第6話

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 006_初めてのラビリンス

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 長さが1ロム(2メートル)ほどの槍の先を研ぎ石で丁寧に研磨する。それが終わると、槍先にカバーをつけて革鎧を着込む。大きく息を吐いて顔を叩いたロドニーは槍を持って部屋を出た。


「お待たせ」


 部屋の前で待っていたのはユーリン。これから2人でラビリンスに入ることになっている。ユーリンは金属を主とした鎧を着込んでいて、防御力はロドニーの革鎧よりも高いのが分かる。

 2人で家を出たところで、革鎧を着た妹のエミリアが仁王立ちしていた。


「エミリア。そんな恰好して何をしているんだ?」

「私もついて行くの」

「………」


 ロドニーは顔をしかめた。


「遊びに行くんじゃないんだ。家で大人しくしているんだ」

「嫌! もう、誰も失いたくないの! だから私も行く!」

「エミリアが居たら足手まといだ」

「お兄ちゃんよりも私のほうが強いもん」

「うっ……」


 剣の才能がないロドニーに対して、エミリアの才能はロドメルたちが舌を巻くほどだ。だから、ロドニーは言い返せない。

 ユーリンもそうだと思っているので、ウンウンと頷いていた。どうやらユーリンは知っていたようだと、ロドニーは気づいた。だが、可愛い妹をラビリンスのような危険な場所に連れて行きたくはない。


「それでも、危険だ」

「お兄ちゃんのほうこそ危険よ」


 お互いに一歩も退かず家の前で口論する。その騒ぎを聞きつけて家から人が出てきた。ロドニーとエミリアの母親のシャルメだ。

 シャルメは夫のベックが戦死してからしばらくは引きこもっていたが、最近は一念発起したようで部屋から出てくることが多くなった。


「エミリア」


 ロドニーはエミリアを止めてくれると思い、助かったと思った。


「しっかりと強くなってきなさい!」

「はい、お母さん!」

「……ちょ、母さん! なんで止めないの!?」

「お父様は戦で死にました。それは、お父様が弱かったからです。ですから、2人は強くなりなさい。誰にも害されないくらいに強くなるのです」


 唖然としたロドニーに向かって、シャルメは指をビシッと差して言い放った。


「エミリアはロドニーを護れるように強くなりなさい。ロドニーは人を率いる力をつけるのです!」

「任せてよ、お母さん!」


 これはダメなやつだと、ロドニーは頭を抱えた。同時に、エミリアを連れて行くことが決定したと理解した。


「ユーリン。エミリアも頼むよ……」

「もちろんです。それに、ロドニー様よりもよっぽど鍛え甲斐があります」

「うっ……それを言うなよ」


 ロドニーよりもエミリアのほうが、はるか・・・に戦闘センスがいい。どうせ鍛えるなら、打てば響くエミリアのほうがいいに決まっている。


「そういうことで、よろしくね。お兄ちゃん、ユーリン」

「はい、よろしくお願いします。エミリア様」

「はぁ……母さん、性格変わったよな……」

「まあいいじゃない。吹っ切れたって感じだし」


 商人の娘として何不自由なく育てられたシャルメだったこともあり、以前はのほほんとした性格だった。ロドニーは落ち込んでいるよりはいいが、変わりすぎだと思った。


 ロドニーとユーリン、そこにエミリアを加えた3人は海辺にあるラビリンスの入り口へと向かった。

 大きな岩にぽっかりと穴が開いている。その穴がラビリンスの入り口だ。入り口の前には簡易的な小屋が建てられていて、領兵が詰めている。

 ラビリンスは生命光石を集めるためには必要な場所のため、どの領地でも領主が管理している。フォルバス家もその例に漏れず、ラビリンスを管理するために領兵が詰めているのだ。


 ユーリンの顔を見た領兵たちが背筋を伸ばして敬礼した。領主よりも従士に敬礼するというのは、なかなかシュールな図だ。ロドニー、ユーリン、エミリアの3人でラビリンスに入る処理をしてもらい、ラビリンスへ入って行く。


 階段を下りていくと、まるでそこは地上だった。階段から道が続き、まばらに家屋がある。その家屋は廃屋ばかりで倒壊しているものもあった。

 このラビリンス名は『廃屋の迷宮』と言う。それがこの光景を表した言葉なのは、言うまでもない。


「空も太陽もあるのか」


 空を見上げると光が注がれ、ロドニーは眩しさのあまり目を閉じる。穴の中なのに太陽や空があるのが、ラビリンスの異常なところだ。

 3人は廃屋がまばらに配置されているラビリンス内を進んだ


「お兄ちゃん、あそこに人が……あれ? 人?」


 エミリアの声でロドニーが見たのは、人型のセルバヌイだった。猿のように腕が長く、青白い肌をしているのが遠目でも分かる。


「あれがセルバヌイのゴドリスです。長い腕の攻撃に注意が必要です」


 ユーリンがゴドリスというセルバヌイの情報を教えてくれるが、ロドニーも書物から得た知識があった。廃屋の迷宮の1層に出没するセルバヌイは数種類。その中でもゴドリスは最も多いセルバヌイだ。


「最初は私ね」

「おい、大丈夫か?」

「大丈夫だよ。任せてちょーだい!」


 エミリアは細剣を抜き構えた。メリリス流細剣術特有の構えだ。

 速さと突きが特徴のメリリス流細剣術を、エミリアは従士の1人から学んでいる。今はその従士も戦争で受けた怪我で療養しているが、そろそろ復帰できそうだ。


「はぁぁぁぁぁぁっ!」


 一気に間合いを詰めたエミリアは、細剣をゴドリスの喉に突き刺した。その動きにゴドリスはまったく反応できず、エミリアは剣を横に引いてその首を裂いた。


「強い……」


 やはりエミリアは強いとロドニーが感嘆していると、倒れたゴドリスが砂塵となって消え去った。その跡に残ったのは、砂時計のように中央が細くなった透明な生命光石。


「お兄ちゃん、これが生命光石なんだね」


 エミリアが生命光石を拾い上げ、笑顔で駆けてきた。たった今、ゴドリスを殺したというのに、まったく気にした素振りを見せない。


「大丈夫なのか?」

「何が?」

「セルバヌイと言っても生き物を殺したんだぞ」

「そんなの気にしてたら、セルバヌイなんて倒せないわよ」


 なんとも達観している妹だった。はたして自分は妹のように割り切れるだろうかと、心配はある。だが、どんなことをしても強くならなければいけない。戦死なんかしたくないから。


「そうか。それじゃあ、次は俺だな」


 自分もやればできると、槍を持つ手に力が入る。そこにゴドリスが廃屋から出てきた。


「援護します」


 ロドニーが槍を構えると、ユーリンが背中の大剣を抜いた。細い体のどこにそんな力があるのかと思うような重そうな大剣だ。

 ユーリンが修めているキリサム流豪剣術は、こういった大きな剣を使う。エミリアのメリリス流細剣術が速度と鋭さの剣なら、キリサム流豪剣術は全てを破壊する剛の剣だ。

 ロドニーは共に修めることはできなかったが、2人は達人への道を進んでいる。


 ゴドリスが3人を見て長い腕を揺らしながら走ってくる。白目ばかりの目を血走らせているゴドリスを見て、ロドニーはゴクリと喉を鳴らす。


「ガァァァッ」


 飛び掛かってきたゴドリスへの恐怖で、ロドニーは動きが堅かった。危うく長い腕から繰り出される爪の攻撃を受けてしまいそうになったが、ユーリンがその腕を切り飛ばして攻撃を受けることはなかった。


「ロドニー様。動きが悪いですよ」

「お、おう……」

「お兄ちゃん、がんばってー」


(ゴドリス程度に怖がって体が動かないとは、我ながら情けない)


 腕を1本切り飛ばされたゴドリスは痛みで地面を転がり回った。


(セルバヌイでも痛みを感じるのか。人間とそれは変わりないということなんだな)


 痛みで転げまわっていたゴドリスが立ち上がり、怒りの視線をロドニーに向けた。


「え、俺? ユーリンじゃないのかよ」

「ロドニー様は何を言ってるのですか?」

「あ、いや、なんでもない」


 動きが悪くなったゴドリスを倒すのは、難しくなかった。ロドニーが突き出した槍がゴドリスの胸に刺さった。たまたま出したところに勝手に突っ込んできたという感じだが、ゴドリスは砂塵となって消えた。そして、生命光石を残した。


「お、俺がやったのか」

「おめでとうございます。ロドニー様」

「お兄ちゃん、おめでとう」

「ありがとう」


(兄としては微妙な心境だよな……)


 なんとも冴えない初戦だったが、何はともあれゴドリスを倒すことができた。

 拾い上げた生命光石はただ透明なだけの石だったが、それがなんとも美しい輝きを放っていると思えた。


「ロドニー様。次のゴドリスが来ます」


(感傷に浸る間もないのかよ)


 ユーリンとエミリアの手助けもあって、次のゴドリスも倒せたロドニー。エミリアと違って1対1では倒せないが、2人の助けがあればなんとかなる。ロドニーとしては情けない話であった。


(あれだけ大口をたたいておきながらこれか。やっぱり俺には戦いは向かないのか。いや、剣や槍を振るだけが戦いじゃない。俺は俺にできることを探して、それを追求しよう)


 剣も槍も三流。それでもやれることがあるはずだと、ロドニーは試行錯誤することを決意する。


 その日、3人で28個の生命光石手に入れたので3等分すると提案したロドニーだが、ユーリンはそれを辞退した。


「その生命光石から得られる根源力は、すでに手にいれてますので私は要りません」

「それじゃあ、ユーリンの分は相場で買うよ」

「そのような必要はないです。どうぞ、ロドニー様がお使いください」


 ユーリンは固辞したが、そういうわけにはいかないと買い取ることにした。


「それじゃあ、エミリアと俺で14個ずつだ」

「私は3分の1でいいわ。ユーリンのを買い取ったのはお兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんが使えばいいと思うよ」

「お前もか……」

「私は9個もらうから、あとははい」


 エミリアは19個をロドニーに渡し、9個を抱え込んだ。

 生命光石は真ん中の細い部分を折った者に、根源力を与える。ただし、その確率はかなり低く、それこそ100回使ってやっと根源力を得ることができるというものだ。


「さてとー。お楽しみの時間だよー」


 そう言ってエミリアは生命光石をポキッと折った。生命光石は粒子となって消え去った。


「うーん、ダメだったみたいー」


 まったく躊躇することなくポキッポキッと折っていく。結局、エミリアは根源力を得ることはできなかった。悔しさを微塵も見せないエミリアの視線が、ロドニーに注がれる。


「お兄ちゃんも早くやりなよ」

「お、おぅ」


 エミリアに急かされて1個目の生命光石を折る。何も感じないので、根源力は得られなかった。


「次から次へとじゃんじゃん折ってー」


 エミリアに2個目を渡されて折る。何も感じない。どんどん渡されるので、折っていくが19個全部折っても何もなかった。


「お兄ちゃんもなしかー。残念」

「そう簡単に根源力を得られないと言うし、こんなものだろう」


 エミリアは自分のことのように残念がった。そのおかげでロドニーが悔しいと思うことはなかった。


 

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