第51話
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051_出征
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領兵を率いたロドニーは、バッサムへと向かった。そこでバニュウサス伯爵軍と合流するのだ。
北部貴族の半分はバニュウサス伯爵の寄子なので、出征時にバニュウサス伯爵軍と共に戦地へ向かうのが慣例になっている。
ちなみに、北部にはバニュウサス伯爵家以外に侯爵家が1家ある。北部の貴族は侯爵家かバニュウサス伯爵家のどちらかの寄子になるのが一般的だ。
出征は寄親と寄子の混成軍単位なので、遠方の大貴族の寄子になると大変なことになる。
北部ではバニュウサス伯爵陣営と侯爵陣営が交代で出征していることで、2年に1度は出征がある。ただし、当主が討ち死にするなどの場合は、その限りではない。
また、寄親であるバニュウサス伯爵は出陣しないことが多い。もしバニュウサス伯爵が討死してしまうと、寄親家が出征しないのに寄子たちだけで出征することになったら目も当てられないからだ。
ロドニーだけは金真鋼の鎧、騎士たちは青真鋼の鎧、そして従士と領兵たちは赤真鋼の鎧を身に着けている。ロドニーを含めて50名にも満たない軍だが、真鋼の鎧は秋晴れの太陽光を反射してバッサムの人々の目を惹きつけた。
デデル領軍の真鋼装備の噂は、すぐにバッサムに広がった。
ハックルホフの屋敷に逗留したデデル領軍を見ようと、見物人が訪れるほどだ。
ハックルホフは王都に詰めていて居なかったが、祖母のアマンが屋敷を守っていた。
「ロドニーもバッサムと王都に屋敷を持たないとね。うふふふ」
アマンが柔和な笑みを浮かべた。
「今はまだいいよ。そんなことに金を使うなら、デデル領の開発に使いたいからね」
屋敷を立てる金はあることから、バッサムや王都に屋敷を建てるのは問題ない。情報収集の面や貴族の体面を考えれば、王都やバッサムに屋敷を持って人を置くべきなんだろう。
だが、貴重な人材を遠方に置くよりも、領内で使うほうが今は重要だと考えているのだ。残念ながら、今のフォルバス家に人的余裕はない。
ロドニーがバッサムに到着した2日後には、他の貴族軍もバッサムに集結した。
バニュウサス伯爵は貴族たちに今回の出征について、分かっていることを説明する機会を作った。
「集まってもらい、感謝する。さて、セルド地方と王都のことだが―――」
バニュウサス伯爵が集めた情報では、セルド地方でジャバル王国と対峙していた王国軍は壊滅した。それはロドニーが聞いていた情報と合致する。
王国軍はその8割もの被害を出して、率いていたドコワイスキー将軍の消息は不明。貴族軍も5割以上の被害があり、多くの当主が討ち取られているか捕虜になっているらしい。
ジャバル王国軍の情報としては、将軍が変わったということと傭兵団が参加しているとのことだった。ジャバル王国のさらに東の獣人王国の傭兵団が、参戦しているのだ。
このクオード王国では見ることのない獣人たちは、身体能力が非常に高い。それはそのまま戦闘力に繋がるものだ。
今回、王国軍は夜目の利く獣人傭兵団の夜襲を受け、混乱しているところをジャバル王国軍によって殲滅されたらしい。
この50年で獣人傭兵団が参戦したのは初めてのことだったこともあり、王国軍はかなり混乱したらしい。
集まった貴族たちからため息が漏れた。
獣人との戦闘は誰もが初めてで、噂を知っている程度なのだ。どのように戦えばいいか、戦術が思い浮かばない。
会議は終わったが、結局どうやって獣人と戦うかは決まらなかった。
明朝、バニュウサス伯爵家のザバルジェーン領軍を中核とした北部貴族軍が、東部へと出陣した。
ザバルジェーン領軍の構成は騎馬隊300、歩兵隊600、弓隊100、投射隊100、輜重隊100、総勢1200名である。
投射隊というのは、放出系の根源力を持った兵たちを集めた部隊のことで、セルバヌイ戦でも戦争でも放出系の根源力は役に立つ。
伯爵は高位の貴族だが、これだけの規模の軍を出すのは珍しい。それだけバニュウサス伯爵家が潤っていることが分かる。
ここにデデル領軍と他の貴族軍が加わり、総勢2000名をやや超える軍になる。
バニュウサス伯爵は出征しない。代理としてバニュウサス伯爵の従弟で男爵のシドニー・ジェグサス男爵が軍を指揮する。40代の武人然とした男性だ。
補佐としてバニュウサス伯爵の側近であるゲルドバスがつけられた。ゲルドバスは滅多にバニュウサス伯爵のそばを離れないが、今回はかなり厳しい戦いになると思ったバニュウサス伯爵がシドニーにつけた。
北部貴族軍の行軍はバッサムから東へ進み、南北に連なるアクラス山脈を見ながら南下して中部に入り、オブロス湖の北側を東進する。
歩兵を含む行軍のため、30日程でセルド地方に入る予定だ。
デデル領軍は6台の馬車で領兵全員と食料を輸送している。
食料は収納袋に入れることで簡単に運べる。しかし、それをしてしまうと、収納袋のことが他の貴族に知られてしまう。収納袋の所持は違法ではないが、騎士爵という最下級の貴族が持っているのが知られると面倒なことになる。
もっとも、廃屋の迷宮の宝物庫を開けたことで、フォルバス家が所持する宝物に目を付けている者は多いのだが。
ロドニーたちがオブロス湖を越えた辺りで、新たな情報が入った。
王国軍を壊滅に追いやったジャバル王国軍に協力していた獣人傭兵団が、セルド地方の各都市で略奪を行っているというものだ。金目のものや食料だけではなく、老人は殺され若い男女は連れ去られた。数万という王国の民が連れ去られたとのことだ。
一方、ジャバル王国軍はバナシアという都市を拠点にし、そこを要塞化していた。このバナシアの民だけは、獣人たちの略奪の被害に合わなかったが、ジャバル王国軍の兵士による略奪は普通に行われた。
要塞化したバナシアは遺跡のあるゴドルザークの森に近く、山間にあるため守りやすい場所だ。このバナシアを拠点にし、3カ所に砦を築いて防衛線を確立していた。
バナシア周辺の防衛線の整備が終わった後、王都から出陣した王国軍の2軍団1万7000がセルド地方に布陣した。すったもんだあったが、王家は健在な3軍団のうち2軍団を出陣させたのだ。
大臣たちは1軍団と貴族軍でよいと主張したが、王太子と将軍たちは最低でも2軍団を派遣するべきと主張した。大臣たちと、王太子を主にした将軍たちの意見が割れた。国王は賢者ダグルドールを呼んで意見を聞いた。
「これまでの中途半端な対応が、今回のような悲劇を生んだ。王家は今までのツケを払う時が来たのですぞ」
貴族を裕福にさせすぎないように、戦いを継続させてきた政策が悪いと賢者ダグルドールは国王に言ったのだ。
それを聞いた大臣たちが賢者ダグルドールを糾弾したが、王太子は賢者ダグルドールの言葉を支持した。
軍を派遣するのは決定事項だが、その規模が決まらない。
ようやく決まった時には、ジャバル王国軍はバナシアを要塞化してしまった後だった。そこで各貴族へ出征命令を慌てて出した。
ここまでは新しい情報ではない。問題はここからだ。
バナシアの支城である砦の1つを包囲するように、布陣した王国2軍団だったが、そこに古代兵器による攻撃が行われた。ロドニーが王家に献上したビーム砲と同じものだ。
ビーム砲の攻撃を受けた王国軍は、一瞬にして1000名の兵士が蒸発した。
ジャバル王国軍はバナシアに古代兵器を持ち込み、防御を固めていたのだ。しかも、3つの砦をカバーできるように古代兵器を設置していて、大軍が押し寄せるのを待っていたのだ。
古代兵器は王国も所有しているが、戦場に出していないことにロドニーは驚いた。
使える古代兵器は貴重なため、王家は外に出していない。王都に敵が迫った時に、そういった古代兵器が役に立つ。外敵ではなく、貴族の謀反に備えているのだ。話にならないとロドニーは思った。
国王、または王家の方針というよりは、大臣たちの方針が領地持ちの貴族を適度に疲弊させること。そのために戦争は丁度良かった。
だが、ここにきてジャバル王国軍が変わった。これまで使わなかった獣人の傭兵を用い、さらには古代兵器まで持ち出してきた。明らかに本腰を入れてセルド地方を盗りにきた。
ロドニーたちは知らなかったが、ジャバル王国内では今回の戦いに先立って政変があった。それまで力を持っていた貴族や大臣たちが粛清されたのだ。
それを行ったのは、新しく国王になった人物だった。新国王は無駄に戦争を長引かせてきた者たちを排除し、能力のある者を重用した。
新国王に能力を見込まれて重用された将軍が、軍を率いている。平民から将軍になった傑物だ。
才能があっても、弛まぬ努力をしても、平民が将軍になることはなかった。そういった過去や慣例など関係なく、その人物は将軍として権力を握った。
平民の自分を将軍にしてくれた新国王に対し、絶対的な忠誠を誓っている。新国王のためにも、この戦いを終わらせる。そのためなら、獣人でも古代兵器でも使うことを厭わない人物だ。
王国2軍団はビーム砲の攻撃を受けて恐慌状態になった。ビーム攻撃など見たことがない兵士たちばかりなので、未知の攻撃によって浮足立つのは当然のことだった。
ビーム攻撃を受けて恐慌状態の王国軍に、獣人傭兵団が奇襲を仕かけた。
軍を率いていた将軍がなんとか防御陣形を整えた時には、獣人傭兵団は撤退した後だった。
ビーム攻撃と奇襲で3000名もの被害が出た王国軍は、ビーム兵器の射程外へと軍を引いた。だが、そこにジャバル王国軍が待ち構えていたのだ。撤退している時に包囲されて叩かれた。
王国軍は大きな被害を出すことになった。まともな戦いにならず、たった1日で8000名もの被害を出したのだ。
この後、ジャバル王国軍はバナシアを橋頭堡にし、王国東部へと軍を進めた。
それは北部貴族軍が南下し始めた頃のことであった。
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