第52話
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052_獣人襲来
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毎日更新される情報によると、戦況はかなり悪い。
昼はジャバル王国軍の攻撃を受け、夜は獣人傭兵団の夜襲に翻弄された王国軍は、大きく後退して態勢を整えようとしている。
ジャバル王国軍は遺跡の周辺を確保して満足すると思っていたが、周辺の都市を攻撃しては略奪を繰り返していた。
おそらく、この50年で多くの戦費が消費されたのを、略奪で補填しようとしているのだと思われる。
「ユーリンにつけておいた
ロドニーが『
ユーリンは賢者ダグルドールの屋敷に留まり、城内の情報や王都の情報を
その最新情報が、国王と大臣たちが和睦の使者を出したというものだった。
「現在の状況で和睦すれば、王国にとって不利な条件で和睦することになりますぞ」
ロドメルが唸るように言葉にした。
「すでに2軍団が壊滅しているし、1軍団はかなり酷い状況だ。無事なのは王都防衛のために残った騎士団のみ。これ以上戦ってもジャバル王国軍を押し返せないと考えたようだな」
「そうなると、セルド地方は譲渡。さらに、現在占領されている地域も譲渡になりますが、それで東部貴族たちが納得しますでしょうか?」
ホルトスが冷静に状況を判断するが、当然のように東部貴族が納得することはないだろう。それどころかかなり不満の残ることになる。
「ジェグサス男爵へは報告しますか」
「いや、しない。どうせ数日のうちには知ることになるだろう。俺が
この場には騎士のロドメルとホルトス、そしてロクスウェルしか居ない。
その数日後、王都からバニュウサス伯爵家の者が、馬を数頭を乗り潰して急いでてやって来た。その者がもたらした情報は、ロドニーが
ジェグサス男爵は一旦進軍を止め、北部貴族を集めた。
「今になって和睦とは、王家は何を考えておいでなのだ!」
貴族の1人が声を荒げた。
フォルバス家はそうでもないが、貴族というのは血縁者が多い。声を荒げた貴族は、東部に領地を持つ貴族と血縁関係があった。しかも、獣人傭兵団によってその領主家は亡ぼされ、町は略奪が行われて酷い有様である。こういった貴族は多い。
「東部貴族のことは気の毒であるが、これもあの忌々しい大臣どものせいだ。あの者たちをなんとかせねば、また同じことが起こるぞ」
貴族たちは戦争を長引かせる政策のことを知っている。国王は大臣たちの傀儡となっている。それがこの国の歴史なのだ。だが、国の力が強くて、何も言えなかった。これからのことは、まだ分からないが。
「とにかく、和睦が成立したわけではない。我らはこのまま東進し、必要であればジャバル王国軍と一戦交える」
と言いつつもジェグサス男爵は、ゲルドバスの進言を受けて進軍速度を落とした。
和睦が成立すればわざわざ戦う必要はないという判断である。だが、北部貴族軍を監視する軍監がいるために、あからさまな遅延行軍をしたり引き返すわけにはいかない。今後のためにも気づかれない、または気づかれても言いわけができる微妙な遅延行軍の速度をゲルドバスが計画して実行した。
幸いと言うべきか、途中4日間を雨で足止めされた北部貴族軍は、予定よりもかなり遅くセルド地方へと到着した。
だが、ゲルドバスとジェグサス男爵の思惑は外れた。ジャバル王国との和睦は未だ成立していなかったのだ。
「ここまで無能では、和睦の条件は酷いことになりそうですな」
ゲルドバスが苦笑を浮かべながら言った。
何をするにも中途半端で遅い大臣たちに、ゲルドバスとジェグサス男爵、それに遅延行軍の思惑を汲み取っていた貴族たちは憤りを覚えていた。
セルド地方の北部から進入し、ウッソゴウドという都市に近づいた時だった。ロドニーは山林から殺気のような嫌な気配を感じた。
丁度休息をとる頃だったので、ロドニーはジェグサス男爵に斥候を出すように提言した。
セルド地方でも戦場になっているのは中部から南部にかけてだ。それに情報ではウッソゴウドはまだ攻められていない場所である。
そのため、ジェグサス男爵はそこまで神経質にならなくてもいいと考えたが、バニュウサス伯爵の懐刀であるゲルドバスがロドニーの意見に同意したことで斥候を出すことにした。
出していた斥候が一部戻って来なかった。戻って来なかったのは、ウッソゴウドの手前にある山林を偵察する斥候だった。
もしかしたら事故に遭ってしまったのかもしれないと思い、再度斥候を出した。しかし、それも帰ってこなかった。
すぐに軍議が開かれ、斥候が消息不明になっていることを共有した。
「この山林に敵が隠れている可能性が高いと思うのですが、お集りの皆様の意見はどうでしょうか?」
顔の左半分が動かないゲルドバスが意見を求めると、貴族たちもその可能性が高いと判断した。
「この山林に敵が潜んでいるということは、ウッソゴウドはすでに落ちている可能性があります」
「ウッソゴウドは補給拠点の町であり、そこが落ちているとなるとかなり逼迫した状況だろう」
これまで北部貴族軍は、ウッソゴウドに補給拠点を置いて前線の補給を行っていた。
そこが使えないということは、各領地から送られてくる物資の集積地を他に設置しなければならない。ただ、それはそれほど問題はない。連絡さえしっかりと取れば、補給物資はそこへ集まってくる。
では、何が問題なのか。それは、情報になかったウッソゴウドが陥落している可能性があるということだ。陥落してなくても、ここまで敵の勢力が出張っている。それが問題なのだ。
「山林に敵が潜んでいるのは明らかですが、山林の中となりますと大軍を動かすのは難しい。少数精鋭にて対処するのがよろしいでしょう」
「ならば某にその役目を!」
「あいや、待たれよ。某にその役目を!」
「某が!」
3人の貴族が手を挙げて話し合いが行われた結果、2名の男爵がそれぞれの領兵を率いて山林に入ることになった。
男爵たちが山林に入ってしばらくすると、戦闘音が聞こえてきた。時間的にあまり奥にへは入っていない。
喧騒は四半刻程続き、ロドニーたちは警戒しながら男爵たちが戻ってくるのを待っていた。警戒しながら待っていると、木々の陰から誰かが出て来た。
フォルバス家のデデル領軍は、長い隊列の最後尾に近い場所に陣取っていた。その場所と山林の中間地点で、その人物が倒れた。
「様子がおかしいぞ」
その人物が倒れ込んだのを見て、ロドニーが走り出した。
駆け寄ったロドニーはその人物を抱き起す。全身血だらけで酷い有様だが、見覚えがあった。領兵を率いて山林に入った男爵の1人だ。
「しっかりされよ。皆はどうされたのか」
「じゅ、獣人どもが……」
それだけ言うと男爵は意識を手放した。息をしているので生きている。ロドニーはすぐに『快癒』で男爵を治療した。
「ロドメル。男爵を運ぶんだ」
「承知」
ロドメルが男爵を持ち上げると、山林から殺気を感じたロドニーが
粗末な革鎧を纏ったそれは、青白いふさふさな毛に覆われた尻尾と耳があった。獣人である。
「獣人だ! 剣を構えろ!」
ロドニーのその声にデデル領兵は即座に反応した。
木々の間から獣人が何人も飛び出してきた。獣人の動きはかなり素早く、一瞬でロドニーは10人ほどの獣人に取り囲まれた。
その横を数百の獣人たちが駆けていく。まさかこんなに居るとは思ってもいなかった。
「この調子だと、山林の中に入った他の者たちは生きてないか」
ロドニーは
生まれて初めて見た獣人は、オオカミの獣人だった。人間のように二足歩行もするが、走る時は四足だ。四足のほうが瞬発力が増す獣人は、戦う時も四足になりがちな種族である。
「ガルゥゥゥッ」
唸り声までオオカミの獣人を前に、ロドニーは冷静に観察する余裕があった。
(人のような顔だが、鋭い牙が生えている。それに、あの爪も危険だな)
血だらけの爪を見て、それで男爵の兵士たちを殺したのだとすぐに察した。
「ガウッ!」
後方から1体が飛びかかってきた。瞬時に態勢を変えて
まるで踊るように
デデル領兵たちは、獣人の速さに対応していた。どの領兵も獣人よりも強かった。新人従士たちも問題なく獣人の素早さに対応した。厳しい訓練を積み、景気よく生命光石を与えられたことが幸いしたようだ。
ロドニーがロドメルたちと合流した。デデル領兵の周囲には50近い獣人の死体が転がっていたが、被害はないように見えた。だが、他の領兵はそうではなかった。
山林から出て来た獣人は500近い数が居た。他の貴族軍へも攻撃をしていて、激しく争っている。
「ロドメル、被害は?」
「ありません。全員健在です」
「俺は右の援軍に向かう。ロドメルは左だ」
「承知しました」
「ロクスウェルは物資を守れ」
「はっ!」
ロドニーはホルトスと従士2名、領兵10名を引き連れて右へと向かった。
敵味方が密集しているため、放出系の根源力は使えない。どうしても接近戦になる。ロドニーは混乱している味方に声をかけながら、獣人を倒していいく。
「冷静に対応しろ! しっかり見れば、大したことはないぞ! 数はこっちが多いんだ、3人で1体に当たれ!」
圧倒的な強さで獣人を屠るロドニーがそう声をかけることで、北部貴族軍の混乱は徐々に収まっていく。
「フォルバス卿!」
「ジェグサス閣下。ご無事でしたか」
ジェグサス男爵の後ろにはゲルドバスも剣を抜いて持っていた。ゲルドバスが剣の扱いに不慣れなのが、よく分かる構え方だった。
「おかげで助かった」
「獣人は退いたようです。味方の被害の確認を」
「うむ、そうだな」
ジェグサス男爵は各貴族に伝令を出して、被害状況を把握した。
貴族で死亡したのは山林から帰ってこなかった男爵1名だけだったが、騎士や従士は30名近く亡くなったらしい。獣人たちは指揮官と思われる者を優先的に狙ったのが分かる状況だった。
「被害状況は死者100名、重傷者70名。対して獣人は100体を討ち取っています」
死者の数だけ見ると、互角だった。だが、獣人たちの数は北部貴族軍の4分の1であるため、とても互角と言えるようなものではない。
「フォルバス卿のところは被害がなかったとか、さすがは宝物庫を開いた英雄殿の軍だ」
ジェグサス男爵は負けムードを払拭するために、ロドニーを褒め称えた。
「そうですな、フォルバス卿の機転がなければ、被害はもっと大きかったでしょう。さすがは英雄殿です」
ゲルドバスまでロドニーを褒め称えた。軍議が行われる前から、ロドニーを褒めることが2人の間で打ち合わされていたのだ。それによって、暗かったムードが明るくなった。
「我らには英雄がついておる! ジャバル王国などに負けることはないぞ!」
貴族たちも暗いムードを払拭するように、ロドニーを英雄と持ち上げた。
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