第28話

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 028_湖の主

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 ロドメル率いる精鋭領兵の部隊が、6層を踏破したのは昨日のことだ。その中にはケルドの姿もあって、娘の嫁入り道具を揃えるために張り切っていた。

 他の領兵も5層や6層に到達していて、デデル領の領兵はかなり力をつけていた。

 ロドメルの部隊が6層で赤真鉱石の鉱床を発見して、フォルバス家の赤真鉱石の在庫はまた増えた。

 領兵も増えているし予備も欲しいので、装備をさらに造るようにペルトに指示したロドニーであった。


 ロドニー、エミリア、ユーリンの3人は、廃屋の迷宮に入った。6層を探索するためだ。

 自分たちもロドメルたちに負けてられないと、6層へと足を踏み入れたロドニーたちは森を探索している。


「ん、これは……」


 ロドニーが立ち止まって地面を見ると、エミリアとユーリンも何かと地面を見た。白い花をつけた植物がそこにあって、ユーリンが綺麗と呟いた。


「これはバラムという薬草じゃないか?」


 書物で見たことがあるが、うろ覚えだ。帰ってから調べることにしたロドニーは、バラムと思われる植物を摘んで麻袋に入れた。


「それはどんな効果がある薬草なの?」

「うろ覚えだから間違っているかもしれないが、心の臓の病に効くはずだ」


 バラムは珍しい薬草で、ラビリンスからしか産出しない。もし、この植物がバラムであれば、欲しいと言う医師は多いだろう。


 さらに進んでいくと、セルバヌイが現れた。そのセルバヌイは巨大な戦斧を持った体長2ロムの1つ目の巨人だ。


「ロドニー様、ボロックです」


 ボロックのほうもロドニーたちを発見し、森の木々を薙ぎ倒して近づいてくる。


「お兄ちゃんは見ていて」

「大丈夫か?」

「エミリア様は私がお護りします」

「大丈夫だって」


 エミリアとユーリンが飛び出した。

 ボロックの戦斧をユーリンが赤真鋼の大剣で受けると、足が地面にめり込んだ。『剛腕』を発動していることで、ボロックの馬鹿力を受け止めることができた。


「セイッ」


 ユーリンに戦斧を受け止められたボロックの動きが止まり、そこにエミリアが切りかかった。

 赤真鋼の細剣が、カミソリのようにボロックの分厚い皮膚を切り裂く。骨は断ち切れてないが、細剣は両足の腱を確実に切った。

 立っていられなくなったボロックが、地面に尻もちをつく。


「はぁぁぁっ!」


 ユーリンの大剣がボロックの首を切り裂き、ずるりと頭部が落下した。

 ボロックが消え去り、生命光石を残す。


「お見事」


 まったく危なげなく2人はボロックを倒した。おそらく1人でも倒せると思うが、そこまで冒険する必要はない。

 3人は危なげなく森を進んだ。時々、バラムと思われる植物を発見し、回収する。


 森が開けた場所にでると、そこには湖があった。かなり広い湖で、1周するのにはかなり時間がかかりそうだ。

 ある理由があって、この湖の周辺は探索がされていない。発見されてないものがあるかもしれないので、ロドニーたちは湖の周囲を探索することにした。


 湖畔を探索すると、すぐに黄色の花をつけた植物を発見する。ロドニーの記憶がたしかなら、葉の部分が滋養強壮剤になるショカンという薬草だ。


「この6層は薬草が多いのかもしれませんね」

「そうだといいな。このショカンはかなり貴重な薬草だから、金と同じ価値があると言われているはずだ。もっとも、俺の記憶がたしかならだけどな」


 ユーリンとロドニーが話していると、エミリアが細剣を抜いた。低い声で警戒を促した。すぐに2人も警戒し、エミリアの視線の先を見た。


「デカいな……」


 海王の迷宮で倒したバミューダが可愛らしいと思うほどの巨大なヘビのようなセルバヌイが、水面からその体の一部を出して縫うように泳いでいた。


「あれは引っ張れないな……」


 バミューダのように引っ張ろうにも大きさが桁違いで、引っ張る気にもならない。

 このセルバヌイの情報は古い資料にあった。ロドメルは湖のぬしと言っているが、オジンという名がつけられているセルバヌイだ。


「あいつが居ることで、湖周辺の探索はされていないんだ。もし、近づいてきたら、構わないから『高熱炎弾』をお見舞いしてやれ」


 ロドニーはオジンを挑発するように、そう言った。

 それが聞こえたのか、オジンの進行方向がロドニーたちのほうに向いた。


「ロドニー様が不用意なことを口にするからですよ」

「そうだよ、お兄ちゃんのせいなんだから、あれはお兄ちゃんが相手してね」

「え!?」


 珍しく2人が1歩下がった。

 水面から見えたオジンの顔が、あまりにも凶悪なものだからではない。気持ち悪いからだ。オジンはヘビのような体をしているが、その顔は脂ぎった中年男のそれで厭らしい笑みを浮かべていた。さらに、濡れた髪は薄く地肌が見えている。女性たちはその厭らしい視線に悪寒を覚えたのだ。

 その顔からオジンと名づけられたようだが、資料には名づけた者の名はなかった。


「なんか、生理的に受け付けないの」

「申しわけありませんが、エミリア様と同じです」

「マジか。俺1人で殺れるかな……?」


 とりあえず『高熱炎弾』を放ってみるかと、手の平をオジンに向ける。無意識に『強化』『増強』を上乗せして『高熱炎弾』を放った。

 圧倒的な速度で飛翔した『高熱炎弾』は、オジンが回避する間もなく命中した。コバルトブルーのその鱗が爆散し、皮と肉を抉って骨を砕いた。

 さすがのオジンも、胴体の一部が消失して骨が砕けたのだから激しくのたうち回った。


「なんだ、意外と通用するじゃないか」


 大きさに誤魔化されたかとロドニーは思ったが、それは間違いである。オジンは決して弱いセルバヌイではない。むしろ、かなり強い部類に入る。それだけロドニーの『高熱炎弾』の威力が高いだけの話なのだ。


 かつてこれほどの痛みを感じたことはない。その痛みを自分に与えたあの小僧を許してはおけぬと憤怒の表情に変わったオジンは、飛び上がるかのように水面からその体を出してきた。

 口を開くとそこから水の球を射出した。ロドニーはその場を飛び退いた。しかし、水球が着弾した地面はジュワッと音を立てて溶けていく。


「溶解液か、面倒だな」


 オジンは溶解弾を連続で放ってきた。ロドニーは徐々に後退していく。エミリアとユーリンはすでに森まで後退している。あの顔がどうしても嫌らしい。

 巨大な中年男の口から吐き出させる溶解液は、ロドニーも浴びたくはないので後退が続く。

 これ以上後退したら森に入ってしまうところまで後退したロドニーだが、そこで口元に笑みが浮かぶ。オジンを地上に誘き出すために、あえて後退していたのだ。


「砕け散れ『高熱炎弾』!」


 反撃に出たロドニーの『高熱炎弾』が飛翔する。今度は警戒していたのか、オジンはその長い体をくねらせて『高熱炎弾』を避けた。

 中年男の口元が緩む。だが、1発は避けれても、2発、3発と連射された『高熱炎弾』を次から次へと浴びてしまい苦悶の表情に変わる。


 11発もの『高熱炎弾』が命中して、体がいくつものパーツに分断されてしまったオジン。それでもそれぞれのパーツはグニャグニャと動いている。特に顔のある部分は怒りの表情を浮かべている。

 あまりの気持ち悪さに、エミリアとユーリンは森の中に完全に逃げ込んでいいた。


 こんな状態になっても生きているオジンの生命力に脱帽するロドニーだが、そのロドニーに向かって中年男の口が開かれた。

 ロドニーへ向かって溶解液が吐き出される。回避できない軌道とタイミングに、中年男の顔が喜色に歪む。


「消え去れ」


 まるでその言葉にかき消されたように、溶解液が消え去った。

 溶解液を放った中年男が呆然とする。そこに白真鋼剣びゃくしんごうけんを抜いたロドニーが間合いを詰めて、気合の乗った斬撃を放った。


「オッサンを斬るとは思わなかったぜ。いや、オジンか」


 オジンの中年男の顔が、左右に分かれていく。

 それがとどめとなって、オジンは消え去った。


「お兄ちゃん、終わったの?」

「ああ、終わったぞ。しかし、あんなセルバヌイがいるなんて、世間は広いな」


 資料にもあったし、ロドメルからも人間の顔をしてるとは聞いていた。しかし、あんなに気持ち悪いオッサンの顔だとは思わなかった。


「ロドニー様。あの気持ち悪い奴がアイテムを落としました」


 ユーリンが拾ってきたのは、背負い袋だった。


「これは収納袋か?」


 セルバヌイが落とすアイテムの中には、見た目よりもはるかに多くのものを収納できる収納系アイテムがある。かなり珍しいので、持っている貴族は多くない。


 ロドニーがオジンと戦っている頃の話だが、デルド領を治めているメニサス男爵の屋敷は酷い有様であった。


「おのれ、フォルバスめ! おのれ、バニュウサスめ!」


 メニサス男爵はバニュウサス伯爵に縁を切られたのは、ロドニーのせいだと思っている。ロドニーが聞いたら何もしてないだろうと言うと思うが、こういったことはメニサス男爵がどう思うかである。


 思い起こせば、メニサス男爵家が貸し付けていた借金を、ロドニーが完済したことで年間大金貨100枚以上の収入がなくなった。これがケチのつき始めであると、思っているのだ。


 嫡子が召喚して使役に失敗した騎士王鬼をロドニーが退治した。それによってバニュウサス伯爵家との間が拗れ、縁を切られることになったのだと思っている。

 ロドニーのおかげで被害が最小で済んだ。そう思うべきことだが、騎士王鬼の使役に失敗したことさえロドニーのせいだと見当違いの思い込みまでしてる。

 もはや、正気を失っているとしか思えない奇行をする。


「あのガキを殺してやる! どうやって殺してやろうか……そうだ、海の上であれば、あと腐れなく殺せるぞ」


 メニサス男爵は見当違いの恨みを抱いて、ロドニーを殺す算段をして実行するのだった。

 それが自分の身を亡ぼす可能性など、まったく考えずに。


 

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