第50話

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 050_出征命令

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 バニュウサス伯爵家と他に2子爵家に、従士を募集していると相談した。

 予定より1家多いが、3家とも北部の貴族だ。バニュウサス伯爵家以外の2子爵家は共に比較的友好的な家に打診した。

 3家からは、推薦してくれるとすぐに返事があった。ロドニーはすぐに各家を回って、候補者と面談した。


 バニュウサス伯爵が推薦してくれた3名は、1人目はバニュウサス伯爵家の分家騎士家の四男、2人目も騎士家は同じだが分家ではない家の三男、3人目はなんとバニュウサス伯爵の一番下の弟だった。

 さすがにバニュウサス伯爵の弟が出てくるとは思っていなかった。


 3名と面談したロドニーは、3名とも優秀だと感じた。さすがはバニュウサス伯爵家、人材が豊富だと羨ましく思った。


 バニュウサス伯爵の弟は16歳の色の白い少年で、かなりの美形だった。容姿で判断する気はないが、面談の感触も悪くないので気に入った。なんといっても、頭の回転が速かったのがいい。

 彼は庶子のためバニュウサス伯爵家の家督は間違っても継げないらしい。


(それにしても、バニュウサス伯爵は50代だが、末の弟が16歳とか……前バニュウサス伯爵はがんばったんだな)


 他の子爵家でもそれぞれ2名と3名の推薦があった。

 バニュウサス伯爵から推薦された3名もそうだが、皆が優秀だと感じた。できることなら全員を従士にしたいが、さすがにそれはできない。

 考えた末、1名多いが4名を登用することにした。バニュウサス伯爵家から弟ともう1名、それぞれの子爵家から1名ずつだ。


 従士たちは移住の準備もあるので、数日後に着任する。

 一足早くデデル領に入ったロドニーは、登用する従士が4名になったと皆に報告した。


 ロドニーが外に出ている間に、2名が『氷球』を覚えた。4部隊が『氷球』集めに投入されているが、最低でも1部隊に3名は『氷球』を覚えた者がほしい。


「ロドニー様が不在の間に、船大工が到着しました。造船所に入ってもらっております」


 行政官のキリスから不在中の報告を受ける。待っていた船大工がやってきた。さっそく、船大工に会いに行く。


「領主様かい。若いねえ」


 かなり砕けた口調の人物だったが、祖父ハックルホフの紹介だから間違いはないだろう。腕さえしっかりしていれば、口の利き方などどうでもいい。


「俺はブルーガーだ。これまでは南部のガガス領で船大工をしていたが、ハックルホフの旦那が面白い仕事をさせてくれるって言うからやって来た」

「面白い仕事かどうかは分からないけど、考えていることがあるんだ」


 ロドニーは図面を見せた。それは帆船ではなく、スクリューを水中で回して推進力を得る船だ。もっとも、動力はエンジンではなくモーターになっている。

 図面はロドニーが描いたので、あくまでもアイディアを書き加えたイメージ図のようなものである。


「なんだこりゃ? マストはどうした? オールで漕ぐのか?」

「この部分が動力で、この部分が回転することで船を動かすんだ。この船なら、風の影響なく航海ができるんだよ」

「なんだと!?」


 ブルーガーは穴が開くほど図面を見つめた。


「面白れぇ! いっちょやったるぜ!」


 かなりやる気になったブルーガーに、モーターはロドニーが供給する。かなり大きなモーターになるので、その場所を確保するのを忘れないようにと釘を刺した。


「了解だ。設計図ができたら見せにいくぜ」

「ああ、待っているぞ」


 ブルーガーは数名の弟子を引き連れてきていた。その弟子たちもかなりやる気になっている。

 過大な期待はしないが、やってくれそうな気がする。そう思いながら造船所を後にするロドニー。

 その3日後には図面ができた。多少の修正はあったが、ほぼ問題なかったので造船に取りかかってもらった。


 さらに数日後、4名の新従士たちがデデル領にやってきた。

 いずれも武官待遇の従士だが、バニュウサス伯爵の末弟であるホバートは文官としても期待している。


「皆、よく来てくれた。これからよろしく頼む」


 ロドニーが挨拶し、それぞれから抱負が語られた。


「最初の話の時に言ったように、最初は当家の訓練を受けてもらう」


 従士たちを訓練するのは、教官のケルドだ。他の新人領兵と一緒に訓練を受けてもらう。

 フォルバス家の訓練は厳しい。以前はそこまででもなかったが、ロドニーが訓練メニューに手を加え、ある程度の体力をつけないと戦闘訓練に移行できない。

 最初は徹底的に砂浜でランニングをする。足腰をしっかり鍛え、セルバヌイとの厳しい戦いのための体力をつける。


 従士が全員揃ったことで、歓迎会が行われた。従士は文官も入れて9名になった。

 他家から移籍してきた従士は、上は25歳で下はホバートの16歳である。いずれも実家で厳しい訓練を積んできたが、明日からデデル領の訓練を受けてもらうことになる。


 もしかしたら従士から脱落者が出るかもしれない。そうなったら、そうなったで仕方ないと思ってケルドに訓練を任せる。ただ、ホバート以外は既婚者で子供も居る身なので、根性でやり遂げてくれるだろうとロドニーは考えている。

 そもそも、デデル領の新兵たちは皆が同じ訓練をこなしているのだ。彼らにできないわけがない。


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 デデル領にも実りの秋がやってきた。今年は台風が来ても、目立った被害はない。例年並みの収穫が予想されている。

 他家から移籍してきた従士たちは、フォルバス家の訓練を無事に卒業した。下地がないと半年ほどかかる訓練だが、4人は2カ月ほどでやり遂げた。

 訓練が終わると、領内の治安を守るために巡回する。その際に、領内の地形を頭に叩き込むことになる。


「今日も盛況だな、マナス」

「これはロドニー様。ようこそおいでくださいました」


 ロドニーは港の視察のついでに、ハックルホフ交易商会デデル支店に立ち寄った。

 ガリムシロップとビールが毎日電車によって運ばれて来て、荷下ろしなどが行われていて活気がある。

 寄港する船はまだ少ないが、それでも一日に何隻かはやって来る。


「ロドニー様のおかげをもちまして、サルジャン帝国へのビールの輸出が順調です」


 王太子妃となったエリメルダが、祖国の母にも飲ませてやりたいと言ったことからサルジャン帝国への輸出が始まった。

 ビールはサルジャン帝国でも受け入れられ、飛ぶように売れている。それがマナスの表情を明るくしている。


「ドメアスが工房を拡張すると言っていた。しっかりと売ってくれよ」

「それはもう! ビールならいくらでも売れますから、お任せください!」


 港ができたおかげで、人口もかなり増えた。

 領内で育てているシシカム(大麦)は税として徴収するが、それ以外にもビール工房が買い入れることになっている。

 商人を介さないので、領内で調達するシシカムは他の地域のものよりも安い。


 来年の作付けは、ザライ(ライ麦)よりもシシカムを多くしようという声まである。食料不足にならない程度にシシカム生産にシフトしてもらうのは助かるので、生産量を調整しながら様子を見ることになっている。


 秋空のある日、伯父のサンタスが領主屋敷を訪ねてきた。ロドニーはすぐにサンタスと面会した。


「まだ細かい情報はないが、東部で大敗を喫したという情報を得た」

「東部というと、セルド地方ですか?」

「そうだ」


 遺跡を巡る戦いが50年も続いている地域で、王国軍が壊滅した。まだ、噂の域を出てない情報だが、王都の慌ただしさから信憑性は高いとハックルホフは考えていた。


「伯父上、今日はありがとうございます。新しい情報が入ったら、教えてください」

「父から情報が入ったら、また持ってくる」

「よろしくお願いします」


 この時のロドニーは、これから冬になるため出征は春になってすぐだろうと考えていた。

 念のため、騎士と従士たちには情報を共有し、エンデバーをバッサムのバニュウサス伯爵の元に送ることにした。


 翌日、追加で王国軍が壊滅、貴族軍にもかなり大きな被害が出ていると情報が上がってきた。

 ロドニーはいつでも出征できるように、物資の手配をキリスに命じた。と言っても、今のフォルバス家の倉庫には、ザライや武器、防具などが積まれている。


「物資に関しては問題ありません。問題は時期です」

「まさか今すぐ出征しろとは言わないと思うが、キリスはそうは思わないと言うのだな?」

「軍が壊滅したということは、かなり危機的な状況だと考えられます」

「しかし、王国軍は他にもある。1軍が壊滅したとしても、すぐに対処するだろ?」

「そうだとよろしいのですが……」


 可能性はないとは言えない。だが、騎士団を含めて4軍ある王国軍のうち1軍が壊滅しただけだ。貴族家の被害については気になるところだが、貴族軍にしても全軍が壊滅したわけではない。


 さらに情報が上がって来て、王都はかなり混乱しているらしい。

 そこにエンデバーが帰ってきた。バニュウサス伯爵は下手をすれば、冬をまたいで出陣もあると考えているらしい。

 フォルバス家もいつでも出陣できるように、準備だけは進めておく。それしか今はできない。

 その五日後のことだった。ロドニーの元に、王都から使者がやってきた。


「今、なんと申しましたか?」

「直ちに兵をまとめ、東部へ向かうようにと申しました」


 フォルバス家の戦役免除期間は終わっているので、出征しろと命じられれば出征するしかない。

 だが、これから季節は冬になる。北部の冬は中央部や東部と違って、厳しいのだ。


「ご存じだとは思いますが、これから冬がやってきます。この北部の冬は雪深い。この時期の出征は補給に問題がありますが、王家は補給をしてくださるのか?」

「補給はこれまで通り、各貴族で行ってもらいます」


 それで兵馬をどうやって維持するのかと問いたかったが、小役人に問いただしても満足いく返事はないだろう。

 ロドニーはすぐに騎士と従士たちを招集した。


「すでに耳に入っているかもしれないが、出征命令が出た」

「これから冬になると言うのに兵を出せと言うのは、それだけ切羽詰まっているということなのでしょうか?」


 ロクスウェルが訪ねるが、ロドニーにも分からない。


「中央の者たちは混乱していて、情報をまとめることさえできないようだ……。とにかく、俺たちは領兵を率いて東部へ向かう。そこで今回の陣容を発表する」


 騎士はロドメルとホルトスとロクスウェル。従士は他家から採用したバニス、ゲーツ、パルドメ、ホバート、そしてエンデバーの弟のガリクソン。率いる領兵は40名。


「ユーリンは王都のお師匠様のところで、情報を集めてくれ」

「分かりました」

「ロクスウェルはキリスと連携し、補給を頼む」

「承知しました」

「留守中のことだが、内政に関してはキリスに、軍事に関してはエンデバーに一任する。外交に関しては2人が話し合って決めてほしい。ただし、2人の意見が割れた場合は、バクライが支持する案で処理してくれ」


 バクライはロドメルの次男だが、エンデバーとキリスの間に立てと言われて「俺が!?」という顔をした。バクライは父親によく似た容姿で、戦場で突撃しろと言われたら躊躇せずに突撃するだろう。しかし、父親の血を色濃く受け継いでいて、書類仕事はからっきしだ。バクライ自身も分かっていることだが、外交なんて分からない。なんで俺がという気持ちであった。


 ロドニーもバクライに外交のことを期待はしていない。そんなバクライの判断に左右されるようなことになったら、エンデバーとキリスの恥だろう。だから、2人は意地でも意見を調整して合意するとロドニーは思ったのだ。


 ロドニーは決めることを決め、やるべきことを指示した。準備は元々していたので、混乱はない。


 

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