第26話
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026_バミューダ
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王家の直轄地にあるラビリンスを探索することにしたロドニーたちは、王都からメルダバールという中堅都市の宿に移った。王都から馬車で7日程にある都市だ。
このメルダバールには海王の迷宮というラビリンスがある。フィールドの多くが海であり、出てくるセルバヌイも水の中で活動できるものが多い。
王都に連れてきた領兵は、精鋭なので戦力に不安はない。ただし、領兵を10人連れてきたので、2人はラビリンス探索はできない。よって、領兵は2人ずつ交代制にした。
今回は槍使い3人、剣と盾を使う3人、大剣使いがユーリンを含めて3人、そして片刃の剣を使うロドニーの合わせて10人だ。
海王の迷宮は海フィールドなので、探索はされていない。海の中の戦闘になると人間ではセルバヌイに勝てないのだ。だから、騎士団が入り口を守っているだけだ。
その騎士に国王の勅許を見せると、啓礼される。
「フォルバス卿も『治癒』狙いでありますか?」
「そのつもりです」
この海王の迷宮のセルバヌイの生命光石からは、『治癒』という根源力が得られる。読んで字のごとくの根源力なので騎士たちを始めとして多くの者が欲しがるものだが、海のフィールドが邪魔をしていてなかなか難しい。
そんなラビリンスに挑戦するロドニーたちを、騎士たちは逃げ帰ってくるだろうと思って通した。
ラビリンスの中へ入っていくと、幅5ロム(10メートル)程の砂浜の先に海があった。その砂浜に打ち寄せる波は、デデル領の海に比べるとかなり大人しい。
デデル領の海を知っているロドニーたちにとって、こんな穏やかな海は夏でもお目にかかれないものだ。
しかし、この穏やかな海には、凶悪なセルバヌイが住み着いている。死を招く海なのだと気を引き締める。
砂浜からは幅1ロム程の石の道が続いている。時々、波が石の道を越えて反対側へと渡る。それによって石の道は濡れていて滑りやすくなっていた。
細い石の道を少し歩くと、海が盛り上がった。盾を持った3人が手際よく盾を構えた。
海の中から出てきたのは、
「鱶だから水中でも活動できて、手足があるから陸上にも上がってこれるわけか。変な奴だな」
「ロドニー様、向かって来ます」
鱶人はわざわざ石の道まで上がってきた。道の上ならこれまで戦ってきたセルバヌイと大差ないどころか、鱶人の持ち味が生かせないのでロドニーたちに有利だ。
「鋭い牙もそうだが、口から水を吐き出すのに気を付けるんだ」
ロドニーの指示で赤真鋼の盾を構えた3人が、鱶人との距離を詰める。細い石の道なので3人が並ぶと完全に塞がってしまう。
鱶人が口を開くと、3人は立ち止まって腰をしっかりと落とした。水が放出される。かなりの流量だ。それを真ん中に陣取ったセージの盾が受けた。
セージの足が滑って押し込まれるが、セージはその放水を受けきった。夏は砂浜を走り、冬は氷の上で訓練するデデル領の領兵にとってこの石の道は動きやすい。これくらいで滑ると言っていては、氷の上で戦闘訓練などできない。
鱶人がセージに放水している間に、他の2人が鱶人に取り付いて剣で攻撃した。鱶人は鋭い牙で領兵に噛みつこうとするが、赤真鋼の盾を貫くことはできない。
「よし、槍で突け!」
「「「おう!」」」
盾持ちの後ろから、隙間を縫って槍を突き刺す。
剣と槍の攻撃を受けて鱶人の動きは一気に悪くなり、ケルドの槍がとどめとなって息絶えた。
「道の上にわざわざ上がってきてくれるので、まったく苦戦はしなかったな……。次は根源力のごり押しでいくぞ」
初めての海王の迷宮なので、色々な戦い方を試すことにしている。その中から最適な戦法を考えていくつもりだ。
次の鱶人はユーリンの『高熱炎弾』によって、一瞬で戦いは終わった。胴体に大きな穴が開いた鱶人は、何もできずに塵になって消えていったのだ。
「海のセルバヌイだから『高熱炎弾』は効果が落ちるかと思ったが、問題ないな。次は皆で『炎球』の掃射をしてみてくれ」
次の戦いではロドニーが指示したように、5人の領兵たちによる『火球』の掃射が行われた。
色違いでもルルミルの生命光石から得られる根源力は1種類だけなので、『火球』を覚えている領兵が多い。今回も8人の領兵のうち、5人が『火球』を覚えている。
その掃射では鱶人にダメージは与えたが、倒せなかった。さらに5発の『火球』を放ったがそれでも倒れず、やむなくロドニーが切り倒した。やはり鱶人に火属性の攻撃は効きにくいようだ。
「あとは『土弾』が1人と『風球』が2人、いや、ユーリンも『風球』か。今度は4人で攻撃してみてくれ」
次は『土弾』と『風球』の掃射が行われた。意外と鱶人は6発で倒れた。
「そんなわけで、水系のセルバヌイには『火球』は効きにくいが、他の属性だとそれなりに効くことが分かった」
ロドニーは色々試しながら進んだ。鱶人は大して強くない。いや、デデル領の領兵にとっては弱いが、一般的には強い。これでも中級生命光石を落とすセルバヌイなのだから。
さらに進むと道の幅は変わらないが、石の道が岩場の道に変わる。ここからが本番のようだ。ゴツゴツとして歩きにくい岩の道は、石の道よりもはるかに歩きにくい。
「セルバヌイです!」
岩場のすぐ横の海が盛り上がって、出てきたのは鱶人。顔を出した瞬間に放水を行った。水がロドニーたちに迫る。盾の防御が間に合いそうにない。
「消え去れ!」
ロドニーのその一言で迫っていた水は消え去った。これは『霧散』を発動した防御だ。
領兵たちが驚いて固まってしまった中、ロドニーはユーリンに『高熱炎弾』を撃つように指示した。
「『高熱炎弾』!」
鱶人は頭を吹き飛ばされて塵になって消えた。
(あぶなかったな、いきなり放水もあるのか。今後はそれも頭に入れて、対応しないとな)
「今、水が消えませんでしたか?」
「あれは俺が持っている『霧散』という根源力だ。俺の切り札だから、誰にも言ったらダメだぞ」
ケルドの質問に答えて箝口令を発したロドニーだが、誰かに知られても『霧散』は対策されるような根源力ではないと思っている。
「さて、海の中からの攻撃でも、俺とユーリンの『高熱炎弾』があれば問題はない。だが、生命光石が海の中に落ちるのはいただけない。どうしたらいいと思う?」
海はかなり深く、落ちた生命光石を拾うのは困難だ。落としたら、それで終わりだ。
「残念ながら今のところは、対策らしい対策はないと思います。あえて言うなら、通路に上がって来るのを待つくらいでしょうか?」
ユーリンが答えるが、いい案はない。
「仕方がない。上がって来そうにない鱶人は、俺とユーリンで海の中でも倒すぞ。そんなことで怪我をしたらアホらしいからな」
その方針でさらに奥へ進んだ。通路に上がって来る鱶人はおよそ半数。半分の生命光石が海の中に落ちて行った。
視線の先に島が見えて来た。その島へと進んでいくとヘビのような体のセルバヌイが現れた。その体は細かく白い鱗に覆われ、体長は5ロムもある。
「居たぞ、バミューダだ」
このヘビのようなバミューダが、今回の目的のセルバヌイだ。バミューダの生命光石からは『治癒』が手に入る。自分や他人の傷を癒す根源力だが、バミューダの討伐はかなり苦労するため『治癒』を持っている者は少ない。
「銛を出すんだ!」
バミューダは通路に上がってくることはないと、資料にあった。そのため、銛でついて通路に無理やり引き上げる必要がある。
ケルドが背負っていた銛を出す。その銛には縄がついており、この銛を刺してバミューダを引き寄せる作戦だ。
ケルドから銛を受け取ったロドニーは、構えて狙いをつけた。『怪腕』を発動し、さらに『強化』と『増強』上乗せする。
上級根源力の『怪腕』に『強化』と『増強』を加えてさらに強化するのは、バミューダの鱗が非常に硬いためだ。一説では、上級根源力の攻撃さえ跳ね返すらしい。
海中を縦横無尽に動き回るバミューダを見失わないように、ロドニーは精神を集中する。
バミューダが海面から飛び上がったその刹那、ロドニーは銛を投擲した。圧倒的な速度で飛翔した銛は、バミューダの頭部のやや後ろの鱗を貫いた。暴れるバミューダによって、縄が出ていく。
「よし、引っ張れ!」
「「「おおっ!」」」
銛の返しが皮もしくは鱗に引っかかったバミューダは、『剛腕』持ちの3人の領兵によって引っ張られた。しかし、バミューダも簡単に引き寄せられてたまるかと、暴れて海面をジャンプしたり深く潜ったりした。
「気合を入れろ! 日頃の訓練の成果を見せてやれ!」
「「「せいっ! せいっ! せいっ! せいっ! せいっ!」」」
ザドス、ゲラルド、ゾドフスの3人が、額に汗してバミューダと力比べをする。岩の道が細いため3人しか縄を引けないが、デデル領でも上位の力自慢たちだ。
暴れるバミューダが何度も縄を引きこむが、3人は歯を食いしばって縄を引っ張る。
四半刻(30分)が過ぎた辺りで、バミューダの抵抗が弱まった。3人もかなり疲れているが、ここが勝負所だと感じて一気に縄を引いた。
通路に引き上げられたバミューダはなおも抵抗する。その鱗を礫のように射出するために鱗を逆立てた。
水中からこの攻撃をされると、広範囲に攻撃が及ぶため大きな被害が出る。バミューダの討伐が進まない要因の1つだ。
「消え去れ!」
ロドニーが『霧散』を発動すると、逆立っていた鱗は元に戻った。その隙を見逃さず、ユーリンが大剣で切りつけた。
キィィィンッと甲高い音がし、ユーリンの大剣はバミューダの硬い鱗に阻まれた。さすがは上級根源力を跳ね返す鱗だと、ロドニーは感心した。
この鱗の硬さがバミューダ討伐が進まない2つ目の要因である。
巻き付こうとしたバミューダの動きを察したユーリンが飛びのき、そこにロドニーが躍りかかった。
ロドニーの
「うおぉぉぉっ」
さらに力を入れると、バミューダの頭部が真っ二つに両断された。
その光景を見ていたザドス、ゲラルド、ゾドフスの3人は、疲れのためにその場に座り込んだ。
「水を飲んで、塩を舐めろ。少し休憩したら引き返すぞ」
ロドニーは3人に革袋に入った水を渡し、塩を与えた。
「ロドニー様。バミューダの皮が落ちていました」
バミューダは白く美しい鱗付きの皮を残した。セージはその皮と生命光石を拾い、ロドニーに渡した。
「この皮は鎧に使えそうだな」
「バミューダの鱗付きなので、良い革鎧になるのではないでしょうか」
ユーリンがロドニーの革鎧を造るべきだと言う。
従士や領兵に赤真鋼の装備を与えているのに、ロドニーはまだ安物の革鎧を使っている。本来は真っ先に造るべきロドニーの鎧が、一番後回しにされているのだ。
海王の迷宮を出たロドニーは、騎士に討伐状況を報告した。どれだけのセルバヌイを討伐して、どれだけの生命光石とアイテムを持ち帰ったを報告する義務があるのだ。
「バミューダを討伐されたのですね。しかも、皮まで持ち帰られたとは、おめでとうございます」
騎士にそう言われ、運が良かったと返事をする。
しかし、討伐したバミューダは1体であり、その生命光石から『治癒』が得られる可能性は限りなく低いと思われた。
騎士たちはその内容を王都に送り、王都でもロドニーが『治癒』を得られないだろうと結論付けた。
ただし、バミューダの皮は非常に珍しく、とても丈夫なので買取交渉をしようとしたが、ロドニーたちはすでにデデル領に帰ったあとであった。
王都へ戻ってハックルホフ交易商会の船でバッサム、バッサムから地上を通ってデデル領へ帰ったロドニー。
その頃には冬も終わっていて、領兵たちの赤真鋼装備も全員分が揃っていた。
そして、毎年恒例のラビリンス開きが行われ、領兵たちのラビリンス探索が再び始まった。
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