第74話

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 007_偵察

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 ソラのフォルステイ家はトンネル方面の防衛部隊に配置された。

 あのガルアス伯爵家は本軍のほうだ。


「トンネルの偵察をしたい。フォルステイ殿に頼めるだろうか」


 トンネル方面部隊の指揮官、ストレバス大佐の依頼でソラはトンネルを偵察することになった。


 この土地がクオード王国に編入されて久しい。本来であれば土地勘のある地元の貴族に偵察を頼むが、先の戦いで大きな被害があったため今回は同行していない。

 地元の者がいようがいまいが、トンネルの所在は確認しなければいけない。そのトンネルからジャバル王国軍が入り込んでいる可能性が高いからだ。それにジャバル王国軍もバカではないはずだから、トンネルを巧妙に隠すか厳重に守っているはずだ。

 だから今回の情報をもたらしたソラに偵察を頼むことにした。そういった運というものをソラが持っていると、ストレバス大佐は直感したからだ。





 ボルドス大山脈周辺は鬱蒼と樹木が繁る場所もあれば、岩場もある。騎馬が入り込んでいることから、岩場は通りづらいだろう。そのような考えから森林部を探索するのが良いとソラは判断した。


「ソラ様。騎馬の足跡を発見しました」


 ジャバル王国軍が投入した騎馬隊は数百になる。それだけの数の騎馬が移動すれば、足跡が残らないほうがおかしい。

 そこには草を踏み固めた騎馬隊の通り道がしっかりと見て取れた。


「よし。これを辿り、トンネルの位置を特定するぞ」

「はっ」


 このような時にも青狼族が役に立つ。

 彼らは森の中を音もなく疾走する。しかも鼻や耳が良いことから敵の気配があれば、敵よりも先に察知できる。


 青狼族を先行させ、ソラたちは足跡を辿って森の中を進む。

 アマニア領を出た時はソラをお飾りだと軽視した目で見ていた領兵たちだったが、今はソラを認めている。

 ソラのあの魔法を見たら、ソラを軽視する者は居ない。その上でソラを軽視する領兵が居たら、騎士エルバートの鉄拳制裁が待っているだろう。


 青狼族が戻ってきた。彼らの報告では、この先1キロ程のところに敵の部隊が防衛陣地を構築しているということだ。


「その防衛陣地を見てみたい。案内を頼む」


 ソラは木々の陰からジャバル王国軍の防衛陣地を眺めた。木を組んだ柵を幾重にも巡らせた防衛陣地は、乱立する森の木々も使っていて攻めにくそうだ。

 防衛陣地の警戒網に穴がないかと遠目から確認するが、良さそうな攻め口は見当たらない。


「随分と厳重に警戒しているな」

「それだけトンネルが重要なのでしょう」


 声を潜めたソラと騎士エルバートの言葉が交わされる。脳筋エルバートもここでは大声を控えている。

 厳重な防衛陣地の構築には、年単位の時間を使っている。発見されてもトンネルを簡単に奪われるつもりはしないという意思表示のように、ソラには見えた。


「エルバートならどう攻める?」

「もちろん、真正面からですな」


 エルバートらしいと思ったソラだが、それでは味方の被害が多くなるだろう。だからエルバートの考えは参考にせず、ソラは考えた。


「トンネルか……」


 敵がトンネルを使うなら、こちらもトンネルを使えばいい。地下を通って防衛陣地内に出口を作る。敵の意表を突く攻め口だ。

 とは言え、この案が通るとは思えない。そんな時間も人員もないと言われるのが落ちだ。


 防衛陣地の情報を得たソラは、トンネル方面の防衛部隊と合流した。


「防衛陣地は幾重にも柵が設置されております。兵士の数は最低でも1000は居ると思いますが、奥のほうまで確認できていませんからもっと居ると思うべきでしょう」


 簡単に防衛陣地の図を描き、それを元に説明する。

 それに唸ったのは、指揮官のストレバス大佐だ。ストレバス大佐はトンネル方面からの攻撃を防げばいいのだが、いつ攻められるか分からないのはストレスになる。さらに森の中で大規模な防衛陣地を構築しているとなると、敵は余裕をもってこちらに戦力を向けることができる。


「本軍にすぐに伝令を送り、指示を仰ごうと思う。皆の意見があれば聞きたい」

「敵は我らがトンネルに気づいていないと思っているのではないでしょうか。であれば、奇襲しても良いと思いますが?」

 出席している大隊長のガーサング少佐が意見を述べた。こちらがトンネルの場所に気づいていないと敵が思っている今が、奇襲の好機と考えているのだ。


「奇襲して失敗したら、総がかりで出て来るかもしれませんぞ」


 捕虜からの情報では、トンネルの周囲に5000人の兵員が配置されているらしい。

 騎兵隊だけでなくその5000人もの兵士を動かせば、作戦は成功したかもしれない。これはトンネルの所在を隠すために大規模な軍事行動を避けたのだと思われている。


 トンネルを隠すために大きな軍事行動に出てないと思われることから、仮に奇襲して防衛陣地奪取が失敗したら兵員が増員されて攻勢に出るかもしれない。そんなことになっては、目も当てられない。

 意見は真っ二つに分かれた。


 ソラもその軍議に参加しているが、積極的に発言はしない。

 ソラはあくまでも当主の代理でアマニア領兵を指揮しているだけであり、軍の幹部や他の領主から見たら一段も二段も下の存在だからだ。


「我々が命じられたのは、トンネルから出て来る軍の警戒だ。今回は監視するだけに留め、本軍の指示を仰ぐ」


 二つに分かれた意見だが、結局は受けた命令通りに警戒すると指揮官のストレバス大佐が判断した。


「監視体制を構築する。フォルステイ殿、意見はあるかね?」


 傍観者でいたソラに、急に声がかけられ少し焦りながら佇まいを正す。


「監視をするにしても、数日は気づかれないかもしれませんが、敵もバカではないですからやがて気づかれるはずです。それを避けようとすれば、本当に少数で行うしかありません」


 つまり監視するくらいなら、今のうちに奇襲でも強襲でもいいから攻めろと言っているのだ。

 気づかれたら増員される可能性が高い。そうなっては攻めることさえできないかもしれないだろう。もちろんクオード王国側も本国からの増援があるかもしれない。それでも森の中の戦いは数の差を小さくしてしまう。しかもしっかりとした防衛陣地を築いている敵を攻めるのは簡単ではない。だから奇襲のほうがいいとソラは考えていた。


「ふむ……少数精鋭で監視するわけだな」


(言葉に込めた意味を汲み取ってはくれないか)


 騎士エルバートのような中央突破論には否定的なソラでも、防御よりは攻めが性に合っている。

 賢者と言われるバージスに幼い時から師事したソラは、ここに居る軍人や貴族が経験したこともないような過酷な戦場に身を置いてきた。それはこの世界にあるラビリンスという特殊な場所だ。


 ラビリンス内にはセルバヌイという化け物が生息している。ソラは上級よりもさらに上の最上位、さらには最上位さえも子供扱いするような伝説級のセルバヌイとさえ戦ってきた。

 伝説級のセルバヌイは国を亡ぼすこともできるほどの化け物だ。そういったセルバヌイと戦ってきた経験がある。


 その経験から、防御に徹するとどんどん後退するしかなくなる。疲れを知らないセルバヌイ相手では防御に徹するは害悪であった。それは数が優位な敵を相手する時にも当てはまるものだ。

 だからソラは攻めた。攻めて失敗することもあるが、防御に徹するよりは良い結果になったと思っている。


「その監視は軍の部隊で行おう。諸侯はもしもの時に備えて、気を緩めずに待機してもらいたい」


 ソラのアマニア領軍は後方に配置された。数が少ないことからの配慮だ。

 だが乱戦になってしまうとソラの魔法は有効活用できなくなることから、本当は最前列のほうが良かったと思っていた。


「後方では面白みがないですな」


 騎士エルバートは木の切り株に腰かけて、最前列が良かったと不満を口にする。


「俺たちのように少数の部隊は、そんなものだ」

「つまりませんなぁ」


 戦場でつまらないと言うエルバートの考え方に苦笑するソラ。

 しかしエルバートの待ち望んだ戦いは、すぐそばまで迫っていた。


 

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