第7話

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 007_ザライテッコを美味しくしよう

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 2日に1度はラビリンスに入っているが、まだ根源力は得られていない。すでに100個以上は生命光石を折っているので、ロドニーもさすがに焦れている。


 今日はラビリンスではなく、書類仕事の日。デスクに向かって帳簿をつけていると、ノック音が聞こえた。入室を許可すると従士たちが入ってきた。

 偉丈夫の従士長ロドメル、古参のホルトス、鋭い視線の紅一点ユーリンの他に、30代のロクスウェルと20代のエンデバーも居る。ロクスウェルとエンデバーは、戦争で手傷を負ったことで静養していた2人だ。


「長い間、お休みさせていただき、申しわけございませんでした」

「これよりは両名とも粉骨砕身働く所存にございます」


 ロクスウェルは左頬に切り傷の痕が残ってしまったが、エンデバーは見えるところに傷痕はない。


「2人が復帰してくれて助かる。あと、すでにロドメルたちには言ってあるが、当家は資金難に陥っている。その打開策としてガリムシロップを特産品として売り出している。そのことを理解しておいてほしい」

「「はい」」


 あと1カ月もすれば、ガリムシロップの工房が完成する。工房自体は未亡人たちに運営を任せることになるが、その警備などもしなければならない。そういったことを話したロドニーは、重要な産業だからと強調した。

 2人はロドメルから資金難、借金苦のことを知らされており、素直にロドニーの言葉に従った。


「ところで、ロドメル。今年の作物の育成はどうだ?」


 収穫の秋であり、領主としては作物のできが気になる。それによって税収がきまるのだから。


「このままなら例年並みだと思われます」

「そうか。分かった。皆、下がっていいぞ」


 従士たちがそれぞれの仕事に戻ると、ロドニーの仕事場は閑散とした。5人が居なくなっただけで、かなり寂しいものだとロドニーは思った。


「例年並みか。つまり税収は大金貨120枚ほどということだな……」


 シシカムとザライの2種類の穀物を領内では栽培している。これらに村人から徴収する人頭税と商人や商店から徴収する商取引税がフォルバス家の収入となっている。その総額はおよそ大金貨120枚。

 人口1000人ちょっとの小さな村なので、贅沢をしなければ十分に領地経営ができる額だ。しかし、数年に1度は大きな台風による被害があって、その度に収入は激減する。しかも、家が倒壊した領民に寝る場所を与えなければならない。そうしなければ、領民はこの土地を捨てて他の土地へ行ってしまう。

 今年は今のところ台風は来ていない。あと数日もすれば、刈り入れも終わるので、このまま来ないでほしい。だが、ロドニーの思惑など関係なく来るのが、台風や地震などの天災だ。


 ハックルホフが借金をチャラにしてくれたおかげで、借金の額は減った。バニュウサス伯爵には利子だけを支払うとして、メニサス男爵の借金はできるだけ早く返却したい。


「なんだよ、この年利12割って」


 毎月元金の1割が利子として増えていく。利子を払うだけでも大変なのは、メニサス男爵から借りた金の利子が法外だからだ。年間で12割の利子が取られている。

 元金は大金貨80枚。年間96枚の大金貨を利子だけで払っている。それだけで税収のほとんどが飛んでいき、ハックルホフに返済を待ってもらうだけではなく、毎年金を貸してもらっていた。


「ガリムシロップが売れることを願うしかないのがじれったいところだな」


 両手で頬杖をしていると、ノックされたので入室を許可する。入ってきたのは、ユーリンだった。


「ハックルホフ様の商隊がやってきました」

「爺さんの……ガリムシロップの件だな」


 商隊を率いていたのは、二番番頭のマナスだった。マナスは今あるガリムシロップを全部引き取りたいと言った。


「まだ100ロデム(200キログラム)ほどしかないぞ」

「それで構いません。次の王都への船に載せたいのです」


 ハックルホフが王都でガリムシロップを売り込んだところ、注文が殺到しているとマナスは言った。量さえ揃えば、王都だけでなく他国にも売り込みたいと言っていた。


「そんなに売れているのか?」

「それはもう、大変な人気になっています」


 倉庫に保管されていたガリムシロップを積み込むと、マナスから金の入った革袋を受け取った。


「商会長はあればあるだけ売れると仰っておりました。失礼とは存じますが、増産を急いでいただけますでしょうか」

「分かった。できるだけ増産を急がせる」

「ありがとうございます」


 ロドニーは商隊を見送ると、ガッツポーズをした。


「っしゃっ!」


 現金が手に入ったのも嬉しいが、王都でガリムシロップが大好評だと聞いたことがとても嬉しい。これで自信を持って増産に踏み切れる。


「よろしかったですね、ロドニー様」

「ああ、これで破綻しなくて済む!」


 ロドニーは嬉しさのあまり、ユーリンを抱き上げてクルクルと回った。


「ちょ、ななな、何を!?」

「あ、すまない。嬉しくて、つい」

「まったく……」


 ユーリンもまんざらではなく、頬を赤らめていた。ロドニーもまた頬を赤くした。周囲に居る兵士や未亡人たちは、その初心な2人を見てにやけていた。


「ユーリン。顔が赤いわよ」

「ななな、何を言うんですか、お婆様!」

「ロドニー様。ユーリンは奥手ですが、よろしくお願いしますね」

「何を言っているんだ、リティ!」


 ユーリンの祖母でフォルバス家のメイドをしているリティが、2人をからかうと周囲から笑い声が起きた。


「ゴホンッ。あー、そのなんだ。えーっと、皆には苦労をかけるが、ガリムシロップは作れば作るだけ売れる。よろしくたのむぞ」

「「「はい」」」


 話を無理やり変えたロドニーだが、皆は大きな声で返事を返した。

 ロドニーはその足でガリムシロップ工房の建築現場を視察した。


「棟梁、工房はどうだ?」

「もうすぐ完成ですよ、領主様」

「それは助かる」


 予定より早く工房を完成させてくれる棟梁に感謝をして、ロドニーは家に戻った。そこで気づいたが、ユーリンも家についてきていた。


(なんというか、気まずい。どうしたらいいのか? そうだ、あれを!)


 ロドニーは棚から3本の壺を取り出した。


「ロドニー様、それはなんでしょうか?」

「これは麹というものだ」


 前世の記憶によれば、干しブドウから酵母液を作ることができる。その酵母液でパン(この世界ではテッコという)を作ると柔らかいパンができる。干しブドウを水に漬けて数日放置するだけの簡単なものだったので、作ってみた。

 ブドウに似ているロポスという果物を乾燥させ、干しロポスから酵母液を作ったのだ。酵母液ができたばかりなのでまだテッコを作ってないが、柔らかいテッコができればいいと思っている。それを今から試そうというのだ。


「ザライテッコを作るから、ユーリンも手伝ってくれるか」

「テッコ……ですか」


 ユーリンの目が泳ぐのを、ロドニーは見逃さなかった。


「まさか、ユーリンはテッコを焼けないのか?」


 村の女性のほとんどはテッコを焼く。畑を耕し、料理をする。それが田舎の女性というものだ。


「そ、そのようなことは!?」

「そうか、テッコを焼けないのか。まあ、ユーリンには剣があるからな。その分、俺がテッコを焼いてやろう」

「ですから、私は」

「いいから、いいから」


 ロドニーはザライテッコ作りを始めた。その顔は妙ににやけていた。


「あ、窯に火を入れておいてくれ」

「……分かりました」


 途中に発酵させる時間を置いたら、かなり膨らんでいた。ユーリンはロドニーのザライテッコ作りを興味津々の目で見ていた。

 拳大の大きさに分けたテッコの種を窯に入れ、しばらく焼く。村で焼かれている硬いザライテッコよりも少しでも柔らかくなれば良いと思って作っている。

 しばらくするとザライテッコが焼ける良い匂いがしてきた。そろそろ焼けるかと思ったロドニーは、酵母液を作る時に使った干しブドウとガリムシロップを用意する。


「よーし、焼けたぞ」

「お兄ちゃん、テッコを焼いたの?」


 良い匂いに誘われてエミリアがやってきた。


「あらまあ、いい匂いだこと」


 母親のシャルメもキッチンにやってきた。


「2人も食べる?」

「もちろん、食べるわ」

「いただこうかしら。ウフフフ」


 焼けたザライテッコを切り分ける。これまで食べていた硬いザライテッコのイメージからは程遠い柔らかさだ。切り分けたザライテッコの上に干しブドウとガリムシロップをかけ、3人の前に置いた。


「あら、美味しいわ。それに、このテッコはとても柔らかいのね」

「本当だ! テッコが柔らかいし、ガリムシロップをかけなくても甘いよ。それに、この干しブドウの酸味がいいアクセントだわ、お兄ちゃん」

「お、美味しい……」


 3人が美味しいと言って柔らかいザライテッコを完食した。その食べっぷりはロドニーも舌を巻くほどのものだった。


 

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