第37話
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037_メニサス騒動の結末
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「本当に辞めるのか?」
「はい。色々考えると、そろそろ引き際かなと思いまして」
精鋭領兵の中軸を担っていたケルドが退役を申し入れてきた。年齢のこともあるが、娘たちが全員嫁いで家を出ることで気が抜けたのかもしれない。それに、ヘカトンケイルの攻撃で死にかけたのも、大きいのではないかとロドニーは見た。
「退役してどうするんだ?」
「小さいのですが、畑があります。最後は土を弄って過ごそうかなと思います」
「どこか他の領へ行くというのではないのだな」
「それはないです。ここは俺の故郷で愛着がありますので」
精鋭の領兵が抜けるのは痛いが、それでもモチベーションが下がった者を引き留めてもラビリンスの中で怪我をするのが落ちだ。だが、惜しい。
「辞めるのは分かった。ただ、俺の頼みを聞いてくれないか」
「頼みですか?」
「1年でいい、教官をしてくれ」
「キョウカンですか? それはなんでしょうか?」
ロドニーは新兵を一人前に育てるのが教官だと教えた。
「来年の晩夏には兵役免除の期間が切れる。おそらく出陣があるだろう。その時には、従士と領兵の半分を率いていくことになる。人手が足りんのだ」
「それで俺に新兵を育てろと言うのですか?」
「そうだ。ラビリンスに入る前の新兵を、ラビリンスに入っても生き残れるくらいに育ててほしい。そうすれば、従士の負担が減ることになるし、ラビリンスの探索もできる」
ケルドは少し考えさせてほしいと言って下がった。
残念なことにデデル領、いや、フォルバス家は人材不足だ。経験豊富なケルドのような領兵を、農家にしておけるほどの余裕はない。
最前線で戦えなくてもこれまでの経験を新人たちに伝えることはできるだろうと、ロドニーは考えた。
3日後、ケルドは教官の話を受けると回答した。ケルドは退役ではなく、配置替えの辞令を出して新兵の訓練全般を任せることにした。
初めてのことなので、ケルドも手探りで新兵を導くことになるだろう。ケルドの下に配属された新兵は、この夏に募集して採用した4人だ。
騎士爵の最低兵力は30名と決まっている。デデル領はすでに45名の領兵が居る。ロドニーは最低でも50名にしたかったが、その数字には届かなかった。
来年の出兵はないだろうが、再来年は出兵があるかもしれない。下手をすれば父ベックのように戦死するかもしれない。そういった危機感が、領兵を増やす判断になっている。
ケルドのことが決着したので、ロドニーは本格的に廃屋の迷宮の湖底神殿の攻略に乗り出すことにした。
湖底神殿の周囲には数百体の海人が居て、湖底神殿を護っている。ロドニー、エミリア、ユーリンの3人ではさすがに厳しいので、他にも連れて行くことにしている。
オブロス迷宮で手に入れた魚竜の生命光石を使って、ロクスウェルとエンデバー、それに中堅どころの領兵たちに『水中適応』を覚えてもらった。
精鋭領兵を排除しようというのではなく、領兵の質や得意分野を別けさせるのが目的だ。現在は精鋭領兵たちに負担がかかっているので、それを分散させる意味もある。
また、ロドメルとホルトス、そして精鋭領兵たちには7層の探索を優先してもらう意味もある。良い根源力を得られる生命光石が得られれば、それも領地のためになるのだ。
あとは、年齢のこともある。精鋭領兵は全員が40以上、50代も多い。それに対して中堅どころの領兵は30代が多い。長く活躍できる中堅どころを育てることは、上に立つ者として当然のことだろう。
海に入って『水中適応』を持った者たちの訓練をしようとしたのだが、そこに王都から使者がやってくるという先触れがあった。
訓練はエミリアに頼み、ロドニーはユーリンと共に使者を迎えることにした。こういう時に存在感を出す強面のロドメルや年配のホルトスは、廃屋の迷宮の探索に出ているので簡単に呼び戻せない。
先触れから2刻ほどで、使者がやってきた。もう少しで領主屋敷が完成するが、まだ工事中なので使えない。
使者は40代のソクラテスという子爵であった。これと言って特徴のある人物ではない。
ソクラテス子爵は海賊騒動のことを、一から説明するように要望した。ロドニーはできるだけ丁寧に説明した。
「海賊を捕縛した後、捕縛した海賊をバニュウサス家の領兵に引き渡して、王都に向かいました」
状況説明会があるためと、バニュウサス伯爵家の領海においての海賊行為だったためと付け加える。
「その後のことは、私もバニュウサス伯爵閣下よりお聞きした話です。海賊の拠点で証拠が見つかったと聞いていますが、それが何かは知りません」
ロドニーが知っていることは少ない。あくまでも海賊を尋問(拷問)して得た情報だけで、それ以外のことは何も知らないのだ。
ソクラテス子爵も話を聞いたという事実があれば良いようで、あまり突っ込んで聞かなかった。メニサス男爵の処分はすでに決まっていて、あとはその処分を実行するために外堀を埋めているだけなのだとロドニーは考えた。
ソクラテス子爵は1刻ほどの聞き取りで、帰って行った。北部貴族を回ってメニサス男爵の評判などを聞くためだ。
翌日からロドニーも海の中の訓練に参加した。
まだ訓練が始まったばかりなので、中堅領兵たちが水中で剣や槍などを扱えるように訓練している。さすがに弓矢は水中では使えないので、主に盾と剣を扱う者と槍を扱うものに別ける。
半月ほど経過して水の中での動きに慣れてくると、今度は連帯行動の訓練も行う。
湖底神殿を護る数百もの海人に対応するには、連携しなければならない。そのために、ロドニーは一糸乱れぬ動きをロクスウェルとエンデバーを始め、領兵たちに求めた。
秋の声が聞こえてくる頃、メニサス男爵の処分が決まった。
バニュウサス伯爵の大鷲城に多くの貴族が集められ、処分の内容が公表された。
王家はメニサス家に賠償を命じたうえで、当主は隠居して西部の貴族家あずかりになり、嫡子は貴族籍を剝奪したうえで追放、家は男爵から騎士爵への降爵、領地は移封にした。
賠償の対象は、領兵を騎士王鬼に殺され怪我人も多数出たバニュウサス伯爵家、海賊によって襲われたフォルバス家、海賊に襲われた商人だった。
賠償だけでかなりの金額になるが、メニサス家が国の定める金利以上の高利貸しまでしていたことが判明し、過払い金の返還を命じられてしまう。
これによって、フォルバス家にも多くの金額が戻ってくるのだが、メニサス家の家財を売り払っても賠償金を支払うのが精一杯で、過払い金まで支払うことができない。
そこで、過払い金は各貴族家がメニサス家に貸し付けたものとみなされ、ソクラテス子爵とバニュウサス伯爵が立ち会う形で証文が作られた。
新当主はお先真っ暗なメニサス家を建て直すことになる。ロドニーは気の毒に思ったが、いい気味だと言う貴族のほうが圧倒的に多かった。それほどにメニサス家に苦しめられていた貴族が多いということだ。
フォルバス家の過払い金は、大金貨252枚である。これは過払い金の対象が、3年間に設定されたからだ。すでに完済している場合は、完済から3年間遡り計算される。
メニサス家に借金をしていた貴族はそれなりに多く、借金をした時期まで遡ると金額が莫大になりすぎて返済できないのが容易に想像できたからである。それに文句を言った貴族も居たが、法外な金利だと分かっていて借金するほうも悪いとソクラテス子爵に言われて黙り込んだ。
メニサス騒動が落ち着いたのは、収穫が始まる頃だった。ロドニーは借金をした側も悪いと思ったことから、過払い金の返済の権利を放棄しようとしたが、バニュウサス伯爵に止められた。フォルバス家だけ過払い金の返済を放棄したら、他の貴族が悪者になると言われたのだ。
ロドニーは返済はしてもらうが、10年間は返済不要、その間の利子もつかない条件を提示した。
10年後、メニサス家の財政が健全なものになっているとは思えないが、財政に余裕があるフォルバス家に急いで返済する必要はないと主張した。それをバニュウサス伯爵も認めて、返済の条件を変更した。
「本当にあのような条件でよろしかったのですか?」
バッサムからの帰り道、ロドメルが過払い金の返済条件について確認してきた。
「構わないさ。金はいくらあってもいいが、今すぐ金が必要なことはない。それに10年待ってやると寛大なところを見せてやれば、メニサス家は借金の額以上に当家に頭が上がらなくなるというものだ。それに、そういった姿を見せることで、当家の名が上ると思わないか」
「そのような考えがあってのことでしたか。お見逸れしました」
騎士爵に降爵になり、デルド領からアットス領に移封されたメニサス家は、今後落ちぶれるだろう。影響力はこれまでとは比較にならないほど落ちるため、助ける意味はないかもしれない。
それでも命を狙われたロドニーが寛大な対応をすることで、フォルバス家の名が上る。今すぐ金が必要なことはないのだから、そこまで過払い金の返済に拘る必要はないのだ。
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