第27話

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 027_惹かれ合う者たち

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 デデル領に帰ったロドニーは、キリスに捕まった。エリメルダの護衛で王都まで行きさらには海王の迷宮まで探索してきたため、2カ月近くデデル領を離れていたことで書類が山のように溜まっているのだ。

 それでも緊急性の高い案件はキリスとロドメルが相談し、予算をつけて対処してくれたおかげで大きな混乱はなかった。

 そういった案件を含め、ロドニーの最終採決が必要なのだ。すでに進んでいる案件でも、最後にはロドニーが採決しなければならない。それが領地を治める者の責任でもある。


 旅の疲れを癒す間もなく書類仕事に忙殺されたロドニーが解放されたのは、5日後のことだった。1日当たりの書類数は少なくても、2カ月分を5日で処理したのだから頑張ったと自分で自分を褒めるロドニー。


「やっとバミューダの生命光石を使うことができるな」


 落ち着いたところで、バミューダから得た生命光石を経口摂取した。いつものように激痛に襲われたが、歯を食いしばってジッと我慢すると『快癒』を得た。


「『快癒』?」


『快癒』の使い方が頭の中に入ってきて、さらに『理解』がそれを受け入れる。

 この『快癒』は『治癒』の上位根源力であり、『治癒』が怪我を治すのに対して、『快癒』は怪我と病気、それに毒を治せるものだった。しかも、『治癒』は一度に治せる範囲や効果が限られているのに対し、『快癒』は瞬時に回復させてくれる。

『快癒』という根源力は、ロドニーが持っている知識や書物にはなかったものなので、とても良い根源力を得たと喜んだ。


「まさか『治癒』の上があるとは思ってもいなかったな。これは嬉しい誤算だ」


 一般的に医療の知識がなくても『治癒』を持っていれば、国王の侍医になれると言われている。誰もが喉から手が出るほど欲しい根源力なのだが、それが病気や毒まで治す『快癒』を得たいうのだからどれほどの需要があるのか分からない。


 その次は鱶人から得た生命光石を経口摂取して、『高圧水』を取得した。

 鱶人からは本来『放水』が得られるが、『高圧水』はその上位根源力だ。『理解』が『高圧水』の情報を深掘りしてくれ、これが意外と使える根源力だと思った。


 裏庭に出たロドニーは、『高圧水』を手の平から放出した。岩がガリガリッと削られていくほどの圧力があった。

 だが、ここからが本番である。ロドニーは人差し指を岩に向けて、その先から『高圧水』を射出した。その水は直系0.5セルーム(1センチ)もない細いものだったが、圧倒的な水圧によって岩を貫通した。


「おおお、これは面白いな!」

「何が面白いの?」


 いつの間にか後ろにエミリアが立っていた。ロドニーはエミリアに『高圧水』のことを語って聞かせた。


「お兄ちゃんだけ、いいなー」


 エミリアはロドニーだけ王都へ行って、さらには海王の迷宮探索をしたことを羨ましがっていた。この数日、顔を合わせるとそのことを持ち出されて、ブツブツと嫌味を言われていたのでロドニーも辟易していたところだ。

 そこに新しい根源力を得たため、ロドニーはまた嫌味を言われるのかと思ったが、そうではなかった。


「新しい根源力を取得したんだから、早くラビリンスに入ろうよ!」

「そうだな。俺も体が鈍っていたから、明日はラビリンスの探索をするか」

「やったー!」


 エミリアにユーリンへの連絡を頼み、ロドニーは『高圧水』の使い勝手を試し続けた。

 結果、放水の径を細くすればするほど、硬い岩がバターのように切れた。


「長距離だと『高熱炎弾』だが、近距離は『高圧水』のほうが使い勝手がいい。使い分けできるし、属性も違うので色々な場面で役に立ちそうだ」


 ロドニーがベンチに腰を下ろして根源力について思考していると、裏口が開く音がした。


「まあ、これはなんですか!?」


 リティが切り刻まれた石や岩を見て、目を見開いていた。


「ロドニー様の仕業ですね!」

「あ、うん。すまん……」


 無残な岩たちを片づけるように説教をされると思ったロドニーだが、リティはお茶を淹れるといってダイニングへロドニーを呼んだ。

 すぐに温かな湯気を立ち上らせたお茶が出て来て、ロドニーはそのお茶で喉を潤した。


「ロドニー様。ペルトの結婚が決まりましたよ」


 それは唐突だったが、リティはこの話がしたくてロドニーを呼んだようだ。


「さすがはリティだ。それで相手はどんな人なんだ?」


 鍛冶師ペルトは生活無能力者である。そのため、嫁を探してほしいと顔の広いリティに頼んでいた。


「はい。今年28歳になる娘です」


 このデデル領に限らず、クオード王国の婚期は15歳から25歳である。28歳というのは一般的に行き遅れの部類に入るだろう。


「ペルトはその女性を嫁にしたいと言っているの? 無理強いはしてないだろうな」

「無理強いなんてしてませんよ。ペルトがマニカを嫁に欲しいと言い出したのですから」

「ペルトが言い出したのであればいいけど……ん、マニカ? マニカってあのマニカか? ケルドの娘の?」

「はい。ケルドの娘のマニカです」


 ケルドには3人の娘が居るが、次女と三女はすでに結婚している。残っているのは長女のマニカで、年齢も28歳くらいだとロドニーは記憶していた。

 ロドニーが幼い頃はよく背中におぶわれていたものだ。赤ん坊の時には、おしめも変えてもらっていた女性である。

 マニカは性格が良く働き者だが、容姿は普通よりも下で大女であった。何度か縁談の話があったようだが、大女のために行き遅れているとロドニーは思っていた。


 リティは嫁に行っていない年頃の女性を、日替わりでペルトのところに通わせて身の回りの世話をさせた。

 その中にマニカも居て、ペルトの反応が良かったらしい。あとはマニカを毎日通わせてペルトの反応を確認したところで、マニカを嫁にする気があるかと聞いたらしい。

 ペルトはマニカを嫁にすると即断即決したらしい。それは気持ちがいいほどの即決だったらしい。マニカもまんざらではなかったようで、ケルドの妻とリティの2人で結婚の話を進めてきた。


「何はともあれ、めでたいことだ。ケルドも安心するんじゃないのか?」


 エリメルダの護衛としてバッサムから王都へ向かい、さらには海王の迷宮まで行ってからデデル領に帰ってきた。そしたら行き遅れていた娘の結婚が決まっていたのだから、ケルドも嬉しいはずだとロドニーは思った。


「それが、ケルドがごねているのです」

「ごねているのか? なんで?」

「ケルドがマニカを可愛がっていて、これまでも縁談を壊してきたからです」


 ロドニーはマニカが結婚できないのは大女が原因だと思っていたが、原因は父親だった。ケルドは長女のマニカを殊の外可愛がっていて、近づく男を執拗に追い回したらしい。


「……あいつ、アホか」

「マニカのことに関しては、アホですね」


 ロドニーとリティはため息を吐いた。


「俺がケルドと話そう」

「お願いします」


 ケルド以外は皆が祝福している結婚話である。ケルドさえ「うん」と言えば、マニカは結婚できるのだ。

 領兵の詰め所に向かったロドニーは、ケルドを見つけて個室に入った。


「マニカの結婚を反対しているんだってな」

「俺を倒す奴じゃないとマニカは任せれません!」

「いや、お前に勝てる奴なんて、そんなに居ないぞ」


 ケルドは精鋭の領兵だ。根源力も中級の『剛腕』を始め、いくつも持っている。


「根源力は使いません」

「いや、日頃鍛えているお前に勝てる奴なんて、領兵の中にだっていないだろ。マニカをこのまま行かず後家にしたいのか?」

「とにかく、ロドニー様のご命令でもマニカは嫁にやりません!」


 まったく取り付く島もなかった。

 困ったロドニーは、ケルドと長い付き合いのロドメルに相談することにした。


「マニカのことになるとムキになりますからな、ケルドは」

「このままではマニカは結婚できない。マニカがそう望んでいるのであれば俺も何も言わないが、マニカもペルトに嫁ぎたいと言っているんだ。なんとかならないか?」

「そうですな……ペルトがケルドをぶちのめせばいいのですが」

「無茶を言うなよ。ケルドは精鋭なんだぞ」


 下級セルバヌイのゴドリス程度であれば、根源力を使わないで倒せるケルドに、鍛冶師のペルトが勝てるわけがない。


「もしかしたら、なんとかなるかもしれませんぞ」


 ペルトは着痩せするが、鍛冶師なだけあって体は筋肉質だ。少し戦い方を教えたらなんとかなるかもしれないと、ロドメルは言う。

 そんなに簡単にケルドに勝てるわけがないとロドニーは思ったが、ロドメルは任せろと胸を叩いたので任せることにした。


 ロドメルと2人でペルトの工房へ向かった。以前来た時はセルバヌイの巣穴かとおもうほど散らかっていたのだが、マニカが毎日掃除していることでとても整理されていた。

 そのマニカも居て、ペルトのために食事を作っていた。


「そんなわけで、決闘してもらうことになった」

「オイラがケルドさんと決闘!? そんな無茶な……」


 ペルトは絶望した。


「ケルドの癖は知り尽くしている。それを教えるから、1発でケルドを葬ってやれ!」


(いや、葬るのはダメだろ。嫁になる女性の父親だぞ)


 ロドメルの言葉を心の中でツッコんだロドニーは、とにかく男なんだからやってみろと発破をかける。


「ペルトさん。私のために危険なことをしないで」


 マニカはとても不安そうに決闘をしないほうがいいと言った。ケルドの実力を知っているからだ。


「いや、君を得るために、オイラは戦うよ」

「「おおおっ!」」


 ペルトの男らしい言葉に、ロドニーとロドメルは感嘆した。


「よし、話は決まった。ケルドに勝てるように、鍛えてやる!」


 この日からペルトはロドメルに鍛えられた。時間がないので、やることは1つだけ。ケルドの癖を突き、1発で戦いを終わらせることだ。


 それから10日ほど後のこと。ケルドとペルトが決闘をすると言うので、ロドニーたちはそれを見守ることにした。


「おい、ロドメル。大丈夫なんだろうな?」

「やるだけのことはやりました。それに、朝までケルドに飲ませてやりましたので、少しは動きも鈍くなりましょう」


 酒の臭いをプンプンさせたロドメルは豪快に笑った。


「お前が飲みたかっただけじゃないのか?」

「ハハハ。そうなんですよ。何か理由がないと妻が飲ませてくれませんからな」


 マニカとペルトの話は、従士の妻たちの情報ネットワークによって即日周知のものになった。

 誰もが2人のことを応援しているため、日頃は酒を飲ませてくれない妻もこの日ばかりは樽が空になることも気にせずに出したそうだ。それはもう盛大に。


 決闘を翌日に控えているケルドは、ロドメルに食事に誘われた。決闘を控えているので食事だけならと誘いにのったが、その場にビールとマリーデが出て来た。

 最初は断っていたケルドだが、酒には目がない。目の前で酒をガブガブ飲むロドメルの誘惑に乗ってしまったのだ。最初は1杯だけ。次はもう1杯だけ。さらに1杯。気付けば、ロドメル以上に飲んでいた。さらに、ロドメル夫妻はケルドを寝かさないように、2人して徹夜の接待をしたのだ。


 昨晩、いや、今朝まで飲んでいた酒によって、フラフラのケルドにはペルトが4人に見えていた。


「な、お前、4人も居るなんて、卑怯だぞ!」


 その声を聞いた見物人から笑いが起きた。


「ケルド、ペルトは1人しか居ないから安心しろ。決闘を始めるぞ」


 足元がおぼつかないケルドを無視して、審判のホルトスが進行させる。

 決闘が開始されても、ケルドの目にはペルトが4人に見えている。


「こうなったら、4人ともぶちのめせばいいんだ!」


 それができるだけの実力があるだけに質が悪い。

 ケルドは4人のペルトを攻撃していった。1人、また1人と刃が潰してある槍でペルトを薙ぎ払う。

 酔っているとは言っても精鋭の領兵だ。1発でもペルトに当たればただではすまない。ペルトは必死に槍を躱した。いずれできるであろう、隙を狙って。


「ええい、ちょこまかと逃げやがって!」


 ケルドはペルトのやや右側を指差して、男なら逃げるなと吐いた。その光景が滑稽だったので、見物人から笑いが起こる。


 それからもケルドの見当違いな攻撃は続いたが、一向に消えない4人のペルトにイラついたケルドが大きく振りかぶった。


「今だ!」


 ロドメルの大声に反応し、ペルトが地面を蹴った。一気に間合いを詰めてケルドの横を通り過ぎた。その際、ペルトの木剣がケルドの胴を打った。


「それまで! 勝者、ペルト!」

「「「わーーーっ!」」」


 ペルトの回りに見物人が集まって、祝いの言葉を言う。

 そこにマニカが近づいてきた。ペルトは気恥ずかしそうに、頭をかいて「勝ったよ」と告げる。


「旦那様!」


 マニカがペルトを抱き上げて、クルクルと回る。

 85セルーム(170センチ)ほどのペルトが、93セルーム(186センチ)ほどのマニカに抱き上げられる姿がなんともシュールな光景であった。


 ロドニーも2人を祝福し、呆然としているケルドに声をかける。


「マニカもやっと嫁にいけるな。頑固な父親を持つと、娘は苦労するぜ」

「……ロドニー様」

「なんだ?」

「酒に酔っていたとは言え、負けは負け。今回の結果を受け入れます」

「殊勝な心がけだな」

「しかし、ロドニー様は人のことを言える立場ではないですよね。ユーリン様を早く嫁に迎えたらどうなんですか」

「なっ!? おま、え、なに、言ってるんだよ」

「がーっはっはっはっは! そうですぞ、ロドニー様。ケルドに偉そうに言う前に、ロドニー様が嫁を取ってもらわねば。のう、リティ殿」

「その通りです。ユーリンも早くしないと行き遅れになります」


 ロドニーは逃げ出した。その先にはユーリンが居て、なぜか彼女の手を取って一緒に走った。


 

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