第25話
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025_謁見
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王城レイドルーク城の門前。バニュウサス伯爵家のザバルジェーン領軍とフォルバス家のデデル領軍の護衛はここまで、あとは騎士団が王の元までエリメルダを送り届ける。
エリメルダはバニュウサス伯爵とロドニーに謝意を述べて、王城の中へと入っていった。
「肩の荷が下りたと思っているだろうが、まだだぞ」
「陛下との謁見があるのですね」
「そうだ。2、3日の内に呼び出しがあるだろう」
「承知しました」
フォルバス家は王都に屋敷を持っていないため、王都に居る間はバニュウサス伯爵家の屋敷に逗留させてもらうことになる。
ハックルホフの店と屋敷が王都にもあるが、そこには伯父のサンタスが居るので泊るとまたトラブルになりかねない。
サンタスはハックルホフの命令で王都支店の平店員として働いている。以前、フォルバス家との絶縁を持ち出したことで、人を見る目のない者に重職は与えられないと言われてのことだ。
ロドニーはガリムシロップとビールを生産し、デデル領に産業を興した。それはハックルホフ交易商会に利益をもたらしている。サンタスの目は曇っていたと誰もが認めることだろう。
ロドニーはサンタスの対応は仕方ないものだと思っているが、ハックルホフが許さないのだ。
バニュウサス伯爵の屋敷に入ったロドニーは、すぐに町へと繰り出した。生命光石は王都に集まる。貴族から王家に納入された生命光石は、騎士団や軍関係者が使って根源力を得る。だから、騎士団員や王国軍の兵士は国内でも有数の力を持っている。
違うセルバヌイの生命光石から同じ根源力を得ることもあるため、場合によっては生命光石が不要になることがある。新兵は毎年入隊するので、そういった者にだぶついた生命光石を使うのだが、それでも稀に余ることがある。
そういった余った生命光石に紛れて、希少な生命光石も流出する。それが故意かどうかは別として、そういうことは往々にしてあるものだ。
さて、ユーリンを連れて町に出たロドニーは、小さな店を虱潰しにした。掘り出し物がないか、見て回ったのだ。だが、都合よく珍しい生命光石を見つけることはできなかった。
王都の町を連れまわされたユーリンだったが、2人で歩いているだけで楽しかった。そんなユーリンの目に、可愛らしい服のディスプレイが映った。
ユーリンが着たことのないドレス。その華やかな色どりに目を奪われてしまう。
「見て行こうか」
「え!?」
ユーリンはいいと言うが、ロドニーは彼女の手を引いて服屋の中に入っていく。
40前後の細身の男性店員が出て来て、手をコネる。王都の服屋なだけあって、ドレスが多くあった。オーダーメイドが基本の世界なので、これだけの服を揃えている店はデデル領どころか大都市のバッサムにもない。
「ロドニー様、私は―――」
「彼女に似合うドレスを見繕ってくれ」
「ありがとうございます」
ユーリンが断ろうとしても、ロドニーはそれを遮る。
店員がすぐにヒラヒラが多くついたドレスを持って来て、ユーリンに当ててみる。ロドニーが見れば、ユーリンにはどんな服でも似合う。
「それを買うよ。他のも見せてくれ」
「はい。お待ちください」
「ロドニー様!?」
「ユーリンは美人だから、どんな服でも似合うよな」
「びびびび、美人!?」
「ユーリンもたまにはお洒落するといいよ。俺はユーリンのドレス姿を見てみたい」
「うっ」
常に男装の麗人然とした服装のユーリンなので、ドレスを着た姿も見てみたい。ユーリン程の美人がドレスを着たら、道行く人々が振り返ることだろうとロドニーはにんまりする。
ロドニーはユーリンのドレスを3着購入した。多少の直しは必要だったが、それはすぐにできた。
「そのドレスを着て帰ろうか」
「えっ!?」
「だって、ユーリンの美しさが際立つもん」
バフンッと火が出たように真っ赤な顔になったユーリン。そのユーリンを見て何度も奇麗だと言うロドニー。店員は若い2人が醸し出す甘い雰囲気に近づけない。
店の外で待っていた精鋭領兵のケルドとセージは、ユーリンのドレス姿を見て大きく目を開いた。いつも男勝りに大剣を振っているユーリンだが、ドレスを着たら貴族の令嬢と見間違えるほど美しいと思った。
「よくお似合いです。ユーリン様」
「ドレス姿も美しいですな、ユーリン様」
「あ、あなたたち!」
「ケルドとセージもそう思うか。俺も似合っていると思うんだ。ユーリンは美人だからな!」
「ロドニー様!」
ケルドとセージは年齢が50前後でユーリンの親よりもやや年上の世代ということもあって、2人は娘の晴れ姿を見るような目をユーリンに向けた。
バニュウサス伯爵の屋敷にドレスのまま帰ったユーリンなので、当然のようにその姿は他の領兵の目にも入った。
いずれもユーリンより年上の精鋭領兵たちだが、ユーリンのドレス姿を見て湧いた。日頃のユーリンは剣の鬼のような厳しさのある女性なので、そのギャップに父親くらいの年齢の精鋭領兵たちはなぜか涙を流すのだった。
その2日後、ロドニーはバニュウサス伯爵と共に登城した。
初めて入った王城は、とにかく広かった。フォルバス家の家がいったいいくつ入るのかと、庶民的な考えをするロドニーであった。
謁見の間には、宮廷貴族が居並んでいた。宮廷貴族というのは、領地を持たない貴族のことで、国や大貴族に仕えて俸給を得ている貴族の総称である。また、国に仕えている宮廷貴族は、貴族に仕えている宮廷貴族のことを
バニュウサス伯爵に続いて謁見の間を進むロドニーは、居心地が悪かった。
北部の貴族の中にも居たのだが、あからさまに敵意を放ってくる宮廷貴族の多いことに辟易するほどだ。
バニュウサス伯爵が止まると、その一歩後ろにロドニーは控えた。格上のバニュウサス伯爵の横に並ぶのは失礼に当たるからだ。
玉座に座る国王はまだ若く、40になっていない。威厳はあまり感じないが、気品はある。その横に立つ息子の王太子は、ロドニーより1歳年上の17歳である。王太子は線は細いが、かなり整った顔立ちをしていて気品があった。
エリメルダはこの王太子との婚約のために、冬の海を越えてクオード王国へやってきた。
王太子の評判は悪くない。聡明な人物だとロドニーは聞いていた。表情を見る限りでは優しそうな人物なので、エリメルダを幸せにしてくれるだろうとロドニーは思った。
国王がバニュウサス伯爵へ声をかける。次にロドニーにも声がかけられ、緊張しながらも卒なく返事をした。
「フォルバス卿の領地では、最近評判のガリムシロップなる甘味料が生産されているとか」
「幸いにしまして、ガリムシロップの生産にこぎつけることができましてございます」
今回、登城にあたってガリムシロップとビールを献上した。
急な上京だったのでデデル領からバッサムに持ち込み、ハックルホフの船で王都に運んでもらった。
それが間に合わなければ、ハックルホフの店にあるものを献上させてもらうつもりだったが、共に品薄状態なので在庫がない可能性があった。
特にビールはバッサムでは流通しているが、王都にはほとんど出回ってないので間に合って良かった。
ビールは試行錯誤をしながら造っているので、3割から4割ほどは外に出せない失敗作として扱われる。失敗作でも捨てるのはもったいないので倉庫に積んである。寝かせることで美味しくなる可能性がないわけではない。また、失敗作でもアルコールを含んでいるので、蒸留できると思ったのだ。
蒸留器はまだ手をつけていないが、そのうち造ろうと思っている。そうなれば失敗作も役にたつだろう。
「エリメルダ殿を救助したフォルバス卿に、何か褒美を与えようと思う。何がいいか?」
ロドニーは断った。最初は断るのが、こういった場合の礼儀らしい。しかし、二度目は受け入れる。二度断るのは失礼に当たるからだ。
バニュウサス伯爵からそういうものだと聞かされてなかったら、何も知らない田舎者だと言われて恥をかくところだった。持つべきは頼りになる寄親だと、ロドニーは思った。同時に、面倒くさい慣例だと思いながらロドニーは答えた。
「もしお許しいただけるのであれば、他領のラビリンスへ入る権利をいただきたく存じます」
外国でも国内でも、珍しい生命光石は簡単には手に入らない。購入できる場合もあるが、希少な生命光石は滅多にそういう機会に巡り合えないのだ。
ロドニーは自分の強化、そして従士や領兵の強化のために、自領以外のラビリンスにも入りたかったのだ。
「ふむ……」
国王は顎に手をやり、数瞬黙考した。
「王家の直轄領であれば、構わぬ。それでよいな」
「はっ、ありがとう存じます」
王家の直轄領は広く、ラビリンスの数も多い。それだけでも、ロドニーにとってはかなりありがたいことだ。
国王はさらに条件をつけた。ラビリンスを軍で攻略する貴族も居るが、ロドニーには10名まで入れることにした。ラビリンスは国にとっても資源を得る場なので、大人数で入られて荒らされては困るからだ。
デデル領には軍と呼べる数の領兵は居ないため、この条件はまったくロドニーの障害にならず、すぐに了承した。
無事に謁見が終わり、ロドニーはやっと堅苦しいことから解放されると胸を撫で下ろした。
ただし、数カ月後には再び王城に登城するイベントがある。領地を持つ貴族は数年に1回、自領の状況を国王に報告することが義務付けられている。次の夏はフォルバス家も報告用の資料をまとめて上京することになっているのだ。
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次の更新は1月2日になります。
皆さん、よいお年を。
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