第65話 (完)

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 065_ドリフト

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「ロドニーも子爵か。お前はまだ若い。すぐに伯爵になるだろう。もしかしたら、わしを越えるかもな」

「師を越えるのは、弟子の目標にございます」

「言うではないか。だが、目の前にある山は決して低くはないぞ」

「嶮しい山であっても、必ず越えてみせます」

「うむ。その意気だ。バージスもロドニーに負けずに励むのだ」

「はい!」


 バージスはかなり魔法の腕を上げたと聞いた。賢者ダグルドールはまだまだと言うが、それでもこの世界で2人目の魔法使いである。賢者ダグルドールのように、大魔法使いになってほしいと願うロドニーであった。


「そうだ、自動車ですが、かなりいい感じになっていますよ」

「なんだと!? よし、今すぐデデル領に向かうぞ!」

「落ち着いてください。お師匠様。お師匠様は国王陛下の相談役なのですから、今、王都を離れるわけにはいかないでしょう」


 王太子が国王の座に就いたばかりだ。今、賢者ダグルドールが王都を離れるのは、さすがにできない。


「だから相談役など、やりたくなかったのだ!」

「我慢してください。それに、国王陛下を良い方向へ導けるのは、お師匠様だけですから」


 賢者ダグルドールをなんとか落ち着かせると、ロドニーはデデル領へと向かう。

 船で帰るため、かなり速くバッサムへ到着した。そこでハックルホフたちに子爵になったことを報告をした。ハックルホフたちは大変喜んでくれた。


 デデル領のベック港に到着すると、ユーリンたち家族が迎えに来てくれていた。


「ロドニー!」

「ユーリン!」


 抱き合い再会を喜ぶ。ユーリンの抱き心地を堪能する。

 ホルトスたちの家族も総出で出迎えていたので、桟橋は混雑した。

 誰1人も欠けることなく帰ってこれた。大きな戦だったが、それが一番嬉しいことだ。


「無事に帰ってきてくれて、ありがとう」

「ユーリンが居るのに、死ぬものかよ」


 ユーリンのお腹はかなり大きくなっていた。順調に育っているようで、ホッとする。もうすぐ夏が終わり、秋になる。そうすれば、フォルバス家にも新しい家族が増える。楽しみでならない。


 屋敷へ帰ると、すぐに騎士と従士たちが集められた。本当はユーリンと2人きりで居たかったが、領主としてやらなければいけないことが多い。


「皆、留守を守ってくれて、感謝する」

「お帰りなさいませ、ロドニー様」

「「「お帰りなさいませ、ロドニー様」」」


 ロドメルの言葉に続いて、全員が大合唱する。


「今回の出征の褒賞として、子爵に陞爵した。皆のおかげだ」

「「「おめでとうございます!」」」


 ここで問題になるのが、新しく加わった領地をどうやって治めるかだ。現領主家が退去するのにあと1月はかかる。それと同時に領地へ入って検地などをしなければならない。


 王家直轄領であったセッパ領は、他の2つの領地とはやや事情が異なる。

 セッパ領は王都から派遣された宮廷貴族が、代官として治めている。その代官が王都に帰った後は、地場に根差す騎士や従士が残る。

 規模が子爵領であるセッパ領の騎士や従士は多い。おそらく現在のデデル領の数倍の規模になるだろう。


 王家の直轄領だったためこれまで戦には出ていない彼らが、今のデデル領の騎士たちと上手くやっていけるだろうか。

 また、他の2領からもそういった地場に根づく者たちが、領地に残るかもしれない。ロドニーはそういった者たちも受け入れなければいけない。


 セッパ領の騎士たちの数がどれほどになるかは不明だが、人材は不足するだろう。規模だけで見たら領地が10倍以上になった。騎士たちの数が数倍になっても追いつかないのだ。


 そういった問題があると、皆に投げかけた。


「ある程度はその土地の者を採用しなければならないでしょう。それはその土地を治める上でどうしても必要なことです。ですが、力なき者に大きな顔をされるのは、さすがに我慢なりません。最初に誰が上位者かを、その者たちに教え込みましょう」


 ロドメルが極悪な笑みを浮かべた。


「ロドメル様の言う通りです。文官であっても、能力が低い者が高い地位に就くのはよろしくありません。これからはデデル領を始めとする4領地を、多角的に運営しなければなりませんので、能力はとても重要です」


 キリスが役立たずに重職を任せるわけにはいかないと言う。

 ロドニーは各領地に人を送り、今のうちにその土地に残る騎士たちを把握することにした。


「ロドメルはアプラン領、アルメス領にはロクスウェル、セッパ領にはホルトスに行ってもらう。ホルトスは帰ってきたばかりで悪いが、頼めるか」

「お気遣い、ありがとうございます。されど、問題はありません。セッパ領は王都に較べ近いですからな」

「よし、頼んだぞ」


 次は領内で起こった事件の報告を受けた。

 それは耳を疑うというか、呆れた事件であった。


 ロドニーが軍を率いて王都へ向かった直後、領内でいくつかの放火やセルバヌイを使った襲撃事件が起こった。

 ロドメルは青狼族の協力を得て、犯人の臭いを追跡して追い詰めた。その人物というのが、メニサス元男爵の嫡子ガキールであったのだ。


 ガキールが召喚できるセルバヌイは下級のものであり、上級セルバヌイの生命光石は持ってなかったことであまり被害はなかった。

 ロドメルと領兵たちがガキールを捕縛し、裸にして地下牢に放り込んであるらしい。


 ガキールは貴族籍を剝奪されていて、それをロドニーのせいだと思い込んでいた。

 親子共々なぜそうなるのかとロドニーは不思議でならなかったが、放火や強盗は重罪だ。平民になったガキールは誰も守ってくれない。


「そもそも、なんで俺を恨む。メニサス男爵家を罰したのは、俺じゃなくて王家だぞ」

「ガキールの言葉は支離滅裂ではっきりとは分かりかねますが、メニサス元男爵がロドニー様のせいだと喚いていたことで、ガキールもそう思い込んだようです」

「父親のメニサス元男爵にしたって、借金を返したら恨まれたとか、あの親子の思考は俺には理解できん」

「気が触れている者の思考など、誰にも理解はできないと思いますぞ、ロドニー様」


 数日後、証拠を精査したロドニーが裁判を開き、ガキールに死刑を宣言した。即日刑が執行されて、ガキールは若い命を散らした。

 領内で起こった犯罪の捕縛権、裁判権、刑の執行権は全て領主にある。元貴族でも今は平民のガキールを裁くことは、フォルバス家当主の正当な権利である。


 ガキールの件は、メニサス騎士爵へと伝えられた。一応、知らせておこうという程度のものだ。メニサス騎士爵から丁寧な謝罪の文が届いたが、それはメニサス騎士爵のせいではないとロドニーは返信しておいた。


「開墾は順調のようだな」

「はい。青狼族たちはよく働いてくれています。この調子でいけば、今年中に予定の土地は全て開墾できると思われます」

「そんなに進んでいるのか」


 元々、未開拓の平地はそれほど多くない。それでも1年で開墾できる広さではなかった。


「さすがは青狼族だな。嬉しい誤算だ」


 毎日腹いっぱいになるまで食わせてくれるので、青狼族は気張って開墾を進めてくれたらしい。


「来年は2割ほど作付面積が増えますので、穀物の収獲も楽しみです」

「冬になる前に農奴を購入してくれ」


 毎年農奴になる農夫は一定数存在するが、東部が酷い有り様なので農奴の数はかなり減るかもしれないと予想した。

 間違った予想かもしれないが、どの道農奴は購入するつもりなのだから、早めに手を打っておいたほうがいいというものだ。


「農地は青狼族に任せないのですか?」

「青狼族は開墾のような力を使う仕事はいいが、穀物を育てるのは得意ではないらしい。だったら、他のことに使ったほうが、お互いに幸せというものだ」

「なるほど、分かりました。しかし、農奴を購入するのは、春にされたほうがよろしいのではないですか?」


 冬になれば雪が積もって、農作業どころではない。青狼族なら雪が積もっても活動できるが、人間の農奴はただ食料を消費するだけの存在だ。


「いや、冬の間に良い条件の農奴が売られてしまう。できるだけ一家で売りに出ている者たちを買い、あとはできるだけ若い者を買ってくれ」


 ロドニーの判断で、冬になる前に良い条件の農奴を購入することになった。

 その受け入れのために、長屋のような建物が急ピッチで建設されることにもなった。


「昨年、シシカム(大麦)やザライ(ライ麦)を育てた畑に、ボルシ(ジャガイモ)とバンバロ(大豆)を育てているが、育成はどうだ?」

「ボルシはすでに収穫が終わりました。作付け面積あたりの収獲が非常に多い作物です。バンバロはもう少しで収穫できそうです。ボルシがあれば、食糧難になることはなさそうです」

「バンバロは食用油を採るのを優先する。できたものは、全て買い取ってくれ」

「承知しました」


 前世の記憶から、ジャガイモと油があれば、フライドポテトが食べられる。そのことを思うと頬が自然と緩んだ。


「塩の生産は無理だった。引き続き、切らさないように購入しておいてくれ」


 バニュウサス伯爵が交渉してくれたが、塩の生産は簡単ではないとキリスに伝えた。


 数日かけてやっと書類を全部処理したところで、自動車とスクリューについて報告を受けた。こちらはある意味賢者の趣味なので、領主の仕事のほうが今のところは優先される。


 ピニカの報告書を読み、自動車もスクリューも消耗が激しかった部品の改良が行われていた。細かいものも含めると自動車だけで実に70カ所にも及ぶ改良が行われ、苦労のあとが見えた。


 スクリューのほうはすでに実用段階に入っていて、改善されたものが船に設置されている。

 2隻目も完成間近で、それに載せるスクリューも完成していた。


「よくやってくれた。ピニカ、ホバート」


 ロドニーは2人の頑張りに感謝した。

 自動車に関しては、実際に試験走行を見学することになった。

 試験場に到着すると、ホバートが自動車に颯爽と乗り込む。その姿が妙に堂に入っていた。


 モーターを始動させ、走行を始める。3周回ったところで、自動車が妙な動きをした。なんと、カーブをドリフトして回っているのだ。


「おいおい……」


 後輪がキャタピラになっている自動車で、ドリフトとかどうやるのかとロドニーは苦笑した。できるできないではなく、やってしまっているのだ。


「あれはホバートが考えたのか」

「う、雨天のテスト走行で、きゃ、キャタピラが滑ったのが、き、きっかけのようです」


 それ以来、急カーブをドリフトしながら回る腕を磨き、今に至るらしい。


「あれは、キャタピラが外れないのか? 部品の消耗は大丈夫なのか?」

「そ、そのための、か、改修と、ほ、補強をしてます」


 これだけハードな走りをしても、大丈夫な部品なら信頼できるだろうと思うようにした。


 その後、羊の畜産を見に行くと、子羊が生まれていた。たくさんの子羊が生まれており、これならオスは食用にしても大丈夫だろうと思った。


 こうして最北領の怪物こと、ロドニー=エリアス=フォルバス子爵は新しい領地経営を始めた。まだまだ多くの困難が待っているだろうが、その困難を乗り越えて領地を富ませ、強い軍を築き上げていくことになるだろう。


 

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