第1話:白王子

 小学校の学芸会で「お姫様役がやりたい」と言った私に友人が言った。


月子つきこちゃんはお姫様というよりは王子様だよね』


 私は、可愛いよりカッコいいと言われることが多い女だった。男の子よりも女の子からモテた。女の子からモテることに関しては嫌ではなかった。その頃はまだぼんやりとしか自覚はなかったけれど、私は男の子より女の子が好きだったから。だけど、男扱いされるのは嫌だった。女から女として好かれたかった。


『月子が男の子だったら好きになっていたかも』


 とある女の子から言われたその言葉が、私を呪った。

 私は彼女が好きだった。彼女に好かれたかった。彼女が望むなら、可愛くなくても良いと思えてしまうほどに。自分のなりたい自分より、彼女の好きな自分で居たいと思うほどに。

 それが恋だと知ったのは、彼女から好きな男の子の話をされた日だった。

 女である私は彼女の恋人にはなれないのだと突きつけられ、胸が張り裂けそうだった。


『月子は好きな人居ないの?』


 その質問に対して私は『君が好き』と答えた。彼女は私の返答を『そういう好きじゃないよ』と笑い飛ばした。


『恋の話だよ。こーい。好きな男子の話』


『居ない』と答えると彼女は言った。『好きな人が出来たら教えてね』と。

 私のこの想いは恋じゃないんだ。私はまだ本当の恋を知らないんだ。

 そう思っていた。


「ねぇねぇ天龍さん。天龍てんりゅう月子つきこって、凄い名前だね。カッコいい」


 初対面の人はみんな口を揃えてそう言う。天龍月子。私はその名前はあまり好きでは無かった。特に苗字。もっと可愛い苗字が良かった。男子からはカッコいいと憧れられた。カッコいい。その言葉は、私はあまり好きではない。男の人に使う言葉だと思っていたから。

 そんな私の想いとは裏腹に、周りは私のことをカッコいいカッコいいと言う。中学生になると、そう言われる頻度が増えた。その言葉が私の心をすり減らすことなんて知らずに。褒め言葉として使っているから余計にタチが悪かった。

 まぁ、女の子から好かれたくて彼女達の理想の王子様を演じていた自分のせいでもあるのだけど。


 中学に入学してしばらくすると、同じ小学校だった森ちゃんという女の子が私のことをと呼び始めた。元々彼女は私を王子と呼んでいた。何故を付け足したのかと問うと「私のクラスにもう一人王子様がいるから」とのことだった。彼女はもう一人の王子をと呼んだ。私は黒王子を当たり前のように男の子だと思っていたが「あれが黒王子」と指差した人は、スカートを穿いていた。彼女がのちに私の親友となる、安藤あんどうかい

黒王子と呼ばれる所以は、私と比べてクールで、口が悪くて、やんちゃだったから。女友達より男友達が多く、男子の中に居ても違和感が無いむしろその方が自然。そんな人だった。のちにここに『女たらしのクズ』という印象が加わるのだけど、当時の海はまだピュアだった。


「えっ。女子」


「そう。女子。安藤あんどうかいちゃん。月子に負けず劣らずカッコいいでしょ? 名前だけなら天龍月子の方が勝ってるけど」


「名前だけって」


「ウソウソ。中身も同じくらいかっこいいよ。私は黒王子派だけど。あーあ、あれで女子なんてほんと、勿体無いよね」


 彼女がそう言うと、海がこちらを向いた。目が合うと近づいて来た。


森田もりた麗音れおん見なかった?」


「えっ。鈴木くん? 見てないけど……」


「そうか。じゃ、あいつ来たら先帰ったって伝えて——「海ちゃんごめん! 掃除が長引いた!」


 慌てて走って来て合流したのは一人の男子。同じクラスの鈴木すずき麗音れおんくんというちょっと変わった名前の男の子だった。彼の名前は、クラスで真っ先に覚えた。海は「ちゃん付けで呼ぶなキモい」と彼の頭を小突いて立ち去って行く。鈴木くんは私達に「またね」と挨拶をしてから、慌ててその後ろを追いかけて行った。


「あの二人、行きも帰りも一緒なんだよ。絶対付き合ってるよね」


 森ちゃんはニヤニヤしながら言った。しかし後日、鈴木くんはその説を否定した。


「海とはただの友達。付き合うことはないよ」


 そう言った彼はどこか悲しそうだった。その理由が明らかになるのはもう少し先の話。

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