第40話
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040_賢者の弟子とユーリン像
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「おい、ロドニー。あの少年は何者だ?」
部屋の隅で待機しているバージスを鋭い視線で見つめ、ロドニーにだけ聞こえる声で問う賢者ダグルドール。
「彼はバージス。ユーリンの弟で今は俺の小姓をしています」
ロドニーは賢者ダグルドールの鋭い視線に、バージスが何かしたのかと思い慎重に答えた。
「ほう、ユーリンの弟か」
賢者ダグルドールは顎に手をやり、考える。
「よし、決めたぞ! ロドニーが最初で最後だと思っていたが、バージスをわしの弟子にするぞ」
「はい?」
急な話で、ロドニーは素っ頓狂な声を出してしまった。
「り、理由を聞かせてもらってもいいですか?」
「バージスから膨大な魔力を感じる。わしには敵わぬが、かなりの量だ。わしの後継者として魔法を叩きこんでやる」
「後継者ですか……?」
「バージスが魔法を修めたなら、わしの跡継ぎにしてやる」
賢者ダグルドールは領地を持たない宮廷貴族だが、伯爵の位を王家から与えられている。妻メリッサとの間には子供はなく、このままでは伯爵家を継ぐ者はいない。
賢者ダグルドールが納得するレベルまで魔法を修めたら、跡取りとして伯爵家をバージスに継がせると言うのだ。
「ロドニーは自力で爵位を上げよ。バージスにはわしの全てを授けてやる」
伯爵の位に興味はないと言えば、嘘になる。だが、弟子というだけで賢者ダグルドールから爵位を受け継ごうとは思ってもいない。爵位を上げるなら、自分の力で勝ち取りたい。
「は、はぁ……。皆と相談させてください」
バージスは従士家の当主であり、バージスが伯爵の養子になると家が絶えてしまう。だが、最下級貴族の騎士爵家の、さらに従士ごときほぼ平民が伯爵の跡取りとなれるのだから、話はとても良いものだ。
もっとも、伯爵を受け継げるかは、バージス次第だ。
ロドニーはすぐに関係者を集めた。バージス本人、ユーリン、リティ、バージスの母クラリス、シャルメ、ロドメルら従士全員。
そこで賢者ダグルドールがバージスを弟子にしたいと言っていることを話す。
「お師匠様が満足できる水準にバージスが育った暁には、ダグルドール家を継がすとも仰っておいでだ」
「賢者様は伯爵にございますれば、これほど良い話はないと思いますぞ、リティ殿」
ロドメルがバージスの祖母であるリティに話を受けるように勧める。他の従士たちも同様だった。
「それではフォルバス家に仕える従士が減ってしまいます」
長年仕えてきたフォルバス家を捨てて、伯爵家に行く。リティにとって不義理だと感じたのだろう、非常に苦い表情だ。
だが、ロドニーはそこまで気にしていない。必要であれば、従士を募集すればいい。
それに、ロドニーとユーリンの間に2人以上の男子が生まれたら、1人をバージスの代わりに従士にしてもいい。
「伯爵家を継ぐというのは、先の話だ。まずは、お師匠様の下で修業を行い、お師匠様の知識と技を習得する必要がある」
その技が魔法だとは言わない。あれは弟子であるロドニーだけが知ることだ。バージスが賢者ダグルドールの弟子になれば、それが魔法だと知るだろう。
「リティ、クラリス。この家のことは気にしなくていいわ。ロドニーとユーリンの間にできた次男に、従士家を継がせればいいのだから」
母シャルメもロドニーと同じ考えをしていた。
「母さん、まだ子供もできてないんだけど……」
「すぐにできるわよ。たくさん子供を作ってちょうだい」
ロドニーは気が早いと言うが、その場に居る全員が子だくさんのほうがいいと思っている。だが、今はロドニーとユーリンの話ではなく、バージスのことだ。
「バージスはどう思っているんだ? 俺たちが何を言っても、最後はバージス本人が決めることだぞ」
「僕は……賢者様の弟子になりたいと思います」
バージスはこの話を聞いた時、当然ながら驚いた。だが、すぐに賢者ダグルドールの弟子になりたいと考えるようになった。
自分が幼かったためユーリンが従士として出仕するようになり、そのことが申しわけなかった。伯爵家を継ぐなどということは、どうでもいい。とにかく、ロドニーやユーリンの助けになれたらと思った。
賢者ダグルドールの弟子になり、その知識や技を受け継いだらロドニーたちの役に立てる。そう思ったバージスは、賢者の弟子になりたいと強く願った。
「そうか。お師匠様は厳しいぞ。いいか?」
「はい。賢者ダグルドール様の弟子として、恥ずかしくない努力をします」
ロドニーは頷き、リティとクラリスに視線を向けた。
「バージスがこう言っている。従士家のことは気にしなくていいから、笑って送り出してやれ」
ロドニーの言葉に2人は頷いた。
すぐに賢者ダグルドールに、バージスの弟子入りのことを頼んだ。賢者ダグルドールはすぐに修業を始めた。
最初は魔力を感じる必要があると言って、バージスの両手を掴むと魔力を流し込んだ。それは激痛を伴うもので、バージスは悲鳴をあげた。
賢者ダグルドールに弟子入りした以上、ロドニーは決して口出しせずに見守ることにした。
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「むむむ……。これは難しいな」
「ははは。『操作』持ちでも難しいか」
ロドニーはユーリンの石像を作っている。なぜこんなことをしているかというと、賢者ダグルドールが自動車を作る努力はしているのかと聞いてきたのだが、ロドニーはそのことをすっかり忘れていたのだ。
忘れていたことを悟った賢者ダグルドールに、せっかく『造形加工』を持っているのに、今まで何をしてんだとお叱りを受けてしまった。
では、自動車を作るという話なのに、ユーリンの石像を作っているのはなぜか。それは、『造形加工』で細かい作業をするのが、かなり難しいからだ。『操作』を持っているロドニーでさえ、『造形加工』を使いこなすのに苦労していた。
そこで、自動車の部品を作る前に、ユーリンの石像を作って細かな『操作』を覚えろと賢者ダグルドールが命じたのだ。
「ユーリンの像を作るのだ。お前が大好きなユーリンだ。妥協などするわけないよな?」
すごい眼圧を感じながら大好きなユーリンを作れと言われては、下手なものを作って妥協はできない。さすがは賢者ダグルドールである。言葉の使い方が上手い。
最初は15セルーム(30センチ)のユーリン像を作るのも数刻かかった。しかも、出来上がったものは、とてもユーリンには見えないものだった。
3日間、寝る間も惜しんで取り組んだことで、イメージしたことを『造形加工』にスムーズにトレースできるようになった。
硬い石がそのイメージによって粘土のように変形していき、ユーリンの姿を形成するまでに数分かかる程度まで練度を上げた。
「出来た! ユーリン。これ、どうかな?」
「それが私ですか?」
ユーリンは自分によく似た50セルーム程の石像をぐるりと見渡した。
「私はこんなに胸は大きくないと思いますが……」
「いや、ユーリンの胸は大きいぞ! じっくりと見た俺が言うのだから、間違いない!」
「ちょ、ロドニー様! こんなところで、そういうことを言わないでください」
周囲には賢者ダグルドールとその妻メリッサ、ロドメルなど家臣、エミリアも居た。
「あ、すまん」
「もう、ロドニー様は……」
2人の雰囲気は良い。まさに相思相愛である。
「時に、ロドニー」
「なんでしょうか、お師匠様」
「お前はいつまでユーリンに「様」をつけて呼ばせるのだ?」
「え……考えたこともないです」
「お前の婚約者であろう。来年には
気づけばユーリンは「様」をつけて自分を呼んでいた。それがいつからなのか忘れたが、幼い時は呼び捨てだったような気がした。
それが普通だったので特に何も思わなかったが、賢者ダグルドールの言うことはもっともだと思い、ユーリンに「様」を付けずに呼び捨てにするように言った。
「しかし、私は……従士ですから」
「従士代理。でも、そんなことは関係ない。昔のようにロドニーと呼び捨てにしてくれ。もうすぐ俺の妻になるんだし」
「……分かりました。ろ、ロドニー……」
ユーリンは頬を染めてロドニーを呼び捨てにした。それが初々しいと賢者ダグルドールは思ったが、当のロドニーは恥じらうユーリンが可愛いと思った。
「よし、次はもっと大きなユーリン像を作るぞ! 等身大だ!」
海の底から拾ってきた石を収納袋から出して、それを『造形加工』でユーリン像に変えていく。
足はすらりと細く、しなをつくる腰つき、零れるかと思うような胸、凛とした瞳のユーリン像が出来上がった。
「美しい! これぞ、俺のユーリンだ」
「恥ずかしいですから、そんなことを言わないでください」
製作者のロドニーが自画自賛するそのユーリン像は、ロドニーの仕事部屋に飾られることになった。
「よし、次は水中用の装備だ。ロドニー。気合を入れて作れよ」
ロドニーが『造形加工』の訓練していた間、賢者ダグルドールは湖底神殿の攻略についてロクスウェルとエンデバーから説明を聞いていた。そこで問題視したのが、防具であった。
普通の鎧では水の抵抗があって水中では動きづらい。だから、水の抵抗が少ない水着で臨むつもりだった。
賢者ダグルドールはロドニーがせっかく『造形加工』を訓練しているのだから、鉄製の水の抵抗が少ない防具を作れと言った。
赤真鋼の在庫があるのに、鉄の防具と言ったのには理由がある。『造形加工』で加工しようとしても、赤真鋼はほとんど変形しないのだ。
元々、鍛冶師でもかなりの腕を持っていないと、赤真鋼を扱うことはできない。それと同じように、『造形加工』の練度が低いとダメなのだろうという判断である。
ユーリン像を作れるようになっても、赤真鋼は簡単に変形しなかった。あまりにも変形しないので赤真鋼の防具は諦めて、鉄製の防具にすることにしたのだ。
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鉄製の防具を人数分揃えるのにさらに3日ほどかかったが、なんとか様になった。
ロドニーは今度こそ本当に湖底神殿に行くぞと、従士と領兵に号令をかけた。
「これより廃屋の迷宮の6層へ向かう!」
「「「応!」」」
その露払いはロドメル率いる精鋭領兵たちだ。湖畔から支援をしてもらうため、精鋭領兵たちにも動員をかけた。それほどロドニーは気合を入れているのだ。
廃屋の迷宮の6層にある湖へとやってきた。
「湖底神殿を護る海人たちの数は少なく見積もって数百。危険だと判断したら無理をせずに退く。いいか、無駄死にはするなよ」
「「「応!」」」
1回で湖底神殿を攻略できればいいが、戦力が足りないと思ったらもっと領兵を増やすつもりでいる。だから無理はしなくていい。湖底神殿を開かなくても、特に困らないのだから。
「ロドメルたちは岸の安全を確保してくれ」
「承知しました」
ロドメルが率いる精鋭領兵たちには湖畔の安全を確保してもらい、ロドニーは賢者ダグルドール、エミリア、ユーリン、ロクスウェル、エンデバー、そして中堅の領兵10名を率いて湖底神殿へと向かう。
エミリア、ユーリン、ロクスウェル、エンデバー、10名の中堅領兵は、鉄製の防具を身に着けている。この鎧に使われている鉄は、鍛冶師のペルトが他の金属を混ぜた合金にしているので錆にくい鉄になっている。赤真鋼の防具には敵わないが、鉄製としてはそれなりの強度を誇っているものだ。
ロドニーは赤真鋼とバミューダ革の複合鎧を使う。バミューダの皮が素材に使われているせいか、赤真鋼の複合鎧でも水中で動きやすいのだ。
賢者ダグルドールも自前の防具を身を護っている。かなり年期の入った皮と金属の防具は、ペルトが知らない金属が使われていた。
水中を湖底神殿目指して泳いでいくと、海人が6体向かって来た。
「あれはわしに任せるがいい」
「大丈夫なのですか、お師匠様」
「わしを老人扱いするでない! わしの力を見ておれ」
賢者ダグルドールも『水中適応』を持っているため、水中でもなんの問題もなく活動できる。些か元気が良すぎるが、それも賢者ダグルドールだと誰も何も言えない。
「ウォーターサイクロン!」
渦巻きが発生し、6体の海人を呑み込んだ。渦が海人を飲み込むように動く様は、渦に意思があるように見えた。
海人は渦に飲み込まれ粉々に切り裂かれて消える前に、塵のようだとロドニーは思った。
「「「おおおっ!」」」
領兵たちは渦を作る根源力を見たことがないので、初めて見る光景と賢者ダグルドールの根源力を見ることができたと感動した。
「手応えがないのぅ」
「あのウォーターサイクロンという根源力は、どんなセルバヌイから手に入れられますか?」
笑みを浮かべた賢者ダグルドールに、ロドニーは聞いた。
「あれは根源力ではない。魔法だ」
賢者ダグルドールはロドニーにだけ聞こえるように囁いた。ロドニーはあれが魔法かと、根源力とは別の力を目にできて嬉しく思った。
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