第38話
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038_婚約
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メニサス騒動の最中のことだ、デデル領とバッサムを行き来していたロドニーの元に、賢者ダグルドールからの手紙が届いた。
内容はヘカトンケイルを賢者ダグルドール自身も見たかったという子供みたいなものから始まり、セルバヌイからドロップしたカギのことに言及している。
「カギがラビリンスの宝物庫のものだと?」
賢者ダグルドールも過去に3度ラビリンスのカギを手に入れて、2つの宝物庫を開いたと手紙には書いてあった。ただし、宝物庫は簡単には見つからないし、見つけても強力なセルバヌイが護っている。
「あの湖底神殿は宝物庫なのか」
宝物庫には金銀財宝だけではなく、特別なアイテムがある。そういったアイテムは遺跡からも発見されていて、遺跡から発見されるものは使えない場合もあるが、ラビリンスから発見されるアイテムは完全な状態のものばかりらしい。
「そうなると、オブロス迷宮にも宝物庫があるのか……」
オブロス迷宮は王家のもののため、下手なことはできない。逆に言えば、廃屋の迷宮はロドニーの自由にできる。
「湖底神殿攻略に、余計に力が入るな」
メニサスなんかに関わっている暇はない。早く湖底神殿の攻略がしたいと思った。
刈り入れの頃になってやっとメニサス騒動が決着した。これでやっと湖底神殿の攻略に取り組めると思ったら、今度は台風だ。
大きな被害は出なかったので良かったが、フォルバス家の屋根が一部飛ばされてしまった。
「丁度完成したところだ。荷物を運び込んでもらって構わないぞ」
台風の翌日、領兵にも手伝ってもらい、引っ越しが行われた。
「この家はどうするんだ? 直すのならかなり大がかりになりますぜ、領主様」
大工の統領が壊れた屋根の上から、ロドニーにどうするか確認してきた。
直してもかなり古いので、またどこかが悪くなる可能性は高い。だが、生まれ育った家を取り壊すのは忍びない。だからと言って、このまま放置するのも考え物だ。
「迷うことはありませんよ。形あるものはいつか壊れるものです。放置したら危険なのでしょ、壊したってお父様はお怒りになりませんよ」
「そうですね」
ロドニーは棟梁に取り壊すように頼んだ。
新しい屋敷は多くの部屋があり、会議室も大きい。客をもてなす部屋もあるし、客間もある。
「部屋の数が多いから、リティと私だけでは手が回らないわね」
「そうか、そういうことも考えないといけなかったね。母さんのほうで、使用人を雇ってもらえないかな。給金とかはキリスに相談してくれればいいから」
「それじゃあ、ユーリンをロドニー専属のメイドとして雇おうかしら。うふふふ」
「何を言ってるの!?」
「ロドニーだって、立派な当主なのですから、専用のメイドくらい居てもおかしくないわよ」
「そういうんじゃなくて、なんでユーリンなのかってことだよ」
「あら、ユーリン以外がいいの?」
「ロドニー様。ユーリンに不満があるのですか!?」
「リティまで!?」
ユーリンは従士だと言うと、あくまでも代理だからメイド兼従士代理でいいだろうと、シャルメとリティは言った。
それに、いつも一緒にいるのだから、身の回りの世話をしたっていいだろうと。
「ユーリンのこと、本当に考えなさいよ。もうすぐ20歳なんだから」
「わ、分かっているよ……」
シャルメやリティだけではない、ロドメルたち従士も早くユーリンを娶るべきだと思っている。
夜、ロドニーが自室で根源力の本を読んでいると、扉がノックされた。エミリアかと思って入室を許可すると、ユーリンが入ってきた。
「どうしたんだ、こんな夜更けに」
「あの……。奥様が……」
顔を赤らめてモジモジするユーリンの姿は、いつもの凛とした姿ではなかった。そんなユーリンを見て、昼間のシャルメの言葉を思い出した。
シャルメが強硬手段に出て来たのだろうと、ロドニーは思った。
「母さんがすまないな。無理をしなくていいぞ」
「いえ、そんなことは……あの、私ではダメですか?」
「っ!?」
(ユーリンが勇気を出して、俺のところに来てくれたのに、俺は何をしているんだ? ユーリンに恥をかかせていいのか。俺こそ勇気を出さないとな)
「俺でいいのか?」
「はい」
ユーリンは迷うことなく返事をした。その言葉を聞いたロドニーも覚悟を決めた。
立ち上がってユーリンの前までいくと、跪いてユーリンの手を取った。
「俺の妻になってくれるか?」
「はい、喜んで」
立ち上がったロドニーは、ユーリンをそっと抱き寄せた。
「ロドニー様は私なんかでいいのですか?」
「ユーリンがいい。君以外には居ないよ」
「嬉しいです」
見つめ合う2人はいつしか唇を合わせる。
その部屋の外では、扉に耳を当てる3人の姿があった。シャルメ、エミリア、リティである。3人はロドニーがプロポーズしたことに、ホッと胸を撫で下ろす。
「どうやら、上手くいったわね」
「お兄ちゃんの嫁はシーマさんにするって、お母さんが脅すからよ」
「いいじゃないですか、結果的に上手くいったのですから」
ロドニーの部屋の外で出歯亀していた3人は、声を抑えて笑いあった。
翌朝早くロドニーの部屋を出るユーリンの姿は、リティに見られていた。当然ながらそのことはシャルメの耳に入った。
「ロドニー。いつ式を挙げるのですか?」
「ぶふっ」
朝食の最中にそう切り出されたロドニーは、スープを吐き出してしまった。
慌てて口の周りを拭いたロドニーが、シャルメを見た。
「式は早いほうがいいわ。春になったらすぐに式を挙げたらどうかしら」
「母さんは何を言っているんですか」
「何って、あなたとユーリンの結婚式の話よ。本当は冬になる前にと思うけど、それだと来賓の方々が間に合わないわ。貴方は忙しいでしょうから、私が準備をするわね」
柔和に話を進めるシャルメの横では、エミリアがニヤニヤしながらロドニーを見ていた。
「……母さんに任せます」
「これから忙しくなるわね。ああ、そうだわ。屋敷内の調度品も揃えたいのだけど、いいかしら?」
「お手柔らかに、頼みます」
ロドニーとユーリンの婚約は、すぐに発表された。来春早々に式を挙げるので、つき合いのある貴族、つき合いはないが近くの貴族に招待状が送られた。
シャルメがどんどん外堀を埋めていく。もう後戻りはできない。もっとも、ロドニーは後戻りするつもりはない。
婚約発表後、ユーリンは従士代理から婚約者になった。また、ユーリンの弟のバージスは11歳になっているので、ロドニーの小姓として出仕することになった。
「ば、バージスと申します。よろしくお願いします」
バージスはユーリンのような鋭い目ではないが、同じ緋色の瞳をしていてる。活発な子供ではないが、思慮深いとロドニーは思っている。
「バージス、そう堅くなるな。お前は義理とは言え、俺の弟になるんだ」
「はい、ありがとうございます」
バージスはロドニーとも顔見知りだが、領主になってからはあまり会ってなかった。少し見ないうちに大きくなったと思った。
バージスはよく働いた。ロドニーが屋敷に居る時は、ロドニーやユーリンと共に剣を振ったり、書類仕事を手伝った。
ユーリンほど剣の才能はないが、それでも『カシマ古流』を身に着ける前のロドニーよりは才能があった。努力次第でそれなりの剣士になるだろう。
バージスは剣よりも頭の回転が良かった。キリスから回ってくる書類を優先度順に並べたり、根源力などの知識も多い。武官としてではなく文官として、または文武両道の従士になってくれるかもしれないとロドニーは期待した。
「そうだ、そこでしっかりと踏み込め」
「はい」
バージスにはキリサム流豪剣術は合わないので、『カシマ古流』を教え込む。
「腕を伸ばしきらず、次への動作の伏線をはるんだ」
「はい」
『カシマ古流』は根源力だが、剣術の流派として教えることもできるものだ。バージスとの相性は悪くないと、ロドニーは感じていた。
(もしかしたら、俺以上になるかもしれないな)
『カシマ古流』という根源力を持っているロドニーは、達人の手前くらいの腕前だ。バージスがこのまま成長すれば、ロドニーを越える『カシマ古流』の使い手になるかもしれない。
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