第4話
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004_絶縁宣言と爺さん
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「それじゃあ、行ってくるね」
「お兄ちゃん。気をつけてね」
「ロドメルが一緒だから大丈夫だよ」
ロドニーはバニュウサス伯爵が治める都市バッサムへ向かうことにした。本来であればもっと早くバッサムへ赴き、バニュウサス伯爵へ挨拶をしなければならない。しかし、急に家督を継ぐことになった者は、領地経営を把握してから寄親を訪問するのが一般的だ。そういった理由から、一カ月ほど経過してから挨拶に向かうことになった。
従うのは従士長ロドメルと5名の兵士。ロドニーとしては、美人のユーリンと旅をしたかったが、相手は寄親であり上位貴族であるバニュウサス伯爵なので、侮られないように歴戦のロドメルを連れて行くことになった。また、兵士の2人は大量のガリムシロップを積んだ荷車を牽いていた。
ガルス村はがあるデデル領は、クオード王国最北の辺境地域になる。冬は厳しく凍てつき夏は涼しい土地のため、どうしてもニカシの栽培には適しておらず、シシカムやザライといった穀物を栽培している。漁業はあるものの小型船ばかりなので、外洋には出られない。特産もない寂れた村であった。
そんな村で特産を生み出そうとしているのが、新領主であるロドニー=エリアス=フォルバスである。
バニュウサス伯爵が治める都市バッサムは、ガルス村から徒歩で3日ほどの距離にある。最北の交易都市と言われる大都市だが、王都に較べたら数分の1の規模になる。
二つ名にあるように、海上交易の最北端の港町でもある。交易品は陶器とギャケルという魚の干物。特に陶器はバニュウサス器とまで言われ、珍重されている。
道中、何ごともなくバッサムに到着したロドニー一行は、交易商人の店に向かった。フォルバス騎士爵の家とはまったく違う規模の店にロドニーが入ると、空気が張り詰めた。
「こ、これはロドニー様。ようこそおいで下さいました」
壮年の男が手揉みしながら話かけてきた。この男はこの店で二番番頭をしているマナスという人物で、店では上位の存在だ。
「久しぶりだな、マナス」
「はい。お久しぶりにございます。ベック様は残念なことをしました。お悔やみを申し上げます」
ここは商人ハックルホフの店。ハックルホフはロドニーにとって外祖父になる人物であり、借金をしている相手でもある。
「父は弱かった。それだけだよ……」
騎士爵と言っても、ベックはそれほど剣が得意ではなかった。その血は見事にロドニーにも流れていて、ロドニーの剣の腕は農民兵といい勝負だ。
「そのようなことは……」
「いいよ。俺がそれを実感しているのだから。それよりも祖父は居るかな?」
「それがですね……」
マナスは言いにくそうにした。ロドニーどうしたのかと、訝しがった。
「父なら居ないぞ」
「御曹司!?」
マナスに御曹司と呼ばれたのは、ロドニーにとっては伯父にあたるサンタスだった。このサンタスはハックルホフに借金を申し込んで返済もしないフォルバス家を毛嫌いしている。そのことが行動と言葉の端々に現れているのだが、これまではロドニーも理由が分からなかったので気に入らない相手だった。だが、今はその理由が理解できるだけにロドニーは気まずかった。
「そうですか。では、伯父上にお話しがあるのですが」
「今は忙しい」
「では、今夜ではどうですか?」
「今夜も忙しい」
(これは借金を申し込まれると警戒されているんだろうな。今までが酷かったから仕方ないか。しかし、これは俺にとって借金返済、祖父や伯父にとっては儲け話になるから、しないわけにはいかない)
「では、明日はいかがですか? 2、3日は逗留するので、それまでに祖父が帰ってくるのであれば待ちます」
サンタスは深いため息をしてから、切り出した。
「私と父はフォルバス家とは縁を切ることにした。その意味がわかるな、ロドニー」
それは唐突な絶縁宣言だった。
「本気で言っているのですか?」
「本気に決まっているだろ。妹には後日手紙で知らせる。帰ってきたければ、受け入れるともな」
「………」
「これまでの借金は、一切返さなくていい。その代わり、もう二度と店にも屋敷にも顔を見せるな」
「祖父も……そう言っているのですね」
「そうだ」
孫バカの祖父がそんなことを言うかと違和感を感じたが、これまで借金しては金利さえも払わなかったのだから絶縁されても仕方がない。そう割り切って、出かけた言葉を呑み込んだ。ただ、これまで世話になっていたわけだから、絶縁宣言されたとしてもその恩は帰しておきたい。
「分かりました。今後は顔を出さないようにします。では、お別れの挨拶として、あれを受け取ってください。おい、運び込め」
「はっ」
「おい、何を勝手なことを!」
サンタスが叫ぶように止めようとしたが、ロドニーはその制止を無視した。
「ロドニー様、運び終えました!」
ロドメルがそう告げると、ロドニーはサンタスに向かって深々と頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました。それは、当家が生成した甘味料ですので、要らなければ捨ててください」
頭を上げたロドニーは、ロドメルを連れて店を出た。置いてきたガリムシロップは重量にして50ロデム(100キログラム)になる。今回持ってきたガリムシロップの半分になる。もう半分はバニュウサス伯爵への贈り物だ。
「ロドニー様。よろしかったのですか?」
「これまでのことを考えたら、伯父の言うことも分かる。縁を切りたいと言われても、仕方がないだろう」
「そうですか」
(悲しいことだが、これも貧乏が悪いんだ……)
宿屋にチェックインしたロドニーは、ロドメルを先触れとしてバニュウサス伯爵家へ向かわせた。いきなり訪問して会えるような相手ではないので、事前に日時を擦り合わせてから訪問しなければならない。
ロドメルが帰ってくると、訪問日時は2日後の午前だと告げた。
「それなら、明日はゆっくりとできるな」
家を継いでからはガリムシロップ作りと、その環境整備に東奔西走していたから休む暇もなかった。これほど濃密な時間を過ごしたのは、生まれて初めてだった。
久しぶりにゆっくりできると思っていたのだが、翌朝早くに宿屋に来客があった。
「ロドニー!」
いきなり老人に抱き着かれた。この老人はロドニーの外祖父である商人のハックルホフだ。
「おい、爺さん。いくらなんでも抱き着くのは止めてくれ」
「サンタスはボコボコにしてやった! お前はワシの孫じゃ。いつでも甘えにくるのだ!」
どうやら絶縁はサンタスの独断だったようだ。あの後帰ってきたハックルホフが二番番頭のマナスからあらましを聞くと激怒して、本当にボコボコにしたらしい。
「それにあれはなんじゃ!?」
「ガリムシロップのことか?」
「おう、それじゃ! あれは売れるぞ! ロドニーが作ったのか?」
「ああ、俺が作った。今後はガリムシロップをガルス村の特産にしたい」
「ワシに任せろ! いくらでも売りさばいてやるぞ!」
「さすがは交易商人だ。心強いよ」
「ハーッハハハハ! ワシは孫にいいところ見せるために、祖父をしているのだ!」
ハックルホフはかなり豪快な性格をしている。そして、孫煩悩だった。おかげで、借金をしていても気安く話ができる。サンタスが祖父も絶縁すると言ったことに違和感を感じても、ロドニーにとっては言い返せなかった。
「あれはどれだけ作れる? いくらで卸してくれるのだ?」
「今生産できるのは、月に250ロデムくらいかな」
1日に生産できるガリムシロップは10ロデム(20キログラム)が限度。月産にすれば300ロデムになるが、これは皆が休まず働いたらの話だ。しかも、雨などの天候にも左右されるため、天気に恵まれたらという条件で月産250ロデムが現実的な数字だろうとロドニーは考え、ハックルホフに伝えた。
ただし、これはあくまでも今の生産力であって、ロドニーは生産性の向上と量産化を進めている。3カ月後は倍の生産量になっているだろう。
ハックルホフはそれでも足りないから、もっと生産できるようにしろと言う。まだ販売もしていないのに、そんな大量に生産して捌けるのか疑問だったロドニーは返事をはぐらかした。
「して、卸値は?」
「さっぱり分からない。爺さんならどのくらいの値をつける?」
ロドニーは肩をすぼめて見せる。
「ワシを試すのか」
「いや、本当に想像できないんだ。でも、砂糖やハチミツよりは安くしたい。そうじゃなければ、量産しても売れないだろ」
「そうじゃな。同じようなものがあれば、以前からあったもののほうが知名度は高い。数を売ろうとするなら、インパクトが必要だ。それが価格であれば、インパクトはあるだろう」
ハックルホフは言った。王都で砂糖を扱う場合、末端価格は1ロデム(2キログラム)で大金貨1枚はする。ハチミツなら小金貨7枚だ。庶民の1月の収入が小金貨1枚から2枚だというのに、砂糖やハチミツはその数倍もする。
貴族や富豪たちはそういった贅沢品である甘味料を贅沢に使ったお菓子などを惜しげもなく食べる。だから富豪だと言われればそうなのだが、ロドニーのような貧乏貴族ではとても買えないものだ。
「それよりも安くしてインパクトを与えるのであれば、小金貨3枚から4枚か。それを考えれば、仕入れ額は大銀貨8枚といったところだな。その代わり、ウチの者がガルス村まで赴き、ガリムシロップを引き取る。どうだ」
ロドニーに商売のことは分からないが、運送や利益、税金のことを考えれば、卸値の数倍で売るのは順当なのだろう。
1ロデムの卸値が大銀貨8枚なら月に250ロデム卸せば大金貨20枚、年間大金貨240枚にもなる。それはデデル領の税収の倍の金額になる。しかも、運搬はハックルホフのほうがしてくれる。十分と言うよりは、十分過ぎるほどの利益が取れるとロドニーは考えた。
「それでいいよ」
「よし、決まった。これは今回の分だ」
懐から革袋を取り出し、ロドニーの前に置いた。事前に用意してあるところから、すでにハックルホフの中で卸値は決まっていたのだと、ロドニーは思った。
(食えない爺さんだ)
「いや、あれは今まで面倒をかけた詫びだから」
「ワシにいい恰好をさせろ。それに、孫が遠慮するな」
「……助かるよ」
素直にハックルホフの好意に甘えることにした。頑なに断っても、なんだかんだ理由をつけて押しつけてくるからだ。
「それから、サンタスが言ったように、これまでの借金は返さんでいい」
「いや、それは」
「独り立ちした孫への祝い金だ。それに、これから商売のパートナーになるのだ、契約金だと思えばいい。言っておくが、断るのは許さんぞ。これは祖父からの命令だ」
「分かった。感謝するよ、爺さん」
「うむ、それでいいのだ。おっと、そうじゃった。婆さんが屋敷に泊まれと言っておったぞ。断るなよ、婆さんがヘソを曲げたら怖いぞ」
「そうだな。それじゃあ、今日は世話になるよ」
「サンタスは納戸にでも閉じ込めておくから、好きなだけ逗留するがいい」
ハックルホフの中では、息子のサンタスよりも孫のロドニーのほうが大事らしい。
「今日はエミリアちゃんは居ないのか?」
「今回はバニュウサス伯爵への挨拶がメインだから、連れてきていない」
「むぅ。今度はエミリアちゃんを連れて来るのだぞ。いいな、絶対だからな!」
相変わらずの孫煩悩のハックルホフの圧が凄い。ロドニーは次はエミリアも連れてくると言って、ガリムシロップの取り引きについて詳細を詰めた。
その後、宿を引き払ってハックルホフの屋敷に移ったロドニー一行は、ハックルホフ夫婦とサンタスの妻と娘のシーマから歓迎された。本当かどうかは分からないが、サンタスは納戸に閉じ込められていたらしく、ロドニー一行が逗留している間は姿を現さなかった。
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