第64話

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 064_内戦の終わらせ方

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 騎士団長ファルケンとの一騎討ちを終えたロドニーは、その足で王城内へと入った。

 ホルトスやエンデバーが止めるのも聞かず、ひたすら王城内を走った。


「「ロドニー様! お待ちを!」」

「遅いぞ、それでもデデル領の将兵か!」


 ロドニーが行く先に騎士が立ち塞がれば、それを切り捨てて走った。

 そしてロドニーはある部屋へと到達した。部屋の前に居た騎士4名は、剣を抜き攻撃してきたので一瞬で切り捨てた。


「ごめんっ」


 両開きの扉を勢いよく開け、その豪華な部屋へと入っていく。扉を入ったところで、ロドニーは膝をついた。


「私は北部デデル領が領主、ロドニー=エリアス=フォルバス騎士爵にございます。恐れ多いことにございますが、両殿下の警護を相努めまする」


 部屋の主は王太子とその妻のエリメルダであった。

 戦いのどさくさの中で、この2人を死なすわけにはいかない。そうバニュウサス伯爵に命じられたロドニーが、2人を保護することになった。

 ロドニーも2人とは縁があるため、死なせたくなかった。


「フォルバス卿か。久しいな」


 巨大な窓の外を眺めていた王太子が振り返った。その表情は悲しみが浮かんでいた。

 自分に力があれば、内戦に発展しないように収められたはずだ。それができなかったのは、力不足の一言に尽きる。自分の力不足をどれほど悔やんだことか。


 王太子は国王の命によって、軟禁状態だった。外部と一切連絡が取れずにいた。王太子という地位にあったにも関わらず、父である国王を諫めることができなかった。


 ―――無念でならない。


「ご無沙汰しております。王太子殿下」

「父上はどうなったか。ご無事なのか」


 自分のことよりも父である国王を心配するこの青年は、優しい。優しすぎる程、優しい。それが王太子としては頼りないと、ロドニーには感じられた。


 以前のロドニーであれば、好ましい人物だっただろう。だが、この血で血を洗う内戦を経て、ロドニーにも思うところがあった。

 力がない者、時世を読めない者、判断力のない者、そして人を使えない者は、国の頂点に立つべきではない。現国王はこれらすべてに当てはまるのかもしれない。

 そして、今、目の前に佇むこの青年が、国の頂点として君臨できる器なのかを考えてしまう。


「国王陛下はまだ発見されておられないよし」


 他の貴族たちが国王を探しているだろう。その時に、国王の命があるかは、ロドニーには分からない。


「ロドニーさん。お久しぶりね」


 エリメルダは疲れたような表情をしている。城が攻められたのだから、気が気ではなかったのだろう。


「王太子妃殿下にはご不便をおかけいたし、面目次第もございません」

「その肩の傷は、お怪我をしてらっしゃるの?」

「いえ、怪我はしておりません。お気遣い痛み入ります」


 鎧の左肩にある大きな傷跡を見れば、かなり深い傷に思えるだろう。だが、今のロドニーに傷はない。体調は万全だ。


「ここにフォルバス卿が居るということは、ファルケンは倒れたのか」


 王国最強の男であるファルケンは、国王を絶対に裏切らない。王太子はそう思っている。事実、その通りであり、ファルケン騎士団長は貴族軍に大きな被害を与えた。


「騎士団長殿はお怪我をされておりますが、生きております」

「そうか。あのファルケンが傷を負ったのか」


 王国最強と自他共に認めるファルケンが、まさかロドニーに負けたとは思ってもいない王太子であった。


「賢者殿は、どうしておるか」

「内戦には参加しておりません。もっとも、あの方のことなので、屋敷に狼藉者が入ってきたら、どちらの勢力であっても殴り飛ばしていることでしょう」

「うむ。それが賢者殿らしいな」


 賢者ダグルドールが中立を保ってくれたことが、王太子は嬉しかった。賢者ダグルドールが王家に味方すれば、あるいはこの内戦は王家の勝利だったのかもしれない。

 だが、賢者ダグルドールが王家に味方することはないと、王太子は分かっていた。敵にならなかっただけでも、嬉しいことだったのだ。


「ロドニー。国王を発見したようだ」


 フェルドが小声で知らせた。青狼族の耳は人間が聞こえないはるか遠くの音を聞き分ける。

 ロドニーは頷き、バニュウサス伯爵の元に連れて行くので用意をするようにと、王太子たちを促した。


 ファルケン騎士団長が倒れたことで、城内の騎士の多くは降伏した。ファルケン騎士団長が「自分が倒れた時は、無用な抵抗はせずに降伏するように」と事前に言い聞かせていたからだ。


 王太子夫妻をバニュウサス伯爵に引き渡したロドニーは、国王のことを確認した。国王を捕縛したのも、北部の貴族だった。疲れているようだが、怪我はしていない。


 ロドニーがファルケン騎士団長を倒したことで、王城へ乗り込む優先度は北部貴族軍にあった。そのおかげで王太子と国王を北部貴族が確保できた。

 ファルケン騎士団長を倒し、王太子夫妻を保護し、国王を確保した北部貴族は大きな発言力を持つことになるだろう。バニュウサス伯爵は上手くいきすぎて怖いくらいだった。


 城内の敵勢力を掃討し、王都内を安定させたのは国王を確保した2日後のことだ。

 この2日間、バニュウサス伯爵は各貴族との意見のすり合わせに忙殺されていた。これも覇権貴族に一番近い貴族となった苦労である。


 だが、バニュウサス伯爵は覇権を握ろうとしなかった。それがバニュウサス伯爵の狡猾さなのかもしれない。

 バニュウサス伯爵は北部貴族だけが大きな利益を得ることで、他の地方貴族に必要以上恨まれることを避けた。

 他の地方貴族たちから恨まれれば、また戦になりかねない。それは他国を利する行為だ。バニュウサス伯爵は広い視野を持って、この内戦の終わらせ方を模索した。


「ロドニー殿。今回は本当によくやってくれた」

「最善を尽くしたのが良かったようです」


 バニュウサス伯爵はロドニーを子爵に陞爵させると言った。同時に領地も増える。デデル領と接するアプラン領、セッパ領、アルメス領を加増すると言うのだ。


 フォルバス家を中部に移封しても良かったが、ガリムシロップとビールの生産で財を蓄えているフォルバス家からデデル領を取り上げるのは、反感を買うだろうというバニュウサス伯爵の判断だ。できうる限り最大の領地を用意した。


 ビールは他でも作れるが、ガリムシロップの生産はガリムが豊富に自生している場所が適している。バニュウサス伯爵はそこのところを分かっていた。


「セッパ領は王家直轄領にございますが、アプラン領はアカサス子爵、アルメス領はバレッタサス騎士爵の領地だと思うのですが?」

「両名は中部に移封になる」


 両貴族とも王都に近く温かい領地への移封を、快く受け入れた。


 子爵に陞爵した上に、3つの領地を加増してもらえるとは思ってもいなかったロドニーは、驚きを隠せない。

 デデル領は面積だけは広いが、そのデデル領のほぼ倍増になる。人口ははるかに多く、2万数千人になるはずだ。


 王家の直轄領であるセッパ領の規模は子爵領である。つまり、フォルバス家は2つの子爵領と1つの男爵領の加増になった。

 加増分の領地を含めると、伯爵領にかなり近い規模の領地になるだろう。


「ロドニー殿がファルケンを倒してくれたおかげで、北部貴族が優位に立てたのだ」

「ファルケン殿はどうなるのでしょうか?」

「しばらくは大人しくしてもらう。その後は、これまで通り騎士団長に復職してほしいと思っている。なにせ、王国最強だからな。おっと、今の最強はロドニー殿であったな」

「剣の腕ではまだ遠く及びません。私は良い根源力を持っておりますので、その差が出ただけにございます」


 バニュウサス伯爵はその根源力のことを聞こうとはしなかった。聞いてもはぐらかされるだけだと分かっていたのだ。


「パソロフ侯爵もロドニー殿の加増のことに関しては、素直に受け入れてくれた。もちろん、他の地域の貴族もな」


 北部の大貴族であるパソロフ侯爵が反対すれば、ここまでの褒賞はなかっただろう。それだけパソロフ侯爵もロドニーの働きを、認めているということだ。


「国王陛下はどのようになりますでしょうか?」

「陛下には退位していただく。王太子殿下に王位に就いていただき、新しいクオード王国は宮廷貴族を含めた全ての貴族で運営されることになった」


 国王は殺されずに、隠居という形になるらしい。それがバニュウサス伯爵の内戦の終わらせ方らしい。

 おそらく最も混乱の少ない方法なのだろう。ロドニーもそう考えている。


 宮廷貴族は粛清された。特に4大臣とそれに連なる宮廷貴族は尽く粛清された。

 他にも大臣を輩出してきたような上位宮廷貴族家は、ほとんどが粛清された。侯爵や伯爵といった上位宮廷貴族は、これによってほとんどなくなった。


 バニュウサス伯爵は侯爵に陞爵し、中部に飛び地を加増される。そして、同じ北部のパソロフ侯爵とバニュウサス侯爵、他に東西南部から1名ずつが大臣に就任する。

 今後は宮廷貴族は大臣職に就けなくなる。法を改正して、子爵以上の地方貴族しか大臣になれないようにしたのだ。

 大臣枠は4枠から5枠に増えたが、そこに宮廷貴族の入る余地はない。


 軍部も梃入れがされた。騎士団を含んだ国王の直轄軍が4軍団、各貴族家が持ち回りで1軍団を構成する。ただし、有事の際は国王の直轄軍が優先的に動くというものだ。貴族軍が動くのは最後の手段である。

 将軍職も5枠になるが、これは宮廷貴族を含めた各地域の貴族が1枠ずつになった。


 この内戦によって地方貴族の勢力が拡大し、宮廷貴族の勢力は低下した。

 また、王家の直轄領が大きく減ることになった。6割が地方貴族へ与えられた。王家直轄領は王都周辺の4割ほどになってしまった。

 上位宮廷貴族が粛清されたため、王家の財政はそれでも健全化したのかもしれない。もっとも、その代わりに領地持ちの地方貴族が、金食い虫になる可能性が高いが。


 賢者ダグルドールは伯爵だが、粛清はされなかった。今まで通り、国王の相談役を続けることになった。

 相談役の言葉などなんの重みもないと、賢者ダグルドールは断った。それでも、新しい国王には相談役が必要だと説得されて、受け入れることにした。


「ロドニー殿には将軍職をと思ったが、男爵を飛び越して子爵に陞爵していることから、今回は我慢してもらえると助かる」

「いえ、子爵に陞爵させていただき、多くの領地を加増してくださったのですから、文句などありません。どうか、他の方に将軍職を与えてください」


 下手に役職などもらったら、新しい領地を把握するのに時間がかかる。

 それに、アプラン領にはラビリンスがあったはず。これまではアカサス子爵の領地だったので入ることができなかったが、これからは違う。

 ラビリンスの探索から領内の視察。やることは山積みだ。将軍などやっている暇はない。


「ただ、もし許されるのであれば、塩の生産をさせていただきたく思っております」

「塩か……」


 バニュウサス伯爵の表情が曇った。

 クオード王国では、塩の生産は南部と西部の一部の貴族にだけに許されている。北部では塩の生産は一切できないのだ。

 塩は戦略物資なのでどこでも生産したいが、開国以来の決まりなので簡単にはいかないことはロドニーも理解している。

 バニュウサス伯爵は調整するが、あまり期待しないようにと言った。その数日後に、やはり塩の生産はできないと伝えられた。


 新しい体制が発表になり、各貴族の論功行賞も終わった。

 貴族軍も解散となり、王都で職に就いた貴族は残り、そうでない者は領地へ帰る。

 新しい領地を手に入れた者は、まず旧領へ帰って仕度をしなければならない。


 

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