第29話

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 029_資料作り

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「本当に食べちゃうの?」

「お腹を壊さないか心配です」


 ロドニーが湖の主の生命光石を経口摂取しようとすると、エミリアとユーリンが嫌そうな表情をした。ロドニーがあの中年男のような脂ぎった顔にならないかと心配しているのだ。


「あいつの情報がないので、経口摂取するしか根源力を確かめる方法がないんだよ」


 書物をどれだけ読み返しても、湖の主の記載はなかった。

 おそらく、廃屋の迷宮にしか居ないセルバヌイなので、どこにも記載がないのだろうという結論に至った。

 そうなると、生命光石から得られる根源力は、経口摂取するしか分からない。100個あればエミリアかユーリンでも根源力を得られる可能性はあるが、所持している生命光石は1個しかないのだ。

 それは分かっている2人だが、あの脂ぎった顔の厭らしい視線をした湖の主を思い出して、身震いするのだった。


 ロドニーは横でうるさい2人を無視して、湖の主の生命光石を口にした。

 苦痛が体中を貫き、冷や汗が噴き出す。以前ならもんどりうっていたが、歯を食いしばって我慢する。

 やがて根源力を得たと理解する。湖の主の生命光石から得た根源力は『水中生活』であった。『理解』が『水中生活』の使い方を深堀りしてくれる。


『水中生活』は水中でも息ができるようになり、魚のように泳げるものだ。さらに、水圧や水温にも対応して、暗い海底でもある程度の視界が確保される。

 なんとも人間離れした根源力である。もっとも、根源力のほとんどは人間離れのものなのかもしれないが。


「それ、戦闘に役に立つの?」


 エミリアが首を傾げた。


「戦闘の役にも立つし、隠密行動にも使えるぞ」

「隠密行動?」

「戦争ともなると川を渡ったりするし、海でも活動ができる。城攻めなら水堀の中から城の中に入り込めるかもしれない。やりようはいくらでもあるぞ」

「ほうほう、なるほどねぇ」


(あんまり分かってないな、その顔は)


 その後、ロドニーはラビリンスに入りながら、夏にある領地の報告会のための資料を作っていく。


「夏の報告会は、ロドメルとロクスウェルを連れて行く。そのつもりでいてくれ」

「ユーリンを連れて行かなくてよろしいのですか?」


 ロドメルがニタニタしながら質問した。早くユーリンを娶れということである。


「なぜユーリンを出すんだ」


 不機嫌な表情になったロドニーは、頬杖をついてロドメルを見た。


「今年でユーリンは19でしたか。早く嫁に行かねば、行き遅れと言われますぞ。それでいいのですか?」


 一般人であれば25歳くらいまでは行き遅れと言われないが、貴族の場合は20歳なら結婚してなくても婚約者は居るのが当たり前。

 従士は貴族ではないが貴族であるロドニーが娶るとなれば、19と20では大きな違いがある。


「ロドメルは俺の顔を見れば、ユーリンを娶れと言う。少しうるさいぞ」

「先代様がお亡くなりになっておいでなのです。一番年長である某がロドニー様に言わなければ、誰が言いましょうや」

「まったく……分かった、分かった。だから、今日は下がれ」


(俺だって考えてはいるんだ。でも、ユーリンにどうやって切り出すか、そこが問題なんだよ。ずっと幼馴染として慕っていたのに、嫁に来てくれなんて言えないだろ……)


 一言、嫁に来いと言うだけなのだが、それができないのがロドニーである。政務などはほぼ即決するロドニーだが、こればかりは即決とはいかなかった。


「さて、どうしたものか……」

「何がですか?」

「っ!?」


 いつの間にかユーリンが部屋に入ってきていたので、ロドニーは椅子から落ちそうになった。


「何がどうするのです?」

「あ、いや、なんでもないぞ……うん、なんでもない」


 ロドニーよりも2歳年上のユーリンは、とても美しく聡明である。自分のような凡夫に嫁いでくれるのか? もし、断られたらどうしたらいいのか?

 なんとも煮え切らない考えを巡らせるロドニーであった。


「そうですか……?」


 ユーリンが儚げな表情をすると、ドキリとする。妙に意識してしまうロドニーであった。


「ゴホンッ。あの背負い袋を確認した結果を、報告にあがりました」


 ユーリンの後ろからキリスが姿を現した。元商人のキリスに、湖の主から得たアイテムの背負い袋を確認してもらっていたのだ。

 キリスの判断は、収納袋であった。容量はかなり大きくフォルバス家の倉庫にあったザライを収納したところ、100アルツ(20トン)を収納してもまだ余裕があった。


「保有ザライが100アルツしかなかったためそれ以上は確認しておりませんが、まだかなり余裕があると思われます」

「それは凄いな」

「王家が所有している収納袋並みのものではないかと思います」

「そんなにか……」


 この収納袋のことも国へ提出する報告書に記載するべきか迷ったロドニーは、キリスに確認した。


「領主の報告義務は所有アイテムに言及しておりませんので、報告する必要はないかと思います」


 状況報告会に報告する義務があるのは、人口、穀物の収獲量、災害とその後処理、従士家の増減、領兵の数、ラビリンスの状況、その他領内で発生した大きなことになっている。


 収納袋はラビリンス内で得たが、アイテムの報告は除外事項になっている。ただし、6層で発見した薬草のバラムとショカンは、報告義務がある。

 セルバヌイがランダムで落とすアイテムと、ラビリンス自体が一定量を産出するアイテムでは対応が違うのだ。


「薬草と赤真鉱石については、報告書にまとめなければダメか。そうすると、赤真鉱石を献上品に入れたほうがいいな」

「50ロデム(100キロ)ほど献上されればよろしいかと」


 その流れで状況報告会の話になった。

 ガリムシロップは間違いなく報告しなければならない大きなことだろう。しかし、ビールはまだ産業としては不確定なところがあり、収益も大したことないので報告の範囲に入るかは微妙なところだが入れることにした。

 今後、ビールの生産を拡大していく予定なので、後から文句を言われないようにしたい。


「バニュウサス伯爵家への借財の返済はどうだ?」

「問題なく用意できます。ご当主様が上京される時に、バッサムで返済していただきのが最後になります」


 バニュウサス伯爵家には何かと面倒を見てもらっている。借金のことだけではなく、貴族としての心構えやしきたりなど多くのことで世話になっている。

 今のバニュウサス伯爵家当主とは良い関係を築いていると、ロドニーは思っている。


「今後、ガリムシロップにしろ、ビールにしろ、生産を増やすのであれば、人手が足りません。そこをなんとかしないといけません」


 ガリムシロップはいずれ尻すぼみになると、ロドニーは思っている。材料がガリムの樹液で生産も煮詰めるだけと簡単なので、他の領地でも簡単に作れるためだ。

 あと数年から10年もすれば、他領のガリムシロップが出てくるだろうとロドニーは考えている。

 逆にビールの生産は簡単ではないため、同じようなものを作るのには時間がかかるだろう。また、ビールができても味が違うだろうから、差別化はできる。


 ガリムシロップは数年で稼げるだけ稼ぐつもりだ。それ以降は未亡人の雇用先として薄利で運用していくつもりでいる。だから、早くビールをものにしたい。そのためにはビール工房に資本を集中させたいが、新しい産業を興すことも考えている。収益の柱は何本あってもいいのだからだ。


 状況報告会の資料はキリスがまとめ、ロドニーがそれを確認する流れだ。

 その際、ロドメルたち従士全員を集めて、内容の精査をすることになる。ラビリンスや領兵のことはロドメルたち従士のほうが詳しいので、ロドニーやキリスでは分からないこともあるかもしれない。


 ロドニーたちは着実に状況報告会の資料作りを進めていく。


 

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