第54話
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054_青狼族の族長
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ロドニー率いる部隊がウッソゴウドを偵察した結果、500体ほどの獣人が命を落とした。なぜ偵察隊がそんな戦果を立てるのかと疑問に思うジェグサス男爵たちだったが、その偵察で敵の戦力が把握できた。
「残敵は500も居ないのかね」
「ええ、気配がかなり減りました。500も居ないと考えます」
夜襲を受けた時の気配の大きさから予想するに、ウッソゴウドに居るのは500に満たないとロドニーは感じた。
「司令官殿。数が分かった以上、手をこまねいている必要はありません! 打って出ましょうぞ!」
「うむ。敵は町の中央の旧領主屋敷にこもっている。まずは騎馬隊が先行し、歩兵を進める。屋敷を包囲したら投射隊により攻撃を行う。それでよろしいな」
「「「応!」」」
先陣を誰が務めるかで揉めて、やっと決まった。
ロドニーはここで何も言わない。この軍議の前にジェグサス男爵とゲルドバスの2人と話し合いがもたれた。ロドニーはすでに1000体の獣人を屠っているため、先陣は他の貴族に任せてほしいと2人が頭を下げたのだ。
和睦ありきの戦いなので、早く戦功を立てないと戦いが終わってしまう。
戦わなくて良いならそれに越したことはないのでここまでの行軍は遅くしたが、いざ戦い始めると戦功を立てようとするのが貴族である。
ロドニーばかりが戦功を立てると妬まれるのもあるが、貴族たちの顔が立たないということも大きい。
ロドニーは特に戦功に拘っていないので、これを了承して軍議では偵察の内容だけ報告するだけにした。
先陣も決まったため、動き出そうとしたところで兵士がテントに駆け込んできた。その兵士によると、ウッソゴウドから獣人が出てきたと言うのである。
「こちらから攻めようと思ったが、先手を打たれたか。皆の衆、応戦するぞ!」
「「「応!」」」
デデル領軍はザバルジェーン領軍の後方に配置された。
獣人傭兵団の数は300を超えるかどうか。ロドニーが言ったように500にも満たない数だ。おそらく伏兵はないだろうとジェグサス男爵やゲルドバスは考えた。
その獣人傭兵団の中からかなり大柄な獣人が前に進み出てきた。
「我は青狼族の族長フェルドだ! 人間に一騎討ちを申し込む!」
獣人と言ってもオオカミ系の獣人は、人間と大きさは変わらない。そのオオカミの獣人の中でもかなり大きい青い毛のオオカミ族の獣人が、族長だと名乗りを上げて一騎討ちを申し込んだ。しかも、ウッソゴウドで獣人を虐殺した奴と戦わせろと言った。
この時、ロドニーは後方に居たので、族長の声は聞こえなかった。
人間同士の一騎討ちだと、断るのは恥になる。だが、相手は獣人だ。断っても恥にはならないだろう。だが、断れば兵士たちの士気に係わる。
ジェグサス男爵はゲルドバスと相談し、ロドニーに出てもらおうということになった。
「フォルバス卿に出ていただきましょう。宝物庫を開いたフォルバス卿であれば、問題ないと思います」
ジェグサス男爵はすぐに伝令を走らせ、ロドニーを呼び寄せた。何事かとやってきたロドニーに事情を説明し、一騎討ちを受けてほしいと頼んだ。
遠目で見る限り、族長の印象は屈強な戦士だ。族長と言うのだから、獣人を束ねるだけの力があるのは、容易に想像がつく。
「お話は分かりましたが、勝てるか分かりませんよ」
「宝物庫を開いたフォルバス卿であれば、万が一もありませんでしょう」
ゲルドバスがそう言うと、ロドニーは気楽なことを言ってくれるとため息を吐く。
族長が待つ場に、ロドニーが進み出ていく。近くで見ると、その大きさが分かる。ロドメルよりも大きい者に遭ったのは、人間を含めて初めてだった。
族長は鼻筋に皺を寄せてロドニーを睨みつける。
「俺は青狼族の族長のフェルドだ。お前は?」
「俺はロドニー=エリアス=フォルバス。クオード王国の騎士爵だ」
「お前が同胞たちを殺した奴か?」
「そうだけど、敵討ちでもしたいのか?」
「ふんっ。弱い奴は殺され、強い奴が生き残る。それがこの世の理だ」
獣人らしい言葉に、ある意味清々しさを感じた。
「じゃあ、なんで俺を指名したんだ?」
「そんなもん、簡単なことだ。俺は強い奴と戦いたい。それだけだ」
強さこそが全てだと言って憚らない族長。それは族長だけでなく、青狼族全てがそうなのだ。
だから、強い奴と戦って自分の強さを証明する。ただそれだけであり、それが獣人にとって極めて大事なことである。
「この一騎討ちで俺が勝ったら、青狼族は降伏してもらう。それでいいか」
「構わないぞ。どの道、俺に勝てる奴にあいつらが勝てるとは思えないからな」
「武器と根源力の制限は?」
「武器も根源力も好きなように使え」
なんでもありの勝負。勝っても負けても恨みっこなし。ただし、負けるということは、死ぬということ。
「同胞たちよ、俺が負けたら、降伏しろ!」
獣人たちに向かって、族長は大声で叫んだ。そのあまりの声量に、ロドニーの鼓膜が激しく振動した。
「そういえば、俺が負けたらどうすればいいんだ?」
「どうもしないさ。降伏しろと言っても、お前にそんな権力はないだろ?」
「よく分かっているじゃないか」
「お前が負けたら、あとは有象無象ばかりだ。蹂躙するだけだ」
「そうでもないぞ。俺の部下は強いからな」
「だが、俺のほうが強い!」
族長は自信満々。負けることなど考えてもいない目をしている。
「お喋りはこれまでだ。さあ、殺り合おうか」
「了解だ」
ロドニーは
族長も鋭い爪が伸び、ただでさえ筋骨隆々の肉体がさらに盛り上がる。
「ふーっ……」
大きく息を吸って、細く吐く。気持ちを落ち着け、族長の殺気が肌を切り裂くほどの圧として感じられた。
ここでロドニーは『覇気』を使った。族長がビクッとして大きく飛びのいた。『覇気』が決まると、普通の人間なら良くて気絶、悪ければ心臓が止まる。
族長は『覇気』に絡み取られないように、ロドニーから距離を取ったのだ。
「よく分かったな」
「全身の毛が逆立っているぜ。何をしたんだ」
「教えてほしければ、俺に勝つことだな」
「良いだろう、勝ってその秘密を教えてもらおうじゃねぇか」
族長の姿がブレた。一瞬で距離を縮め、ロドニーの右横にその姿を現わした。剣を右手に持つロドニーには、対応しにくい場所を正確に突いてきた。
族長のこの動きについてこれる青狼族は居ない。力こそが正義の獣人族の中でも武闘派で知られる青狼族を長年率いてきた男の力である。
「おりゃっ」
「おっと」
ロドニーはその攻撃に反応した。鋭い爪の攻撃を間一髪で躱し、そこにカウンターを合わせにいったのだ。族長がカウンターに反応して決まらなかったが、その一回の攻防で族長の心胆を寒からしめた。
「躱すだけでなく、反撃してくるとはやるな」
「死にたくないんでな、やれることはやらせてもらうぞ」
お互いに獰猛な笑みを浮かべる。ロドニー自身はそんなつもりはないのだが、いつの間にか戦闘民族の仲間入りをしていたような笑みだ。
族長は速く、そして力強かった。その一撃を受ければ、ロドニーでも無傷とはいかないかもしれない。
だが、ロドニーはもっと強かった。強いだけでなく、優雅なのだ。その動きはまるでダンスを踊っているかのように軽やかでしなやか。族長の爪はロドニーの残像を切り裂くだけであった。
強者同士の戦いは見るものを魅了し、その動きの1つ1つに得も言われぬ色気があった。
獣人も人間も関係なく、この2人の戦いに見入った。戦いの勝敗がつくことなく、このまま見続けたいと思えるものだった。
2人の戦いは1刻以上も続いた。その間、休むことなく動き続けたことで疲れが溜まり、徐々に動きに雑さが見え始めた。
族長は肩で息をし、体中から大粒の汗が噴き出している。その姿を見れば、その疲弊が分かるだろう。
対するロドニーも疲れてはいたが、肩で息をするほどではなかった。
2人の間に徐々に溝が生まれる。その溝はやがて谷のように深いものになっていき、族長の動きが止まった。
「まさか俺がここまで苦戦するとはな……。世界は広いぜ」
「そう言ってもらうのは嬉しいが、俺も死にたくないから必死なだけだ」
「よく言うぜ。お前、まだ本気を出してないだろ」
これまでにロドニーが発動した根源力は、『覇気』『怪腕』『金剛』『加速』だけだ。もちろん、常時発動型の『カシマ古流』が根幹にある。
「あんただって、まだ隠し玉を持っているだろ?」
「ふふ、ふぁっははははは! よく分かっているじゃないか。ここからが本番だぜ。なあ、人間の
「あんたがその気なら、俺も出し惜しみはなしだ」
「そうこなくっちゃぁ、面白くねぇ」
族長が力むと、全身の筋肉が盛り上がる。それは最初の筋肉の隆起とは明らかに違うレベルのものであった。
纏っている革鎧が弾け飛び、背中に生えていた青い毛が全身から生えてきた。顔も人間に近かったのが、オオカミのそれになっていく。
2回りほど大きくなった族長。その姿はもはや巨大なオオカミというべきだろう。
「おいおい、それ反則だろ……」
「がーっはっはっはっは! 我が青狼族に伝わる根源力『青狼化』を使うのは久しぶりだぞ」
「俺も変身したほうがいいんだろうが、そういった根源力は持ってないんだ。悪いな」
族長が動いた。ロドニーが大きく弾き飛ばされる。何が起きたか、他の者たちには見えなかった。族長はあの刹那の間に、30発もの攻撃を繰り出したのだ。
ロドニーはその攻撃の全てを防御したが、その反動で弾き飛ばされた。さすがに族長というだけあって、金真鋼の手甲に傷ができていた。
鋭い爪はあるが、素手の族長の攻撃で硬い金真鋼の手甲に傷をつけられるとは思ってもいなかった。
「今の俺の攻撃を防ぐか。お前、人間にしておくのはもったいないぞ」
「誉め言葉なんだろうが、獣人になる気はないぞ」
「これ以上なく褒めている。できれば、お前のような息子が欲しかった」
「それは光栄だな」
2人の動きは誰の目にも追えない。閃光迸る攻防。
族長の動きは先ほどとは全く違うものだった。それでもロドニーは族長の動きを見極めることができた。これはロドニーが持つ根源力によるものだ。
廃屋の迷宮の5層に現れる牛頭の生命光石から得られる『怪腕』と『金剛』。同じく5層の馬頭の生命光石から得られる『加速』。他国のラビリンスのセルバヌイから得られる『疾風』。この4つの根源力を『結合』したことで得られた『風林火山』をロドニーは発動している。
その効果は攻撃力と防御力を最高レベルまで引き上げ、さらには素早さを神の域へと至らせるというものだ。そのスピードは人間が到達できるレベルをはるかに超える。
残念ながら『疾風』が他国のラビリンスの生命光石から得られるため、『風林火山』はロドニー以外に所持していない根源力になる。
圧倒的な速度によってロドニーの
族長の爪はロドニーに届かず、ロドニーの
「がはっ……」
根源力ではなく野生の勘によってなんとか即死を免れているが、族長は体中から血を噴き出している。このまま血を流せばじきに動けなくなるだろう。
「まさか『青狼化』した俺を歯牙にもかけないとはな……俺の負けだ。殺せ」
地面に腰を下ろし、『青狼化』を解除した族長は潔かった。戦いに妥協はしないが、力の見極めはできる。清々しいほど潔い漢である。
「負けを認めたんだ。殺すまでもないだろ」
ロドニーは『快癒』を使って族長の傷を治した。
「こんなことをして、俺がまた牙を剥くとは思わないのか」
「その時はまた倒すまでだ」
「くくく。それだけの実力差があるというわけか。いっそ清々しいな」
族長は立ち上がってロドニーに背を向けた。
「俺は負けた! これよりこの男、ロドニーに降伏する! お前たちも従え!」
族長が負けを宣言すると、獣人たちから悲しみの声が発せられた。全員が族長の言葉に従い、戦う意志は感じられなかった。
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