第34話

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 034_石巨人

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「お兄ちゃん、遅いよ!」


 やっとラビリンス探索ができると、エミリアははしゃいでいた。

 ここは王国中部にあるオブロス湖という湖の中にあるラビリンスで、オブロス迷宮と言われている。確認されている限りは水辺が多いラビリンスである。


 このラビリンスには、ロドニー、エミリア、ユーリン、ロドメル、ロクスウェル、他に領兵のザドス、ゲラルド、ケルド、セージ、ゾドフスが同行している。


 オブロス湖の岸からそれほど大きくない橋で小島に渡り、そこに祠のような建物がある。それがラビリンスの入り口である。

 橋を渡ったところに騎士の詰め所があり、朝だと多くの騎士がそこに居る。今は昼に近いこともあり、騎士の数は少ない。皆、オブロス迷宮に入っているのだ。


 騎士に勅許を見せて、ラビリンスに入っていく。ロドニーが賢者ダグルドールの弟子になった噂は瞬く間に王国を駆け巡ったため、騎士たちも知っていた。

 多くの騎士は賢者ダグルドールの弟子であるロドニーにとても丁寧な対応をしたが、中には敵意を向けて来る騎士もいた。敵意を向けて来た騎士の中には、賢者ダグルドールに弟子入りを断られた者が多いようだ。


 オブロス迷宮の1層は沼地のエリアだった。足が泥に取られて動きにくいが、水中ではないので戦い方はある。


 ロドメルは剣も使うが、本来は戦斧の使い手だ。従士としては珍しいタイプだが、戦斧の使い手がまったく居ないわけではない。

 そのロドメルが背中に大きな戦斧を背負って、一番前を領兵のザドスと共に歩く。


 そのすぐ後ろをエミリアと従士ロクスウェルが歩く。頬に傷痕のあるロクスウェルは、エミリアのメリリス流細剣術の師匠である。

 従士で細剣を使う者は珍しい。乱戦になると細剣は折れやすいため、あまり好まれないという理由がある。しかし、今の2人は赤真鋼の細剣を装備しているので、簡単に折れたりはしないだろう。


 エミリアたちから2ロム(4メートル)ほど離れてロドニーとゲラルド、セージ、ゾドフスが歩く。ロドニーは3人の領兵に囲まれる形だ。これはロドメルの指示で、3人の領兵は何があってもロドニーのそばを離れず、ロドニーを護れと厳命されている。


 ロドニーから2ロムほど離れて、ユーリンと領兵のケルドが最後尾を護る。

 ロドメル、ザドス、エミリア、ロクスウェルの4人で基本的に戦う隊形だ。


 一行が沼地を進むと、泥牛と言われるセルバヌイが現れた。

 泥牛は体高1ロムほどの牛型のセルバヌイだ。その名の通り体は泥で出来ているため、打撃や斬撃には耐性がある。

 攻撃は体当たりが主だが、泥を撒き散らしながら走るため視界が奪われやすいのも特徴だ。


「来たぞ。ザドス、押さえろ!」


 盾を装備したザドスが、前に出て泥牛の突進を受け止める。足が泥にめり込んだが、精鋭領兵であるザドスは中級根源力の『剛腕』を覚えていて泥牛の力に負けていない。

 動きが止まった泥牛に、ロドメルの戦斧が叩き込まれた。ロドメルの戦斧は、斬撃に耐性がある泥牛の胴体を断ち切った。純粋な力業である。


「ロドメルさん、早いよ。私の出番がないじゃない」

「ははは。すみませんな、お嬢。次はお嬢に任せますゆえ、許してくだされ」


 ユーリンを除く従士は、エミリアをお嬢と呼ぶ。エミリアが幼い時からお嬢と呼んでいるので、まったく違和感はない。

 2体目の泥牛はすぐに出てきた。暴れ牛のように獲物(人間)に向かっていく。


「今度は私と師匠の番だからね!」

「お手並み拝見しますぞ、お嬢」


 エミリアとロクスウェルが飛び出していく。メリリス流細剣術は速度が命の流派なので、沼地は相性が悪いと思われる。

 2人は泥に足が沈み込む前に足を上げるという走法で、沼地を走った。


「あれ、本当に人間業かよ」


 ロドニーでは真似できないような足の動きを見て、思わず呟いてしまった。


「ロクスウェル様はメリリス流細剣術の達人ですから分かりますが、お嬢様もまったく負けていないのが凄いですな」


 ゾドフスが呆れている。ゾドフスは5人の領兵の中では最年少だが、それでも40ほどとロドニーからすれば父親のような年齢だ。デデル領の領兵には珍しい弓使いでもある。

 後方から味方の戦いを見ることが多いため、従士や領兵の癖をよく知っている人物でもある。


 エミリアが飛び上がって空中で1回転して、泥牛の背中を切りつけた。それによって泥牛の勢いが落ち、ロクスウェルが素早く横に回り込んで首を切りつけた。

 2人がつけた切り口はカミソリで切ったように鋭かったが、泥牛の体表の泥が傷を塞いでいく。


「お嬢!」

「うん!」


 呼吸を合わせたエミリアとロクスウェルが、目にも止まらぬ連撃を放った。2人の連撃は泥牛の体を大きく抉った。この攻撃で泥牛は倒れて消えた。

 1発の攻撃力はロドメルの戦斧に劣るが、手数で威力不足を補うのがメリリス流細剣術である。しかも、子弟の2人の息はぴったりで、相乗効果によって攻撃力が上がっていた。


 1層を進んだロドニーたちの前に、泥の鬼が現れた。体長0.8ロムくらいの体が泥でできた鬼で、力が強いのと泥を射出してくる攻撃がある。

 泥鬼がダッダッダッダッと泥弾を射出してくる。ザドスが盾で泥弾を受けるが、泥が周囲に飛び散る。


「あいつ、最悪!」


 泥がかかったエミリアがプンプンと怒り、目にも止まらぬ速さで動いて泥鬼の首を切り落とした。


「ざまぁ!」


 エミリアは細剣についた泥を飛ばして、納剣した。


「まだ泥鬼は生きてますぞ!」


 ロクスウェルのその声に反応して振り返ったエミリアの視界に、頭部が再生して襲いかかろうとしていた泥鬼が映った。


「っ!?」


 エミリアは泥鬼から距離を取った。わずかにエミリアに攻撃が当たっていたが、ダメージはほとんどない。

 ロクスウェルの連撃が胸を吹き飛ばしたことで、泥鬼は消え去った。


「お嬢、最後まで気を緩めてはいけませんぞ。残心です」

「……はい」


 ダメージはほとんどないが、泥鬼程度の攻撃を受けたと思うと悔しさがこみ上げてくる。何よりも師匠のロクスウェルや皆にいいところを見せたかったのに、恥をかいた。

 唇を噛んだエミリアの頭に、ロドニーが手を置く。


「良い教訓になったな。これからは最後まで気を緩めないようにしような」

「うん」


 ロドニーは優しくエミリアの頭を撫でた。


 一行の探索は進み、3層のかなり奥へと至った。油断さえしなければ、脅威となるセルバヌイは居ない。これも、全員が中級以上の根源力を持っているからだ。


「ロドメル。止まれ」


 石や岩が目立つ小川の畔を歩いていると、ロドニーが停止を命じた。ロドニーは小川の畔にある巨石を見つめ、全員もロドニーとその巨石のどちらかを見つめる。

『鋭敏』を常に発動しているロドニーは、あの巨石が放つ異様な雰囲気を捉えたのだ。


「戦闘準備」


 ロドニーのその声に、全員が武器を構えた。


「ロドメル。あの巨石だ」

「承知!」


 盾を構えたザドスと戦斧のロドメルが、5ロムほどまで近づくと巨石が震えだした。巨石がせり上がり、徐々にその全容が明らかになる。


「なんだこれは?」


 人型の石を見たロドメルは、驚愕の声を発した。それは頭部が3つあり、腕も8本ある体長5ロムほどの石の巨人であった。南部領にあるラビリンスに居る岩巨人よりもはるかに大きい石の巨人だ。


 賢者ダグルドールに借りて読んだ資料やロドニーが持っている書物に、このようなセルバヌイの情報はなかった。資料にないセルバヌイを発見することもあると賢者ダグルドールは言っていたが、本当にそうなるとはと苦笑する。

 実際の話、デデル領にある廃屋の迷宮でも、長命種レカフと思われる悪霊が居てロドニーたちを苦しめたのを思い出す。


「これは倒し甲斐がありそうですな!」


 ロドメルが凶悪な表情をする。


「こいつは全員で当たるぞ!」


 ロドニーが指揮を執る。


「ザドスとセージは前へ!」

「「おう!」」


 盾持ちの2人が前面に出る。


「ロドメル、ユーリン、ゲラルド、ケルドは四方を囲んで攻撃!」

「「「おう!」」」

「はい!」


 前衛の攻撃担当として4人を配置。


「エミリアとロクスウェルは前衛の補助だ!」

「おう!」

「分かった!」


 細剣の2人は石の巨人と相性が悪そうなので、前衛を補助するように命じる。


「ゾドフスは周辺を警戒」

「おう!」


 弓を使うゾドフスには周囲の警戒を任せる。


「俺の攻撃で、戦闘開始だ」


 ロドニーは『高熱炎弾』を放った。高速で飛翔した『高熱炎弾』は石の巨人の胸に命中して轟音を立てて爆発した。

『高熱炎弾』の爆発が合図になって、戦闘開始になった。


 石の巨人は『高熱炎弾』によって胸が抉れてていたが、大したダメージはないとばかりに動いた。そんな石巨人の足に、ガツンッとロドメルの戦斧が叩きこまれた。『剛腕』を発動しているロドメルの攻撃が石を抉った。


「おらおらおらぁっ!」


 ロドメルが戦斧を何度も叩きつけると、それを嫌がった石巨人の右腕がロドメルに叩きこまれる。

 その拳を、『剛腕』と『堅牢』、さらに『鉄壁』を発動したセージが受け止めた。セージが立つ地面がクレーターのように陥没し、その衝撃の凄まじさを表している。


「セージ、大丈夫か!?」

「問題ありません!」


『堅牢』と『鉄壁』を発動していたことで、セージにはほとんどダメージはなかった。そのことに不満だったのか、石巨人は3つの顔の口を大きく開いた。


「気をつけろ!」


 開いた口の中が光り出し、全員が警戒した。


「回避だ!」


 ロドニーが叫ぶように指示すると、石巨人の口から眩い光が発せられた。ロドニーたちは必死でビームを回避した。当たってはダメなやつだと直感したからだ。

 ビームはロドニーが居た地面を焼いたが、それで収まらずに地面を破壊しながらロドニーを追いかけた。ロドニーも『加速』を発動させて速度を上げて、ビームから逃げた。


「舐めるな!」


 ビームから距離を取ったところで、ロドニーは『風力水弾』を放った。追いかけててきた光が『風力水弾』を迎え撃つ。激しく鬩ぎ合い、『風力水弾』の水分が蒸発して水蒸気爆発を起こした。

 その爆発は石巨人の真ん中の頭部の前で起こり、その真ん中の頭部を完全に破壊した。さらには左右の頭部にも大きなダメージを与えた。


「ケルドッ!?」


 ユーリンの悲壮な声を耳にしてそちらを見ると、右肩が消失していて大量の血を流すケルドが力なく横たわっていた。

 普通なら即死だったかもしれない傷は赤真鋼の鎧のおかげでダメージを小さくしたが、それでも致命傷となる深手だ。


「くっ、やってくれたな!」


 激高したロドニーが、『強化』と『増強』を上乗せした『高熱炎弾』を連射した。


「貴様が、貴様が、貴様がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 激しい怒りが上乗せされた『高熱炎弾』が石巨人を襲う。圧倒的な熱量、破滅的な爆発が石巨人を破壊していった。

 粉々に粉砕された石巨人が塵となって消えた。


「ケルド!」


 ケルドは血の気の引いた顔をし、虚ろな瞳をしていた。


「私があの光に当たりそうになったとこをを、ケルドが助けてくれたのです」


 ユーリンが傷口を押さえているが、傷口が大きすぎて止血できない。ケルドを囲む皆の顔が暗い。もう助からないと諦めている顔だ。


「ケルド! 気をしっかり持て! マニカの結婚が控えているんだぞ!」

「ろ……どにー……さ……ま」


 何かを言おうとするが、ケルドの口の動きは悪く声が出ない。


(こんなところで死なせてたまるか!)


「ユーリン、どくんだ」

「ロドニー様」

「俺に任せろ」


 今にも消えそうなケルドの命の火。ロドニーは意識を集中し、『快癒』を発動させた。

『強化』と『増強』を上乗せすることで、効果が増幅された『快癒』がケルドの傷を塞ぎ、欠損した部分を再生させていく。

 完全に再生が終わり、ケルドの顔にも血色が戻って来る。


「ふーっ、これで大丈夫だ」

「ロドニー様。その根源力は?」


 あまりの光景にロドメルたちが呆然としていた。エミリアとユーリンは知っていたが、それ以外に『快癒』のことを知る者は賢者ダグルドール夫妻くらいだ。


「この根源力のことは他言するな。ただし、従士や領兵に重傷の者が出た時は俺のところに連れてこい」

「よろしいのですか?」

「これは王家や他の貴族に知られたくない。だが、俺の庇護下にある者を助けることに躊躇はしない」

「承知しました」


 ロドメルは全員に箝口令を布いたうえで、命のほうが大事だと徹底した。

 ケルドは血も再生しているが、それでも瀕死の大怪我負ったため今日の探索はここまでにすることにした。


 エミリアとユーリンはテントを張って休ませようとしたが、ユーリンはロドニーにテントを使えと言った。ロドニーはエミリアも年頃だからと断り、女同士で一緒にテントを使わせた。もちろん、女性に対する配慮だが、そういったことを言うつもりはない。


 交代で見張りをして、全員が一定の休憩を取る。ケルドもしっかり休んだことで体調が戻った。

 収納袋に入れてあった予備の装備をケルドに使わせ、探索を再開することにした。ただし、ケルドはしばらく体の様子を見ながらになる。調子が悪そうなら、すぐにラビリンスを出るつもりだ。


 あの石巨人は生命光石以外にアイテムを残した。それはカギの形をしていた。周囲に扉などのカギが要るようなものはない。

 だが、そのカギについてロドニーは思い出したことがある。廃屋の迷宮で悪霊を倒した時にドロップしたカギだ。

 収納袋から悪霊のカギを取り出して見比べた。似ていると思った。だが、これらのカギが何に使われるか分からない。

 悪霊のカギのことはすっかり忘れていたので、賢者ダグルドールに聞き忘れていた。今度、この2つのカギについて聞いてみようと思った。


 

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