第8話

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 008_根源力

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 セルバヌイのゴドリスの胸に槍を突き立てると、ゴドリスは砂塵となって消え去った。生命光石を拾い上げたロドニーは、なんとか1人だけでゴドリスを倒すことができた。


「かなり動きがよくなってきましたよ、ロドニー様」

「お兄ちゃんもやればできるんだよ。これからもがんばってね!」


 ユーリンに動きがよくなったと褒められて嬉しいが、まるでエミリアのほうがお姉さんのような言葉に凹むロドニー。ただ、エミリアは複数のゴドリスを相手に戦っても余裕だが、ロドニーは1対1がやっと。戦いに関してはエミリアの才能が勝っているのは、訓練の時から分かっていた。

 その日、ロドニーたちは45個の生命光石を得て帰還した。ユーリンが同行してくれるため、適切なアドバイスをもらうこともできる。実戦経験をゆっくりだが、ロドニーは成長していると言える。


「一般兵士にも追いつけないのは、やっぱり根源力だよな」


 通常、数十個の生命光石を使ってやっと根源力を得る。だが、ロドニーはすでに100個以上の根源力を使っているが、未だに根源力を得ていない。


「何がダメなんだろうか?」


 本日回収した生命光石をデスクの上に並べ、そのうちの1個を手に取った。


「エミリアは俺の20個くらいで根源力を得ているんだよな。そういうところでも才能の差というものがあるのかな?」


 生命光石を手の平の上で弄ぶ。


「エミリアは『剛力』か、どんどん差は開いていくな……」


 倒したセルバヌイによって、得られる根源力は決まってくる。ゴドリスの生命光石から得られる根源力は腕力系の『剛力』、防御系の『強靭』、感覚系の『敏感』のどれかになる。

 同じセルバヌイの生命光石からは、1つしか根源力を得られない。すでに、エミリアはゴドリスの生命石から『剛力』の根源力を得ているので、これ以上は得られない。それなのに、ロドニーが根源力を得ていないので、共にゴドリスを狩っているのだ。


「よくもこんな不毛なことに金をつぎ込めるものだ」


 貴族の子弟は常識として3つの根源力を得ている。集める方法はいくつかあって、自領の兵士たちに集めさせたり、ハンターと呼ばれるセルバヌイ討伐専門の職業の者たちから買い上げたり、他の領主が売りに出したものを買ったりだ。

 どの貴族も上納用の生命光石を集めないといけないため、子弟に与える生命光石はハンターから買い求めることが多い。それなりの金額になるが、それでも貴族のたしなみなのだと割り切る貴族が多いのだ。


 デスクの上に並ぶ生命光石を1つ1つ丁寧に折っていく。しかし、まったく根源力を得ることはできない。そして最後の生命光石を手に取った。


「この下級生命光石1つで大銀貨2枚……。俺はこれまで大金貨2枚以上にもなる生命光石を消費しているのか。そう考えるだけで借金の返済に充てたほうがいいと……いやいや、これは将来のための先行投資だ。切羽詰まった時に根源力を得ようとしても無理が出るからな」


 最後の1個の生命光石を鼻と上唇で挟み、椅子に背を預け手を頭の後ろで組む。

 生命光石は下級、中級、上級、最上級に区別されるが、騎士爵は下級生命光石を上納するのが法で決まっている。ただし、中級生命光石でも上納はできて、その場合は下級生命光石の3個分として計算してもらえる。

 だから、デデル領の兵士たちは廃屋の迷宮の4層以上の深い層で、中級生命光石を残すセルバヌイを狩る。3層以下で狩をするのは新兵が多い。


(そもそもこの生命光石はなんだ? なぜ根源力を得られる? さっぱり分からない)


 椅子の後ろ側2本の脚でバランスを取りながらゆらゆらと椅子をゆらして考えるが、生命光石の秘密がそんなに簡単に理解できるものではない。

 その時、バランスを崩して椅子が大きくぐらついた。


「うわっ!?」


 バランスを崩したところで声を発したために、鼻と上唇で挟んでいた生命光石が口の中に入ってしまう。さらに、ロドニーは後方に倒れ、その衝撃で口の中の生命光石をかみ砕いてしまい、粒子となってしまった。


「がぁぁぁっ!?」


 両手で頭はカバーしたので大丈夫だったが、口の中で粒子が吸収されたせいか、まるで血液が沸騰したような激しい痛みを全身に感じ、声にならない声を発してしまう。

 胸を押さえ体を左右にゆらして苦しさに耐え、体中の毛穴から汗が噴き出す。前世の記憶を思い出した時はかなりの倦怠感を感じたが、こちらは激痛を感じた。


「はぁはぁ……なんだ……あれ……?」


 根源力を得た感覚がし、意識を集中すると『剛腕』に関する情報が流れ込んできた。


「おいおい、これはなんだよ?」


 ゴドリスの生命光石から得られる根源力は『剛力』『強靭』『敏感』の3種類のうちから1つだけ。それ以外の根源力を得られたという記録はない。

 それなのに、今回ロドニーが得た『剛腕』は中級根源力で、本来得られるはずの『剛力』の上位の根源力になる。ゴドリスのような弱いセルバヌイから中級根源力の『剛腕』が得られるなど、常識では考えられないことだった。


「食ってしまったからか?」


 図らずも生命光石を口の中で噛み砕いてしまった。それしか理由は考えられない。そこでロドニーの頭の中にあることが浮かんできた。


「常識外れの『剛腕』を得たということは、考えようによってはこれまでの常識は通用しないのではないか」


 生命光石を使うことの常識は2つ。1つ目は下級生命光石からは、下級根源力しか得られないこと。2つ目は同じセルバヌイの生命光石からは1つしか根源力を得られないということ。

 この2つのうち、1つ目の常識は覆された。ロドニーがその証人なのだ。だったら、2つ目の常識も覆るのではないかと考えた。


「他にも生命光石があったら確認できるんだが……」


 最後の生命光石を使ってしまったので、手持ちの生命光石はゼロになった。確認したくても確認できないが、あのような激痛は勘弁してほしいと思った。だが、もしかしたらと思うと、やらないわけにはいかない。そのためなら、あの程度の苦痛は許容できる。


「とにかく、この『剛腕』を試してみたい」


 ロドニーは家の裏庭に出て、薪割り用に置いてある斧を手に取った。その重さを確認して、今度は『剛腕』を発動させてみる。

 根源力というものは、意識して発動しないと使えない。最初は発動に慣れるまでに時間がかかると言われている。ロドニーは意識を集中して『剛腕』の発動を誘引した。しばらくすると、体中に高揚感のようなものが感じられた。これが『剛腕』の力だと本能で分かった。

 斧を持ってみると、明らかに先程よりも軽い。まるで重さがないような斧を薪に振り下ろすと、薪は見事に真っ二つになった。これまでこんなに楽に薪割りをしたことはない。それだけで『剛腕』の根源力が素晴らしいものだと感じられた。


「あっ……」


 気を許したせいか『剛腕』が解除されて、斧の重みが手に戻った。危うく斧を足の上に落としそうになって焦ったが、それ以上に『剛腕』を得たことの高揚感がロドニーを支配した。


「ふーーー……」


(これなら俺でも戦えるかもしれない。それに、生命光石を食らうことで中級根源力を得られるなら、『強靭』の上位の『堅牢』や、『敏感』の上位の『鋭敏』を得られるかもしれない)


 楽しくなってきたと、再び『剛腕』を発動させて持続できるように訓練を始めることにした。

 目についたのは庭石だった。10ロデム(20キログラム)くらいの重さがありそうなその石を、『剛腕』を発動させて持ち上げる。『剛腕』がなければ持ち上げるのにかなり苦労するその石を、ロドニーは軽々と持ち上げることができた。その石を持ったままできるだけ長く『剛腕』を持続させる。


 翌日も朝から『剛腕』を発動させて、石を持ち上げて訓練しているとユーリンがやってきた。


「おはよう、ユーリン」

「おはようございます、ロドニー様。何をしておられるのですか?」

「根源力を得たから、試していたところだよ」

「それはおめでとうございます。石を持ち上げているとこを見ると、得られた根源力は『剛力』ですか」


 ロドニーは頬を緩めてもったいぶった。


「気持ち悪い顔をしないで、早く教えてください」

「気持ち悪いって……ユーリンは俺をなんだと思ってるんだよ」

「ロドニー様です」

「………」


 文句を言いたかったが、それよりも根源力を得たことが嬉しくて文句は言わなかった。そんなロドニーは、ユーリンに顔を寄せるように手招きする。ユーリンが素直に顔を寄せると、その耳に向かってロドニーは息を吹きかけた。


「ひゃっ!?」


 耳に息を吹きかけられてたユーリンは可愛らしい声を出した。鋭い視線がさらに鋭くなって、ロドニーを睨む。


「ごめんって、もうしないよ」


 顔の前で手を合わせるロドニーに、ユーリンは嘆息した。

 また、その光景をシャルメとエミリア、そしてリティに見られているとは2人とも思ってもいなかった。3人は「じれったい」「抱き寄せろ」などとやきもきして2人を見守っている。


「早く教えてください」

「はい。それでは失礼します」


 ユーリンの耳元でロドニーは囁いた。今度は息を吹きかけることはしなかった。


「はぁ?」


 普通なら得られない『剛腕』を得たと言うのだから、ユーリンが声を出すのも当然だ。


「また私をからかっているのですね!」

「いや、違うって。本当なんだよ」


 ロドニーは裏庭にある大き目の石を持ち上げて見せた。それは40ロデムはありそうな大きな石だった。それを見たユーリンは、目を見開いた。ついでに2人を見守っていた3人も驚いていた。


「これで信じてくれたか? 俺が『剛力』を得ただけでこんな大きな石を持ち上げられると、ユーリンは思うのか?」

「俄かには信じがたいことですが、『剛力』を得たとしても軟弱なロドニー様ではその石を持ち上げるのは無理でしょう」

「軟弱は余分だけど、その通りだ」


 ユーリンは納得できないが、理解はできた。

 ついでに言うと、ロドニーは剣の腕はダメダメだが、決して軟弱ではない。日々努力していたことで、それなりに筋力はついているし、薪だっていつもロドニーが割っていた。ユーリンの基準ではそれを軟弱と言うらしが、一般的な基準では普通なのだ。


「何はともあれ、おめでとうございます。軟弱なロドニー様が飛躍できるチャンスです。さっそくラビリンスに行って、根源力の力を確かめましょう」

「そうだな!」


 ロドニーはユーリンとエミリアを連れて、連日ラビリンスに入ることにした。とにかく、早く『剛腕』を使い熟したかったのだ。

 ラビリンスに向かう道すがら、エミリアにも『剛腕』を得たと教えたら、かなり羨ましがられた。エミリアも『剛腕』が欲しいとせがんだが、あれがまぐれなのか、何か条件があるのか分かっていないので、ロドニーは新調に言葉を濁した。それに、エミリアにあの苦しみを味合わせたくなかった。


 

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