第36話
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036_新しい根源力
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デデル領に帰る前に、バッサムでバニュウサス伯爵に挨拶をする。海賊とメニサス男爵のことを押しつけたこともあって気になったのもあるし、寄親に敬意を表す意味もある。
「海賊の拠点を強襲し、メニサスが海賊と繋がっている証拠を押さえた。現在、王家にこのことを報告して、裁可を仰いでいるところだ」
海賊を組織して私掠行為をしていたメニサス男爵は、下手をすれば死罪で家も改易になるだろう。
「ロドニー殿にも確認があると思うが、よろしく頼むよ」
当事者であるロドニーなので、事情聴取されることは理解している。そこで、気になっていたことを聞いた。
「メニサス男爵は、なぜ私を襲うように海賊に指示したのでしょうか? 当家がしていた借金は完済しました。それ以外にほとんど繋がりはないのですが」
「借金があれば、利子が儲かる。君はメニサス男爵の儲けを潰した人物というわけだ。それに、メニサス男爵の嫡子が召喚し、使役できなかった騎士王鬼を君は倒している。君はその程度と思うかもしれないが、メニサスにとっては根に持つ理由になったかもしれないぞ」
年利12割もの高利で借金をしていたのだから、メニサス男爵は濡れ手に粟状態だったから分からないではない。だが、騎士王鬼は倒してくれたことに感謝してもいいはずだ。なぜ恨まれなければならないのかと、ロドニーは不思議に思った。
メニサス男爵の件は夏が終わる頃には、決着がつくだろうとバニュウサス伯爵は見ていた。証拠が揃っているのであれば、それなりの処罰があってしかるべきなのだから。
それに、騎士王鬼による被害の件も、バニュウサス伯爵は王家に裁可を仰いでいるので合わせて何かしらの判断が下るだろう。
バッサムから領地に帰ったロドニーが真っ先に見たものは、枯れたリンゴの木だった。
ラビリンスの中から持ち帰って庭に植えたものだが、残念ながら枯れてしまった。ロドニーが王都に向かう前も元気がなかったので色々試していたが、ダメだったようだ。
「お師匠様もラビリンスに生息している植物は、地上では育たないと言っていたからな……」
デデル領に住む者のほとんどは、農業の知識がある。農地を持たなくても、農繁期では皆が農家を手伝うことが多いことが理由だ。だからと言ってリンゴの木を育てることができるとは思わないが、色々やったが枯れてしまったので地上では育ちにくいという賢者ダグルドールの言葉は正しいのだろう。
「申しわけありません、ロドニー様」
「リティのせいじゃないから、気に病まなくていいよ」
リティが気にしていたが、誰のせいでもないとロドニーは言った。
帰ってから数日は、溜まった仕事をやっつけた。今回も多くの書類が溜まっていたが、こればかりはやらなければいけない。
書類をやっつけたロドニーは、オブロス迷宮で手に入れた生命光石を経口摂取することにした。
まずは魚竜の生命光石だ。ロドニーが持っている『水中生活』と似た効果の『水中適応』を得る生命光石だ。
魚竜の生命光石を経口摂取したロドニーは、奥歯を噛みしめて激痛を我慢する。激痛が収まって得た根源力は『水中王』だった。
『水中王』は『水中生活』や『水中適応』の上位の根源力だった。だが、ロドニーが持つ根源力関連の書物に、『水中王』というものはない。
『理解』によって『水中生活』と『水中適応』より上の最上位根源力だと分かったが、『理解』がなければ困惑したままだったろう。
他の生命光石から得られる根源力は、ロドニーが持っているものの下位互換が多かったため、あえて摂取していない。
ただし、石巨人の生命光石は別である。石巨人について書物を漁った結果、わずか2行の説明を発見した。
「顔が3つ、腕が8本の石の巨人はヘカトンケイルと言うのか」
数十年前に1体だけ確認されているヘカトンケイルは、300人規模の軍を壊滅させたとある。その後、討伐されたという記載はない。
そのヘカトンケイルはオブロス迷宮のものではないので、別の個体だった。つまり、今もそのヘカトンケイルは健在の可能性があるということだ。
「ヘカトンケイルのことはお師匠様に連絡するとして、あのカギのことも聞かないとな」
ロドニーが所有する書物には、カギについての記載はなかった。賢者ダグルドールの屋敷には、ロドニーが所有する数十倍、数百倍の書物がある。その中にカギについて記載のある書物があるかもしれない。
ロドニーはヘカトンケイルのこと、カギのこと、『水中王』のことを手紙にしたためた。
ヘカトンケイルの生命光石を経口摂取した。激痛が体中を駆け巡り、冷や汗が噴き出す。
何度味わっても慣れることのない苦痛だが、面白そうな根源力を得ることができた。
「石の巨人のヘカトンケイルの生命光石だから腕力系や防御系かと思っていたんだが、『造形加工』というのは聞いたことがない根源力だな」
書物を漁っても『造形加工』という根源力の記載はなかった。『造形加工』を得るとある程度の使い方は分かるのだが、『理解』が『造形加工』を解析してどんな性質の根源力かを教えてくれた。
ロドニーはまず『水中王』を確認することにした。
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
家を出ようとしたら、エミリアに呼び止められた。
「魚竜から得た根源力を試しに、海に入るんだ」
「それなら、私も行くわ」
「お供します」
エミリアと話していたら、どこからかユーリンがやってきた。
3人で砂浜へ行くと、海には小舟が出ていて漁をしていた。
「俺は海に入るから、2人は砂浜で待っていてくれ」
「何言ってるのよ、私も行くわ」
「俺は裸で良いが、2人はそうはいかないだろ」
水着などないので、服を着たままだと水中では動きづらい。ロドニーがそう言うと、2人は顔を合わせてにやけた。
「へへへ。ちゃんと用意してあるんだから!」
2人が服を脱ぎだすので、ロドニーは慌てて手で目を塞いだ。しかし、そこは思春期の男の子である、指の間からユーリンを見る。
「じゃーん! どう、似合ってる?」
一気に服を脱ぎ去ったエミリアは、ウエットスーツのような水着を着ていた。もちろん、ユーリンも着ていたので、ロドニーはちょとお残念に思った。
「どうでしょうか、似合いますか?」
鎧をつけていると分からないが、ユーリンの胸はかなり大きかった。動くとその胸が揺れて、かなり眼福である。
「お、おう。ユーリンは何を着ても似合うぞ」
「お兄ちゃん、褒め方が下手くそ! てか、胸、ガン見してるし」
エミリアに褒め方のダメ出しをされ、ユーリンの胸を凝視していることを指摘されると、ユーリンが両手で胸を隠した。その所作がまたエロイと思ってしまう。
「しかし、そんな水着、どうしたんだ?」
「王都に居る間に作ったんだ。水の中でも動きやすい服を作ってってね。ボルデナさんが良い店を紹介してくれたんだよ」
ボルデナというのはロドニーたちの従兄で、ハックルホフの命令で王都の店で修業をしているシーマの兄である。まだ若いが王都の店を切り盛りしているらしく、将来が楽しみだとハックルホフが言っていた。
ハックルホフは孫煩悩なので話半分で聞くのがいいのだが、ロドニー自身もボルデナは優秀だと思っている。
「ボルデナさんに迷惑をかけなかったか?」
「大丈夫だよ、全然問題なし!」
一抹の不安がある。あとからお礼の手紙を書こうと思ったロドニーであった。
「それじゃあ、海に入るぞ」
3人は打ち寄せる波に向かって、入っていった。根源力のおかげか、波が来てもそれほど影響を受けない。
海中は海上のような波はない。場所によっては海流が速い場所もあるが、岸に近いところではそこまで速い海流はない。
3人は時に泳ぎ、時に海底を歩いて根源力を確認した。
「水の中なのに、本当に息ができるんだね」
「苦しくもないですね。『水中適応』は凄いですね」
エミリアとユーリンは不思議な感覚だが、息苦しくもない海の中を楽しんでいた。
「2人とも水の中で戦闘できるように、訓練するんだぞ」
「分かってるって、お兄ちゃん」
軽い返事だが、エミリアはやる時はやる子だとロドニーは知っている。
ロドニーは『水中生活』と『水中王』の差を確かめるように、体を動かした。エミリアとユーリンは海底で模擬戦を始めた。
エミリアとユーリンの模擬戦はかなりのものだった。まるで地上かと思うような動きを見せている。
「やっぱり2人は特別だな……」
ロドニーが水の中の戦闘術をある程度マスターするのに、それなりの時間をかけた。しかし、エミリアとユーリンは、1刻程度で体の動かし方を理解して地上と変わらぬ模擬戦を繰り広げている。
ロドニーの『水中王』は『水中生活』に較べ、何もかもが上昇していた。水を蹴った時の反応、速度、剣を扱う時の姿勢制御、全てが向上していた。
「これはいい。イメージした動きができるぞ!」
エミリアとユーリンのことは見ないことにした。自信をなくしかねない。
地上に戻ると、漁師たちが焚火をしていたので混ぜてもらう。季節は夏だが、デデル領の夏は王都などに較べればかなり涼しい。
「ロドニー様。今日獲れた魚です。持っていってください」
「いいのか?」
漁師たちはロドニーに大きなタイのような魚を差し出してきたので、ありがたくもらうことにした。
ガリムシロップの販売が好調で領兵と未亡人たちの給金が上がり、ガリムシロップ工房、ビール工房、鍛冶工房などを建て、新しい領主屋敷も建てていることで、領内の経済活動が以前よりもよくなっている。
産業がなかった頃は寂れた辺境の土地だったデデル領の領民の暮らしは厳しいものだった。だが、ロドニーが領主になってから暮らしに余裕ができたのを、漁師でさえも実感しているのだ。
家に帰る前に、新領主屋敷の進捗を確認する。そろそろ完成予定なので、待ち遠しい。
新領主屋敷の外観はできている。今は内装工事を行っているとのことだった。
次は鍛冶師のペルトの工房に向かった。工房に入ると、マニカが井戸から水を汲み上げていた。
「やあ、マニカ。ペルトは居るか?」
まだ結婚はしていないが、マニカはペルトの世話をしているので、日中はこの工房に居る。
「これはロドニー様。旦那様は工房におります。今、呼んできますので、家の中に入ってお待ちください」
「いや、工房へ行くよ」
工房の中はマニカがしっかり片づけていた。そんな働きやすそうな工房で、ペルトがハンマーを振り上げて金属を鍛えていた。
マニカがペルトに声をかけようとするのを、ロドニーは止めて作業風景を眺めた。
一心不乱に金属に向き合うペルトの背中は、生活無能力者のものではなく立派な職人のものだった。
「マニカはあの背中に惚れたのか?」
「はい。旦那様の背中はとても逞しくて、頼り甲斐があります」
マニカは恥ずかしげもなくのろけた。
ペルトの仕事の区切りがついたところで、声をかける。ペルトは挨拶してすぐにあるものを持ってきた。
それはロドニーが頼んでおいた赤真鋼とバミューダの革の複合鎧だ。白い革が赤真鋼で補強されているため、赤真鋼の鎧よりもはるかに軽く動きやすい。
バミューダの皮が2人分しかなかったので、ロドニー用とエミリア用が作られた。防御力は赤真鋼の鎧のほうがやや高いので、ユーリンは全身赤真鋼の鎧のほうがいい。
「いい出来だ。気に入ったぞ」
「うん、動きやすいよ。ペルトさん」
着替えたロドニーとエミリアは、動きやすさをチェックして納得した。
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