第5話
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005_バニュウサス伯爵との面会と買い物
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バニュウサス伯爵の拠点は、大鷲城と言われる城である。壁の色が白と茶であるのと、上空から見た形が翼を広げた鷲のように見えることから、大鷲城と言われるようになった。
その大鷲城の待合室でロドメルと共にバニュウサス伯爵との面会を待っているロドニーは、その高級そうな調度品に気圧されていた。さすがは北国の雄と言われるバニュウサス伯爵だけあって、大鷲城も大きいが調度品も高価なものが使われている。ロドニーたちが座っているソファーだけでも、大金貨数枚はするだろう。ロドニーの家では考えられない良い物だ。
しばらく待つと執事が呼びにきたので、ロドニーだけ応接室へと通された。先ほどの待合室よりもさらに高級そうな調度品が並んでいる。
「よく来てくれた。アデレード=シュナイフ=バニュウサスだ」
「初めて御意を得ます。父ベックの死によりフォルバス騎士爵を襲名いたしましたロドニー=エリアス=フォルバスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
「座りたまえ」
促されてソファーに座ったロドニー。その前に座るバニュウサス伯爵は、白髪の老人だったが覇気を感じる人物だ。
執事が何かの書類を差し出し、バニュウサス伯爵がそれに目を通していく。こういう時の対応を父親から聞かされていなかったため、バニュウサス伯爵が何をしているのかとロドニーは身構えた。
「ロドニー殿は何歳になるのかな?」
「15歳になります」
「若いな。その若さで家を継ぐのは、大変なことだろう。困ったことがあれば、私を頼ると良い」
「ありがとう存じます。何かとご迷惑をおかけすると思いますが、その時はよろしくお願いいたします」
無難な確認から入り、寄親としての形式ばった言葉を紡いだバニュウサス伯爵に、ロドニーも当たり障りのない返答をした。そして、借金の返済を待ってもらったことに、感謝の言葉を忘れない。
バニュウサス伯爵は借金の話をすぐに別の話に切り替える配慮をした。それがロドニーにはありがたかった。だが、借金の話をしないのと、返済しないという話はイコールではない。それに、貴族は金に頓着しないという風習のこともあってのことだと感じた。
「今日はガリムシロップなるものをいただいたとか。私の記憶にはガリムシロップなるものの知識がないのだが、これはなんだね?」
「甘味料にございます。閣下」
「ほう、甘味料かね。砂糖やハチミツと違うということだね」
「はい。ガリムシロップはガリムの樹液から作っているもので、デデル領の特産にしたいと思っています」
ロドニーはガリムシロップについて簡単な説明をした。また、祖父ハックルホフの店でも扱うことが決まっていると話した。ハックルホフがロドニーの祖父だと知っているバニュウサス伯爵は、縁故で扱ってもらっているのだと考えた。
「特産品は領地を富ませるために、とても大事なものだ。がんばりたまえ」
「ありがとうございます」
バニュウサス伯爵との面会はあっけないほど簡単に終わった。借金の催促もなかった。今回は襲名の挨拶なのでバニュウサス伯爵が配慮してくれたのだろうと、ロドニーは無事に面会が終わったことに胸を撫で下ろした。
ロドニーが退室したのを見届けたバニュウサス伯爵は、側近のゲルドバスに視線を移した。幼い頃に病にかかったゲルドバスは顔の左半分が動かず、辛うじて瞼が緩慢な動きをする。そのため、器用に右側の筋肉を動かして喋るが、それが滑稽だと言われて育った人物だ。そういった背景があって、性格はやや歪んでいる。
「ロドニーをどう見た」
「まだなんとも言えません。まずはガリムシロップなるものを確認しましょう」
左半分が動かないため、右側の口だけを動かして喋るゲルドバスの言葉はやや聞きづらい。それでも、ゲルドバスの才能は策士としてのもので、それを理解しているバニュウサス伯爵は何も言わないし、言う必要もないと思っている。
「そうだな。しかし、また借金を申し込まれると思っていたが、なかったな」
「おそらくはハックルホフに融通してもらったのではないでしょうか。昨日からハックルホフの屋敷に逗留していると聞いております」
「持つべきは大商人の祖父というわけか」
「あの渋ちんのハックルホフが、どこまで支援するかはわかりませぬが」
「それもそうか」
バニュウサス伯爵はガリムシロップを持ってこさせた。念のため毒見をさせるが、部下の頬が緩んでとても甘くて美味しいと報告した。それを聞いて、バニュウサス伯爵とゲルドバスもガリムシロップを口にした。甘味の中に香ばしさがあり、砂糖のようなしつこい甘味ではない。
「ほぅ……これは美味いな」
「このガリムシロップを特産にすると申しておりました故、フォルバス家の財政は改善されるやもしれませんな」
「これを扱うのは、ハックルホフだったな。あのジジイは口八丁手八丁だから、売れるだろうな」
「はい。値段にもよりますが、売れる可能性は十分にあります」
「何もなかった最北の辺境の地で、特産品が生まれるか」
寄子が借金苦で領地経営を破綻させたら寄親としての管理能力を疑われるため、限度はあるがフォルバス家への支援は吝かではない。むしろ、一定の依存は望むところなのだ。借金という繋がりがなくなり、統制がきかなくなるほうがよほど困るのだから。
一方、ハックルホフの屋敷に帰ったロドニーは、従妹のシーマに捉まった。
「ロドニーさん、おかえりなさい」
「ただいま、シーマ」
帰って来たばかりのロドニーの手を引いて、シーマは屋敷を出た。まったく休む間もなくロドニーは連れ出されてしまったのは、バニュウサス伯爵との面会が終わったら一緒に買い物に行く約束をしていたからだ。
「あそこだよ、ロドニーさん」
「え……」
シーマがロドニーを連れていった場所は、女性専用の服屋だった。服屋はまだいいのだが、そこには下着まで陳列されているため、ロドニーが入るには敷居の高い店だった。
「ここは……」
「ほらー、はやくー」
シーマに手を引かれ、店の中に入った。富裕層向けのオーダーメイド専門店で、可愛らしい服や豪華なドレスなどのサンプルが飾られている。そして、ロドニーが入るのを躊躇した原因である女性用下着もだ。
前世の記憶にある下着とはかなり形状が異なるが、それでも女性用下着を前に挙動がおかしくなる。
「ねえ、これなんてどうかな?」
「ぶふっ」
シーマが下着を当てて見せてくる。服の上からだが、若い女の子がそんなことをしたらダメだと視線を逸らした。
「もう、それじゃあ見えないでしょ」
シーマは移動してロドニーの視界へ入る。そしたらロドニーがまた視線を逸らす。鼬ごっこだ。
「もういいわ。次はドレスよ。今度伯爵のところであるパーティーに着ていくの。ロドニーさんも行くのよ」
「いや、俺は―――」
行かないと言おうとしたが、それよりも先にシーマが喋り倒す。
「一緒に行くんだから、ロドニーさんの服も作らないとね」
「いや、だから―――」
「これ、いいと思うの。どう、似合うかしら?」
「……似合うと思うよ」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
「じゃあ、これにするわ。もう少し淡い色合いの生地にしてもらえるかな」
シーマは店員に細かな仕様を伝えた。店を出るとサイズを測ることはなかったことを聞いてみた。
「3日前にも服を頼んだから、採寸はその時にしているの」
オーダーメイドの服やドレスは非常に高額だ。それを3日前にもオーダーしているとは、さすがは大商人の孫娘だと思った。それを思ったロドニーもまた、大商人の孫だった。ただ、ロドニーは仮に金持ちになったとしても、服をオーダーする時は、必要に応じてだろう。これまで15年間、貧乏をしてきた気質は簡単には直らないし、直そうとも思っていない。
「ところで伯爵のパーティーなんて、いつあるんだ?」
「戦争とかないと、月に1回はあるわよ。全部出るつもりはないけど、適度に出ておかないと、面倒なことになるから」
月に1回と聞いて、ロドニーは頬を引きつらせた。パーティーに出るには服を作らなくてはならない。しかも、1回1回別の服をだ。そんな財力はフォルバス家にない。
また、毎月パーティーがあるとは聞いたことなんてない。これまでは父のベックが何かと理由をつけてパーティーの出席は断っていたのだろうと予想ができた。
お昼をお洒落な店で摂って、その後はロドニーの服を仕立てるとシーマは言った。しかし、今はそんな無駄遣いする気はないし、服に金を使うなら他の物に使いたい。だから、ロドニーは断ったが、無理やり連れていかれた。
(パーティーに出る予定もないのに、服をオーダーメイドすることに違和感しかない。ここははっきりと断ろう)
「シー……」
「これはシーマお嬢様。ようこそおいでくださいました」
ロドニーの声は店員の声にかき消されてしまった。店員にはロドニーはシーマの付き人にしか見えなかったのだ。それだけロドニーの服装は貴族のそれからはかけ離れていた。
「今日はこちらのロドニーさんのスーツを作ってくださるかしら」
「はい、もちろんにございます」
シーマと店員の動きは素早かった。オーダーメイドの服は不要だと言おうとしても、その都度機先を制されて何も言えない。商人というのはこうも恐ろしい生き物なのかと、ロドニーは恐怖した。
夕方、ヘトヘトで屋敷に帰ったロドニーは、倒れるようにソファーに座り込んだ。
「お婆様、聞いてよ。ロドニーさんたら、ちょっと買い物したくらいで、動けなくなったのよ。だらしないんだから」
「あらあら。でも、男の子はそんなものよ。女性の買い物が苦痛みたいなの。ウチの人もよくへばっていたわ」
昔の自分たちの話をする祖母アマンが、お茶を淹れてくれた。
「ありがとう、お婆様」
「領主様なんだから、あれくらいでへばっていたらダメよね、お婆様」
「そうね。ロドニーは少し鍛えたほうがいいかもね。ウフフフ」
お茶を飲み喉を潤しながら、祖母と従妹の会話を黙って聞く。下手に口を出すと長くなりそうだ。口を出さなくてもシーマの愚痴は長かった。
翌日、朝早くハックルホフの屋敷を出るロドニー一行。
「もっと頻繁に顔を出すのだぞ。それにエミリアちゃんも連れてくるのだ」
「できるだけ顔を出すようにするよ」
ハックルホフと握手を交わす。
「ロドニー。無理はしないようにね」
「はい、お婆様」
祖母とハグをする。
「今回はウチの人が失礼しました。また元気な顔を見せてくださいね」
「伯母様もお元気で」
軽く頭を下げる。
「今度来た時は服ができているわ。伯爵家のパーティーに行きましょうね」
「お手柔らかに……」
オーダーメイドの服は、ハックルホフが代金を払ってくれることになった。元々そのつもりでいたシーマは、遠慮なくお金を使っている。これがセレブと言う奴かと、ちょっと引いているロドニーだった。
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