第68話
ここでたくさん説明すると、面白くないですよね。
これは前話から50年ほど時間が経過しています。
ちょっとだけ書いてみました。そこまで多くない話数にまとめるつもりです。
更新は遅めです。
─── あらすじ ───
主人公ソラが10年過ごした王都からガルダディア地方にある領地へ帰るところから物語は始まる。
ガルダディア地方は20年ほど前にクオード王国に併呑された、旧ジャバル王国領だった場所である。
ソラの実家、フォルステイ男爵家が入領してより2代20年。ジャバル王国との争いは未だに続いていることから最前線の地域になる。
フォルステイ男爵家の次男として生まれたソラは、否応なくジャバル王国との戦いに身を置くことになり、その才を遺憾なく発揮して成り上がる。 ────────────
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001_想いを乗せて
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雑多溷濁の人種が行きかうのが、この町の特徴だ。クオード王国最大の都市である王都はこの50年で人口が爆発的に増え、結果として狭い土地に多くの家屋が乱立し高層化が進んだ。
彼、ソラ=フォルステイは大きな旅行カバン1つを持ち、まるでイモ洗い状態の町中を進んでいく。
この王都で10年暮らしたソラは、学校の卒業を経て実家のあるアマニア領に戻るところだ。
海が近い王都は時折潮風が吹き抜け、その度にソラの
王都のセントラルステーションの受付で片道切符を購入した。王都ともしばらくお別れだ。振り返って高層の建物たちに感謝する。
「またな」
5歳で両親と別れ王都に出て来た時は寂しく心細かったが、今では住み慣れた王都を出るのを寂しく感じる。
人の波に飲まれるように駅の中へと進んでいくと、出発を待つ列車がソラを待ち構えているようだった。
セントラルステーションは1番線から16番線まであり、半分ほどの線路は埋まっている。
ソラが乗る列車は16番線に停まっている高速列車だ。その終点は東部にあり、そこで乗り換えを行い実家のあるガルダディア地方へと向かう。
旅行カバンの中には着替えと家族へのお土産、そして書物が3冊とノートが1冊だけ入っている。夜には終点(東部)に到着し、そこで1泊する。その程度の着替えなどが入っているのだ。
「ソラ!」
列車に乗り込もうとすると、呼び止められた。声の主はソラのよく知っている少女である。
「シャインか。どうしたんだい、こんなところで?」
「水臭いじゃない。見送りくらいさせてくれよ」
ショートの黒髪を揺らしながら人々をかき分けて来るシャインとは、かれこれ5年の付き合いになる。11歳の時に入学した学校で出逢い、それ以来の付き合いだ。
入学当初のシャインは今よりも髪が短く、ソラは男の子だと思っていた。半月くらい女性だと気づかなかったのだ。
シャインはそのことを今でも根に持っているが、彼女自身もボーイッシュな容姿なのは自覚がある。
「シャインは国軍に入隊するんだから、俺の見送りなんてしている暇なんてないだろ」
「そこを何とか時間を見つけて、見送るのが友達というものだよ。ソラは本当に寂しい奴だな」
胸をトンッと叩いて来るシャインは、男っぽい喋り方をする。
だから男に間違われるのだとソラは思うのだが、それを言うと機嫌が悪くなるから口をつぐむ。
彼女は騎士科を専行し、主席で卒業した才女である。男勝りで勝気な性格がこのような言葉遣いにさせているのだろう。あるいは彼女の家の事情があるのかもしれない。
「そうか……そういうものなのか。見送りに感謝するよ、シャイン」
「あ、うん。また会える日を楽しみにしているよ、ソラ」
「俺は地方貴族、しかも男爵家の次男だ。王国軍期待の星であるシャインとは簡単に会えないさ」
「バカッ! こういう時は、すぐに会えると言うんだよ!」
金色の目を吊り上げるシャインに、ソラはなぜ怒るんだと頬をかく。それでも5年間彼女とはこのような関係だった。
「そういうものなのか。そうだな、すぐに会えるさ」
「ああ、すぐだ。すぐに会えるよ、ソラ」
ソラの実家は王都から遠く離れたアマニア領だ。王都の宮廷貴族家の令嬢であるシャインとは滅多なことでは会えない。しかもシャインは国軍に入隊したことから、自由になる時間がかなり制限される。当分は会えないと、2人も分かっているのだ。
発車を告げる汽笛が鳴る。
駅員が最後の追い込みとばかりに、大声で乗車を促している。
「それじゃあ行くよ。元気でな、シャイン」
「ああ、ソラも元気で」
列車の乗降部に乗り込み旅行カバンを置くと、ソラは振り返ってシャインの金色の瞳を見つめた。
「シャイン……また会いに行く……からな。嫌だと言っても会いに行くから!」
「ああ、待っている!」
同期生であるが、気の許せる唯一の相手だった。これが恋というものなのだと2人とも薄々感じているが、双方の進む道は違う。
ソラは手を差し出し、シャインはその手を掴んだ。
見つめ合い握手する2人を分かつように、列車がゆっくりと走り出す。
シャインはソラの手を掴んだまま列車に並行するように移動する。
「シャイン……」
「ソラ……」
列車と並走するシャインを駅員が注意するが、まるで接着剤でつけたように手は離れない。
「シャイン、危険だぞ」
「うん」
「離すんだ」
「分かっている! 分かっているんだ……」
列車の速度が無情にも上がっていく。そしてシャインはプラットホームの端の柵に阻まれた。
「会いに行くから!」
「待っているぞ!」
お互いに姿が見えなくなるまで見つめ合い、手を振った。
「………」
ソラはシャインが見えなくなっても、後ろ髪を引かれ後方を見つめた。
「また……会えるといいな」
ソラが実家に帰る理由はいくつかある。その中にはフォルステイ家の領兵を率いて戦場へ赴くことも含まれている。
軍人になったシャインもいずれは前線に配置されるかもしれないが、当面は訓練期間だ。しかも訓練期間が終わっても前線に配置されるとは限らない。
それにシャインが前線に配置された頃までソラが生きている保証はどこにもない。
以前は国軍だけが戦場に出ていたが、ジャバル王国への侵攻を開始した頃から貴族も軍を出すようになった。ジャバル王国の領地を奪った後の領地の分配が、軍人(主に宮廷貴族)にだけ偏るのを領地貴族が嫌ってのことだ。
それによってフォルステイ家も領地を得ることになったのだから、悪いことではないだろう。それでも前線に出るとなると、気が重いものだ。
ソラは一等車の指定された席につくと、気を紛らわすために1冊の本を取り出す。
著者はアルガス=セルバム=ダグルドール。過去に活躍した賢者と言われた人物だ。そしてソラにとっては師匠の師匠、つまり大師匠に当たる人物である。
賢者ダグルドールと言えば祖父や曾祖父の代では有名な人物だったが、ソラは会ったこともない。ソラが生まれる前に他界しているからだ。
表紙には『超絶魔法理論』と記載されている。なんとも胡散臭い題であるが、記載されている内容は至って真面目で難解なものだ。
この本を読める者は、世界広しと言えどもソラとバージス=ダグルドールだけであろう。
バージスは賢者ダグルドールの後継者であり、ソラにとっては師匠に当たる人物だ。ダグルドールの後継者として、国王から賢者の称号を与えられた人物なのだ。
一等車は下級貴族や豪商などが乗り、二等車に比べると混雑もなく静かなものだ。
ソラは本に視線を落とし、大師匠の教えを読み込んでいく。列車の揺れとわずかな会話の声、それらが五感から抜けていき読書に集中できた。
魔法は魔力がないと使えない。師匠バージスは賢者ダグルドールと血縁関係はないが、魔力があったことで後継者になった。伯爵家と賢者の称号を血の繋がらないバージスが受け継いだのだ。
そんなバージスには4人の子と8人の孫が居るが、誰も魔力を持たなかった。それ故に、バージスはソラを後継者として伯爵家と賢者の称号を受け継がせたかった。
しかし貴族家の継承は血縁が優先される。子供たちからも他の貴族からも反対され、ソラを後継者とすることは叶わなかった。
ソラは伯爵家を継ぎたいとも賢者になりたいとも言ったことも思ったこともないが、そういった経緯があって王都に居づらくなってしまった。そこで実家に帰ることになったのだ。
列車は無情にも王都から離れていく。ソラの10年の想いを乗せて……。
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