第32話

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 032_状況報告会

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 国王への状況報告会は、王都に到着してから7日後に行われた。この時期、国王は各地の貴族から状況報告を聞くため、申請してから7日も待つことになった。

 これがバニュウサス伯爵のような上級貴族であれば、そこまで待たなかっただろう。これも下級貴族の悲しき現実である。


「よって、ガリムシロップの販売によって、財政は改善いたしてございます」


 国王の他に大臣級の重職者が顔を揃える場で、ロドニーはデデル領とフォルバス家の状況を説明した。

 指定されて用意した資料は5名(国王、大臣2名、将軍2名)分だが、ここには国王以外に9名(大臣4名、将軍4名、不明1名)の重職者が居た。

 バニュウサス伯爵が資料は最低でも10名分を用意しておくようにとアドバイスしてくれたので、15名分の資料を用意しておいた。実際にはロドニーを含めて11名分で済んだので資料は余ってしまったが、5名というのは最低限の数なのでそれを真に受けていたら批判されるところだったと、胸を撫でおろしたロドニーであった。

 政治の場ではこういうことはいくらでもあると、バニュウサス伯爵は言う。ロドニーには納得も理解もできないことだが、それが政治の世界なのだと理解するしかない。


「フォルバス家は税収の他にガリムシロップの生産によって、収益が大幅に伸びておるようで何よりだ」


 国王がそう言うと、大臣の1人が口を開いた。大きな鉤鼻が特徴の髪がない老人だ。事前に調査した資料によれば、コードレート大臣である。かなり要注意の人物だ。


「財政に余裕ができ、兵士の数も増えておりますれば、普請をしてもらってはいかがでしょうか」


 普請とは公共工事のようなものだ。ただし、その費用は命じられた貴族家が全額負担することになる。

 借金はなくなったが、それでもそこまで多くの貯えがあるわけではない。そのフォルバス家に普請を命じようとは、この大臣は要注意だとロドニーは思った。


「フォルバス卿は先代が戦死して代替わりしたばかりだ。普請はもう少し先でもよかろう」


 国王のそのひと言で、ロドニーは普請を命じられずに済んだ。だが、あの大臣の顔はしっかりと覚えた。フォルバス家にとって誰が害悪で誰が無害なのか、見極める必要がある。


 この国の大臣には、財務大臣や国土交通大臣などの固有の大臣は居ない。4名の大臣が全ての役所を所管して管理している。

 もちろん、各省にはそれぞれのトップに当たる役職があり、大臣はその者たちから政策案の提案や、専門分野の説明を受けて政治を行うのだ。

 また、大臣から独立している部署がある。それは軍部である。国軍と騎士団は国王の直轄の武力行使組織なので、大臣でも一切口出しできない。


「某からも質問したい」


 軍服がはち切れそうな大柄なドコワイスキー将軍が、ロドニーに質問する。歴戦の猛者と言うべき風貌の人物だ。


「デデル領の領兵は、赤真鋼の装備を配備していると聞いている。それに相違ないかな?」

「はい。我が領は人口が少ないことから、領兵であっても貴重な人的資源だと思っております。幸いにしてラビリンス内で鉱床を発見しましたので、それを使って装備を一新させましてございます」

「この資料にも、領兵は45名とある。確かに少ないな」


 領地持ちの貴族には、家格によって最低の領兵数が決められている。出兵の命令があったら、その兵数の半数を率いて戦場に赴かないといけないのだ。

 ロドニーは騎士爵なので、設定されている領兵の数は30名である。45名は騎士爵としては多いが、国軍を預かる将軍からすればないに等しい数だった。


「最北ということもあり、デデル領の人口は1200名ほどですか。人口に対して領兵の数はやや多いようですね。ガリムシロップの利益があることから、多めの領兵を養えているというところでしょうか」


 小柄な大臣が資料からロドニーに視線を移した。

 デデル領の人口は前回の状況報告会から100名ほど増えているが、実際にはこの1年ほどの増加だ。

 ロドニーは領主屋敷を建て替えていると説明して、建築現場で働く職人たちや酒場などで働く者たちが増えたと説明した。


 いくつかの質問があってそろそろ終わりと思った時、正体不明な人物が口を開いた。

 大臣でも将軍でもないのに、この場に当然のような顔をして存在しているその人物に、ロドニーは心当たりがあった。


「若者は海王の迷宮でバミューダを倒し、その生命光石を持ち帰ったそうだな」


 この場に居る者で若者と言えるのは、ロドニーだけだ。その人物も含めて、半分以上が老人で残りも中年以上の人物である。

 この正体不明の人物の名はアルガス=セルバム=ダグルドール、齢70を超える人物だ。彼の名はクオード王国だけではなく、周辺国にも知れ渡っている。


「はい、バミューダの生命光石を持ち帰ってございます。賢者ダグルドール様」


 10代の頃からラビリンスと戦場でその名を馳せ、ついには国王から賢者の称号を得た人物。今は半隠居状態だが、国王の相談役としてたまに登城している。

 これまで賢者ダグルドールが状況報告会に出席した前例はないが、何を思ったのかこの状況報告会に出席している。


「して、根源力は得たのかね?」


 その質問は、本来であればしてはいけない。しかし、根源力の研究者としても有名である賢者ダグルドールならば許される。


「幸いなことに、根源力を得ることができましてございます」


 バミューダの生命光石から得られる根源力は、怪我を癒す『治癒』だ。大臣たちは分からないようだが、それを知っていた将軍たちの視線がロドニーに注がれる。


「たった1個の根源石だと聞いている。それで根源力を得たのか?」

「はい、運が良かったようで、根源力を得ましてございます」

「運も実力のうちだ。誇れば良い」

「ありがとう存じます」

「おお、そうであった。若者はどれほどの根源力を得ているのかな?」


 一般的に根源力の数を隠すことはない。目上の者から聞かれたら即座に答えるべきことだ。だが、ロドニーは即答できなかった。多すぎていくつなのか数えていないのだ。


「ハハハ。数えるのに時間がかかるようだな」

「……失礼しました。現在所持しております根源力は24にございます」


 その数にその場の全員が騒然としたが、賢者ダグルドールだけは頷いていた。


「バカなことを! 根源力を24種類も得ている者など、それこそ賢者殿だけだ!」


 ドコワイスキー将軍が机を叩き立ち上がり、叫ぶようにロドニーを嘘つき呼ばわりした。

 ロドニーはドコワイスキー将軍に反論せず、賢者ダグルドールだけを見つめた。質問者は賢者ダグルドールであって、ドコワイスキー将軍ではない。


「お主には聞いておらぬ。若者と話していたのはワシだ。文句があるのか?」

「い、いえ、賢者殿に文句など」

「だったら黙っていろ。口を出すな。分かったか、小僧」

「こ、小僧……分かりました……」


 50代のドコワイスキー将軍を小僧と言えるのは、賢者ダグルドールだけだろう。それこそ国王でもそのようなことは言わない。

 大きな体を小さくして座り直したドコワイスキー将軍。その光景があまりにも滑稽だったので、ロドニーは笑いそうになるのを我慢するのに苦労した。


「若者は本を開いたのだな?」

「っ!?」


 ロドニーはフォルバス家を継承したあの日の夜のことを思い出した。賢者ダグルドールはあの時の出来事を知っているかのような口ぶりである。

 もしあの本のことを賢者ダグルドールが知っているのであれば、あれがなんなのか聞いてみたい。だが、相手は国の重鎮であるドコワイスキー将軍でさえ小僧と言い放てる人物だ。


「ハハハ。答えんでもいい。今ので分かった。おっと、もう時間のようだ。若者は、名をなんと言うのだ?」

「ロドニー=エリアス=フォルバスにございます」

「ロドニーだな。お主、わしの弟子にしてやる。わしにとって最初で最後の弟子だ。明日にでも屋敷に訪ねてくるが良い」


 その言葉に大臣と将軍だけではなく、国王も驚きの表情を見せた。

 気難しい賢者ダグルドールは、これまで弟子を1人も取らなかった。どれほど多くの者が彼に弟子入りを希望したか分からないほどだ。その賢者ダグルドールがロドニーを弟子にすると言ったのだから、驚くのも無理はない。


「陛下。今日は良い日ですな。ハハハ」


 賢者ダグルドールは国王に一礼して、席を立って部屋を出て行った。全員が呆気にとられてしまい、呼び止めることさえできなかった。

 ロドニーもいきなり賢者ダグルドールの弟子になって、まったく理解が追いつかない。

 賢者の弟子というのは、賢者ダグルドールが後ろ盾ということである。それがどれほど大きな威光となるか、ロドニーでさえ理解できることだった。


 

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