第66話
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066_最強と怪物
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これは内戦終了後、ひと冬越えたある暖かな日のこと。
デデル領のベック港に入港した船がある。この船は奇妙な形をした船で、普通の船にはあるべきマストがなかった。その代わりに、船尾に見慣れないものがあった。箱のようなものから伸びたパイプが、海面の下に続いているのだ。
この船はロドニーが造らせた船で、その船尾には発電機とモーターが設置されている。そのモーターからパイプが伸びているが、そのパイプはシャフトをカバーするもので海面の下ではプロペラ状のスクリューが回転して推進力を得ている。
ロドニーは前世の記憶にあるモーターボートのようなスクリューの使い方をしている。仮にスクリューが動かなくなった場合は、オールで漕げるようになっている。
メキティスと名づけられたこの船はこの春に完成した新型船で、持ち主はハックルホフ交易商会である。
本来は貨物船なのだが、あまりにも珍しいため乗船希望者が多く、最近では一般客も乗せている。
西部から王都とバッサムを経由して寄港したメキティスから、一人の男が下りて来た。
ただそこに居るだけで圧倒的な存在感を発しているその男は、急速に発展するベック港とその周辺のエリアに目を見張っていた。
その人物―――アリアス=ジョン=ファルケンは、王国最強と言われた人物である。
内戦時、国王を護る最後の砦として善戦したが、最後はロドニーに一騎討ちで敗れた。
ロドニーがやろうと思えば、ファルケンの腕を切り飛ばして怪我をせずに済ませることもできた。それをしなかったのは、『快癒』というとても珍しく、ある意味最終手段として使える根源力を隠すためだった。
あの時、ロドニーによって砕かれた四肢は、『快癒』によって完治している。
部位欠損を治すとロドニーが持っている根源力が『治癒』ではなく、『快癒』であることが分かってしまう。だが、骨折を治した根源力が『快癒』であっても、傍からは『治癒』にしか見えないのだ。
違和感があると指摘されたとしても、『治癒』と言い切ればいい。『快癒』はそれほど秘匿するべき根源力である。
ファルケンは丘の上に建っている領主屋敷へと向かった。ロドニーに復讐するためではない。それどころか、ロドニーには感謝さえしているファルケンである。
ではなぜデデル領へやって来たのか? 自分以上の存在を認識したからだ。
ずっと剣の天才、王国最強と言われてきたファルケンは、自分よりも強い人物を知らなかった。戦ったことはないが、あの賢者ダグルドールでさえ剣においてはファルケンの敵ではないだろう。
「私はアリアス=ジョン=ファルケンと申す。ご当主、ロドニー=エリアス=フォルバス殿に面会したいが、取り次いでもらえないだろうか」
ファルケンは屋敷の門番にそう伝える。
「約束はありますか?」
「いや、ない。都合が悪ければ、約束を取りつけたい」
フォルバス家の門番は、デデル領の精鋭領兵と言われる者たちだ。強者の雰囲気というものが分かる者たちである。
背筋が凍えるほどのその圧に、門番は耐えた。精鋭領兵の意地にかけて引くことなどできないからだ。
門番はファルケンに待つように言って、屋敷にうかがいを立てた。
昨年の晩秋に生まれた息子のルーカスをあやしていたロドニーに、ファルケンの来訪が伝えらえた。
その話を聞いたロドニーはルーカスをユーリンに任せ、慌てて屋敷から飛び出して行った。
「ファルケン騎士団長!」
駆け寄ったロドニーが、ファルケンをそう呼んだ。だが、今のファルケンは騎士団長ではない。
「今の私は騎士団長ではないですぞ、フォルバス卿。それに、爵位も弟に譲ったので、今はただの隠居です」
ファルケンは騎士団長という立場を利用して、私利私欲を満たしていたわけではない。大臣たちと違って、そういった面ではなんの罪もない。
だが、図らずも大臣たちを護る行動をしたため、投獄されていた。領地持ち貴族の中にはファルケンに殺された者も居るため、最初から無罪放免はできなかった。
ファルケンの力を惜しんだ新国王は、自分の戴冠の際にファルケンに恩赦を与えた。元々、ファルケンは何も悪いことをしていない。騎士団長として国王を護っていただけなのだから、重罪に問われることはない。
新国王はすぐに復職を要請したが、さすがにそれを受けるわけにはいかない。それに、心の整理をつけるために、少し時間がほしかった。
ファルケンには妻子は居ない。年の離れた弟に爵位を譲り、旅に出ようと思った。その目的の場所がこのデデル領なのだ。
ロドニーは戴冠式に出席していないが、恩赦のことは聞いていた。それでも、まさかファルケンが現れるとは思ってもいなかったため、とても驚いている。
「とにかく、中へ」
ロドニーはファルケンを屋敷に招き入れ、歓待した。
「それで、なぜこんな辺境の地へ?」
「フォルバス卿に稽古をつけてもらいたくてな」
「はい?」
王国最強と言われた人物が何を言っているのかと、ロドニーは半眼になった。
「何も不思議なことではない。フォルバス卿は私に勝った。この30年、私は剣で負けたことがない。それをした人物に師事したいと思っただけだ」
「いやいやいや。俺などファルケン卿の足元にも及びませんから」
「私に勝っておいて、それはなかろう。それでは、私の立つ瀬がないではないか」
「あ、これは、失礼しました。しかし、俺は根源力に恵まれただけで、決して剣の腕がファルケン卿よりも上というわけではありませんので」
「私は根源力を含めた力、それを否定する気はない。フォルバス卿が放出系の根源力を使って私に勝ったのであれば、このような頼みはしなかっただろう」
「………」
ファルケンは熱心に頼み込んだ。その熱意に、ロドニーは折れて受け入れることにした。
「ですが、本当に俺の剣の腕は達人未満ですよ。むしろ、妹のエミリアのほうが剣においては天才なんですよ」
「ほう、妹殿はそれほどか。一度、手合わせてしてみたいものだ」
「エミリアも喜ぶと思いますので、是非教えを与えてやってください」
ファルケンを賓客として受け入れることにしたロドニーは、翌日の朝の稽古を共に行うことになった。
もちろん、そんな美味しい話に、エミリアやロドメルなどが参加しないわけがない。翌朝の訓練場には、ほぼ全ての武官(騎士と従士)が集まった。
「おい、ホルトス。仕事はどうした?」
「王国最強のファルケン様の剣を間近で見られるのです。そんな場合ではないでしょう」
まさか常に正論を吐くホルトスが、そのようなことを言うとは思ってもいなかったロドニーであった。
「お前までロドメルのようなことを言ったら、フォルバス家は終わりだろ」
「ははは。今回はお目こぼしください」
頭を深々と下げたホルトスに、ロドニーは溜息混じりで分かったと言うのだった。
いつも通り素振りと『カシマ古流』の型をなぞったロドニーを、ファルケンは凝視した。
「あの時も思ったが、フォルバス卿のその型は見たことない流派のものだな」
「『カシマ古流』という流派です。クオード王国ではデデル領でしか見られない流派だと思っていただいていいと思います」
「ほう、聞いたことがないな。異国の剣術かな」
「そうかもしれませんね」
『カシマ古流』に関しては、根源力だと言わない。一般常識では『カシマ古流』のような武術を根源力として得られることはない。日々の研鑽の積み重ねによって、武術は身につけるものなのだから。
「ふむ……。最初の一撃に重きを置いた流派かと思ったが、そうでもないか」
さすがは王国最強なだけはある。型を1度見ただけで、『カシマ古流』の特徴を汲み取った。だが、ロドニーも全部を見せているわけではない。奥義と言われる型は当然ながら秘匿しているし、型も全てを見せたわけではない。
「私は我流の剣。各流派の良いところを真似、そして辿りついたものだ」
2本の剣を使うファルケンの剣は、他にはないものだ。そして、誰でも扱えるものではない。そのことは、ロドニーでも理解できるものだった。
「フォルバス卿。手合わせを頼めるか」
「胸をお借りします」
ファルケンとロドニー。最強と怪物が再び相見える。訓練であっても2人の闘気はせめぎ合う。それが土埃を上げ、2人の視界が一瞬塞がった。その刹那、2人は動いた。常人では目で追えない人外の速度。
ファルケンの木剣はロドニーの額の直前で止まり、ロドニーの木剣はファルケンの胴の直前で止まった。
誰かが固唾を飲み込み、喉を鳴らした。それが合図になり、2人は1歩下がって徐に打ち合いが始まった。
最初はまるでスローモーションのような動きだった2人だが、次第に動きが速くなっていく。
ファルケンの2本の剣が恐ろしいまでの速度でロドニーに襲いかかる。それをロドニーは1本の木剣で受けた。
その光景を見ていたロドメルたちには、2人の腕が10本にも見えた。
「トゥァァァッ!」
「キエェェェッ!」
いつ息をしているのかと思うような攻防が繰り返され、ついにファルケンが右手に持った木剣が粉々に砕け散った。残った左の木剣もいつ砕けてもおかしくないような状態だが、ロドニーの木剣はそこまでではない。
これはロドニーが木剣に『覇気』を纏わせていたためだ。『覇気』を纏った木剣は鉄の剣をも上回る硬度を持つ。
ファルケンもまた『覇気』を木剣に纏わせていた。だが、『操作』があることによって、ロドニーは根源力の使い方が上手い。さらに、『強化』と『増強』があることで、根源力の効果が増す。そういった差が出たのだ。
「さすがは最北領の怪物殿だ。やはり届かぬか」
ファルケンは大いに満足し、もっと強くなってみせると笑みを見せた。
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2話追加更新です。
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