第10話

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 010_人材登用

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 従士ロクスウェルの弟に、スドベインという者が居る。従士家の男子なので幼い時から剣の訓練をしていたが、ロドニー同様剣の才能はなかった。そのため、村の娘と結婚して農民になったスドベインだったが、ロドニーはそのスドベインを呼び出した。


「今年の収獲は問題なく終わったようで、何よりだ。収穫量は例年通りだと聞いているが、間違いないか?」


 ロドニーは従士の家族の顔を全員知っている。スドベインもロドニーのことを生まれた時から知っていた。


「はい。例年通りの収獲量です。ロドニー様」


 ロドニーはその返事を聞くと頷き、本題を切り出した。


「実はスドベインに頼みがあるんだ」

「私にですか? なんでしょう」


 ロドニーはスドベインをガリムシロップ工房の責任者にしたいと言った。ガリムシロップの生産を管理し、出荷量の調整をするためには、最低限の読み書き計算ができなければならない。未亡人たちの中にも読み書き計算ができる者は居るが、今は生産をするだけで大変なので他を当たってほしいと言われたのだ。そこで白羽の矢が立ったのが、スドベインであった。


「ガリムシロップは今が一番大事な時期だ。信頼できる者に任せたい」


 従士家の育ちということもあってフォルバス家への忠誠心があり、ロドニーやエミリアのオシメを替えたこともあるような身近な人物となるとそれほど多くない。


「私のような者に務まりますでしょうか?」

「スドベインは女性たちの多くとも知り合いだ。全く知らぬ者よりも、よほど彼女らをまとめられると思っている」

「分かりました。そのお話をお受けさせていただきます」

「助かる。これからよろしくな」


 ロドニーはすぐに稼働し始めた工房に向かった。新築の匂いとガリムシロップの甘い匂いが、心地よい。


「これからこのスドベインが俺に代わってこの工房の責任者になる。そうだな、役職は工房長だ。皆、可愛がってやってくれ」


 働いている従業員(未亡人)の多くはスドベインの母親以上の世代だ。それこそ腰が曲がった老婆も居るが、ロドニーは真面目に働いてくれるのであれば、能力が多少低くてもいいと働かせている。

 現在の工房の従業員は50名に増員している。東の森からはもっと多くのガリムの樹液が採取できる予定なので、さらに増員を考えている。竈も5つだった予定を8つに変更しているので、半月後にはあと3つが稼働する。おかげで、工房はかなり活気があった。


 丁度そこにハックルホフの部下のマナスがやって来た。ロドニーはマナスにスドベインを紹介し、今後はスドベインが出荷や注文の対応をすると話した。


「そうですか、ハックルホフ交易商会のマナスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」

「スドベインと申します。若輩者ですが、よろしくお願いします」


 今日は150ロデムのガリムシロップを引き渡した。ガリムシロップは品薄状態が続いていると、帰り際にマナスが言った。これまでも何度も聞いているが、その言葉を聞くと、ロドニーの心は軽くなった。

 現在の月間生産量は500ロデムを越えている。従業員たちががんばってくれているおかげだが、半月もすれば8つ全ての竈が動き出すので、さらに生産量は増えるだろう。売れなければこういった増産もできなかった。だから、品薄と聞くととても嬉しいのだ。


「文官も要るよな……」


 従士は武官ばかりなので、文官は居ない。帳簿つけを始め、書類仕事は全て領主であるロドニーの仕事なのだ。しかも、書類の中には経費に関するものも多いのだが、計算間違いが頻繁にあるのだ。そういったものを事前にチェックして、修正したちゃんとした書類を処理することで、書類仕事の時間はかなり削減できるだろう。そうなれば、ラビリンスに入る時間が多くなる。


「文官を雇おう!」


 とは言っても、文官向きの人材は少ない。心当たりのあったスドベインはガリムシロップ工房の責任者にしてしまった。誰かいい人材は居ないかと頭を悩ませるが、思い浮かばなかった。


「俺の周囲に居るのは、脳筋ばかりだな……」


 従士長ロドメルを始め、5名の従士は脳筋だ。幼馴染のユーリンも剣では頼りになるが、書類仕事はまったくダメダメだった。以前、書類仕事を手伝ってもらったが、ユーリンの頭から煙が出ていたのだ。


 文官のことは村の中に立札を立てて募集した。集まったらラッキー程度の感じだ。条件は読み書き算術ができること。できれば、領主のスケジュール管理もして欲しいと募集をかけた。

 3名の人物がその応募に応えてくれた。1人目は50代の男性、2人目は30代の女性、3人目は20にもなっていない男性だった。ロドニーは3人に同じ計算問題を出して、解いてもらった。30問中28問正解だったのは、30代の女性で、50代の男性は8問しか正解しなかったし、20にもなっていない男性は20問を正解した。


 50代の男性には結果を告げて丁重に帰ってもらった後、残った女性と男性に書類を確認してもらった。その書類はロドニーが作ったもので、数カ所の間違いがあるものだ。その間違いに気づけるかを確認する試験であったが、男性は指摘箇所を間違え、女性は見事に全部の間違えを指摘した。


 男性を帰した後、最後に面接が行われた。面接はロドニーとロドメル、ホルトスの3人で行った。主に人柄を見るための面接なので、いくつかの質問をしてその回答で判断するというものだ。

 女性の名前はキリスといって、デデル領の東にあるセッパ領を中心に行商人をしていると自己紹介した。行商人をしているだけあって物腰は柔らかいし、言葉遣いもしっかりとしていた。


「文官の初任給は月に小金貨3枚。3カ月は試用期間で、雇用を継続して正式に登用するか判断する。正式登用が決まったら、小金貨5枚になる。これはいいかな?」

「質問があります。よろしいでしょうか?」


 まさか給金のことで質問されるとは思っていなかったので、少し驚いたが質問を許可した。


「ただ今、正式登用後は小金貨5枚の給金がいただけるとお聞きしましたが、私の能力が高かった場合、それ以上にいただくことは可能ですか?」


(自信があるのかな? それとも、もっと多くの給金が必要なのか? だけど、有能なら大金貨を払ってもいい。それだけの働きをしてくれればだけど)


 大金貨1枚あれば、このデデル領では1年近く、王都では半年近く暮らせる額だ。それを毎月の給金として払うのなら、それなりの働きはしてもらわないといけない。


「能力次第では大金貨を出してもいい」

「ありがとうございます。質問は以上です」


 その後、いくつかの質問をしてその返答を聞いたロドニーたちは、キリスを採用してもいいと思っていた。最後にキリスが行商人を辞めて、文官に応募した理由をロドニーが聞いた。


「行商は思うほど儲かりません。マイナスにならない販路を開拓して商売をしていましたが、利益の大きな商品は大商人の息がかかっていますし、山賊などの対策にハンターを雇うのも経費がかかります。ですから、どこかの商人の下につくか、商人を辞めるかを考えていました。そこに、文官を募集する立札を見て、これだと思ったのです」


 タイミングが良かったのは、運によるところもあったはずだ。たまたまこのデデル領に行商に来ていなければ、このような出会いはなかったのだから。

 ロドニーはこれも運命だと思い、キリスを採用することにした。そのことをロドメルとホルトスに確認すると、2人も問題ないと言った。


 キリスは一度セッパ領に戻って身辺整理をしてくることになった。こっちではロドニーが空き家を用意して、そこに住むことになる。ロドニーの家からできるだけ近い空き家を用意して、リティに掃除を頼んだ。


「これで少しは書類仕事が減るかな」


 ロドニーはそう思っていたが、はたして思惑通りにいくのだろうか。その答えはいつか出るだろう。


 

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