第23話

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 023_他国の皇女

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 出征していた北部貴族の各軍が戻ってきて間もない頃の話。バニュウサス伯爵は秋にあった『召喚』の失敗によって、2人の領兵が死亡した事件の調査報告書に目を通していた。

 それによると、メニサス男爵家から犯人として送られてきた者は、『召喚』の根源力を持っていないとあった。メニサス男爵家は犯人でない人物を差し出して、真相を闇に葬ろうという魂胆なのが分かる内容だった。

 バニュウサス伯爵は静かにその調査報告書を握り潰し、その目には怒りの炎が燃え上がっていた。


「メニサスを呼べ。すぐにだ」


 ただちに使者が送られ、メニサス男爵にバッサムの大鷲城まで出頭するように伝えた。それに対してメニサス男爵は、体調がすぐれないと代理の者を送ってきた。

 その代理の者に調査結果を突きつけると、のらりくらりと話をはぐらかされた。

 それというのも『召喚』を失敗したのが、メニサス男爵の嫡子だったのだ。その嫡子は騎士王鬼『召喚』の失敗など気にすることなく、今でも好き勝手して暮らしている。

 バニュウサス伯爵はそのことを知っているため、怒髪天を衝くほどの怒りを覚えた。


 冬の間、バニュウサス伯爵家とメニサス男爵家は何度もやり取りをしたが、メニサス男爵は一向に犯人を引き渡そうとしなかった。嫡子を引き渡すわけにはいかないメニサス男爵の判断も理解はできるのだが、それならそれで賠償するなりやりようはあった。

 しかし、メニサス男爵は賠償を言い出すこともせず、長い冬が終わりに近づいた。そんなある日、バニュウサス伯爵はある決断をした。


 冬が明ける前に、バニュウサス伯爵はメニサス男爵家へ絶縁状を送りつけた。北部の各貴族家と王家には、絶縁に至った経緯が報告された。

 それに焦ったのはメニサス男爵は、一方的な絶縁は承服できないと抗議したが、バニュウサス伯爵は一切取り合わなかった。


 ▽▽▽


 冬の海は荒々しい。しかも風が強いので、風によって波が切り取られて砂浜の雪にかかり氷となる。その氷の上でカシマ古流の型をなぞるロドニーの姿があった。

 足元が悪い場所でも動けるようにするための訓練として取り入れたものだが、これが意外と難しかった。しかも、嵐のような風に煽られるので、バランスをとるのが非常に難しい。

 しかし、やり始めて1カ月もすると、慣れてきた。足にかける体重と力のバランス、そして体の軸をブレさせない体感。そのことを『理解』した。


「アハハハ。面白いからお兄ちゃんもやってみなよ」


 エミリアは氷の上を器用に滑っていた。凹凸がかなりあるのに、真っ平らな氷の上のようにスムーズに滑っている。ロドニーは「あれが天才というやつだ」と苦笑した。


「エミリアは凄いな」

「そんなに褒めないでよー」

「いや、褒めてるんじゃなくて、呆れているんだ」


 そんな兄妹の会話の横では、氷を砕くユーリンの姿があった。

 ユーリンは剛の剣。ゆえにその踏み込みで氷を割り、振り下ろした剣圧によって氷を切る。圧倒的な力による破壊がそこにあった。

 そのユーリンが素振りを止めて、海を見つめた。


「ロドニー様。あれを」


 海岸から100ロル(200メートル)ほどの場所で、3本のマストを持つ船が見えた。


「こんなところに大型船か……珍しいな」


 デデル領は最北にある領地で大型船が寄港できる港はない。大型船はバッサムで北部の荷を載せて南下するため、このデデル領の海では滅多に見ない。

 しかも今は冬で海はかなり荒れているため、航海をするのはかなり危険だ。


「様子がおかしいです」


 その時、船が傾き始めた。


「座礁しているぞ!」

「大変です!」

「エミリア。ロドメルたちを呼んできてくれ!」

「うん」

「ユーリンは漁師たちに船を出すように伝えてくれ」

「はい」


 2人に指示を出したロドニーは、大声で船に呼びかけた。しかし、その声は強風に掻き消されてしまい、届いていない。

 反対に船からの声もロドニーの耳には届かないが、甲板の上では多くの人が助けを求めるように手を振っていた。


 しばらくするとロドメルたちが領兵を率いてやってきて、漁師が船を出す準備もできた。


「あのままではいずれ沈没するだろう。今は1人でも多くの人を救うぞ」

「お待ちください。何もロドニー様が行かなくても、某が行きますので」


 小舟に乗り込もうとしたロドニーを、ロドメルが止めた。


「今はそんなことを言っている暇はない。後からいくらでも小言は聞く。出してくれ」


 ロドメルの制止を振り切って、ロドニーは小舟で海に出た。

 座礁した船に乗っている者たちは混乱していたが、ロドニーは彼らを落ち着かせて小舟に乗り移るように指示した。漁師たちが総出で救助したこともあり、怪我人は居たが死人は出なかった。


「いくらでもお小言を聞くと仰ったのです。じっくりと言わせてもらいますぞ」

「……お手柔らかに」


 もちろん、救助作業後にロドメルのお小言があったのは言うまでもない。


「今、ロドニー様に何かあったら、この先のフォルバス家はどうされるのですか」


 ロドメルはこんこんと説教をした。そして最後に早く結婚して子供を残せと言う。

 それに、ロドニーが産業を興したおかげでデデル領は豊かになりつつある。ガリムシロップとビールはフォルバス家の金銭的な不安を払拭した。


 領兵を優遇して多くの根源力を得られるようにして、領兵の収入も増えた。その領兵が村で金を使い、ロドニーの評判を高めたおかげで領兵になりたいと言う者が後を絶たない状況だ。


 ロドニーが居る限り、フォルバス家は安泰だと家臣領民が考え始めている。そのロドニーにもしものことがあったら、また貧しい領地に戻ってしまうかもしれないという危機感を持つのは当然のことだろう。


 ロドメルの説教は1刻(2時間)ほどに及んだ。その間、助け出された者たちの世話は古参従士のホルトスが主となり行ったが、助けた者の中には女性も居たのでユーリンも協力して行っていた。

 そのユーリンがロドニーの部屋に飛び込んできた。かなり焦った表情に何かあったのかと、ロドニーとロドメルは身構えた。


「大変です。あの船はサルジャン帝国の船です!」


 デデル領のあるクオード王国がある大陸の西側にある大陸に、サルジャン帝国はある。両国間では貿易が盛んに行われていて、友好国でもある。


「サルジャン帝国の船にしては、かなり北へ来たな」


 最北領と言われるデデル領には、異国どころか国内の船さえ来ない。


「途中で嵐に遭遇したようで、北へ流されてしまったようです」


 冬の海は荒れると、あまり海を知らないロドニーでさえ知っている。それでも貿易をしている以上、たまにこのようなことがあるのは、ロドニーでも理解できた。


「軽傷の者ばかりだったと思ったが、誰か大怪我でもしていたのか?」

「そんなことではありません。あの船にはサルジャン帝国の皇女殿下がお乗りになっていたのです!」

「「え?」」


 ロドニーとロドメルの声が揃うほど、ユーリンの言ったことは衝撃的だった。


「皇女殿下だと……?」


 さすがに理解が追いつかないロドニーだったが、なんとか気を取り直してすぐに皇女に会いに向かった。


「某、ロドニー=エリアス=フォルバスと申します。このような辺境の地ゆえ、十分なおもてなしができずに申しわけございません」

「助けていただいたことに、感謝しております。フォルバス卿」


 皇女の名はエリメルダ。サルジャン帝国の第三皇女で、淡い緑色の髪をした美しい少女であった。

 皇女の目的は、このクオード王国の王子へとの見合いであった。それを知ったロドニーは、すぐにバニュウサス伯爵へ使者を送った。

 相手が友好国の皇女なので、失礼があってはいけないと寄親であるバニュウサス伯爵に指示を仰いだのだ。


 デデル領でもっとも大きく立派な家はフォルバス家のものだが、残念ながら屋敷と言うにはかなり見劣りがする。

 そんなフォルバス家の家にエリメルダを移したロドニーだが、問題はエリメルダ付の侍女や家臣たちだった。総勢30名、皇女の家臣としては少ないが、それでもデデル領に受け入れるには多すぎる数だ。

 着工中の新しい領主屋敷が完成していれば、そのくらいは受け入れることができたのだが、完成どころか雪のために基礎を築いたところで工事は止まっている。

 その中から侍女5名と武官5名の10名を、エリメルダと共にロドニーの家に泊めることになった。


 エミリアと母のシャルメの部屋も明け渡して、2人はユーリンの家にしばらく世話になることになった。

 ロドニー自身もロドメルの家に世話になり、フォルバス家の家はリティに任せることになった。

 全体の警備はロクスウェルが行うが、エリメルダの周辺警護はユーリンが行う。皇女の警護が無骨な男たちばかりでは、気づかないこともあるだろうとロドメルが勧めたのだ。


 使者を送り出した4日後には、使者が戻ってきた。雪の中の強行軍なので、4日というのはかなり速い。それだけ無理をしてくれたのだと、使者を労った。

 バニュウサス伯爵家所有の雪上用馬車が送られくるので、それでエリメルダをバッサムまでお送りしろという指示を使者は持ってきた。


 ロドニーは毎日エリメルダの元を訪れ、不便をかけることを詫びた。毎日ご機嫌伺いをするのは領主の役目だが、それ以外は平時のように体や根源力を鍛えた。


 ある日、ロドニーがロドメルの家の庭で金棒を振っていると、なんとエリメルダがやって来た。雪は舞ってないが、それでも雪深い中で薄着で金棒を振っていたので、慌てて上着を着こんだロドニーは、エリメルダに跪いた。


「このような場所においでとは思ってもおりませんでしたので、お見苦しい姿をお見せしました。申しわけございません」

「いえ、わたくしのほうこそ急に訪ねて、申しわけありませんでした」


 エリメルダは皇女だというのに、傲慢でも我儘でもなかった。雪深い辺境の地の領主が自分のために家を明け渡したことを当然だと思わず、感謝していた。


「フォルバス卿に受けた恩は、忘れません」

「不便をおかけしていますのにありがたきお言葉をいただき、実が震えるほどの感激にございます」


 エリメルダのような心清らかな皇女と結婚する王子は幸せ者だと思った。見合いをすると聞いていたが、それが結婚ありきの顔合わせだということはロドニーも理解していた。


 その2日後、エリメルダはバニュウサス伯爵が用意した豪華な雪上馬車でバッサムへ旅立った。その護衛をするためにロドニーも同行する。


 

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