第75話
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008_防衛と攻勢
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トンネル方面防御部隊の偵察部隊が、ジャバル王国軍のトンネル防衛軍(仮)と遭遇し戦闘になったのは、ソラが偵察してから2日後のことだった。
「こうなるのは当然だな」
そのことを聞いたソラが、誰にも聞こえないように吐き捨てた。
敵も偵察部隊を出しているだろう。これだけの規模の部隊を見つけるのは、さほど難しくない。もしその偵察部隊を捕縛や殲滅したら、それだけで周囲にクオード王国軍が居ることを知らせるのだから。
「それでトンネルを守るジャバル王国軍は、どう出ますかな」
「こちらとして最善は攻勢に出てくれることだな」
「最悪は?」
「守りを固めてしまうことだ。あの防御陣地にこもられたら厄介極まりない」
森の中にあって攻めにくいだけでも厄介なのに、防衛陣地まで築いている。これで防衛に適した根源力を持った兵士が多く配置されいたら、目も当てられない。
「某はドーンッとぶつかるのが性に合っていますな」
騎士エルバートの思考は結局そこに行くのだなと、ソラは嘆息する。
「で、ソラ様ならどうされますか?」
子供のような好奇心旺盛な眼差しを向けてくるエルバートに、ソラは言い切る。
「もちろん、攻める」
守りは好きではない。守って良いことはなかった。動くなら敵の機先を制して、できる限り意表をついたものがいい。
「もっともこちらがトンネルに気づいていることを、敵に気づかれてしまったから結局は力攻めになるんじゃないか」
攻める場合は、という条件がつく。
首脳陣がどう判断するか、どう対応するかでやることは変わる。やれることをやりたいが、ソラにそんな権限はない。それがもどかしい。
クオード王国側が手をこまねいている間に、ジャバル王国軍はトンネル防衛の人員を増やしていた。気づかれた以上は遠慮せずに、防衛陣地を大きくできる。柵が拡張され、土塀が築かれる。さらに堀まで築いてしまった。これまでも固い守りを見せていた防衛陣地がさらに強固になっていった。
トンネルを掘るよりも、堀を築くほうが簡単だ。崩落を気にする必要はないし、地下水に悩まされることもない。堀を掘っていて水が出てきたら儲けものだったが、水は出なかったので空堀だ。堀を築くのはトンネル掘りよりもはるかに早く進んだ。
「本国から援軍が到着するのは10日後だ。それまでは動けない」
というのが本陣の見解であった。トンネル方面防衛部隊も守りを固める。
そんな日々が続き、2日後には援軍が合流するという頃に、それは起こった。ジャバル王国軍が動いたのだ。
しかも圧倒的な兵力で。
「なんだとっ!?」
トンネルを守っていたジャバル王国軍が、2万もの兵員を動員し侵攻を開始したと報告を受けたストレバス大佐が立ち上がった。座っていた床几は倒れ、ストレバス大佐が歯噛みする。
「間に合わなかったか……。本陣へ伝令。兵力が10倍だ。防御に徹して、援軍を待つ!」
兵力が違い過ぎて攻勢に出ることはできない。
クオード王国軍のトンネル方面防衛部隊も防衛陣地を構えている。ただこちらの防衛陣地はジャバル王国軍がトンネルの前に築いたものに比べると、かなり貧弱なものだ。
ジャバル王国軍のように多くの工兵を抱えているわけではないため、できることは限られているのだ。
しかも平地に防衛陣地を築いているため、360度から攻めることができる。同等か多少の戦力差なら問題ないが、10倍もの戦力差を支え切れるものではないだろう。
「指揮官殿。進言してもよろしいですか」
「構わん」
「この戦力差は致命的です。ここは退いて本軍との合流を果たすべきです」
ストレバス大佐もできればそうしたいが、ここを死守するのが命令だ。簡単に退くわけにはいかない。
「すまんが、退けぬ。退いて本軍と合流できたとしても、挟撃されるだろう。そうなったら本軍まで壊滅の憂き目を見ることになる」
「10倍の戦力差がある以上、半日も耐えきれないでしょう。結果として同じです」
「だが、半日の時間を稼げる。それで本軍は壊滅せずに済むかもしれぬ」
軍人でなかったら今すぐ逃げ出したい。だがストレバス大佐は長年軍に在籍してきた。それが愚かな行為だと分かっていても、軍人の意地を見せなければいけない時がある。それが今なのだ。
ストレバス大佐は部下たちを丁寧に説得した。命令するのは簡単だが、命がかかっているこの場面で頭ごなしなことはしたくなかった。軍人なのに、矛盾した感情だったと、のちにストレバス大佐はこの時の心情を語っている。
部下たちはストレバス大佐の覚悟を受け入れ、それを支えると言ってくれた。心の中ですまぬと頭を下げ、10倍もの敵軍を防衛陣地で迎え撃つ準備をさせる。
「冗談ではない。こんなところで無駄死にできるか!?」
軍人ではない貴族たちが騒ぎ出した。後退するべきだとほとんどの貴族が主張したのだ。
収拾がつかないほどに貴族たちは騒いだ。こんな及び腰の貴族たちが居ても防衛は成り立たない。そう思ったストレバス大佐は貴族たちに退去することを許した。
本来ならあり得ないことだが、貴族たちの多くは退去していった。そのためトンネル方面防衛部隊の兵員は2000から1700に減ってしまった。ここにきてこれは痛かった。
ストレバス大佐たちは退去する貴族たちを苦々しく見送った。
「さて、これで防衛はさらに難しくなりましたが、いかがしますか?」
ストレバス大佐の副官であるサダムは、25歳で中尉だから特に優秀と評価されているわけではない。しかし激戦を数度経験している肝の据わった軍人だ。焦げ茶の髪のストレバス大佐と並ぶと、そのプラチナのような金髪が映える。
「お前ならどうする?」
「某などは」
「なーに構わんさ。どうせこの防衛陣地は落ちるんだ。それならやれることはなんでもやるさ。逃げる以外のことは聞いてやるぞ」
ストレバス大佐は自嘲気味に口角を上げた。
「それでしたら、あちらの御仁を使います」
サダム中尉の視線の先には、大柄な騎士エルバートと談笑するソラの姿があった。他の貴族たちと一緒に退去することなく、この絶望的な状況の防衛陣地に残った稀有な存在だ。
「フォルステイ殿か。彼の力は将軍も認めておられたが……」
「なんでもすると指揮官殿は仰いました。フォルステイ殿のあの表情を見てください。今のこの防衛陣地で笑っておいでなのは、フォルステイ家の方々のみです」
「……なるほど。あれはただのバカか相当な自信があるかのどちらかだな」
「はい。ですからフォルステイ殿をお使いなさい。奇跡が起きるかもしれませんよ」
サダム中尉の進言を受け入れ、ストレバス大佐はソラを呼び出した。
お通夜のような雰囲気の中、ストレバス大佐は言った。
「全ての責任は私が負う。フォルステイ殿の好きなようにやってみてくれ」
首脳陣の視線がソラだけに集まる。ソラは大海に浮かぶ藁のような存在である。もしかしたらやってくれるかもしれない。あの英雄の孫なのだから。そんな細い糸のような希望なのだ。
「好きにです……か?」
ソラはソラで面食らった。まさかそんなことを言われるとは思わなかったのだ。誰それの部隊の一翼を担えと言われるとばかり思ってやってきたのだ。
「ここに残った以上、我らは運命共同体。私はソラ=フォルステイ殿にかけることにした。逃げ出した貴族たちを嘲笑ってやろうではないか」
「……承知しました。では、好きにやらせてもらいます」
立ち上がったソラは、ストレバス大佐たちに向かって深々と頭を下げた。
「さっそくだが、敵はあと3時間もすれば我らを包囲するだろう。フォルステイ殿はどう動くのだ?」
「攻めます」
それは迷いのない真っすぐな言葉だった。自信に満ち溢れた言葉は、首脳陣たちの心に染み入るように広がった。
「我らはどうすればいい?」
「最初に大規模な攻撃をします。その攻撃で敵が混乱したところに、総がかりをしてもらいます。ただし攻める場所は一カ所のみ。敵の総大将が居るであろう場所へ真っすぐ突き進んでください」
「総大将を討ち取ると言うのだね」
「はい」
「承知した。それでは細かいところを詰めよう」
守っていても全滅。攻めても全滅。だったらソラにかけて攻める。ストレバス大佐に気負いや不安、自暴自棄の感情はない。ソラの言葉を聞いてから、勝てると思ってしまったのだ。そう思った理由は自分でも分からない。だが目の前に居るあどけなさを残す顔の少年は、自分たちを生き残らせてくれる。そう信じ込ませる何かがあった。
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