


 俺達はノアには秘密で、彼女をパーティに入れて何度かダンジョンに潜っていた。罠解除からダンジョンの地図作成、魔物から貴重なアイテムを盗んだりと、非常に頼もしい活躍をしてくれる。


 それと、自らの実力をいまいちだと謙遜していたが、彼女は戦闘の腕も確かなものだ。魔物を倒せはしないが、守りが上手く決して傷を負わない。時折ルーのことも守ってくれたりするので、前衛である俺とロブロイは非常に助かったものだ。


 ようやくあいつを追放できたんだ。今後は四人でなんとかやっていこう。資金面に問題がなくなり、パーティとしての強さが上がってくれば、もう一人新たに仲間を追加してもいいだろう。


 そしていつかは魔王クラスの存在を打ち破り、大きな賞金と名声を手にして、大陸の平和に貢献したい。今まで俺たちのパーティは全く上手くいっていなかったが、あの男を追放したことで変われるかもしれないんだ。


 一人の魔術師を追放した後、俺達はすぐ次の日に予定を入れた。ここ最近凶悪な魔物が出没しているという、アケビの塔の探索だ。


 魔物達が現れているということは、その塔に何かしらの発生源が存在しているのかもしれない。だから俺達が探索に向かい、災いの元を見つければ排除をする。


 しかし、どうやら魔物の規模は非常に大きいらしい。メンバーの入れ替えをしたばかりのパーティで何とかなるのかは分からない。他の冒険者達に手柄を取られるリスクだってあった。


 だが、今の我々の金銭状況はかなりキツイ。この依頼を受けなくては更に厳しい生活に追い込まれる可能性が高い。


 ノアに渡した退職金は、俺たちからすれば手放すのが惜しい額だった。だが、仮にも仲間だったのだから、こういう時にケチってはいけないと判断した。


 その後はしばらく酒場で談笑して、きりのいいところで解散。みんなで宿に戻ったが、俺はなかなか眠りにつくことができなかった。明日の依頼を達成することへのプレッシャーもあったが、単純に体調がよろしくないことで寝不足に陥っている。


 ここしばらく続く、謎の頭痛や寒気、全身の倦怠感。しかし勇者として、リーダーとして引っ張っていかなくちゃいけない俺が、少しの体調不良でめげている場合ではなかった。


 それに、ここしばらく落ち目になっている以上、今回の大きな依頼を逃したら相当に辛いことになる。無理にでも眠ろうと、必死にシーツを頭から被った。


「やってやる。必ず……」


 言葉に出して誓う。明日は絶対に上手くいく。成功しなくてはならない。


 ◇


 いつ起きても眠い。朝が強い人が俺は羨ましい。

 次の日、普段よりは軽くベッドから降りることができたが、不安はみんなと集合するまでついて回った。


 冒険者ギルドの裏手にある馬車置き場。そこに集合時間より少し早めに到着して、従者と打ち合わせをする予定だった。


 だけど、もうロブロイもルーも、寝起きは悪いとか愚痴っていたモニカまでもが集合していた。


「あ……おはよう。リック」


 朝焼けに照らされたルーの顔は、いつもより血色が良くなっている気がする。ロブロイも朝からやかましく従者のおじさんと話し合っている。モニカは眠そうではあるが、どこかやる気を感じさせる顔をしていた。盗賊としては珍しく弓矢を携行しており、ナイフも二本腰に下げている。


「驚いたな。俺が一番早いとばかり思っていたんだが」

「何だか今日は調子が良くてよ! すぐ起きちまったんだ。居ても立ってもいられなくてな。行こうぜ!」


 ロブロイはやたらと気合が入っていて、確かに普段より元気そうに見える。モニカはやれやれという表情だったが、すぐに馬車に飛び乗ってみせた。身軽だなぁ。


「あたし達で打ち合わせは済ませたよ。さっさと行って、ちゃっちゃとお宝ゲットしなくちゃね」

「宝まで手に入ればいいがな。無理はしないでくれよ」


 冒険者四人を乗せた馬車は、あっという間に町を出た。目的の塔までは二日以上は余裕でかかるはずだが、この馬は相当脚が速いので、もしかしたら意外とすぐに到着するかもしれない。


 俺は腰に差した剣を見つめながら、何としても今回は成功させてみせるぞ、と改めて気合を入れていた。

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