第63話
■■■■■■■■■■
063_ファルケン騎士団長
■■■■■■■■■■
ファルケン騎士団長は、金髪の貴公子然とした人物だ。佇まいからは気品だけではなく、武人としての威厳も感じられた。
年齢は40前半だが、まだ30代でも通じる若さを保っている。その白銀色の鎧は太陽の光を浴びて煌めく。それが、ファルケン騎士団長を余計に神格化しているように、ロドニーには見えた。
ファルケン騎士団長に最初に挑むのは、南部貴族の代表者の子爵だ。その巨体を自慢するだけあって、武器も巨大な剣だ。斬馬刀と言われるような、肉厚で巨大な剣を振り回す。
(力は根源力でつけているようだけど、あの巨剣を扱うには技術が足りないな)
それに対してファルケン騎士団長は、2本の剣を腕の延長線かのように扱っている。
(やはりファルケン騎士団長の力は、あの子爵よりも上だ。まったく本気を出してないな。軽くあしらわれているのが、よく分かる。今のうちに降参したほうが良いと思うんだが、プライドが許さないんだろうな)
「ギャァァァッ……」
南部子爵は両腕を斬り飛ばされて、地面をのた打ち回った。
すぐに兵士たちに回収されたが、あの子爵はこれから先の人生を両腕がない状態で過ごさなければならない。
ロドニーであれば両腕をつけてやることもできるが、そこまでしなければならない理由はない。あの子爵はロドニーの庇護下にないし、親しい間柄でもない。
(俺もあんな風にならないように、気を引き締めていかないとな……)
西部と東部の代表者もそれぞれファルケン騎士団長に軽くあしらわれた。ファルケン騎士団長は代表者たちの命までは取らなかったが、3名とも腕か足を失った。
「私はロドニー=エリアス=フォルバス騎士爵と申します。ファルケン騎士団長のお噂は聞き及んでいます。このような場で相対するのは不本意ではありますが、お手合わせをお願い申しあげます」
「老師の弟子殿か。最近では最北領の怪物と言われていたか」
賢者ダグルドールはファルケン騎士団長から老師と呼ばれていた。
王国を代表する強者として隣国にも名を馳せた2人は、近い存在ではなかったが分かり合える間柄なのかもしれない。
「不本意な呼ばれ方です。噂が独り歩きをしているようで」
「いや、獣人の戦闘力は我ら人間よりも高い。その獣人の族長を倒したとなれば、まさに怪物よ」
ファルケン騎士団長は爽やかな笑みを浮かべる。ロドニーも喋るのが楽しい。違う場所で出会っていれば、きっと良い関係になれたとお互いに思えた。
「ファルケン騎士団長。この戦いの趨勢は決まりました。このまま戦いを長引かせても、他国を利するだけです」
「私に降れと言うのか」
「できれば、そうしていただきたいと思います」
「それはできぬ相談だ」
「大臣たちを護って、無駄な血を流すのですか」
「あんなクズどもなど、どうでも良い」
ファルケン騎士団長も大臣たちのことは嫌いであった。それどころか、国に巣食う害虫だと思っている。それでも国王が大臣たちを重用する以上、それを諫めることはあっても害することはない。それが国王の意思なのだから。
「なら―――」
「ここは王城なり! 私は王の剣! 私の後ろには国王陛下がおいでである! 引くことも、降ることもない!」
王の剣として、力尽きるまで戦い続ける。その覚悟がひしひしと伝わってきた。
言葉をどれだけ弄しても、ファルケン騎士団長の覚悟は翻意させられないだろう。であるなら、力でファルケン騎士団長を屈するしかない。
「フォルバス卿よ、剣を抜くが良い。王の下に行きたければ、私を倒せ」
ロドニーは
ファルケン騎士団長の両手にある剣は、見ただけで素晴らしい剣だと分かる。
ロドニーの
「さあ、来るが良い」
ファルケン騎士団長は右手の剣を大上段に構え、左手の剣を中段よりもやや高めに構えた。
王家の御家流ではない、それこそ既存の流派でもない我流の剣。だが、ファルケン騎士団長が一代で磨き上げた剣である。剣の申し子、剣の鬼、剣の王、ファルケン騎士団長を形容する言葉はいくらでもある。それほどに、剣に対して厳しい人物なのだ。
(この人に、まやかしの力は通じない。最初から本気で行く!)
抜いていた
まだ賢者ダグルドールがデデル領に滞在していた頃、聞いたことがある。
―――お師匠様より強い人物はいるのか?
「そんな者は居ない!」
賢者ダグルドールは清々しいほどキッパリと言い切った。さすが賢者ダグルドールだとロドニーは思った。
「だがな、剣に限って言えば、わしよりも強い者は居るぞ」
「剣に限って……ですか?」
「そうだ。わしは遠近両方強い。剣も若いころから鍛えたおかげで、達人の域だ。そんなわしでも、剣に限ればこの国で2番目だ」
「達人のお師匠様でも勝てない相手……それは誰なのですか?」
「ファルケンだ。あやつ、剣においてはまさに天才。もっとも、総合力ではわしの足元にも及ばぬがな。ははは」
賢者ダグルドールの剣の腕は知らないロドニーだが、その立ち居振る舞いから武人の匂いがした。剣においても相当の手練れなのは、それだけで分かった。
プライドの高い賢者ダグルドールが、自分以上の人物が居ると言う。たとえ剣に限ったことであっても、そのことがロドニーの驚きであった。
騎士団長ファルケンのことは、王国人であれば誰もが知っている。2本の剣の使い手であり、どんな相手でも切り伏せると。それが人間であろうとセルバヌイであろうともだ。
そんな伝説のような男が目の前に居る。しかも、その生ける伝説と剣を交えることになった。
対峙して分かることもある。ファルケン騎士団長というのは、本物の化け物だ。隙などどこにもない。
ファルケン騎士団長は笑みを浮かべている。まるで戦いを楽しんでいるようだ。
武人としてロドニーでは達することのできない域なのが、よく分かる。だが、やらなければならない。そうでなければ、自分が死ぬ。
(見るのではない。感じろ。見ていては、この人の剣を避けることはできない。五感の全てを研ぎ澄ませ)
ロドニーとファルケン騎士団長の間の空気が、まるで獣のようにぶつかり合う。
圧倒的な強者同士の命を懸けた戦いは、すでに始まっている。誰も入り込めない強者の戦いだ。
ロドニーも賢者ダグルドール同様に、総合力ではファルケン騎士団長を凌駕しているだろう。放出系根源力を使えば、大した苦労もなく倒せるはずだ。だが、それをしてはいけない。心がやってはいけないと言うのだ。
「見たことのない構えだ」
ロドニーの構えを見て、ファルケン騎士団長は呟いた。居合はロドニー以外に使う者がいないのだ。
気を緩めたら一瞬で決まるであろう圧の中でも、ロドニーよりもファルケン騎士団長は余裕があった。場数の差がどうしても出てしまう。
だからといって、ロドニーは負けるつもりはない。才能が足りなくとも、経験が足りなくとも、他のことで補えばいい。今のロドニーにはその補えるものがあるのだ。
夏の厳しい光が2人を照らす中、間合いが詰まる。間合いが詰まることで、お互いの圧の濃度が高まる。それはまるで暴風のように暴れ狂い、刃となって石の地面を裂き、抉る。
石畳がバキッと大きく割れた。それが合図になり、2人は動いた。気づけば2人の位置が入れ替わっていた。
紫電一閃、電光石火。瞬きよりも速い動きだった。
2人は交差し、そして決着がついた。
「……くっ」
ロドニーが石畳に片膝をつき、
ファルケン騎士団長の剣は、ロドニーの鎖骨を見事に断っていた。もう少しで心臓まで達するところであった。
金真鋼という最高に近い硬度を誇る金属を、熱したナイフでバターを切るように切ったのだ。さすがは王国最強である。
ロドニーの背後に立つファルケン騎士団長は、振り返って万遍の笑みを浮かべた。
「見事だ……」
そのまま崩れるように倒れた。
ファルケン騎士団長は、四肢の骨を砕かれていた。刹那の時の中で、ファルケン騎士団長は、ロドニーの左肩に一撃を与えた。
ロドニーはそれを受けることなく、居合抜きした
王国最強であっても四肢の骨を砕かれては、まともに動けない。
立ち上がったロドニーが、大きく息を吸って細く吐き呼吸を整える。
肩口の出血はすでに止まっている。それどころか、ロドニーの肩にできた傷口は、綺麗に塞がっていた。『快癒』の効果によるものだ。
「さすがはファルケン騎士団長だ……」
金真鋼の鎧だけではなく、『風林火山』によって防御力はさらに上がっていた。それなのに、あれほどの深手を追うとは思ってもいなかった。なんだかんだ言っても、かすり傷はあっても重傷を負うようなことはないと考えていたのだ。
ロドニーはファルケン騎士団長の横で腰を落とした。
「さすがは老師の弟子殿だ。この私が手足を砕かれるとはな」
「あなたは最高の武人です。根源力がなかったらまともに対峙さえできなかったでしょう」
「ふっ、根源力を含めての力ではないか。自慢ではないが、私は強い。君はその私に勝ったのだ、誇ってくれなければ私の立場がないぞ」
ここに最北領の怪物と王国最強の男の一騎討ちは幕を下ろした。
あっけない幕切れに見えた。しかし、その一瞬の濃密さは、この2人以外に理解はできるものではない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます