第55話
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055_和睦
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青狼族の族長との一騎討ちの後、ウッソゴウドで夜を迎えた北部貴族軍。降伏した族長から獣人族とジャバル王国軍の情報が聞けた。
ジャバル王国軍の戦力は12000と、奴隷にする住民たちを移送する3000程。
ジャバル王国では国王の代替わりがあり、かなり大がかりの粛清があった。それによってジャバル王国軍の将軍も総入れ替えとなり、実力者が軍を率いることになった。
さらに、国王は勝つためなら、王家が所有する古代兵器であるビーム砲の使用を認めた。
これまで拠点防衛のために使われたことのあるビーム砲などの古代兵器だが、それを前線に持ち込むことでクオード王国軍は多くの将兵を失うことになったのだ。
また、獣人の傭兵の使用も初めてだった。それだけジャバル国王の本気が窺えるものだった。
獣人傭兵の総数は3000。青狼族が1500、炎虎族が1500である。
ジャバル王国軍と行動を共にしているのは炎虎族で、青狼族は周辺の都市などを攻略することになった。
セルド地方の住民たちは、砦の後方にある補給拠点に一度集められる。その後、ジャバル王国へ連れて行かれて奴隷になるそうだ。
この数カ月で10万以上の住民が連れ去られ、セルド地方は過疎地となってしまった。それだけクオード王国側の動きが悪かったと言えるだろう。
こういった情報を王国軍へ送り、住民を取り返すべきだと主張した。だが、帰ってきた伝令が携えていた情報は、クオード王国とジャバル王国の和睦が成立したというものだった。
「和睦するのは構わないが、これはないだろ……」
貴族の誰かが声を絞り出すように呟いた。和睦の条件に納得できなかったからだ。
セルド地方の南側半分を譲渡。これは仕方がない。現在、セルド地方のほとんどを支配しているのはジャバル王国なのだから。
セルド地方の北部からは多くの住民が連れ去られているので、過疎地になった場所がある。
クオードの王家側は交渉で土地を取り返したと主張しているが、これは交渉などではなく、ジャバル王国軍が荒らした土地を放棄してクオード王国に擦りつけたのだ。
さらに、他の条件がいけなかった。
連れ去られた住人は返還されない。戦後処理費として大金貨100万枚の支払いである。
「これではクオード王国が一方的に負けたようなものではないか。少なくとも我らは負けてない!」
貴族たちが憤る。だが、何を言おうが、すでに和睦は成立してしまった。
多くの被害を出した50年戦争もこれで終わりだ。そして、戦争の発端となった遺跡は、ジャバル王国のものになってしまった。
誰が見てもクオード王国の負けである。この場にはジャバル王国軍に身内を殺された者も多く居る。ロドニーも父親のベックを殺されている。戦争だから死ぬこともあるだろうが、こんな終わり方のために死んでいったのかと思うとやりきれない。
この場で何を言っても、何も変わりはしない。北部貴族たちは不満があっても和睦を飲み込むしかないのだ。
「さて、フォルバス卿」
ジェグサス男爵に水を向けられたロドニーは、姿勢を正した。
「今回の件、国に報告はするが、褒美は見込めないだろう」
国は土地をジャバル王国に譲渡し、大金貨100万枚を支払う。土地を失った東部貴族への手当もしなければならない。国の財政は火の車なのは明らかだ。
そんな国が局地戦で獣人傭兵団を倒しただけのフォルバス家に、褒美を出せるかという話になる。おそらく、ジェグサス男爵が言うように褒美は出ないだろう。
「また、あの獣人たちはどうされるかな?」
どうと言われても、考えていなかった。獣人たちを降伏させたのはロドニーなので、フォルバス家の捕虜扱いになっている。さすがに解放はできないが、かと言って殺すのは気が引ける。
戦争である以上、略奪はよくあることで、納得できない者は居るが常識内。それを咎めては、他の貴族も同じことをした時に咎めなければいけない。
捕虜は変換する時に、それなりの金銭を求めることになる。金銭が支払われない場合、奴隷にするのが一般的だ。
では、獣人の捕虜に対して、ジャバル王国が金銭を支払うのか? おそらく支払われないだろう。
「確認したいのですが、捕虜返還の交渉は国が行うということでよろしいですか?」
「そうなるな」
弱腰外交が目の前で起こった。そう考えると、国に任せるのは不安でしかない。国内に強いかもしれないが、外交が弱いのは国としてなんとも頼りない。
「少し考えさせてもらないでしょうか」
「それは構わないが、300の獣人を食わすだけでもかなりの出費になると思う。よく考えて結論を出すように」
「承知しました」
獣人も生きている以上、食わねばならない。捕虜なので食事の量を減らすのはともかく、与えないというのはダメだ。そして、その食料は捕虜をたちの所有権があるフォルバス家が捻出しなければならない。
ロドニーは族長のところに向かった。
「なあ、お前たちを引き取ってくれるのはどこの国だ? ジャバル王国か? それとも獣人国か?」
正確には獣人国ではなく、ガルバナス獣人王国。しかし、クオード王国の者は、正しい国名を知らない。その獣人国が身代金を支払って、捕虜たちを引き取ってくれれば言うことはない。
だが、クオード王国に獣人国との伝手があるだろうか? もし獣人国と国交があったら、獣人の戦闘力を甘く見なかったはずだ。
国交があり情報があったのであれば、最初の奇襲はともかく、その後はそれなりの対処をしているはずである。
獣人国はジャバル王国を越えたさらに東にある国なので、現在では交通手段がない。しかし、戦争が起こる50年以上前なら、ジャバル王国を通過することもできた。それを考えると、クオード王国は以前から獣人国を国として見ていない。
獣人国のことは書物に少し書いてあっただけで、ロドニーには詳しい知識はない。少ししか触れられていないことから、獣人国は国として認められていない可能性が高いとロドニーは思った。
「何を言っている。俺はロドニーに負けた。俺たちはロドニーに従う。それが掟だ」
「は?」
獣人の掟は強い者に従うこと。そして、青狼族最強である族長フェルドに勝ったロドニーこそが、その強者であった。
「俺の奴隷になると言うのか?」
「ロドニーがそう言うのであれば、奴隷になろう。死ねと言えば、死のう。だが、俺たちに帰る場所などない。俺たちは国を出た時点で、戻る場所などないのだ」
「………」
青狼族の縄張りだった土地は、以前から豊な土地ではなかった。それでも青狼族が生きていくには困ることはなかった。
だが、一〇年くらい前から干ばつが頻繁に起こるようになり、穀物を育てることができなくなった。そうなると、動物も少なくなり、青狼族は族滅の危機に瀕していた。
他の土地に移ろうと思っても、他の獣人部族の土地なので簡単ではない。
そんな青狼族にジャバル王国から誘いがあった。クオード王国のゴドルザークの森は豊かな場所だと。なんと甘美な囁きだっただろうか。
遺跡はジャバル王国が所有し、それ以外の森を青狼族と炎虎族の2部族で折半するというのが今回の話だった。
遺跡などに興味はないが、豊かな森という言葉に青狼族の者たちは心惹かれた。このままでは族滅するだけ。だったら戦って死んだほうがマシであると、ジャバル王国の誘いに乗ったのだ。
「だけど、戻ることだってできるだろ?」
「戻ったところで、俺たちを待つのは餓死だ。それなら、戦って死んだほうがいい」
見れば、青狼族は男だけでなく女もいる。しかも、幼い子供までいる。一族全員によって新天地を目指していたのだ。
「お前たちの仲間は俺が殺したんだぞ。恨んでないのか?」
「弱い奴が悪いのだ。恨んでなどいない」
戻るところがないのであれば、このクオード王国内で奴隷として暮らすしかない。もしくは死ぬだけ。
負けた自分たちに選択の余地はない。全ては勝者であるロドニー次第なのだ。
「奴隷として売りますか?」
ロドメルの言うように、彼らを奴隷として商人に売るのも判断の1つだ。彼らの事情には同情するが、それでも他国の土地を力で奪おうとしたのだから、考慮する必要はない。
だが、ロドニーは青狼族を売ろうとは考えなかった。
「俺の領地は雪深い北国だぞ。それでも俺についてくるのか?」
「青狼族は寒さに強い。北国だろうと雪国だろうと、問題ない」
「いいだろう。お前たちを俺の領地に連れて帰ってやろう。お前たちは何ができるんだ?」
「難しいことは分からない。だが、戦うことと力仕事はできる。狩りも得意だ」
それだけ分かれば、青狼族の使い道がいくつか頭に浮かぶ。
「青狼族は何を食うんだ?」
「人間と変わらないが、できれば肉がいい」
オオカミの獣人なだけあって、肉が好みらしい。だが、穀物や野菜、木の実も問題なく食べると言う。それならロドニーたちと変わらないので、問題ないと考えた。
「ロクスウェルは商人から300人分の食料を買い取ってくれ」
「承知しました」
「ロドニー様、本当に連れて行くのですか」
青狼族を連れて行ったら問題を起こすんじゃないかと、ホルトスが困惑顔をしている。
「彼らは俺に従うと言っている。獣人だからと俺を頼る者を放置はできないだろ、ホルトス」
「ロドニー様。この者どもは住民を虐殺したのですぞ」
東部貴族や住民の多くが青狼族に殺された。そのことにホルトスは怒っていた。
「俺たちは戦士だ。兵士は殺すが、無抵抗の奴は殺さない」
族長フェルドは非戦闘員は殺さないと、ホルトスを睨んだ。
「報告では老人や幼子は殺されていたと聞く。お前たちの仕業じゃないのか?」
「あれは人間の仕業だ。俺たちは食料さえ得られれば、無駄に殺さない」
「虐殺はジャバル王国の仕業か。人間の風上にも置けぬ奴らだな」
ロドメルが筋肉を震わせて怒りを露わにした。
「ホルトス。族長は嘘は言ってないと思うぞ」
「それが嘘でなくても、他の貴族が彼らをどう思っているか、そこのところを考えてください」
いつになくホルトスが食い下がった。
北部貴族の中には殺された貴族の縁者もいるということだ。
「彼らがやったことでないことを、彼らのせいにするのは間違っている。そう思わないか、ホルトス」
「……分かりました。ロドニー様がそこまで仰るのであれば、従いましょう」
不満はあるが、これ以上言うつもりはないとホルトスは引き下がった。
「俺はジェグサス男爵のところへ行く。ロドメルたちは青狼族のことを頼む。他の貴族やその兵士たちが何かしないとは限らないからな」
青狼族をロドメルたちに任せ、ロドニーはジェグサス男爵のところへと向かった。
面会はすぐできた。青狼族をデデル領に連れていき、労働力として使うと話した。
国は褒美を出せない。それなら、獣人の所有を認めてほしいと頼んだのだ。
「分かった。軍監殿にはそのように伝えよう。最終判断は王国軍の将軍が行うが、獣人はジャバル王国の兵ではないので認めてもらえるだろう。だが、気をつけることだ。今回のことで獣人への風当たりはかなり強いからな」
軍監というのは軍に従軍して、その軍団の行動を監視するのが役目だ。軍の監視をするのが役目だが、手柄を立てた者を記録するのも役目である。もちろん、軍監に指揮権はない。
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