第11話

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 011_冬越え

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 廃屋の迷宮の2層には、ガンロウという岩のような外殻を持つオオカミ型のセルバヌイが居る。岩を背負ったオオカミといった風貌なので、その動きは速くない。その代わり、防御力が高いセルバヌイだ。

 2層は岩場のフィールドの中に石造りの家屋がまばらにある。その薄茶色の景色がガンロウの外殻と馴染んでいたが、『鋭敏』を持つロドニーはわずかな気配の動きを察知した。これも日々の鍛錬の成果だ。


「はぁぁぁっ!」


 ガツンッと腕に伝わる衝撃と共に、ガンロウの体が押し潰された。ガンロウは塵となって消え去り、生命光石を残した。

 ロドニーは普通の槍ではそのパワーに耐えきれなかったので、木の柄を鉄製に変更している。これなら変形しても折れることは滅多にないだろうと考えたのだが、その考えは甘かった。


「あっ……」


 直系2セルーム(4センチメートル)ほどの鉄の柄がぐにゃりと曲がってしまったのだ。折れてはいないが、これではすぐに折れてしまうだろう。


「やはりただの鉄では耐えきれませんか。真鋼しんごうの武器が必要ですね」


 ユーリンが言う真鋼というのは、ラビリンスの中で発見できる真鉱石と鉄の合金のことだ。加工しにくい反面、適度な弾性と丈夫さがあって、剣にすれば素晴らしい切れ味を誇る武器になる。


「真鉱石は4層に行かないと手に入らないからな……」


 1層をうろちょろしているロドニーにとっては、まだまだ先の話のことだった。


「真鋼の武器を得るまでは、もっと太くして強度を上げるしかないですね」

「それしかないか」


 それは槍ではなく金棒だと思いながら、それしか今は手がないとロドニーは肩を落とした。

 ラビリンスから帰ったロドニーは、すぐに鍛冶屋にもっと太い金棒を造ってもらうことにした。


「構わないけど、かなり重いですぜ、領主様」

「そこはなんとかするから、頼んだぞ」


 直系2セルームの槍でもかなり重かったが、それをさらに太くすると10ロデム(20キログラム)を越えるかもしれない。しかも、そんな重い金棒を振り回せば、ロドニーの肩が抜ける可能性だってある。そこはなんとか頑張って対応するしかないのだが。


「まさか中級根源力を得た弊害が武器だとはな……」


 真鋼の武器は貴重なので、あまり出回っていない。

 ラビリンス内で過去に採取した真鉱石は、売って金にしていたので領主家に在庫もない。

 今現在ラビリンスに入っている兵士たちが持ち帰る可能性はあるが、そんなに都合よくはいかないだろう。


 鍛冶屋に頼んだ鉄の棒は、まさに金棒であった。柄の部分は4セルームで、徐々に太くなっていって打撃部分は8セルームになっている。長さは70セルームほどあり、両手で扱えるように柄が長めだ。しかも、打撃部分には棘が無数についていて、鍛冶師が良い笑みをしてサムズアップしていた。


「あははは。本当に金棒になってるね。てか、重いよ!」

「普通なら持ち上げるのもかなり苦労する重量だな」


 重量は11ロデムあって、『剛腕』を発動しなければ扱うことができないものだ。


「これ、持ち歩くのも大変だな……」


 常に『剛腕』を発動させることは不可能に近い。日々の訓練で少しは持続するようになったが、とても常時発動はできない。常に持ち歩くのは骨が折れそうだと、ため息が出る。

 ロドニーは持ち運びができるように前世の知識を総動員させた。基本的には背中に背負うことになるが、それも登山用のバックパックのように両肩からかけて腰でも支えるようにした。


「なんとかなるか……」


 なんとか金棒を持ち歩けるようにしたロドニーは、再びラビリンスに入った。

 ちなみにガンロウの生命光石から得られるのは、『硬化』という防御系根源力だ。しかし、経口摂取したことで、ロドニーはその上位の『鉄壁』という中級根源力を得ることができた。エミリアも経口摂取に挑戦したが、残念な結果に終わっている。


 そんなロドニーたちの前に、ガンロウが現れた。ロドニーは『剛腕』を発動させて金棒を構えた。同時に『堅牢』も発動させて、金棒の重さで肩が抜けないように対策した。

 襲いかかるガンロウを力任せに振った金棒で迎え撃ったロドニーは、25ロデムはありそうなガンロウを弾き飛ばした。ガンロウは岩に当たり塵となって消えた。


「おお! お兄ちゃん、やっるー」

「ロドニー様、金棒の使い勝手はどうですか?」

「柄が太いから両手でしか扱えないけど、悪くはないと思う。多分、ガンロウくらいなら歪みは発生しないと思う」


 その瞬間、金棒がズンッと重くなった。『剛腕』がきれたのだ。


「おっととと。日頃鍛えてはいるけど、もっと鍛えないといけないかな」

「鍛えるのであれば、つき合いますよ。ロドニー様」

「私はいいや。2人で鍛えてねー」


 ラビリンスから出ると、雪が降り出していた。これから長く厳しい冬がやってくるのだと、手の平の上に落ちた雪が溶けるのを見つめた。

 家に帰ったロドニーとユーリンは、雪がちらつく裏庭で素振りをするようになった。と言っても、金棒をそのまま振るのは、根源力を必要とするので金棒よりは細い鉄の棒を振っている。それでも普通の剣よりも重い。

 ロドニーはその訓練を毎日欠かさず行った。キリスという文官を得たことで書類仕事が減ったロドニーは、訓練に集中することができたおかげで2カ月もするとかなり筋肉がついてきた。

 以前はなかなかつかなかった筋肉がつき、胸板がかなり厚くなった。それに伴って、地力も上がっていると感じている。訓練をしていることもあるが、食事がよくなったのも一因だろうと、ロドニーは考えた。


「やっぱり、食事は大事だよな」


 逞しくなった腕を見てにやけているロドニーの姿を、ユーリンとエミリアたちはよく見かけるようになった

 ロドニーは雪が降って積もっても、素振りを欠かさなかった。素振り中はロドニーの体から湯気が立ち上り、周囲はその熱気で雪が溶けるほどだった。

 食事も毎日肉を多く食べるようにした。食べてもそれだけ動けば、太らずに筋肉に変わってくれるのが嬉しかった。


 素振りをしてから少しの政務をこなす日々が続く。このデデル領は最北の土地なので冬が長く雪深い。冬の間は屋外での活動はあまりしないのが、昨年までの光景だった。

 しかし、今年は兵士を動員して冬の森に入らせた。ガリムの樹液を採取させるためだ。ガリムシロップ工房の従業員たちは高齢の女性が多いので、冬の森歩きはできないことはないが厳しい。だから、兵士を動員してガリムの樹液を集めさせているのだ。

 兵士たちがガリムの樹液を集めてくれることから、女性たちに時間ができた。そこで早番と遅番の二交代でガリムシロップを作る体制に切り替え、生産量がさらに増えたことは非常にありがたかった。


 また、ハックルホフ交易商会のマナスは、雪の中でもガリムシロップを買い付けに来てくれた。しかも増産しているので収益は過去最高を記録していた。


 そんな長く厳しい冬が終わろうとしている。


 冬の間に試用期間を終えたキリスは正式登用になった。彼女の仕事ぶりはロドニーも舌を巻くほどで、簿記を教えたらすぐに慣れてくれた。

 キリスには文官の他に、ロドニーの秘書官、そしてガリムシロップ工房の会計担当になってもらった。それでも彼女はそつなく働いてくれて、ロドニーは約束通り毎月金貨1枚の給金を渡すことにした。これは兵士の10倍の給金である。それだけ、キリスの能力を高く評価しているという表れだ。


「ご当主様。十分な資金が貯まりましたので、メニサス男爵の借金を全て返済しましょう」


 キリスの提案を受けて、雪解けを待ってメニサス男爵が治めるデルド領へ赴くことにした。

 デルド領はバニュウサス伯爵が治めるザバルジーン領の手前にある。春になったら祖父母にエミリアの顔を見せるのもいいかと思い、エミリアと母のシャルメを連れて行くことにした。借金をチャラにしてくれ、ガリムシロップを買い付けてくれる恩がある祖父に、少しは孝行をしようという思惑があった。


 借金を返す前に、ラビリンスに入ることにした。冬の間はラビリンスの入り口が雪で塞がってしまうので、ある程度温かくなって雪が溶けないと入れないのだ。

 雪解け第一弾としてラビリンスへ入ることにしたロドニーは、しまい込んでいた金棒を出してきた。以前よりも金棒は軽く感じ、持ち上げるのも以前ほど苦にならなかった。


 ユーリンとエミリアを連れてラビリンスの入り口へ赴くと、ロドメルたち従士に率いられた兵士たちが整列していた。

 ロドニーは領主としてラビリンス開きの演説もしなければならない。これは毎年恒例のイベントだ。面倒だと思うが、これをしないといけないらしいので、仕方なく演説を行った。その後は、お清めの酒と塩をラビリンスに捧げた。


「第一部隊、行くぞ!」

「「「おおお!」」」


 ロドメルが率いた第一部隊6名がラビリンスに入っていく。第一部隊は古参の兵士が配属されている部隊だ。通常なら6層を探索するが、今回は休み明けということもあって4層へ向かうことになっている。


「第二部隊、前進!」


 今度はエンデバーに率いられた第二部隊6名も入っていく。第二部隊は新兵を含む部隊なので、今回の目標は新兵を鍛えるものになっている。だから、1層や2層でセルバヌイを狩る予定だ。


 第二部隊の後からロドニーたちも入っていく。ロドニーたちは第二部隊よりも深い3層を目指す。ゴドリスとガンロウではロドニーたちの相手にはならないからだ。それに、ゴドリスとガンロウから得られる根源力は、すでに得ている。


 3層は沼地が多くやや歩きづらい地形だった。出現するのはルルミルというセルバヌイだ。液体のように体の形を自由に変えることができるセルバヌイで、赤、青、黄、緑、白、黒などの色がある。色によって特徴が違うが、赤なら火の玉を放出して攻撃してくる。最初に発見したのは、青ルルミルだった。


「青ルルミルは水の玉を放出するので気をつけてください」

「分かったよ、ユーリン」


 最初はロドニーが戦うことにした。根源力を発動させずに、金棒を肩に担ぐ。軽く振るくらいならできるようになったが、本気の素振りは根源力がないと厳しい重さだ。

『剛腕』と『堅牢』を発動させて、金棒を振り上げ走り出す。一気に加速して青ルルミルに接近するが、青ルルミルがロドニーに気づいて水の球を放ってきた。ロドニーはその水の球に構わず一直線に走る。

 水の球はロドニーに当たったが、痛みを少しだけ感じただけでダメージはない。今のロドニーは『堅牢』によって、まるで鋼鉄の鎧を纏っている状態に等しいからだ。

 金棒を振り下ろすと、青ルルミルはべちゃりと潰れて飛散した。


「えーっと……これ、終わったの?」


 塵になる前に飛散してしまったので、ロドニーはどうしたらいいか分からない。しかし、地面に青色の生命光石が落ちているのを発見し、青ルルミルが消滅したのを確信した。


「お兄ちゃん、少ししかない普通に歩ける地面が陥没してるじゃないの。地面が穴ぼこだらけになったら戦いづらいから、少しは手加減してよね」

「お、おう……すまん」


『剛腕』だけでもかなり強力だが、地力もついたのでさらにパワーが上ったようだ。


「これで、特殊系の根源力も手に入るね、お兄ちゃん」

「ああ、それぞれの属性の遠距離攻撃の手段が手に入るのは大きいな」


 ルルミルからはその属性に合った、『●球』の攻撃が得られる。今までの実績から、ロドニーはその上位の根源力を得られると思われるので、中級根源力の『●弾』が手に入ると思われた。


 

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