第73話
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006_ガルアス伯爵の悪意
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本陣に合流したソラは、総司令官に厚く感謝された。
「この度のこと、軍監殿もしかと記録している。褒美を楽しみにしているといいだろう」
「ありがとうございます」
ソラの手を力強く握りながら、総司令官は何度も肩を叩く。
(痛いんだが……)
痛みで顔を歪めることなく、総司令官の感謝を受け入れる。
「さすがは閣下の秘蔵っ子だ。いきなり戦功を立てるとは、私も鼻が高い」
総司令官はかつてソラの祖父―――ロドニーの薫陶を受けた1人である。現在はフォルバス家の寄子の子爵家当主で、ロドニーのことをよく知っている人物だ。だからソラが活躍することが嬉しくてしょうがないのである。
暑苦しい歓迎を受けたソラを含めた軍議が開かれた。
総司令官はソラを好意的に受け入れているが、他の貴族や軍人が全てそうではない。
ソラは軍議の末席に座り、上位貴族や軍幹部の話に耳を傾ける。
「ボルドス大山脈のトンネルをなんとかせぬと、また後方から奇襲を受けることになる」
ソラがもたらした情報によって、トンネルの存在が明らかになった。
「わざわざトンネルを掘るなど非現実的。さすがに信じられませぬな」
トンネルの情報を否定的に受け入れた貴族は、騎兵の足を使えば気づかれずに迂回するのは可能だと主張した。
ソラの情報を頭から否定する貴族たちの筆頭であるガルアス伯爵は、白髪の細身の人物である。目が吊り上がっていてカマキリのような顔をしていることから、ソラはカマキリ伯爵と彼を呼んでいる。
このガルアス伯爵とソラは浅からぬ因縁がある。ソラが師匠から伯爵家と賢者の称号を譲り受ける話が出た時、このガルアス伯爵が先頭に立って反対したのだ。他の貴族も反対したが、ガルアス伯爵の工作によって多くの貴族を巻き込んだ反対運動になった。
それというのも、師匠であるバージスの長子の妻がガルアス伯爵の娘なのだ。伯爵家次期当主に娘を嫁がせたのに、ソラのようなバージスの血を受け継がない者がその地位を搔っ攫っていこうというのだから、反対するのは当然だろう。
ソラはバージスの血は引いてないが、バージスの姉がロドニーの妻でありソラの祖母である。元を辿ればバージスと同じ血を継ぐのだから、血が繋がってないという理由でソラが伯爵家を継げない理由にはならない。
さらに言えば、現賢者バージスと前賢者のダグルドールにはまったく血縁関係はない。よって、ダグルドール伯爵家をソラが継ぐ正当性は、賢者の素質に由来するとロドニーとバージスは主張したのだ。この主張を受けて貴族の支持はソラ側に傾いた。
劣勢になったガルアス伯爵はソラへ個人攻撃まで始めたのだが、それはロドニーが許さなかった。烈火のごとく怒ったロドニーがガルアス伯爵家を滅ぼすとまで公言したことで、ガルアス伯爵はロドニーやソラに頭を下げる羽目になったのだ。
本来であれば、そこでソラがダグルドール伯爵家を継承するのだが、こんなことでお家騒動を起こしては師匠に申しわけないとソラが身を引いたのだ。
今もそのことがガルアス伯爵とソラの間のシコリとして残っている。いや、ガルアス伯爵にのみ残っていると言うべきだろう。
そもそも有利だったソラが身を引いたのだから、ガルアス伯爵はロドニーの怒り云々とは関係なくソラに頭を下げるべきだろう。それができないのが、貴族の性なのかもしれない。
「非現実的な話であるから効果的なのだが、ガルアス伯爵はフォルステイ殿の情報を否定する情報を得ていてそのようなことを言っているのですかな?」
「む……そうではない」
「失礼ながら、私情を軍議に持ち込まないでいただきたい」
「私はそのようなことで言っているのではない!」
ガルアス伯爵は床几から立ち上がって声を張った。
「であるなら、明確に否定する情報を提示してもらいたい。現に騎兵が本軍の後方を脅かしたのだ、フォルステイ殿の情報は正しかったと判断するのが筋ではないか」
「ぐぬぬぬ……」
ダグルドール伯爵家の継承騒動以来、ガルアス伯爵は軽視されるようになった。フォルバス侯爵家に喧嘩を売って、頭を下げてしまったのだ。軽視されてもしょうがないことだろう。
そもそもガルアス伯爵はバージスの息子の舅でしかない。
だが、ロドニーは違う。ロドニーはバージスの義兄であり、元はバージスの主家であるフォルバス家の当主、さらに言うと前賢者ダグルドールの一番弟子でバージスの兄弟子でもある。
バージスとの関係性は、ガルアス伯爵よりもはるかに濃密なものなのだ。
ロドニーとガルアス伯爵では、ダグルドール伯爵家への関係性や浸透性が違うのだ。
蛇足になるが、バージスの長子はダグルドール伯爵家を継ぐことはできないだろう。彼が家を継いだら、それ以降フォルバス侯爵家の支援が得られないからだ。下手をすれば、支援なしどころか敵対することになる。
今やクオード王国随一の貴族となったフォルバス侯爵家を敵に回して、賢者でないダグルドール伯爵家が生き残れる目は限りなく少ない。
仮に高齢のロドニーが死んでも、それは変わることはないだろう。後継者の現侯爵ルーカスはロドニーの意思に反したことをするとは思えない従順な男だからである。
「さて、敵はトンネルに5000の兵を配置しているとか。これを撃ち破るだけの戦力を裂く余裕は我らにはない。だからと言って、放置もできない。何か良い考えがあるだろうか」
クオード王国がポサンダルク方面に配備されている兵力は1万だ。対峙している敵ジャバル王国軍がおよそ8500。
トンネルを守る5000の兵が攻撃に転じて、後方に現れるかもしれない。それを考えると気が気ではない。だからと言ってクオード王国軍から5000もの兵をトンネルに回す余裕はない。
「なれば、情報を得たフォルステイ殿にトンネルを押さえてもらえば良いではないか」
またガルアス伯爵である。
「10倍の敵を倒して武功を挙げたフォルステイ殿であれば、やってくれるのではないか」
「「「そうだ! それがいい!」」」
(たった40の兵で5000をどうしろと言うのか? カマキリ伯爵は頭が腐っているな)
明らかに自分への嫌がらせをするガルアス伯爵に、殺意が芽生えてくるソラだった。
これまで何度も嫌がらせをされたが、それとは話が違う。命に関わる話をしているのだ。殺意を覚えても許されることだろう。
「なるほど、ガルアス伯爵や他の諸侯がフォルステイ殿の下に入りたいということだな」
「そんなことは言ってない!」
「だが、フォルステイ殿の兵は少ない。それだけでは送り出せぬ。つまり、言い出した貴殿らが若いフォルステイ殿を支えて見事にトンネルを奪取してくれるということではないのか? それともいい加減なことを言っているのか?」
総司令官は先程「私情を軍議に持ち込むな」と釘を刺した。それでも私情を持ち込むなら、逆にそれを使わせてもらうだけだ。
「軍議の場でいい加減な発言をした者がどうなるか、分かっているであろうな?」
爵位ではガルアス伯爵のほうが上である。だからこれまでガルアス伯爵に一定の配慮をしてきた総司令官だが、それにも限度がある。
トンネルを放置していては安心できないのだ。それを理解しようともせずに、バカなことを言う者を処分するのは総司令官の権限の範疇である。
さらに軍監も居ることから、ガルアス伯爵たちが軍議の邪魔をしていることが記録に残るだろう。
古い貴族の頭を持つガルアス伯爵は、それが分かっていても受け入れることができないのだ。貴族だから、伯爵だから多少のことは許される。そう思い込んでいる。
今のクオード王国は貴族主義ではなく、能力重視である。それゆえに新しい貴族家が多く興っている。ソラのフォルステイ家もその1つである。
クオード王国が強国になった背景には、貴族至上主義や特権意識の改革が行われて能力次第で出世できるようにしたからである。それでも旧態依然としたものが残っている。それがガルアス伯爵たちであった。
「今後、軍議の邪魔をするようなら、退去させる。それをよく覚えておくように」
「くっ……」
総司令官の権限は絶大だ。その総司令官から警告を受け、これを無視したら確実に軍法会議にかけられるだろう。それだけで不名誉なことだが、もし有罪にでもなったら家が保てなくなる。貴族にとって一大事なことだ。
軍議はトンネル方面に2000の兵を置いて警戒すると決まった。積極的なものではないが、戦力が足りない以上どうしようもない。ない袖は振れないのである。
もちろんだが、本国に援軍要請を行う使者も出した。今の戦力では不利なのが分かっている以上、援軍要請は妥当なものだ。
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