第31話

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 031_海賊騒動

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 エミリアが欲しがった『水呼吸』の生命光石は、中央部のラビリンスから産出される。生命光石を落とすセルバヌイは、泥人形という体が泥でできた人型である。

 しかも、そのラビリンスは王家の直轄領にあるため、ロドニーであれば探索が可能だ。


「お兄ちゃん、行くよ!」

「いや、待て。俺は王都で状況報告会があるんだぞ」

「じゃあ、その後で行くよ!」


 こうなったエミリアはもう止められない。ロドニーはため息を吐いて、状況報告会の後にそのラビリンスに向かうことを約束した。


「それなら私も上京しなければいけませんね。その後にラビリンスに入るのですから」


 同行予定のなかったユーリンも上京すると言い出した。ラビリンスに入ることから、止めて止められるものではないとロドニーは知っている。

 結局、従士はロドメルとロクスウェル、そしてユーリンが上京のメンバーになった。

 エミリアが王都に行くと聞いた、母シャルメも王都に行こうかしらと言う始末。遊びではないとなんとか説得したが、ロドニーたちが王都に行っている間はバッサムに里帰りすることになった。


 デデル領に残る従士のホルトスとエンデバー、正式に行政官に就任したキリスの3名には面倒をかけるが、大きな領地ではないのでなんとか回せるだろう。


 ロドニーは夏になる前にバッサムへと向かった。逗留するのはハックルホフの屋敷である。その間にバニュウサス伯爵家を訪問し、借金を完済した。これで晴れて借金はなくなり、気が軽くなった。

 バニュウサス伯爵への感謝として、出来立てのビールを贈った。このビールはこれまで一番良い出来のものだ。バニュウサス伯爵もビールは好きであり、一番良い出来と聞いて目じりを下げていた。


 母シャルメをハックルホフの屋敷に残して、船で王都へと向かう。

 その途中、海賊船に遭遇した。海賊船は貨物船に偽装していたが、近づけばそれが貨物船ではないことが分かる。船長たちはそれを見極めて、海賊船から距離を取るように針路を変えた。


 ロドニーが乗る船は貨物船で、積載量が多い。今回も荷物を満載していて、その船速はかなり遅い。海賊船は帆で風を受けているが、さらにオールまであることから船速はかなり速い。追いつかれるのは時間の問題だ。


「こんなところに海賊とは、珍しいな」

「この辺りでは、海賊は出ないのか?」

「西部のほうは隠れられる島があるため多いのですが、ここら辺は隠れる場所があまりないので、海賊は珍しいですね」


 近づいてくる海賊船は、真新しいようにロドニーには見えた。新手の海賊が北上してきたのかもしれないと思った。

 このまま海賊が蔓延ればガリムシロップの販売にも関わるため、ここで潰しておこうとロドニーは考えた。


「なあ、船長」

「なんでしょうか?」


 海の男らしく日焼けした肌と髭面の船長は、操舵の前で腕を組んで海賊船の動向を注視している。ロドニーが声をかけても視線をロドニーに動かすことはない。

 普通の貴族であれば不敬だとか騒ぎそうだが、ロドニーはそんなことを気にすることはなかった。


「あの海賊船は沈めてもいいのか?」

「そりゃあ海賊船ですからね。沈めるのは構いませんが、どうするつもりですか?」

「これでも貴族だからな。根源力を持っているんだ。俺がやってもいいか?」

「怪我をしても知りませんぜ」

「怪我なんてしないさ」


 ロドニーは海賊船へと視線を移した。距離は100ロム(200メートル)はあるだろう。まだ弓矢の攻撃範囲には入っていない。

 海賊船の甲板の上で曲刀を手にした海賊たちが気勢を上げていて、ロドニーの耳にも届いている。


「そろそろいいか」


 ロドニーは手の平を海賊船に向けて、集中した。『強化』と『増強』を乗せた『高熱炎弾』を発動させる。


「はじけ飛べ」


 静かにそう発した言葉とは裏腹に、『高熱炎弾』は高速で飛翔して海賊船の帆に穴を開け、帆に火をつけた。

 海賊たちは慌てて火を消そうとしている。


「船が揺れるから、狙いがつけにくいな」


 波がある海上では、船は大きく上下する。しかもロドニーは海上の戦闘には不慣れだった。


「お兄ちゃん、私もやるわ」


 エミリアが海賊船に向かって『高熱炎弾』を放った。それは海賊船のマストに命中して、爆発の威力でマストをへし折った。


「やったーっ!」


 エミリアの『高熱炎弾』は、威力こそロドニーには及ばないがその命中率はかなり高い。エミリアは剣だけではなく、根源力の制御にも天才肌を発揮していた。


「俺も負けてられないな」


 今回の『高熱炎弾』は、『操作』に意識を集中した。その『高熱炎弾』はマストが折れて炎上している海賊船の船体に命中し、大きな穴を開けた。


「ありゃー終わったな」


 船長が呟いた声が聞こえた。

 ロドニーの『高熱炎弾』は海賊船の船体を貫通していて、両側に開いた大きな穴から海水が浸水している。

 海賊船は急速に傾いていき、海賊たちが海に投げ出されていく。


「あ、折れた! お兄ちゃん、折れたよ。脆い船だね」


 船首が持ち上がったその重量に、船体が耐えきれなくなって穴が開いた場所からポッキリと折れた。

 あれは船が脆いのではなく、船体へのダメージが大きいのだと船長は苦笑した。


「船長、海賊はどうするんだ? 引き上げるのか?」

「放置しますよ」


 下手に助けて暴れられても面倒なので、このまま放置すると船長は言う。

 ここは一番近い岸から15ケンツ(3キロ)ほど離れているが、運がよければ岸に流れ着くだろう。

 泳ぎが達者な海賊でも、波の高い海を15ケンツも泳ぐのは難しいので、多くは溺れ死ぬことになるとも。


「そうか。背後関係を知りたかったんだが、船長の判断に従おう」

「背後関係? 海賊を支援する貴族がいるとでも思っているのですか?」

「あまり隠れる場所がない以上、海賊が寄港できる港があると思っただけだ。そこまで気にしないでくれ」

「なるほど……だったら、2、3人助けて、その港の場所を聞きますか」

「暴れるかもしれんぞ」

「2、3人ならタコ殴りにしてやりますよ」


 この船に乗っている水夫たちは海賊ではないが、海の男たちである。相手が海賊でも恐れず殴り飛ばし、時には殺すことも厭わない荒くれ者でもあった。

 船長の提案を受け入れて、3人の海賊を助けた。


 身ぐるみ剥され、縄で縛られてマストに括りつけられてた海賊は、最初は威勢よくロドニーたちを恫喝していた。


「喋る気はないのだな?」

「「「誰が喋るかよ!」」」


 海賊たちはロドメルの尋問に、唾を吐いて応えた。


「よかろう、喋らんでもいい。だが、最後まで喋るなよ」


 ロドメルの強面の顔から表情が抜け落ちた。

 領兵に海賊の頭を押さえつけさせ、短剣で額に海賊と掘った。悲鳴をあげた海賊だが、それでも喋ろうとはしない。


「こんなもん、へでもねぇっ!」

「こんなもんは序の口よ。これからがお楽しみだぞ」


 ロドメルは極悪な笑みを浮かべ、海賊の指を1本切り落とした。海賊の悲鳴など聞こえないとばかりに、傷口に焼きごてを当てて止血する。これで出血は抑えられて、海賊がすぐに死ぬことはない。


「こ、殺せ!」

「それでは面白くないだろ。せっかくいびり殺すことが許されている海賊なんだ、せいぜい楽しませてくれよ」


 なんという凶悪な表情をするのかと、ロドニーも引くほどのロドメルであった。


「や、止めろ……止めてくれ」


 そんな声は聞こえないとばかりにロドメルは2本目の指を切り落とした。


「ギャァァァァッ」


 ロドメルは海賊が喋ると言っても、耳を貸さずに利き腕の指を全部切り落とした。


「がーっははは! いい声で鳴くではないか! お前たちもいたぶり殺してやるから、待っていろよ」


 拷問を見ていた2人の海賊は顔を青ざめさせ、ガタガタと震えていた。


「こ、こんなことが許されると思っているのか」

「お主たちは海賊で、俺は貴族だ。海賊は悪であり、その海賊を討伐した俺は善ということになる。それに、海賊を殺しても罪には問われん。それがこの国の法だ」


 ロドニーが2人に絶望の言葉を浴びせる。


「だが、俺も鬼じゃないから、お前たちが俺の手を煩わせず、聞いたことに素直に答えればロドメルに拷問するなと命じてやろう」

「「本当か!?」」

「俺は嘘は言わない。だが、今すぐ俺に協力的になってなんでも喋ると言わなければ、分かるな」


 ロドメルが嬉々として拷問をしているほうに視線を移した。単にお前たちもああなるぞと言っているのだ。


「喋る! なんでも喋るから、拷問はしないでくれ!」

「何が聞きたいんだ。言ってくれ!」


 2人はとても協力的になった。

 その光景を見ていた船長や水夫たちは、ロドニーとロドメルの飴と鞭の使い分けに脱帽した。


(こんな光景、エミリアとユーリンには見せられないな)


 ロドニーも見たくはないし、やっているロドメルもやりたくはない。だが、海賊から情報を引き出すには、恐怖を植えつけるのが手っ取り早い。

 ここがデデル領で時間があれば他の方法をとったが、今は王都へ向かう船の上だ。できるだけ早急に情報を引き出さなければいけない。


 海賊たちは饒舌だった。

 ちょっとでも言い淀むと、ロドメルがにたりと笑う。それだけで、スラスラと知っていることを話した。


「フォルバスって下級貴族が乗っているから、殺せと言われたんだ」

「ほう、俺を殺せと? 誰が命じたんだ?」

「め、メニサスって奴だ。隠し港を用意して、新造船もくれたんだ」


(おいおい、メニサスってメニサス男爵じゃないのかよ。あの人、何をしてるんだよ)


「お前たちはメニサス男爵の支援を受けていたと言うのだな?」

「へ、へい。船長がそう言ってました」


 海賊たちはメニサス男爵の支援を受けて私掠行為をしていた。

 隠れるところがない北部に海賊が現れたことに、違和感を感じたところから確かめたら大変な話が出て来た。

 これが本当であれば、メニサス家は罰せられること間違いないだろう。何よりもバニュウサス伯爵家が黙ってはいないはずだ。下手をすれば内乱になりかねない話だ。


 メニサス男爵をこのまま放置するわけにもいかないのでロドニーは、次の寄港先で海賊をそこの領兵に引き渡すことにした。

 そこはまだバニュウサス伯爵家が治めるザバルジェーン領の港だ。この話はすぐにバニュウサス伯爵の耳にも入るだろう。


 ロドニーはバニュウサス伯爵へ手紙をしたため、海賊と共に領兵に渡した。

 この話はバニュウサス伯爵でも調査が行われるだろう。本当にメニサス男爵のデルド領に隠し港があれば、言い逃れができない。

 海賊が帰って来ないことで、隠し港が破壊されたら証拠がなくなってしまう。


「しかし、なんで俺を殺すように命じるんだよ? メニサス男爵と断絶しているのは、バニュウサス伯爵だろ? 俺は借金以外にメニサス男爵との繋がりはないと思うだがな?」

「本人が知らないところで恨みを買うものです。ロドニー様にとって些細なことで記憶にも残らないことが、メニサス男爵には気に入らなかったのでしょう」

「ロドメルも俺に恨みを持っているのか?」

「ハハハ。ありますぞ。それも2つ。聞きますか?」

「……一応、聞いておこうか」


 なんとなく予想でるが、従士長ロドメルの不満は解消したい。


「1つ目はラビリンスに少人数で入るのは、そろそろお止めください。1層や2層くらいなら、ユーリンが居れば何もいいませんが、さすがに6層ともなると危険です」


 それは家臣として当然の要望だった。ロドニーもそれが分かるだけに、善処すると言う。


「2つ目は聞かなくても分かる気がするんだが」

「分かるのであえば、話は早い。早く嫁取りを。我ら家臣一同の願いです」


 やっぱりかという気持ちで、ロドニーは聞いていた。ただ、家臣たちの想いは理解できる。だからと言って、すぐにどうこうできる話ではない。


 

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