第22話

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 022_理解

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 今年の収獲量は昨年65パーセントほどで、かなり酷い状態だった。今年は台風が3回も上陸したのが理由だが、特に1回目の被害が大きかった。

 ロドニーは通常なら5割を徴収する税を、3割に減らした。これにより農家に残る分は昨年とほとんど変わらないものになったが、当然ながら税収は大きく減ることになった。

 ロドニーはビールの生産に必要な大麦を、農家から買い入れた。本来は税として入ってくる分だが、ガリムシロップのおかげで買い取ることができた。

 さらに、大麦が安い地域から購入するように、ハックルホフに頼んだ。


 そんなデデル領に、長く厳しい冬がやってきた。雪が降り始め、あと半月もすれば地面は雪に覆われてしまうだろう。

 ロドニーは自分の根源力を鍛える時間に、この冬を充てるつもりだ。幸いにも書類仕事はキリスがほとんどやってくれるので、どうしてもロドニーの決裁が必要なことは少ない。


 朝から金棒で素振りをしたロドニーは、雪が舞う中でも全身から汗を噴き出していた。毎日鍛えていたおかげで、根源力を使わなくても金棒を素振りできるようになっている。その分、ロドニーの体は以前よりも筋肉質になり、贅肉がほとんど見られないものになっていた。


 素振りの後は、型を丁寧になぞっていく。その動きを筋肉に覚えさせ、細胞のひとつひとつに記憶させる。そうすることで、自然に体が動くようになっていくのだ。

 その後はユーリンと打ち合う。ユーリンの剛の剣を受けると手が痺れるので、それを回避するために受け流す。だが、ユーリンも受け流されないように工夫を凝らすので、簡単ではない。

 ユーリンの後はエミリアとも剣を合わせる。今度はエミリアの速い剣を弾こうとするが、翻弄されて上手くいかない。まだまだだと気づき、さらに精進しようと思った。


 剣の訓練の後に少しだけ書類仕事をして、午後からは根源力を鍛える。

 取得している根源力の多くはそれなりに使えているが、『霧散』だけは実戦で使える状態ではない。


『霧散』の特徴の1つは、根源力の効果を打ち消すもの。もっと言うと根源力が発動されても、それを打ち消すことができるのだ。ただし、それをするには自由自在に『霧散』を発動させる必要があるのだが、ロドニーはそれができないのだ。

 一瞬で『霧散』を発動させるイメージトレーニングを行い、実際に発動させる。それを愚直と言える程に繰り返す。ロドニーにはそれしかできない。


 根源力のことをまとめた書籍には、ある程度の使用方法などの説明の記載がある。しかし、『霧散』のことを記載した書籍はない。ハックルホフに頼んで根源力の書籍をいくつか手に入れているが、どの書籍にも『霧散』のことは載っていなかった。


『霧散』と違って非常に使いやすい根源力もあった。それは『増強』だ。『増強』は他の根源力を強化するだけではなく、根源力に関係ないものも強化する。


 たとえば、ロドニー自身。肉体だけではなく、思考も強化される。ただし、頭がよくなるのではなく、思考速度が速くなるというものだ。それでも、思考速度が速くなるはありがたい。


 また、装備。武器の切れ味を強化したり、武器や防具の強度を強化できる。強化の程度はそれほど高いわけではない。それこそ肉体の強化は下級根源力の『腕力』よりも劣る程度のものだ。

 なんでも強化する『増強』に対し、『強化』は根源力を強化するため、その効果は『増強』よりも大きい。


 毎日愚直に『霧散』の訓練を続けるロドニーとは別に、エミリアとユーリンも根源力を高めていた。雪降る中、寒風が吹き荒れる海岸で海に向かって『火球』と『風球』の連射が出きるように訓練していた。

 発動速度はかなり速くなった。しかし、連射がまだまだだと2人は感じた。『火球』と『風球』は中級や上級のセルバヌイにとって危険なものではない。2人もダメージ源として使うのではなく、牽制の手段として使いたいと思っている。

 そのためには、1発ではなく2発、3発と連射したい。そのための訓練だ。


 その横では、領兵の精鋭たちが雪の積もった砂浜で訓練している。6層踏破に向けて中級の根源力を得るようにロドニーが命じたことで、彼らは『剛腕』や『堅牢』『強脚』などの根源力を得ている。これらの新しい根源力に慣れるためロドメルの指導の下、雪が降っても訓練をしているのだ。


 ロドニーたちが訓練に明け暮れている間に雪はどんどん降り積もり、人の背丈を越える雪が積もった頃にマナスがやってきた。

 雪でも進むソリの荷車を、牛鹿というセルバヌイが牽いている。この牛鹿は寒さに強く力も強いが、なんと『火球』1発で倒せてしまうほど火に弱いため、討伐するのはそれほど苦労しないセルバヌイだ。

 クオード王国の北部の商人は、この牛鹿を使役して雪の中でも荷物を運んでいる。


「ドメアス様、お久しぶりにございます」

「マナス殿か。この雪ですから、大変でしたでしょう」

「いえいえ、昨年はもっと雪深い時がありましたので、それに比べればまだまだです」


 マナスの荷車は前回見た時よりも大きくなっていた。ガリムシロップの他にビールも仕入れるので、それだけ大きな荷車が必要になったことで造らせたものだ。


「ビールの出来はどうですか?」

「いい物ができた。これまでで一番の出来だとロドニー様も仰ってくださったよ」

「それは楽しみですね。バッサムでも王都でも、ビールは大人気なのです」


 マナスはドメアスと和やかにビールの出来や量などの話をし、出来立ての5樽を引き取ることになった。

 その後、ガリムシロップ工房を回って、ガリムシロップを引き取り、最後にロドニーへの挨拶に向かう。


 ロドニーは裏庭で金棒を振っていたことから、体中から湯気が立ち上っていた。そこにリティからマナスが来たと声をかけられ、汗を拭いて服を着替えてマナスに会った。


「今回は他国の生命光石を、2種類お持ちしました」

「2種類もか。助かる」

「ただ、依頼されておりました数が確保できませんでした」

「それは仕方がない。他国の生命光石を手に入れるのは簡単ではないからな」


 ロドニーは以前から生命光石を入手できないかと、ハックルホフに頼んでいた。国内のものでも特別なものは手に入らないが、他国の生命光石ともなるとさらに手に入らないのだ。


 今回、マナスが持ってきてくれた生命鉱石は、他国で産出される珍しいものだ。

 生命鉱石は根源力を与え、セルバヌイを『召喚』できることで戦力の増強に繋がるため、ありふれたもの以外は多くの国で国外への持ち出しを禁止している。俗に言う戦略物資に指定されていることが多い。

 ハックルホフが危険を冒して生命光石を手に入れているのが分かるだけに、手に入らなくても文句を言うつもりはないし、1個でも手に入ればありがたいことだ。


「祖父に感謝していると伝えてくれ」

「はい。しっかりとお伝えします」


 マナスが帰ると、ロドニーはさっそく生命光石を経口摂取することにした。

 今回は2種類3個の生命光石がある。2個は同じセルバヌイが落とすもので、そのセルバヌイからは3種類の根源力が得られる。

 ロドニーが欲しい根源力は1つなので、他の2つの根源力を得てしまう可能性を考えて3個欲しかった。手に入れるのが難しい生命光石なので、贅沢は言えない。

 2個も手に入っただけありがたいと感謝し、口に入れて噛み砕いた。


「ぐっ」


 何度味わってもこの苦しさは慣れない。しかも、特に欲しいと思っていなかった根源力を手に入れてしまった。次の1個で目的の根源力を手に入れられるかは、ロドニーの運にかかっている。


「2分の1の確立なんだ。来いよ!」


 生命光石を噛み砕き、苦痛に顔を歪める。額から脂汗が垂れて鼻筋からぽとりと床に落ちた。


「よし……『操作』を得たぞ!」


 目的の『操作』を得て、ロドニーがガッツポーズした。この『操作』は根源力を操りやすくする特殊な根源力だ。『霧散』の制御に苦労しているロドニーには、喉から手が出るほど欲しかった根源力になる。


 冬になって早3カ月。その間、必死に『霧散』の訓練を続けてきたが、これがなかなか上達しなかった。

 以前からこの『操作』が欲しいと思って、ハックルホフに入手できないかと相談していた。これがあれば新しく得た根源力を、熟練者のように使用できると書物にあったからだ。


 試しに『霧散』を発動させる。『操作』の発動を意識していないが、『霧散』はあっけないほどスムーズに発動した。しかも、これまでは持続させることも難しかったのに、今回は制御にさほど苦労していないのに持続している。


「これが『操作』の効果か。あれほど苦労していた『霧散』がこんなにも簡単に……これほどの効果があるなら、戦略物資になるのも当然か」


 長く訓練してもまったく上達しなかった『霧散』の制御だが、『操作』を得たことで驚くほど簡単に制御できるようになった。その喜びを噛みしめるように、最後の生命光石を噛み砕いた。

 その生命光石からは『理解』という根源力が得られた。『理解』は学者などが欲しがる根源力で、この根源力を得たことで停滞していた研究が画期的に進んだという例がいくつもある。

 ロドニーは根源力をより理解するために、この『理解』が欲しかったのだ。


『操作』と『理解』を得たロドニーの根源力への理解度はかなり深まった。書籍で得た知識は入り口に過ぎないということが分かったのだ。

 この日以降、ロドニーの根源力の使い方は繊細なものになり、さらに威力や効果が上昇した。


 たとえば、『金剛』は防御力を大幅に上昇させるだけではなく、攻撃にも使える。『金剛』を発動させた拳で岩を殴ると、岩が陥没したり砕ける。

 防御力上昇効果しか考えていなかったが、攻撃にも応用ができることは目から鱗が落ちる思いだった。

 また、地力が高くなれば、根源力にも差が生まれる。そういったことが理解できることが、嬉しかった。


 

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