第67話 (完)

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 067_年の差なんて……

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 夏も盛りに近づいたある日、昨年の秋に生まれた子供をあやすロドニーの姿があった。

 19歳で父親になったことに早いのではと思ったロドニーだが、それでも子供は可愛い。

 ロドニーと同じ翠色すいしょくの髪をしたその子は、ルーカスと名づけられた。いずれフォルバス家を継ぐ子だ。

 乳母をつけることが検討されていたが、ユーリンが自分の乳で育てたいと言うので乳母は雇っていない。幸いにもユーリンの乳の出は悪くなく、ルーカスはすくすくと育っている。


「ルーカス、パパですよ~。いないいないば~」

「………」


 ルーカスは無表情でロドニーを見つめている。


「な、なぜだ? なぜ笑わない?」


 無表情で見つめられてショックを受けたロドニーは、涙目になった。


「ルーカスは高い高いのほうが好きなのよ、ロドニー」


 そう言ってロドニーが抱っこしているルーカスを奪っていったのは、母のシャルメである。ルーカスにとっては祖母になる。


「ほら、ルーカスちゃん。高いたかーい」

「キャッキャッ」


 満面の笑みを浮かべて笑うルーカス。

 さすがは2人の子を育てたシャルメである。ロドニーではどうしてもおっかなびっくりになって、こうはいかない。


 ルーカスとの触れあいを終えたロドニーは、領地の視察に出る。今日はアプラン領へ赴くことになっている。

 最近はファルケンが領兵たちを鍛えてくれるため、視察などの時間が取りやすくなった。

 以前はロドニーにべったりだったエミリアだが、毎日嬉々としてファルケンの訓練に参加している。兄としては寂しいが、エミリアにとっては有意義な訓練なんだろうと、暖かい目で見守ることにした。


 ロドニーは屋敷の前に横づけされた、量産化間近の自動車に乗り込んだ。ただし、この自動車は領主用に特別ハイスペックに作られたもので、パワーと頑丈さが売りになっている。

 ロドニーはこの自動車を貴族や金持ちに売りつけるつもりでいる。ロドニーのところでは生産とメンテナンスを行い、ハックルホフの店が販売を行うというものだ。

 もっとも、これはまだちゃんとした話になっていない。ハックルホフにそう持ちかけられているが、量産化にはクリアしなければならない問題がいくつもある。


 ロドニーは師匠の賢者ダグルドールとハックルホフに、自動車を贈った。

 賢者ダグルドールは大変喜んで王都で乗り回していたらしいが、最近は妻のメリッサが使っているらしい。ハックルホフに贈った自動車も、バッサムで女性陣が使っているらしい。どこの家でも女性は強いようだ。


 サスペンションとクッションには拘った。乗り心地は馬車よりはるかによい。それでいて馬車よりも数倍速いため、移動時間が短くなる。

 貴族や金持ちであれば、これを買わないことはないだろう。それに、ステータスシンボルとしても、自動車は目立つものだ。


「乗り心地はかなり改良されたな。これなら文句を言われることはないだろう」


 馬車に慣れた者であればこの乗り心地に文句は言わないだろうと、ロドニーは満足した表情をしている。


 アプラン領はデデル領とは逆で平地が多い。それだけ開墾の余地がある領地である。未開墾の場所に青狼族を入れて開墾を進め、作付けに関してはシシカム(大麦)、ザライ(ライ麦)、ボルシ(ジャガイモ)、バンバロ(大豆)の輪作を指示している。

 ロドニーはアプラン領を食料生産の拠点にしようと考えていた。


 それらの畑の視察も大事だが、今回はそれがメインではない。開墾を進めていた青狼族が、あるものを発見したのが今回の視察のきっかけだ。

 青狼族が発見したのは、リンゴの木。以前、廃屋迷宮でリンゴの木を発見して、庭で育てていたが枯れてしまった。

 今回はリンゴに似た果物の木を地上で発見した。酸味が強いため現地の人は食べていないらしいが、青狼族の土地でも昔はこのリンゴに似た果物があって食べていたと言うのだ。


 後輪がキャタピラになっていて、悪路でも走れる仕様の自動車を森に横づけする。

 森に入っていくため、ここからは歩きになる。ロドニーの他には、従士バクライとフェルド、そして領兵が10人、あとはリンゴに似た果物を発見した青狼族が3人。


 青狼族の3人は鼻をスンスンさせながら、森の中を進んでいく。

 そこまで深い森ではなく、目的の場所にはすぐに到着した。

 そこには青い実をつけた木があり、その実はリンゴによく似ていた。鬱蒼とまで言わないが、木々の多い場所だ。


「俺たちはこれのことをシャックと呼んでいた」

「シャックか。酸味が強いのだったな」

「もいですぐに食べるのではなく、実をもいで10日もすると甘くなるんだ」

「なるほど、熟成させるわけだな」


 フェルドは熟成の意味が分からなかった。深く考えると頭が痛くなるので考えない。


「甘くなったものを食べてから判断するが、できればこれを栽培したい」

「栽培については、俺たちには分からない」

「分かっている。栽培は他の者に任せるので、軌道に乗るまで協力を頼むぞ」


 狩りや戦闘は得意だが、農耕が不得手の青狼族に栽培を任せるつもりはなかった。断られるのも分かっていたので、栽培は最初から別の者に任せるつもりでいた。


「とりあえず、この実を持ち帰ろう」


 ロドニーが近くの青い実を採取しようとすると、フェルドが止めた。


「それはまだダメだ。もぐならこれがいい」

「なぜだ?」

「それは、匂いが悪い。まだもぐには早いということだ」


 鼻の良い青狼族ならではの判断基準に、素直に従う。同時にそういうものをロドニーたち人族でも目利きができるようにしなければならないとも思った。


 10日熟成させたシャックは甘味があって美味しくなっていた。

 これなら産業になると考えたロドニーは、さっそくシャックの栽培に取りかかった。シャックの栽培には数年から一〇年くらいかかると思われる。先は長いが、産業の芽は育てなければいけない。


 ・

 ・

 ・


「ロドニー様!」


 書類仕事をしていると、ロドメルが部屋に飛び込んできた。ロドメルのあまりの勢いに、瞬時に『風林火山』を発動させて身構えてしまったロドニー。


「脅かすな。攻撃するところだったぞ」

「失礼しました。ですが、一大事です!」

「分かったから、そう大声を出すな。耳が痛い」


 ロドメルは地声が大きいのに、興奮していることでさらに声が大きくなっている。


「で、何が一大事なんだ?」

「お嬢が」

「エミリアがどうした?」

「ファルケン様と結婚すると、申しております!」

「な……なぁぁぁにぃぃぃっ!?」


 椅子からずり落ちるほどに驚いたロドニーは、冷静になるまで時間がかかった。冷静になってロドメルの話を聞くと、毎日稽古をつけてもらっていたエミリアは、ファルケンの武に対する姿勢に感銘を受けていた。そのストイックな姿勢のファルケンに惹かれるようになったのだとか。


「ま、マジか……」

「いかがいたしますか?」

「いかがも何も、エミリアはまだ17だぞ。ファルケン卿は……40を超えていただろ。年齢的にどうなんだ? いや、それ以前にファルケン卿はなんと言っているんだ? エミリアが勝手に結婚すると言っても、話にならんぞ」

「それが、ファルケン様もまんざらではないようなのです」

「なんてこったぁ……」


 とにかく話を聞くことにしたロドニーは、すぐに2人のところへ向かった。


「このような仕儀になり、申しわけない」


 ロドニーの顔を見るなり、ファルケンは謝罪を口にした。その言葉でファルケンの想いが分かってしまう。


「本気でエミリアを妻にすると言うのですか?」

「フォルバス卿に許してもらえるように鋭意努力する。許してもらえるのであれば、フォルバス卿の家臣になることも吝かではない」


 王国最強が家臣になることは、フォルバス家にとってとても名誉なことだろう。だが、話はそんな簡単なものではない。


 まず、ファルケンが王国最強だということ。いずれは国の中枢に戻って、国王を補佐する存在である。ファルケンが望む望まない関係なく、そうなるだろう。それが王国最強と言われた男に纏わりつく鎖のようなしがらみなのだ。


 ファルケンが国の中枢に戻れば、それこそ陰謀に巻き込まれて死刑になるかもしれない。さらに言うと、ファルケンの妻になるということは、権謀術数飛び交う社交界が待っている。自由奔放に育ったエミリアが、そのような場所で生き残れるのか心配である。


 それに、2人の年齢差。軽く20歳以上の年齢差があるのだ。貴族の世界では珍しくない年齢差婚だが、それは政略結婚の場合。ロドニーはエミリアを政略結婚に使う気などなく、自由に相手を見つければいいと思っていた。それが、まさかファルケンだとは思いもしなかった。


「俺が言うのもなんですが、エミリアは世間知らずの子供です。本当に、エミリアでいいのですか?」

「エミリアは私が初めて心惹かれた女性だ。エミリアしか居ないと、想っている」


 ファルケンは真剣にエミリアを想っている。そうロドニーは感じた。だからと言って、これは簡単な話ではない。


「エミリアはどう考えているんだ?」

「私はファルケンさんと結婚するよ」


 あまりにも軽々しく言うエミリアに、ロドニーは眩暈を覚えた。


「お前、ファルケン卿と結婚するということが、どういうことか分かっているのか? ファルケン卿は王国内外に知らない者は居ないほどの人物だ。その妻として、ファルケン卿を支えられるのか?」

「お兄ちゃんの妹を甘く見ないでよね」

「これまでの自由奔放な生活はできないんだぞ」

「それに関しては、必ずエミリアを護ると私が約束する」


 ロドニーは家族と主要な家臣を集めて、協議することにした。

 2人の結婚は下手をすれば、フォルバス家を危機に陥れる可能性がある。ファルケンという男は、それほどの爆弾なのだ。


「この際は年齢差は問題ではありません。ファルケン様と当家、そして王家や他の貴族との関係が問題になります」

「内戦時にファルケン様に当主や家臣を討ち取られた貴族は、今でもファルケン様を恨んでいるでしょう。その貴族家と敵対する可能性があります」


 ホルトスとエンデバーが問題を整理するように発言した。


「それに、ファルケン様が中枢に戻れば、誰かの役職を奪うことになるでしょう。それに私たちが知らない潜在的な敵も多いはずです」

「そもそもだが、ファルケン様は王都に戻られるのか? 当家の家臣になってもいいと言っているのだろ?」


 ロクスウェルの言葉に、ロドメルが質問する。


「ファルケン卿は国王陛下に請われている人物だ。当家の家臣にしたら王家に対する隔意を疑われかねない。痛くもない腹を探られるのは、面白くないからな」


 ロドニーの言葉に、なるほどと頷くロドメル。他の家臣も頷いている。


「いいじゃないの。立派な婿さんだと、母さんは思うわよ。それに、一番大事なのは、2人の気持ちよ。私たちが何を言っても、燃え上がった恋の炎は消せないものよ。うふふふ」


 結局、シャルメのこの言葉が決め手になり、ロドニーも2人の結婚を許すことにした。これはフォルバス家の家長としての決定である。

 だが、今のファルケンは爵位を弟に譲っていて正式な貴族ではない。それに役職もない。クオード王国には年金といった制度もない。

 現在のファルケンは無収入である。簡単に言うとプー太郎やニートである。子爵位を譲った弟からの援助はあるだろう。いずれ中枢に戻ることになるだろうが、それはまだ先の話だ。それでは心もとない。


 そこで頼りになるのが、フォルバス家の寄親であるバニュウサス侯爵と、ロドニーの師匠である賢者ダグルドールだ。

 バニュウサス侯爵は王都で大臣をしているので、2人共に王都に住んでいる。ロドニーはホルトスとエンデバーを使者として送った。


 今すぐとは言わない。来年でも再来年でもいいからできるだけ穏便に、ファルケンに何らかの職を与えてほしいというものだ。

 完全に縁故である。本来は忌避されるべきことだが、ファルケンを遊ばせておくほうが国にとって損害である。


 調整に時間がかかったが、王都のバニュウサス侯爵と賢者ダグルドールから返事をもらった。

 元々、ファルケンは王家の剣術指南役だが、罷免されているわけではないというものだ。休養中になっているだけで、来年なら復職させられるだろうとのことである。


「本当はフォルバス卿の下で働きたかったが、そういうわけにはいかないというのは理解できる。その話、ありがたく受けさせていただこう」

「そう言ってもらえると、助かります。まだしばらく時間がありますので、しばらくはこのデデル領で羽を伸ばして鋭気を養ってください」

「感謝する。そして、よろしくお願い申す、義兄殿」


 40過ぎのファルケンに義兄と言われると、なんだか背中がムズ痒いと思いながら笑顔で応える。


 ロドニーはエミリアにファルケンの妻が務まるかと心配しているが、エミリアはファルケンをよく助ける良妻になる。3人の子宝にも恵まれ、2人の剣の才能を引き継いだ子供たちが、それぞれ活躍することになる。

 それはまだまだ先の話だが、この結婚はエミリアとファルケンにとってとても幸せなものになった。



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ここで完結です。

ありがとうございました

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