第53話

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 053_獣人の悲劇

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 都市ウッソゴウドは獣人傭兵団によって陥落していた。働き手にならない老人は殺され、若い者は連れ去られた後だった。

 しかも、獣人傭兵団が都市内に陣取っていて、ロドニーたち北部貴族軍を待ち構えている。


「獣人の数は分からないのか」

「斥候を出しても帰ってきません。残念ながら、数は分かりかねます」


 ジェグサス男爵の問いに、ゲルドバスが答えた。情報がなければ、さすがのゲルドバスでも判断に迷う状況だ。

 王国軍からの情報によれば、獣人傭兵団の数は5000ほどらしい。この情報が正しいかは、分からない。夜襲や奇襲ばかりで、獣人傭兵団の数をまともに数えた者はいないからだ。

 また、獣人傭兵団の全てがウッソゴウドに居るのかも、ゲルドバスたちには分からないのだ。


 これでは下手に攻撃できないということで、王国軍と共闘したいと使者を送った。しかし、王国軍から被害甚大にて援軍いたしかねると、返答があった。

 この回答には呆れた北部貴族たちだったが、これで手をこまねいているわけにはいかない。他の貴族軍へ共闘を申し入れたが、どの貴族軍も良い反応をしなかった。


 ウッソゴウドを放置するわけにはいかない北部貴族軍は、ウッソゴウドの手前で野営して対策を考えることにした。

 この場所では夜襲や奇襲に注意を払わないといけない。特に夜襲は夜目の利く獣人に非常に有利になるので、ゲルドバスが網の目のように張り巡らせた警戒網を構築した。


「南部貴族は王国軍と合流するにしても、東部貴族はどうしているのか?」


 貴族の1人からそのような質問がされると、ジェグサス男爵の顔に皺が寄った。

 東部の貴族は各領地で、ジャバル王国軍襲来に備えている。悪い言い方をすると、ジャバル王国軍が怖くて毛布の中に潜り込んでいた。


「愚か者どもめ。領地を守りたいのであれば、死力を尽くして戦え。他人の力を当てにするとは、情けなさすぎる」


 ジェグサス男爵は吐き捨てるように言った。


「我らがなんのために戦っていると思っているのだ」

「こんな東部など早々に放棄すればいいのだ」


 貴族の中から不満の声があがる。

 北部から遠路はるばるやってきたのに、一番奮起しなければならない東部貴族たちのやる気がない。バカらしくてやってられない気持ちになるのも当然だろう。東部に縁者がいる貴族でも、さすがにこの対応には憤りを覚えた。

 王国側は足並みが揃っていない。最悪だとロドニーは感じた。


 ロドニーは3交代で夜襲に警戒するように指示し、休息をとることにした。

 日が沈み、夜になるとユーリンと連絡をとる。鉄金児ゴーレムは喋ることはできないが、ロドニーと『感覚共有』していれば文字は書ける。もちろん、人間と同じ手がないとできないので、ユーリンにつけている鉄金児ゴーレムは人型だ。


 和睦交渉が進んでいないことに国王は不満を持っているが、大臣たちはすぐに和睦できると言っているらしい。大臣たちのその根拠がどこにあるのか、ロドニーには分からなかった。


 また、王都周辺の王家直轄地から徴兵が行われているらしい。和睦の交渉をしている状況だが、壊滅した王国軍の立て直しをするという名目だ。

 ロドニーは引き続き情報収集をユーリンに頼み、マントに包まった。


 寝ていたロドニーは悪寒を感じ、飛び起きた。鎧は着たままマントにくるまっていただけなので、白真鋼剣びゃくしんごうけんを手にしてテントの外に出た。

 ロドニーは闇に支配された周囲に視線をさまよわす。


「ロドニー様。どうかされましたか?」


 見張りをしていた新従士バニスが、慌てて近づいてくる。


「皆を起こせ。敵襲だ」

「しょ、承知しました」


 焚火の明かりが暗闇を照らすだけの、黒いベールに包まれた世界。目には見えなくとも、ひしひしと感じる敵意。ねっとりと肌につくような、濃厚な殺気だ。

 ロドニーは白真鋼剣びゃくしんごうけんを腰に佩き、鞘から抜き去る。そこにロドメルたちがやってきて、武器を構える。


「半円隊形!」

「半円隊形だ、急げ!」


 ロドニーの命令をロドメルが復唱し、領兵たちが素早く動いた。ロドニーの前に40名の領兵と従士たちが120度ほどの半円を描くように隊形を組んだ。


「距離50。数は数えきれないぞ。撃てば当たる。撃て!」

「「「応!」」」


 騎士、従士、領兵たちが『高速回転四散弾』『流体爆発弾』を撃った。暗闇に消えていく攻撃が、何かに着弾する。『高速回転四散弾』は着弾と同時に周囲に風の刃を放ち、広範囲を蹂躙する。『流体爆発弾』は液体金属が付着したと同時に爆発を起こす。

 獣人のものと思われる悲鳴が聞こえた。共に着弾時の被害範囲は広い。かなりの被害が獣人に出ているだろう。


『高速回転四散弾』『流体爆発弾』の音を聞きつけて北部貴族軍の将兵が起き出してきた。デデル領軍のそばに陣取っていた貴族は、ロドニーたちの行動を見てすでに遊撃態勢を整えていた。


 夜襲は獣人の得意分野なので、必ず夜襲があるとどの貴族も考えていたようで、鎧を外して寝るような愚か者は居なかった。

 ロドニーの指示で、『高速回転四散弾』『流体爆発弾』が何度も撃たれた。50名にも満たないデデル領軍の攻撃だが、その破壊力と攻撃範囲は圧倒的だ。


 北部貴族将兵はデデル領軍の放つ根源力によって、何かが倒されているというのは分かった。だが、暗闇の中のことで実際に何が行われているかは分からない。

 彼らがデデル領軍が放つ根源力の威力に戦慄したのは、ロドニーが攻撃を止めた後だった。


「フォルバス卿、何があったのだ」

「敵ですが、粗方片付けました」


 ジェグサス男爵の問いに答えたロドニーは、松明を持って闇の中に進んでいく。ジェグサス男爵やゲルドバス、他の北部貴族たちもそれに続いて暗闇の中を松明の明かりを頼りに進んだ。

 そこで見たものは、原形をとめない獣人たちの残骸だった。それが元々獣人だったのは誰の目にも分かったが、その数に絶句した。


 夜が明けてどれだけの獣人が死んでいるのか、調査された。あまりにも損傷が酷いため正確な数は分からないが、そこには500体近い獣人の残骸があった。


「フォルバス卿のおかげで、我らは1人の被害も出なかった。それでいて、500もの獣人どもを討ち取ることができたのだ。お手柄ですぞ」

「相性が良かったようです」


 獣人も根源力を持っているが、獣人の性格上、放出系よりも身体能力を上げるものがもてはやされている。中には上級根源力の『金剛』といった強力な防御系根源力を持っている獣人もいたが、『高速回転四散弾』と『流体爆発弾』の破壊力には耐えられなかった。


「今回の夜襲に出て来た獣人のほとんどは討ち取ったと思います。逃げたのはわずかでした」

「フォルバス卿は気配を感じる根源力を持っているのだね」

「獣人のように殺気立った者の気配であれば、かなり遠くからでも感じることができます」

「それは頼もしい! どうだろうか、デデル領軍でウッソゴウドの偵察を行ってはもらえないだろうか」


 気配を感じることができるのであれば、偵察にはもってこいだとジェグサス男爵は思った。


「承知しました。私が偵察を行いましょう」

「助かる! 我が配下を50ほど連れて行ってくれ」

「ありがとうございます」


 さっそくウッソゴウドへと赴くロドニー。『強化』と『増強』で『鋭敏』を最高まで高め、町中へ入っていく。

 だが、すぐに腕を上げて、止まるように指示を出す。

 人気のない町中だが、獣人が放つ殺気を感じる。建物の中に潜み、ロドニーたちが町の奥へ入っていったところで包囲するつもりなのだ。

 獣人は耳と鼻がよく、見えなくてもどこに人間や仲間が居るか分かる。建物の中から音を集めるように耳を忙しなく動かして、ロドニーたちの気配を探っていた。


「あの赤い屋根の家に6。そっちの青い扉の家に5」


 従士たちが領兵を率いて家の中に踏み込んでいく。狭い家の中から喧騒が聞こえた。赤い家の扉から獣人が吹き飛んで来て、路上でぐったりと倒れた。

 すぐに喧騒は止んで領兵たちが出て来た。2体の獣人を捕縛することができたので尋問したが、簡単に口を割らない。


「この獣人たちをジェグサス男爵の下に連れて行ってくれ。連行中、油断しないように」


 ジェグサス男爵から預かった兵士5名に、獣人の連行を頼んだロドニーは先に進んだ。

 獣人たちが潜んでいる家や死角になる場所を、ロドニーは確実に潰していった。偵察だが、倒した獣人の数は100以上にもなった。


 ロドニーが止まり、町の奥を睨みつける。


「後退だ。急げ」


 今来た道を急いで引き返す。

 デデル領兵は疑問に思わないが、ジェグサス男爵から預かったザバルジェーン領兵たちはなぜ走るのかと思った。これではまるで逃げているようだと。


「死ぬ気で走れ!」


 遅れだしたザバルジェーン領兵に、ロドニーの厳しい声が放たれる。

 ザバルジェーン領兵もしっかり走っているのだ。それでも、デデル領兵とは鍛え方が違うため、遅れがちになる。


「お、おい。あれを!」


 ザバルジェーン領兵の1人が後方に現れた大勢の獣人の姿を見て叫んだ。

 通路を埋めるほどの数が、自分たちを追いかけてくる。それは恐怖以外の何物でもなかった。


 獣人たちのほうが足が速く、両勢力の距離は徐々に詰まってくる。

 ザバルジェーン領兵たちは必至に走った。あれだけの数に追いつかれたら生きては帰れない。

 町の入り口の石造りの橋に差しかかると、ロドニーとデデル領兵たちが止まった。


「ザバルジェーン領兵はそのまま走り抜けろ! 橋を渡るんだ」


 遅れていたザバルジェーン領兵たちに橋を渡るように指示すると、デデル領兵を横二列に並ばせた。


「敵は狭い通路を密集して進んでいる。数を減らす良い機会だ。撃て!」

「「「応!」」」


 前列が撃ったら後列が撃つ。それを何度も繰り返して数百の獣人を屠ると、獣人たちの足が止まった。

『流体爆発弾』は100ロム、『高速回転四散弾』は500ロム。これが射程距離なのでそれ以上の距離を取れば、被害を受けないと思ったのだ。実際にデデル領兵の攻撃は当たらなくなった。


「ロドニー様。奴ら、犬畜生くらいの脳みそがあるようですぞ」

「そうだな」


 ロドニーとロドメルが殺気立った笑みを浮かべる。


「『高速回転四散弾』よりももっと射程が長いのをお見舞いしてやるぜ」


 ロドニーは『爆砕消滅弾』を撃った。通路を真っすぐ進んだ『爆砕消滅弾』の射程距離は1000ロム。『高速回転四散弾』の倍もある。しかも、その破壊力は『高速回転四散弾』や『流体爆発弾』など比べるまでもなく高い。最強の破壊力を持つ根源力である。


 爆発が起こり獣人もろもと周囲の建物を破壊する。爆風がロドニーたちのところにも届き、ロドニーの翠色すいしょくの髪を激しく揺らした。


 

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